事業承継の費用を抑える任意後見契約 締結の有無によるコストを比較
経営者が認知症になる前に、後継ぎなどを後見人に指定できる「任意後見契約」の効果について、4回にわたって解説してきました。連載最終回では、任意後見契約を結んだ場合と、結ばなかった場合で、事業承継にかかる費用に大きな差が生じることを、実際にあった事例で解説します。(※2021年12月23日更新)
経営者が認知症になる前に、後継ぎなどを後見人に指定できる「任意後見契約」の効果について、4回にわたって解説してきました。連載最終回では、任意後見契約を結んだ場合と、結ばなかった場合で、事業承継にかかる費用に大きな差が生じることを、実際にあった事例で解説します。(※2021年12月23日更新)
目次
当連載の4回目で、「認知症対策と事業承継に任意後見契約を活用するには、制度への誤解を解くことが大切です」とお伝えしました。
今回は、任意後見契約をためらう後継ぎの皆さんに、契約に関する「費用対効果」について、詳しく解説します。具体的には、任意後見契約を結んだ場合と、そうでなかった場合のコスト面を比較します。なお、当記事における具体例およびコスト比較の考察は、あくまで経営者と後継ぎが任意後見契約を準備した場合、しなかった場合のケースに限ります。事業承継とは無関係の場合など、本人(被後見人になるかた)の財産額、家族構成、職業によっては、金額やコストが異なってきますので、あらかじめご了承下さい。
当連載でお伝えしている通り、経営者と後継ぎは「保険のようなものにお金をかけたくない」、「手間も面倒だ」と考えるケースが少なくありません。
しかし、準備の有無によって、以下のような違いが生じます。
従って、事業承継を控える経営者と後継ぎは、将来かかると思われるコスト面も考慮して、任意後見契約を結ぶ準備をしておくべきです。
では、任意後見契約の有無によって、費目や金額にどのくらいの違いが生じるのでしょうか。次章からは、筆者が実際に関わった事例をもとに、詳しく解説していきます。
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ここでは、任意後見契約を結んだ場合について、前回の記事で触れた、建設業を営むAさん(80)と、その子どもで後継ぎ候補のBさん(55)のケースを軸に紹介します。
まずは、事業承継を巡る状況のおさらいです。
Aさんは、自身が元気なうちにBさんを任意後見人予定者として、「任意後見契約移行型」を締結。その後、2020年夏にAさんは認知症を発症してしまいました。
それでも、任意後見契約移行型を締結していたことで、すぐにBさんが所定の手続きを経て、任意後見人として任務を開始。Bさんが、Aさんの持つ預貯金や不動産の管理をすべて担い、現在も継続しています。
加えて、弁護士のCさんが任意後見監督人として裁判所から選任され、Bさんをサポートしています。
Aさんは、自身が元気なうちにBさんを任意後見人予定者として、「任意後見契約移行型」を締結。その後、2020年夏にAさんは認知症を発症してしまいました。
それでも、任意後見契約移行型を締結していたことで、すぐにBさんが所定の手続きを経て、任意後見人として任務を開始。Bさんが、Aさんの持つ預貯金や不動産の管理をすべて担い、現在も継続しています。
加えて、弁護士のCさんが任意後見監督人として裁判所から選任され、Bさんをサポートしています。
この一連の手続きを、四つのステップに分けました。具体的には、以下の通りです。
1~4について、改めて図表で整理しました。
次に、それぞれの時期で、発生する費目やその額を、以下にまとめました。なお、Aさんの財産額は5千万円を超えており、任意後見監督人が選任されたタイミングとなる81歳から10年間、Bさんが後見人の任務を担うと仮定します。
第1期 | 第2期 | 第3期 | 第4期 | |
---|---|---|---|---|
状況 | 任意後見契約移行型を締結し、公証役場で 任意後見契約移行型の公正証書を作成 |
後見人予定者(後継ぎ)が、経営者の法的手続きをサポート | 任意後見監督人選任申し立てを、家庭裁判所へ申請 |
任意後見監督人の監督のもとで、後継ぎである後見人が被後見人(先代)の代理人として任務をつとめる |
必ずかかる費用 |
戸籍謄本など準備書類費用(約5千円) 公証役場に納める実費(1契約につき1万1千円)※証書枚数が4枚を超える場合は追加料金あり 印紙代(2600円) 登記費用(1400円) 郵送料(540円) |
特になし |
戸籍謄本など準備書類費用(約5千円) 【家庭裁判所に納める実費】 印紙代(800円) 登記費用(1400円) 郵送料(3990円) |
後見人費用は原則無報酬 後見監督人報酬(月額約2万5千円~3万円) |
オプション費用 (専門家に依頼した場合など) |
任意後見契約をサポートする行政書士の費用(約10万円) | 特になし | 司法書士に書類作成代行を依頼した場合の費用(約5万8千円) | 特になし |
費用計 | 約13万円(※証書枚数の追加料金を含む) | 0円 | 約7万円 | 約300万円 ~360万円 |
親族が任意後見人となる契約をする場合は、無報酬であることがほとんどです。後見人報酬は無報酬として論を進めます。
