自動車部品会社4代目の危機感 EV充電事業で目指す「両利き経営」
自動車のブレーキ部品製造などを手がける大川精螺(せいら)工業(東京都品川区)の4代目社長・大川直樹さん(41)は、大手広告会社から転身しました。家業で新規事業や組織改革を進めるだけでなく、EV(電気自動車)の充電器普及に向けたスタートアップも立ち上げ、脱炭素社会のビジネスを追い求めます。
自動車のブレーキ部品製造などを手がける大川精螺(せいら)工業(東京都品川区)の4代目社長・大川直樹さん(41)は、大手広告会社から転身しました。家業で新規事業や組織改革を進めるだけでなく、EV(電気自動車)の充電器普及に向けたスタートアップも立ち上げ、脱炭素社会のビジネスを追い求めます。
目次
大川精螺工業は、大川さんの曽祖父・大川儀三郎さんが1934年に創業しました。「精螺」とはねじメーカーがよく使う屋号で、当時はねじ加工を手がけていました。
2代目で祖父の留雄さんは、月商の3倍もの値が張った米国製の機械を導入し、特殊鋼のコイル材を連続圧造で常温加工できる冷間鍛造技術で、自動車に使うボルト部品の大量生産に挑戦します。
大川さんは「自動車業界が伸びていく時代を先読みした祖父の判断と改革魂で、大幅に売り上げを伸ばしました」と言います。
創業時からの切削に加え、金型製造などの技術開発に邁進し、98年には日本で初めて、ブレーキホース継手金具の一体成形技術の開発を実現しました。多くの自動車・オートバイメーカーで同社製品が使われ、国内シェアは65%にのぼります。
「自宅兼工場で働く従業員のまかないを祖母が作ったり、休日は従業員と一緒にマージャンを楽しんだり。ファミリーという言葉がぴったりの会社で、祖父がリーダーとして従業員という家族を引っ張る姿に、大いにあこがれました」
祖父のような経営者になりたい――。大川少年は家業への想いを抱きましたが、「後を継げとは言われず、まずは幅広い経験を積もうと思いました」。大手広告会社・電通でマーケティング業務に携わります。
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しかし、家業への思いは持ち続けていました。8年間勤めた電通での後半は、新規事業や子会社の経営をサポートする業務を経験し、ゼロイチビジネスと経営ノウハウを身につけました。
そんな折、2008年のリーマン・ショックで家業の売り上げが激減し、前年対比70%減にまで落ち込む月もありました。
「口には出しませんでしたが、その後家業を継いだ父(3代目)の表情は険しく、体重もみるみる減少。経営がうまくいかず、疲弊しているのは明らかでした。家業に入るなら今しかない。父はもちろん、会社、従業員を救えるのは自分しかいないと思いました」
大川さんは10年に入社すると、工場、顧客先などに足を運びました。経営課題を探ると、コスト管理が「どんぶり勘定」であることが分かりました。
「金型費用、設備のメンテナンス費、消耗品の交換など製造工程に関するコストが不明瞭な状態でした。まずはコストを明らかにすると同時に、外部のSIベンダーに依頼し、コストが明らかになるシステムの開発を進めました」
冷間鍛造で自動車部品を作っているメーカーは限られており、既存事業を続けていれば経営は安定していました。このため、品質(Q)と納期(D)にばかり注力し、コスト(C)意識が欠落していたのです。
しかし、大川さんは従業員を集めて鼓舞しました。「祖父の改革魂を思い起こし、再び新たな分野に進出しよう」
すると、若手エンジニアが手を挙げて、開発に特化した部署が発足しました。今後伸びるであろうEVの部品で自社の技術が生かせるものを検討し、EV用充電コネクター端子の開発に成功しました。
大川さんは営業改革も進め、海外に目を向けました。北米大陸にはブレーキホース金具を作るメーカーがないという情報を得ると、祖父譲りの改革魂を発揮します。
メキシコへの進出を決め、13年、自らがトップとして赴任することを決めたのです。
「メキシコ人には、家族を大切にする文化が根づいていました。従業員と家族のように触れ合うという思いが、さらに高まりました」
18年に帰国した大川さんは4代目に就任すると、経営理念や、会社、従業員に対する考えや思いを、全従業員に知ってもらうように努めました。
大川さんは「GRAN FAMILIA COMPANY(究極の家族経営)」との経営理念を定めるとともに、各部署がバラバラになるのではなく、共通の目標に向かうためのKGI(Key Goal Indicator)を作りました。たとえば、「品質不具合ゼロ」などです。
社内でうれしいことをしてくれた相手に渡す「ありがとうコイン」も発案しました。社内の飲料自販機で使えるコインは、誰から誰に渡されたかが分かる仕組みで、思惑通り、異部署間でのコミュニケーションが活発になりました。
従業員に望む思考や行動を明確化するため、バリューやフィロソフィーなどを記した冊子を作り、毎日の朝礼で従業員に意識してもらうよう努めています。
「上長と1対1で面談を行う1on1も、月に1度のペースで開いています。従業員は家族と思うからこそ、仕事もプライベートな悩みも気軽に話してもらいたいです」
