業界の外に求めたパートナー 食器販売店5代目が1年で進めた業務改善
高松市で食器や厨房器具の販売を手がける「河野」は、創業140年でグループ会社も抱える地域の代表的企業です。創業家5代目で専務の河野一哉さん(33)は、アメリカンフットボールで高校日本一に輝き、大手保険会社の営業でも活躍。2020年秋に家業に戻りました。コロナ禍や企業文化の違いに戸惑いつつ、スピード感を持って経費削減や取引先の新規開拓を進めています。
高松市で食器や厨房器具の販売を手がける「河野」は、創業140年でグループ会社も抱える地域の代表的企業です。創業家5代目で専務の河野一哉さん(33)は、アメリカンフットボールで高校日本一に輝き、大手保険会社の営業でも活躍。2020年秋に家業に戻りました。コロナ禍や企業文化の違いに戸惑いつつ、スピード感を持って経費削減や取引先の新規開拓を進めています。
目次
河野さんにとって「河野」は母方の家業です。1881年、陶器販売業として創業し、時代とともに、ガラス、金属、合成樹脂などの食器、厨房器具の販売へと幅を広げました。
1987年には高松市にショールームを設立。業務用食器の展示場としては日本最大級で、中四国、関西方面から多くの人が訪れています。河野さんの祖父の代では、業務用食器の販売や外商、不動産業務なども手がけ、「河野」を含め、グループ会社7社のオーナーとなっていました。
河野さんは東京育ちですが、長期休暇のたびに高松に帰省していました。幼い頃、祖父の事業で印象が強かったのは、「トーカイ」というグループ会社です。寝具のリース業や介護福祉サービスを手がけ、最も成長している会社というのが理由でした。
歯医者だった河野さんの父にも、事業承継の打診がありましたが、断ったといいます。「家族からは(河野家を)継いでほしいとそれとなく言われていました」
河野さんの夢はスポーツ選手でしたが、物心ついた頃から、祖父に経営の話ばかり聞かされました。「お前の時代は常に20年、30年先を考え、世の中がどういう風に変化し、変化させたいかを考えていなければ、時代に乗り遅れるぞ」と言われたそうです。
河野さんは「まだ10年すら生きていないのに、と思いながら聞いていました」。期待を受けて、祖父の出身大学である慶應義塾大学の中等部に進学しました。
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河野さんはアメフト部に入り、高校時代には日本一を決める「クリスマスボウル」で決勝点を決め、チームを22年ぶりの優勝に導きました。
それでも、家族からはスポーツ選手の夢は反対されたそうです。祖父のようにビジネスパーソンとして生きることを求められていました。
その頃、河野さんが子ども時代に興味を持ったグループ会社「トーカイ」を、祖父が売却しました。祖父から「お前が戻ってくる場所はない。自分の人生を生きろ」と言われ、「家業を継ぐイメージはほぼなくなりました」。
大学でもアメフトを続けましたが、社会人でもプレーするには体力的に厳しいと感じ、夢を断念しました。
大学卒業後は大手損害保険会社に入り、自動車保険の営業職を務めました。「一番ハードで誰も配属を希望しない」と言われた部署を志願しました。
自分より販売経験が長い代理店の社員に、社会人1年目から指導するのはハードでした。しかし、将来は起業家も視野に入れていたので、経営の視点を学べたことはよかったと言います。5年後には、外資系の大手生命保険会社にヘッドハンティングされました。
「父方の親族はバブル期に金融で失敗し、大借金を抱えました。顧客ファーストではなかった金融業界のビジネスに違和感を覚えていたので、中に入って改善したいという思いがありました」
2社目は紹介営業で、自分の名前をどれだけ周りに広めてもらえるかという勝負の世界。毎日たくさんの人に会って成果を残し、転職5年で支社長への昇進話も出てきました。そんな時、祖父が体調悪化で入院し、河野さんは家業の事業承継を考え始めたのです。
最初は会社に残って支社長業務と両立し、家業はオーナーとして引き継げないか、と考えたそうです。家業をグリップするには、後継者として多くの株を所有しなければいけません。代表権を継いで、他の推定相続人の遺留分に関する民法特例を受け、株の分散を防ぐのが一番得策でした。
しかし、勤務先の副業規定では、代表権の取得が認められていませんでした。20年3月に祖父が亡くなり、河野さんは家業の代表権を継ごうと決め、支社長試験の3週間前に受験を断念。会社も辞めました。
「実は、父の歯科医院はバブル崩壊後、経営が苦しくなったため、祖父が僕を私立中学に入れ、アメフトもできるように援助してくれました。祖父は一家どころか一族の大黒柱で、あこがれの存在。だから、家業を大事にしようと思ったのです」
