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戻ってきた3代目がITで組織改革!? 職人の離職に悩まされた鉄工所の挑戦
1948年創業の乗富鉄工所は、機械設備の設計・製作・設置・補修を一貫して手がける福岡県柳川市に本社を置く企業で、水門など水利施設機械が主力事業です。3代目の乘冨賢蔵(35)さんはサイボウズが提供するクラウドサービス「kintone(キントーン)」を使って、業務の属人化を解消。チームワークの改善で職人の離職者ゼロを実現しました。(文:長尾和也 撮影:中村一平)
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1948年創業の乗富鉄工所は、機械設備の設計・製作・設置・補修を一貫して手がける福岡県柳川市に本社を置く企業で、水門など水利施設機械が主力事業です。3代目の乘冨賢蔵(35)さんはサイボウズが提供するクラウドサービス「kintone(キントーン)」を使って、業務の属人化を解消。チームワークの改善で職人の離職者ゼロを実現しました。(文:長尾和也 撮影:中村一平)
乗富鉄工所は各職人が持つ技能の幅広さを特色とする町工場です。ひとりひとりが全工程に対応できるため、製作・設置・補修といった業務ごとに部署が分かれていません。モノ作りに長けた職人が数多く在籍しており、現場に大きな裁量が委ねられています。乗富鉄工所は社員約65人、年間売上高が約10億円と大きめの町工場ですが、 “個の力”を活かして経営されてきた珍しいケースです。
「本来、職人の仕事はクリエイティブなものだと思うんです。体と頭と心の全部を使います。ハイレベルな仕事をしているなあ、とつくづく思います」と、語るのは、3代目の乘冨賢蔵さんです。大学院修了後、他社の造船工場で最先端の生産管理を学んだ後、2016年、家業を継ぐため乗富鉄工所に入社しました。現在、取締役という管理職の立場で工場運営の経験を積んでいます。
「前職では、いわゆるトヨタ生産方式を叩き込まれました。業務の見える化が徹底されていて、各作業を1秒、1歩、1手……と、細かくルールを作っていく管理方法です。僕らは“現場に自律神経を張り巡らせろ”と教えられていました。現場も管理するスタッフもシンドイんですけども、生産性がものすごいんです。当時の僕はトヨタ生産方式にかなり影響されていました」
ただ、乘冨さんはトヨタ生産方式に感銘を受ける一方で、大企業のものづくりの体制に違和感を覚えることもあったそうです。
「何十年と経験を積んできたすごい職人を、大卒という理由だけで新入社員の僕が管理するわけです。経験と職責がちぐはぐな状態という、複雑な人間関係の中で仕事をしていました。思い返すと当時の立ち位置は、現在と似ているかもしれません」
前職で複雑な想いが芽生えた乘冨さんですが、家業を継ぐため乗富鉄工所に入社すると自社の職人のクリエイティビティに心を動かされたそうです。
「乗富鉄工所は、トヨタ生産方式に比べると”ゆるゆる”な管理なんですが、現場に余裕があります。うちの職人に仕事を任せると、余裕から生まれる豊かな発想を活かして、すごく価値のある仕事をしてくれます。かっこいい職人の姿を目の当たりにして、トヨタ生産方式に染まっていた頭がすっかり切り替わりました。トヨタ生産方式はすごい管理手法ではあるけれど乗富鉄工所でやるのは違う。職人ひとりひとりのクリエイティビティを活かすため、僕にできることを考えるようになりました」と語ります。
工場のクリエイティビティに秘められた可能性を感じた乘冨さんでしたが、入社当初、「工程管理の属人化」に不安を感じていました。乗富鉄工所の工程管理は、工場長1人に頼り切っていたのです。しかも、乘冨さんの入社時点で、工場長の定年退職が5年後の2021年に迫っていました。当時について乘冨さんは「工場長の定年退職が近づくにつれ、社内の動揺が大きくなっていきました」と振り返ります。
工程管理とは、案件の業務分担・人員補充・進行スケジュールといった事項の調整をする業務です。納期を守り、品質を保つうえで工程管理は非常に重要とされています。工程管理が1人の工場長に属人化した背景には、機械設備事業をワンストップで手がけてきた乗富鉄工所ならではの社内事情がありました。
経営の柱である水利施設機械は、設置作業が屋外で行われるため悪天候による中止が日常茶飯事。しかも、土木工事会社の協力が必要なため会社間の調整に見通しが立たないことがしばしばです。イレギュラーが生じやすい環境に置かれており、工程管理が極めて難しいというわけです。そのうえ、職人の得意分野は微妙な個人差があり、工程管理の担当者は現場の事情に詳しいことが求められます。
つまり、乗富鉄工所の工程管理は、代わりの人材では成り立たないほど複雑な業務になっていたのです。月1回の工程会議が開かれていたものの、表面的な情報しか共有できず、工程管理の属人化は解消されませんでした。ただ、ベテラン職人でもある工場長は現場からの信頼が厚く、不安材料を残しながらも工場運営が成立してきました。
次第に工程管理の属人化が見逃せない問題に繋がっていきました。職人の離職が相次いでいたのです。工場長しか仕事の全体像を把握できないため、業務変更の理由に職人が納得できないことが少なくありませんでした。その結果、職場にわだかまりが生まれ、離職のリスクが高まっていました。
