任意後見契約を承継の武器に 「誤解」や活用のメリットを事例で解説
経営者が認知症になる前に、後継ぎなどを後見人に指定できる「任意後見契約」は、スムーズな事業承継の武器になります。しかし、周知不足や制度への誤解から、十分に活用されているとは言えません。特定行政書士の竹原庸起子さんが、制度への誤解を解きながら、活用のメリットについて、実際の相談事例をもとに解説します。
経営者が認知症になる前に、後継ぎなどを後見人に指定できる「任意後見契約」は、スムーズな事業承継の武器になります。しかし、周知不足や制度への誤解から、十分に活用されているとは言えません。特定行政書士の竹原庸起子さんが、制度への誤解を解きながら、活用のメリットについて、実際の相談事例をもとに解説します。
目次
後見は大きく分けて、法定後見と任意後見の2種類があります。法定後見制度は、家庭裁判所によって選ばれた成年後見人等(成年後見人・保佐人・補助人)が、本人の利益を考えながら、本人を代理して契約などの法律行為を行ったり、本人が同意を得ないで進めた不利益な法律行為を後から取り消したりすることによって、本人を保護支援する制度になります。
任意後見制度は、判断能力が不十分な状態になる場合に備え、あらかじめ選んだ代理人(任意後見人)に、自らの生活、療養看護や財産管理に関する事務について代理権を与える契約(任意後見契約)を、公正証書で結ぶというものです。本人の判断能力が低下した後、任意後見人が、家庭裁判所が選ぶ「任意後見監督人」の監督のもと、本人を代理して契約などをすることで、本人の意思に沿った適切な保護・支援が可能になります。
それでは、任意後見契約の件数をみてみましょう。2000年には年655件でしたが、20年には年1万1717件まで増えました。しかし、法定後見制度を含めた成年後見制度全体で見ると、7.2%に過ぎません。
「任意後見契約に関する法律」は、00年4月に施行されました。制度の趣旨は「任意後見契約を活用し、認知症になったときの対策を、自分自身で決めてほしい」というものでした。そして、それに次ぐ方法として、法定後見を申し立てるという流れになるはずでした。
しかし、施行から20年が経過しても、「後見」といえば、「法定後見」しか頭に浮かばない経営者と後継ぎが多いようです。事前に何も準備せず、認知症になってしまってから、慌てて裁判所に法定後見を申し立てるケースが圧倒的です。
では、認知症対策と事業承継への準備を怠ると、どんな事態が起こりうるのか。そして、任意後見制度をどのように活用すれば、事業承継がスムーズに進むのか。ここからは、筆者が実際に携わった事業承継のケースをもとに、解説します。
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まずは、1980年代から建設業を営む取締役・Aさん(80)と、その子どもで後継ぎ候補のBさん(55)のケースを紹介します。
Aさんは自身が元気なうちに、Bさんを任意後見人予定者とする「任意後見契約移行型」を締結済みでした。
その後、20年夏にAさんは認知症を発症しましたが、すぐにBさんが所定の手続きを経て、任意後見人として任務を開始。Bさんが、Aさんの持つ預貯金や不動産の管理をすべて担っています。
しかし、2人とも当初から任意後見契約に前向きだったわけではありません。その3年前、筆者が相談を受けて、事業承継対策として任意後見契約を提案したときは、誤解に基づく発言をしていました。
筆者が説得し続け、任意後見契約の締結にたどり着くまで、1年を要したのです。
2人が抱いていた任意後見契約への誤解と、その誤解を解くために、筆者がどうやって説得したのか。以下の表に経過をまとめました。
2人の誤解 |
筆者からの説得内容 |
|
---|---|---|
① | 後見人は裁判所が決めるんだろう? |
任意後見人は自分であらかじめ決められます。裁判所が選任した後見人の場合、経営者や後継ぎの言うことを、すべて聞き入れるとは限りません。 |
② | 後見人がつくこと自体望んでない。もし必要になったら、そのときに後継者を後見人に選べばいい。 | 認知症になった人は、法律行為が制限されます。従って、必要が生じてから、後継者を後見人に選べるとは限りません。 |
③ | 任意後見契約を結べば、すぐにすべての財産を後見人に握られるのでは? | 契約しただけではまだ後見人ではなく、財産をすぐに渡さなければならないわけではありません。 |
④ | 任意後見人は一度決めたら変えられないのではないか? |
任意後見契約はあくまで契約なので、解除もできます。 |
⑤ | 周囲からみて認知症と感じても、経営者本人が否定や拒否する場合、任意後見監督人(※)の選任申立をためらい、せっかく用意した任意後見契約が無駄になりそうだ。 |
かかりつけ医が認知症を判定した時点で、あらかじめ指定した後継ぎが正式に任意後見人になれることこそがメリットです。本人が迷っている間に事業承継が遅れてしまいます。 |
※任意後見人として契約している後見人予定者は、本人が認知症になったのではないかという状態のとき、家庭裁判所に申し立てて、自身が正式に後見人になるために、後見人を監督する「任意後見監督人」の選任を求めなければならないと決まっています。