20年10月、家業で働きはじめました。従業員数は20人。大企業から転身した河野さんから見て「河野」はトップダウンが利いた社風に感じたそうです。目標達成に向けて一丸で働けることは強みでした。
まずは、社員に会社への不満や課題を聞くことから始めました。グループ会社の社員からは教育体制の未熟さや、評価基準のあいまいさを指摘されました。「河野」の現社長・白井邦男さんからは、営業先の開拓やオリジナル商品の開発に取り組むべきだと意見をもらったそうです。
大手保険会社で働いていた河野さんの経歴から、「超実力主義」になってしまうのでは、と懸念する声があがったこともありました。
「プロとして売り上げをつくる仕事は大事ですが、押し付けすぎはよくないので、バランスを考えて発言するようにしています。これまでの仕事の仕方を全部壊そうとは思いません。社員の声を反映させつつ、ビジネスをしっかり成長させたいです」
河野さんは3カ月ほどメーカーへの営業に回り、業界の情報を集めました。前職や学生時代の友人、そこから紹介してもらった人にどんどん会い、自社の課題について相談しました。
「河野」も経営好調だった時代は、積極的にテレビCMを流していましたが、経営不振になってからは、足で稼ぐ営業が中心になったそうです。一方、人件費が上がったり、大型量販店との競争が激しくなったりしたことで、営業利益率が低下。足で稼ぐ営業を続けることも難しくなりました。
そこで、広報を強くしたいという意識があった河野さんは、販促に強い人材を、知人経由で探し、アパレルを中心にブランディングなどで活躍する人を紹介してもらうことができました。
現在、河野のリブランディングをはじめ、新規事業やSNS広告などのディレクションを担当してくれています。
「人づてに紹介してもらうことを重ねると、3週間で全く知らない人に会えます。そういう意識で3カ月過ごしたので、経費削減や新規事業などを進めるための業務を委託できる協力者を、ある程度見つけられました」
河野さんは、今までの家業と違うルートでパートナーを見つけたかったといいます。業界の常識をベースに変えようとしても、劇的な進化はできないイメージがあったからです。
東京のビジネスパーソンだった河野さんは、商慣習の違いに戸惑うこともあります。四国は人の入れ替わりがゆっくりで、人と人との付き合いを大事にしているように感じました。
自社のテナントビルがある商店街で「河野」を名乗れば、すぐにどこの会社か分かってもらえ、幼少期から顔見知りの関係が商慣習にも根付いているそうです。
ただ、そうした慣習は功罪があるように感じています。
例えば、昔に比べて下がっているはずの複合機などのリース品や電力などの価格は、昔の契約内容のまま更新されず、経費がかさんでいる状態でした。加えて、昔ながらの足で稼ぐ営業を続けていることも、利益率が悪い要因になっていたと言います。
「人の出入りが激しい東京は、ビジネスで信用を無くすと契約を切られることもよくあります。四国は企業も人口も少ないので、何でもかんでも関係を切るようなことをすると、ビジネスが成り立たなくなる面があるのでしょう」
慣習や付き合いは、大切にするべきですが、見直すところもあると感じています。
「実際に、その商慣習が理由で、当社は赤字を引きずっている部分もあります。地方の企業を強くするためには、時に癒着のように見える付き合いが、必ずしも双方にとって正解ではありません。しっかり話し合いたいと思っています」
コロナ禍は「河野」にも大打撃を与え、月の売り上げが7割減だったこともありました。河野さんは経費削減や、新しい事業の準備を進めています。
「自分の体はひとつしかないので、人に頼んだり、外注して任せられたりする仕事は、なるべく任せています。いかに自分の仕事を複数人に分散できるかどうかが大事だと思っています」
河野さんが積極的に活用しているのは、決裁者マッチングアプリ「ONLY STORY」です。BtoB企業の決裁者が他社の決裁者へ直接メッセージを送ることができ、経営改善・業績向上に有効なマッチングができるサービスです。
ここでつながったパートナー企業の提案で、再生エネルギーを活用した電力に変え、電気代を25%削減できました。グループ会社全ての電力も入れ替え、人件費1人分くらいの費用が捻出できました。
ショールームは老朽化が進み、10〜20年後には建て替えが必要になります。その時までにキャッシュフローが回るよう、銀行の融資を受けて不動産を2軒購入しました。
食器屋のビジネスを拡大するためには、不動産事業で利益を出して賄うことも必要だと考えています。
※後編では、食器のアップサイクルやサブスクリプションサービス、自社ブランド、子会社設立など、持続可能性を意識した取り組みに迫ります。
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