2018年には職人が5人も離職する事態に発展し、賃金の引き上げなど労働条件の改善により事態の打開が図られました。ただ、職人の不満の再燃を乘冨さんは懸念したそうです。そこで、問題の根本解決を目指して工程管理の属人化の解消を検討しはじめました。
「“見える化”が徹底されていた前職では、仕事の全体像を現場の職人が把握できていたことを思い出しました。トヨタ生産方式のいいとこ取りをして、工場長の頭の中にだけ存在していた案件情報をITツールでデータ化すれば、工程管理の属人化の解消に繋がる可能性に気がつきました」
しかし、案件情報のデータ化には高いハードルがありました。乘冨さんは次のように説明します。
「そもそも、鉄工所は手作業が中心のアナログな業界です。特に、乗富鉄工所はITツールに馴染みが薄い50代以上の職人が多く、事務作業も手書きが多い状況でした。ITツールを導入しようとしても、活用の意義を現場に理解してもらうには普通の方法だと時間がかかると思いました」
さらに、職責と人間関係の葛藤に後継者として直面していました。
「僕は乗富鉄工所の後継者とはいえ、職人にしてみれば戻ってきたばかりの若造です。現場の事情を理解していないと職人から叱られることがあるほどでした。職人から認められていないと、現場に良かれと思って改善を提案しても協力が得られないことは、前職で身に染みています。後継者であっても同じことだと思いました。具体的な事例を示すことで職人や経営層に納得してもらうプロセスが、ITツールの導入を進めるうえで必要でした」
ITツール導入の道筋を探る乘冨さんにとって、突破口となったのがサイボウズのクラウドサービス『kintone(キントーン)』との出会いでした。きっかけは、手書きの事務作業に忙殺される悩みをTwitterでつぶやいたところ、数人からオススメされたことです。
「僕がkintoneに注目したのは、自分に必要な業務アプリをかんたんに作れる点です。例えば「案件管理アプリ」を作って案件情報をこまめに登録すれば、事務作業を効率化できることに加え、情報共有の土台に使えます。kintoneの無料体験が可能な30日以内に、仕事の全体像がわかる業務アプリを作ってみせれば、ITツールを活用することの意義がみんなに伝わるのではと閃きました。しかも、工程管理の属人化を解消する道筋ができます。前職の経験からもこういったデータベースに馴染みがあったので、“これなら僕にできる”と思いました」
まず乘冨さんが着手したのが、週1回開かれる工程会議の「資料作成の効率化」です。乘冨さんはTwitterでkintoneユーザーの手助けを得ながら、データベースの構築を進めていきました。
「親切なkintoneユーザーに助けられました。困りごとについてTwitterで質問すると回答がすぐに集まったので、アプリ作成に行き詰まることがありませんでした。無事、無料体験期間にアプリを完成させることができました」と、乘冨さんは話します。
乘冨さんがkintoneで作成した「工程見える化」アプリは、毎月2時間をかけていた案件の進捗のとりまとめや、隔月で8時間をかけていた必要人員数の計算といった膨大な手書きの事務作業を、それぞれたったの1分で完了することができるというものでした。さっそく、乘冨さんがアプリを社内で発表したところ、導入の価値に納得してもらうことができたそうです。
「以前は、会議のために、毎週、営業担当に聞き取りをして資料を作っていました。ただ、スケジュールにイレギュラーが多いことから、営業担当がなかなか言おうとしない。さらに、ようやく情報がまとまったと思っても、結局、変更が生じてやり直しの手間が生じることが普通でした。会議資料作成者だけでなく営業担当も手間を感じていた作業です。この作業が、kintoneを使えばかなり省略できるため、導入の意義が誰の目にも明らかでした。 また、以前は事務作業が膨大すぎて2カ月に1度しか開示できなかった工場の全体的な忙しさの情報も毎週の会議の中で共有できるようになったことで、内作・外注の意思決定がタイムリーに行えるようになりました」
乘冨さんがkintoneで作成したアプリは、進捗や受注といった変化が起こるたび情報を登録していくというのが主な使用の流れです。会議の前には、kintoneから出力したデータを関数を組んだエクセル表に貼り付ければ、案件情報が進捗状況ごとに色分けされた資料の完成です。
データベース構築にあたって乘冨さんは、情報の見やすさを工夫したそうです。職人に気持ちよく使ってもらうことが狙いでした。
「前職でもITツールの導入を進めた経験がありますが、“こんなもん導入しても手間が増えるだけだ。おれたちにとってどんな意味があるんだ?”と言われてしまったという苦い経験がありました。自分のために導入を進めているのではなく、みんなのためにやっているとわかってもらうことが大事と知りました」
「不要な情報は見せないように情報を整理するなど、誰にとっても心地よい使い勝手を目指しました。極論かもしれませんが、システムが稚拙だとしても思いやりが伝われば、職人との間に人間関係が築かれます。“あいつが持ってきたものなら使ってやろう”と思ってもらえるのです」と乘冨さんは語ります。