士業などが担う任意後見監督人の基本報酬の目安は、財産管理額が5千万円以下の場合は月額1万円~2万円、管理財産額が5千万円を超える場合には、月額2万5千円~3万円とします。保佐監督人、補助監督人、任意後見監督人も同様です。
このように、任意後見契約を準備し、認知症になってから10年間でかかる費用の合計額は、320万円~380万円と試算されます。
任意後見契約を結んだ場合、準備もないまま認知症を発症するといったリスクが回避でき、余計な出費が発生しなかったという「見えない利益」にも注目しなければいけません。
後継ぎが動きたいときに、法律行為を行えるという臨機応変な対応ができ、かつ、事業承継にかかる費用の負担を軽くするのです。
次に、任意後見契約の準備をしなかった場合は、法定後見人が必要になり、事業承継のハードルが上がります。この場合に発生する費用を見ていきましょう。
以下は、本連載の第2回「任意後見契約を結ばないデメリットは 失敗例に学ぶ認知症と承継準備」で紹介したA社の事例です。
こちらも、まずは事業承継を巡る経過を振り返ります。
建設業の代表取締役Bさん(70代後半)が突然、病気で倒れ、認知症が進んでしまいました。そのため、本社の新築ができず、あわてて息子のCさん(30代)を取締役に。建設業許可要件を維持するため、経営者の知人のDさんに取締役に就任してもらう急場しのぎの対応をした結果、従業員に不安が広がり、離職者が広がったため、廃業危機に陥っています。
実は、Bさんは認知症が進む前、当初はアドバイスに耳を傾け、任意後見契約移行型の締結準備を進めていました。しかし、締結直前になり撤回してしまいました。その理由は、「自分の財産をCさんに取られた気がする。気に食わない」という感情的なものでした。
その結果、Bさんの認知症が進み、やむなく弁護士が成年後見人につきました。Bさんの取締役の地位はすぐには失わなかったとはいえ、Bさんの個人財産を後見人が掌握することで、職務執行全般に支障が生じ始めました。
一連の流れを以下、四つのステップにまとめました。
上記の流れを時系列にまとめたのが、以下の図になります。
それぞれの時期で、発生する費目や費用もまとめました。
なお、任意後見契約を準備した事例と同様に、Bさんの財産額は5千万円を超えており、後見人及び後見監督人が選任された79歳から10年間、専門家が後見人及び後見監督人として任務をおこなうと仮定します。
第1期 | 第2期 | 第3期 | 第4期 | |
---|---|---|---|---|
状況 | 何もしない | 何もしない | 家庭裁判所に、法定後見申し立て手続きを申請 |
家庭裁判所から選任された法定後見人が先代の代理で手続きを行う。同じく、家裁から選任された後見監督人が、法定後見人を監督する |
必ずかかる費用 | なし | なし |
戸籍謄本など準備書類の費用(約5千円) 【家庭裁判所に納める実費】 印紙代(800円) 登記費用(2600円) 郵送料(3990 |
後見人(保佐人・補助人)(月額約5万円 後見監督人(月額約2万5千円~3万円) |
オプション費用 (専門家に依頼した場合など) |
なし | なし | 司法書士に書類作成代行を依頼した場合の費用(約15万円) | 特になし |
費用計 | 0円 | 0円 | 約15万3千円 | 約1020万円 ~1200万円 |
任意後見契約を準備しなかった場合、実際にかかる費用は10年間で1035万円~1215万円超になります。
こうした目に見える費用以上に、後見人に専門職がつくことによって、「後継ぎの意向通りに事業承継ができない」という「見えない損害」が続きます。この「機会損失」の算定は、事業承継の規模によって異なるでしょう。
本連載で書いた通り、専門職の成年後見人が選任されたことで、Bさんは取締役の地位はすぐには失いませんでした。しかし、Bさんの個人財産を、社外の専門家である後見人が掌握することで、職務執行全般に支障が生じています。
二つの事例を比較すると、任意後見契約を準備しておけば監督人の費用だけで済むのに対して、任意後見を準備せずに法定後見になってしまうと、後見人と監督人とダブルで報酬がかかってしまうことになります。
なお、上記の事例はあくまで一例です。ケースによって金額も変わりますので、ご注意ください。
任意後見契約を準備した場合より、しなかった場合の方が、圧倒的に費用が高く、機会損失も大きいことがわかると思います。
今回も含めて5回の連載で、任意後見契約移行型を使った事業承継対策の認知度が低い理由を、人・モノ(制度面)・カネ(費用面)の面から検証しました。
本連載の総まとめとして、事業承継に関する認知症対策について、筆者の結論をお伝えします。
読者のみなさまは、本連載でお伝えした実例をひとごとと思わず、今のうちに積極的な認知症対策に取り組んでみてはいかがでしょうか。
【参考】
・日本公証人連合会ホームページ「任意後見契約について」
・裁判所ホームページ「成年後見(後見開始・保佐開始・補助開始)及び任意後見監督人選任の申立てをお考えの方へ」
・裁判所ホームページ「成年後見人等の報酬額のめやす」(2013年11月、大阪家庭裁判所)
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