「見て覚えろ」という職人気質だった技術の継承も、ドキュメント化などで「見える化」への改革を進めました。
属人的で、各上長の判断に委ねられていた人事評価制度の改革にも、取り組みます。全社統一の評価システムを構築し、KPI、スキル、バリューと大きく三つの指標に分け、評価する仕組みにしました。
「KPIって何? 意味が分からない」。一部の従業員から反発の声があがりましたが、大川さんは人事評価制度を変える意義や各指標の意味について、専門の講師を招き、丁寧に説明して理解を得ていきました。
経営改革の結果、家業に入ったときに約78億円だったグループ全体の売上高は、1.5倍の約120億円に成長しました。
経営改革を急いだ理由には、他にも大きく二つありました。
ひとつは、中国企業の台頭です。価格を下げられたことで、次第にシェアが奪われていきました。
もう一つは、事業の将来への危機感でした。EVや自動運転など技術革新が激しい自動車業界で、今は高いシェアを誇っていても、現在のアセットに頼るだけでは、リスクが高いと感じていたからです。
大川さんは、米国の経営学者・オライリーが提唱する「両利きの経営」に注目します。
「ものづくりをさらに極める『知の深化』は重要ですが、新たな分野に進出する『知の探索』が必要だと思うようになりました」
17年に大川さんが購入したEVが、「知の探索」のヒントを与えてくれました。実際に乗ってみると、充電ステーションが整っていないと感じたのです。軽井沢に遠出して、ホテルに着いたときの充電残量は1%。「途中で止まるかと思い、ヒヤヒヤしながら走っていました」
ホテルには充電設備がなく、近くのステーションまで走ると、充電待ちの車で渋滞していました。
大川さんが知の探索を続けると、充電器を作るメーカーは多くても、EVの普及で脱炭素社会の実現を目指すという大きな視野で、サービスを手がける企業がないことに気づきます。
「インフラ整備も含めたサービスを提供すれば、ユーザーはもちろん、社会にも貢献するのではないか」。大川さんは、EV事業へのチャレンジを決めました。
当時、大川さんと同社には、EVの知識もアセットもありませんでした。そこで、別のスタートアップとして会社を設立し、ベンチャーキャピタル(VC)などから出資を受け、さまざまな知識や人脈を得ようと考えます。
「自社単独では、社会にイノベーションを起こすのは難しいと思い、資本も含めてオープンなスタンスでビジネスを進め、専門家を広く集めようとの考えに至りました」
18年、大川さんが代表となり、EVスタートアップ「プラゴ」が誕生しました。大川精螺工業の資本は入っていますが、VCからも資金調達をしており、現在までの調達額は1.9億円になります。
実際、環境系ビジネスに精通するVCからの出資も受け、人材のネットワークが広がっています。
プラゴは、働き方や雇用形態で新しいスタイルを追求しています。開発エンジニアとは業務委託で、中には学生メンバーもいます。業務はオンラインが中心です。
プラゴのサービスは大きく二つに分かれます。一つは、EV充電器の開発・製造・販売です。充電器がインフラとして広がることを目指し、デザインに注目。ホテルや観光地に設置しても景観を損ねない、シンプルな形状としつつ、シーンによってカラーを選べる設計としました。
車止め型の充電器も開発しており、いずれは無線型も視野に入れているそうです。
もうひとつはソフトウェアやスマホアプリの開発です。充電する場所をスマホで簡単に検索でき、事前予約や決済ができる仕組みを構築し、すでに利用がはじまっています。
「既存の充電ステーションで得られる電力の大半は、化石エネルギーによって発電されていますが、これでは脱炭素社会を目指す意味がありません。当社の電力は、再生可能エネルギー100%としています」
ビジネスモデルは、充電器の販売やシステム使用料ですが、現在は多くの施設に使ってもらうフェーズのため、利益を気にすることなく、周知も含めたロビー活動に精力的です。
各地の事業者や交通・旅行会社などに声をかけ、技術・営業面でのパートナーとのアライアンスに動いています。どちらも徐々に増えつつあり、ゴルフ場や宿泊施設への導入が進みます。「特にゴルフ場はEVで来る方が増えており、明らかに潮目が変わってきています」
政府は30年までに、EVの充電インフラを15万基にして、ガソリン車並みの利便性に高める政策目標を掲げています。
大川さんは「10分の1にあたる1万5千基を、プラゴの充電設備で担うのが当面の目標です。そのころには、アプリをサブスクリプションモデルにして、課金と月額利用費で収益を生む計画です」と先を見据えています。
家業でも、製造工程でロボットや画像処理AIを導入して、効率化を進めるなど、知識の深化や改革を進めています。家業とスタートアップの「両利き経営」を進化させる大川さんは、力強く言います。
「できるかできないかではなく、やるかやらないか。これが、重要ではないでしょうか」
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