どんな要望も迅速に取り入れたことが、kintoneが社内に浸透していくうえで決め手の一つになりました。
「要望を聞いたら、その場ですぐに反映するぐらいのスピード感で使い勝手を良くしていきました。一生懸命にやっている姿を見せたことで、現場のためを想って導入している熱心さが伝わったと思います」
さらに、根本的な問題解決を目指して、乘冨さんは工程管理の属人化解消を進めていきました。kintoneアプリをたたき台として工程管理を職人たちと話し合うという新体制に切り替えたのです。
「各作業の内容・時間・適任者など現場の事情に詳しい職人の力を借りて工程管理を行うことにしました。メリットは、負担が増す変更について当事者の合意を得たうえで決定できる点にあります。以前は”与えられた工程”という受け止め方をされがちでした。現在は“みんなの工程”という感覚が浸透しています」
事務作業の自動化から工程管理の属人化の解消へ——。段階的に進めた改革が社内にもたらした変化を乘冨さんは次のように話します。
「心のゆとりは以前より現在のほうが大きいです。他の現場の大変さが伝わるため、ヘルプの申し出といった助け合いが増えています。職場のチームワークが改善されたと感じます」
2021年の春、ついに工場長の定年退職の時期が訪れましたが、スムーズに引き継ぐことができたとのことです。さらに、新体制による工程管理が始まったことで、職人の離職に歯止めがかかりました。乘冨さんによれば、kintoneの導入後、現役世代では定年退職以外を理由とする離職が発生していません(2021年8月現在)。
「工程管理に職人の声が反映されるようになり、現場の主体性を活かすことができるようになりました。よりいっそうのクリエイティビティを発揮できる職場になったことで、仕事の楽しさが増し、離職者ゼロという結果を生んだのではないでしょうか」と、乘冨さんは現状を分析しています。
改革を成し遂げた乘冨さんは、kintoneの活用経験を新規事業『ノリノリプロジェクト』の活性化に応用しようとしています。『ノリノリプロジェクト』では、農林水産業の効率化や生活の利便性向上に役立つアイデア商品を開発しています。
『ノリノリプロジェクト』は社内外の人材のコラボで運営されており、設計・製造を担う乗富鉄工所の社員と、企画・デザイン・販売を担う社外メンバーといった組織体制です。「たくさんの人に使用される商品を通じて、職人のクリエイティビティを世間に広めたい」という乘冨さんの想いが新規事業のきっかけです。kintone導入に先立つ2018年にスタートしました。
「受注数や月間売上といったデータのほか、取引先候補のリストなど、社外メンバーと情報共有するツールとしてkintoneを活用しています。新規事業は社外メンバーの人数が多いので、チームプレーが成功のカギです。2020年に発売した『スライドゴトク』というキャンプ用品は、僕が1人で行っていた営業を、社外のみんなの力を借りてマーケティングを意識した活動にレベルアップできたことがヒットのきっかけを作りました。今後は外部メンバーともkintoneを使ってリモートのコミュニケーションを盛り上げていく予定です」
kintoneの導入によって乗富鉄工所は社内の問題解決に成功しました。積年の課題を解決した次は、新規事業の盛り上げに活用の場を広げています。
乘冨さんは「鉄工所という業界自体がクローズドな雰囲気を持っていました。乗富鉄工所と世の中をどんどん繋げて、スポットライトが職人にもっと当たるようにしたいと思っています。かっこいい姿をたくさんの人に知ってもらえれば、職人自身も自分の仕事に自信をもっと持てるのではないでしょうか。人の繋がりを築くという観点でもkintoneに期待しています」と語ります。
後継者は社内の難しい立ち位置に置かれながらも、管理職として改革を進める職責を負うことが少なくありません。乘冨さんはkintoneの修正が簡単な点に助けられたと語ります。これが、他の後継者にkintoneをおすすめしたい理由とのこと。
「後継者は強い権限を持っている一方で、費用をかけてゴリゴリとITツールの導入を進めていると反感をもたれやすい立場です。修正が簡単なkintoneは、現場と一緒になって理想のシステムを自分たちで作り上げていくことができます。使い方で困っている人がいたら、目の前でパパッと直しています。“はい!すぐ直りますよ!この調子でやっていきましょう”という感じのスピード感が気持ちいいです(笑)」
「代替わりのタイミングで「これからはkintoneを導入するぞ!使っていくぞ!」と経営層がメンバーに宣言できたのは、「今までと違う」姿をアピールできる点でとても大きな影響がありました。代替わりの象徴としてとても良かったと思っています」
kintoneは、日々の業務に必要なシステムをだれでも簡単に作ることができる、サイボウズのクラウドサービスです。
導入担当者の93%が非IT部門で、全国20,000社以上に導入されています。
プログラミングなど特別なスキルや知識は不要です。 データの登録・共有はもちろん、集計やグラフ化もマウス操作のみで行えます。
スマートフォンやタブレット端末にも対応しているので、外出先からも社内のデータを確認できます。
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