「認知症の話は聞きたくない」と怒る前に 承継に必要な価値観の変化
中小企業の経営者が高齢だった場合、事業承継の前に認知症対策が不可欠です。しかし、実際には自身が認知症になった場合のことは想像しにくく、承継に役立つ任意後見契約移行型の活用も進みません。経営者や後継ぎが、認知症対策と事業承継を結びつけるには、どんな価値観の変化が必要なのでしょうか。
中小企業の経営者が高齢だった場合、事業承継の前に認知症対策が不可欠です。しかし、実際には自身が認知症になった場合のことは想像しにくく、承継に役立つ任意後見契約移行型の活用も進みません。経営者や後継ぎが、認知症対策と事業承継を結びつけるには、どんな価値観の変化が必要なのでしょうか。
これまで、経営者が認知症になった場合への備えとなる「任意後見契約移行型」について、事例をもとに解説してきました。これは、不測の事態が起きた場合に、後見人が財産の管理や、株主の権利を行使できる制度で、前々回の記事「経営者が認知症や急病になる前に・・・任意後見契約移行型を承継に活用」で制度について解説しました。しかし、活用が進んでいるとは言いがたいのは、前回の記事「任意後見契約を結ばないデメリットは 失敗例に学ぶ認知症と承継準備」で示した通りです。
では、なぜ活用が進まないのでしょうか。今回は根本に立ち返り、そもそも事業承継と認知症対策を結びつけて考えるのは、いかに難しいかという「ヒトの問題」に焦点を当てたいと思います。
そして、経営者や後継ぎが、認知症と事業承継への価値観を変えて、「任意後見契約移行型」などを活用するようになるには、どうすればいいかを考えます。
私が以前、金融機関で事業承継対策の講演を行った時のことです。任意後見契約移行型の活用も含めた認知症対策についてお話ししたら、事業承継をさせる側である80歳代くらいの男性参加者が、講演の最中に手を挙げてこう言いました。
「わしは事業承継対策の話を聞きに来たんだ。認知症の話なんて聞きたくない。認知症になったら財産がどうとか、笑顔で語るな。まるでわしが認知症になるかもしれないと言っているようなものだ。失礼なことで不愉快だ」
私はその男性に、次のように伝えました。
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「そのように不愉快だと思った講演は忘れないはずです。講演する側も、認知症対策を事業承継の項目に入れてほしいという話は、したくありません」
「認知症は本来、ニコニコできる話ではありません。しかし、あえて笑顔でお伝えします。なぜなら認知症は誰にでも起こりうることで、起こることが不幸なのではなく、起こることに対して何も対策していないことのほうが不幸だからです。日常の話ですから、笑顔でお伝えします。それくらい講演する側や専門家も、万一認知症になったときに備えて、今しておくべき事業承継対策に目を向けていないのです」
私は、高齢になってきた経営者とその後継ぎに「任意後見契約移行型を締結しましょう」と提案してきました。しかし、これまで実務で聞いた経営者や後継ぎの声を踏まえると、行動を起こすことが難しかった理由は、次のようなものだと思われます。
先代も後継ぎも、万一認知症になった場合の危機意識がないのではと考えられます。危機意識がない先代と後継ぎをその気にさせるのは、提案する専門家の姿勢にも左右されそうです。
事業承継の問題に関わる専門家には、金融機関、専門士業、不動産業、コンサルティング会社が挙げられます。ただ、これらの専門家は、遺言や信託など一般的な相続対策は提案できても、認知症になった場合のリスク回避の提案はできないことが多いと感じています。任意後見契約を提案することは少ないのが現実です。
任意後見契約に対しての視点を180度変えるには、現経営者と後継ぎが、以下のポイントを心に刻むことが必要です。これは、専門家にとっても大切な視点となります。
後継ぎがスムーズに事業承継できないと、金融機関や取引先など関係者は困るのではないか
後継ぎ候補が信頼に足るのか、任意後見契約移行型の活用で、そのテストができるのではないか
任意後見契約制度を保険のつもりで、活用してみる
自分の人生を自分で決めるという強い意志を持つ
価値観や考えを根底から変えることはなかなか難しいでしょう、しかし、現経営者や後継ぎは、認知症への危機感を高めるために、前回の記事のような事業承継の失敗事例から現実を理解しましょう。
従業員に対しても「まさか自分の会社がこうなるはずがない」という意識改革を行い、「認知症になった場合の対策」を事業承継の最重要項目として、社内で議論して下さい。
冒頭で紹介した事業承継に関する講演で、筆者は認知症のことを聞いて激怒した参加者に、次のような言葉をかけました。
「今回の講演を聞くことで、後継ぎのテストをして、他ではあまりやっていない任意後見契約移行型を準備しようと思われたのではないでしょうか」
不思議と会場全員の拍手がわきました。
経営者も後継ぎも今すぐに経営会議を開き、認知症になったときの対策をしているのかどうかを議題にあげてください。経営において認知症対策は、プライベートな問題にとどまりません。事業の行く末を左右しかねないのです。
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