さらに、AさんやBさんのような経営者や後継ぎだけではなく、介護現場の専門職や法律専門職でも、任意後見制度を誤解しているケースがあります。
前述のお二人の場合は、交流があった介護専門職から「任意後見契約を締結したら、後見人がすべての財産を管理することになる。認知症になっていないのに、契約を締結する必要はない」などという誤解に基づくアドバイスがありました。
そのため、「任意後見契約を締結することで、認知症になった場合に備えた事業承継対策ができる」という筆者のアドバイスをなかなか聞き入れず、任意後見契約の締結までに1年を要したのです。
任意後見制度の認知度がいまだに低く、前章のケースのように誤解を招いているのは、この制度に不備や課題があることも一因です。本章で詳しく解説します。
法定後見人にあって任意後見人には無いのが、「取消権」です。実際にあった相談事例から、詳しく見ていきます。
個人事業主として美容院を経営していたCさんは、子のDさんを後継ぎとして考えていました。5年前、Cさんは専門家に相談せず、Dさんを任意後見人にする契約を公証役場で締結しました。その後、Cさんは認知症になってしまい、Dさんから筆者に相談が寄せられました。
Cさんは任意後見契約の締結後、自分名義の自宅リフォームを、法外に高い金額で発注してしまいました。自宅の工事なので、個人事業における議事や経理を通さず、私的財産として契約できるため、Cさんが独断で進めてしまいました。
契約後、任意後見人のDさんが事態に気付きましたが、「後見人は私なので取り消ししたい」といっても、できないのです。
一方、法定後見人には取り消しの権限があります。法定後見人は認知症になった人の法律行為を代行できます。認知症になった人の判断能力が不十分で結んでしまった不適切な契約の場合、法定後見人には取り消せる権限が与えられます。
もともと任意後見制度は、「認知症になる前に、自分自身のことを決めておいてほしい」という自助努力のための制度です。自分でやってしまったことを、後見人が取り消すということまでは、想定していなかったのでしょう。
万一このような事態に遭ってしまったら、すぐに民法や消費者契約法で規定された詐欺や脅迫による取消権が行使できます。ただ、事実関係の立証や弁護士への依頼など、手続きに時間がかかる面もあります。
20年4月1日施行の改正民法第3条の2には、「意思能力のない者の法律行為は無効とする」ことが、明文化されました。これは、今後の任意後見契約に影響を与えるでしょう。
契約を結んだ後、後継ぎと仲が悪くなったり、経営状況が悪化したりして、後見人予定者を変えたくなるケースも想定されます。後見人は1人に決めないといけないのかという不安の声もあります。
任意後見制度では、複数の後見人を予定しておくことができます。また、後継ぎを後見人にしておけないと判断した場合、経営者側から一方的に任意後見契約を解除できます。
本人が認知症になったとき、家庭裁判所への任意後見監督人選任申し立てが面倒という意見も聞こえます。
また、経営者本人が認知症を自覚しにくいという面もあります。つまり、周りが認知症の兆候を感じても、経営者本人が否定したり、診断を拒否したりすれば、任意後見監督人の選任申し立てをためらい、せっかく用意した任意後見契約が無駄になってしまう、という声もあります。
しかし、任意後見契約を準備したのは、会社を守るために、後継ぎが後見人になることを確定させるのが目的だったはずです。
それをためらうのは、会社にとってマイナスでしかありませんし、任意後見監督人選任の申し立ては、法廷後見に比べれば簡単です。あえて厳しい言葉を使いますが、これを面倒と感じるなら、ほかの事業承継対策はもっと面倒なはずです。
任意後見契約には不備や課題があり、「ちょっと足りない制度」であることは否めません。しかし、契約を締結するための手間はさほどかかりません。
公正証書で締結しますが、契約書の内容もひな形をケースに応じてアレンジするだけなので、用意する書類も多くはありません。
また、経営者が自分で契約内容をアレンジしたり、代理権のカスタマイズができたりするのが、この制度のいいところです。
経営者の意思を反映した任意後見契約を準備しておけば、法定後見のように、その会社を知らない人が後見人になって事業承継に支障が生じることもありません。
「任意」という言葉から、「あくまで任意でしょう?」という声をいただくことも少なくありません。しかし私は皆さんに、こうお伝えしたいのです。
「任意だからこそ、経営者は自分の意思で契約内容をカスタマイズできる自己決定権を行使できます。法定後見や家族信託の方が有名だからと言って、あなたの事業承継にマッチしているとは限りません」
【参考資料】
・最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況」(2021年1~12月)
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