「空気のような経営者」を目指す3代目 従業員から生まれたヒット商品
日本唯一の糸ゴム専門メーカー「丸榮日産」(兵庫県明石市)の3代目・丸山高史さん(50)は、経営がどん底だった33歳の時に社長に就任。従業員の士気を高めて、復活への歩みを進めました。後編は、従業員発で大ヒットにつなげたランチベルトの開発や、持続可能な開発目標(SDGs)を意識した商品などについて伺います。
日本唯一の糸ゴム専門メーカー「丸榮日産」(兵庫県明石市)の3代目・丸山高史さん(50)は、経営がどん底だった33歳の時に社長に就任。従業員の士気を高めて、復活への歩みを進めました。後編は、従業員発で大ヒットにつなげたランチベルトの開発や、持続可能な開発目標(SDGs)を意識した商品などについて伺います。
丸榮日産は糸ゴムだけでなく、雑貨部門も事業の柱です。丸山さんの父が1980年代から食器や包丁の取り扱いをはじめましたが、卸売業だけでは利益率が低く、思うように利益が上がりませんでした。
2003年に「free will」という自社ブランドを立ち上げ、海外から輸入した食器を扱いましたが、試みはうまくいかず、在庫の山ができてしまいました。
「当時は、バイヤーが気に入ってくれそうな商品を仕入れる商売でした。消費者が求めているものは何か、という『消費者観点』が抜けていたのです」
丸山さんは、前職のP&Gジャパンで学んだ「消費者観点」を、少しずつチームに浸透させました。
陣頭指揮をとり、粗利益率の高い自社商品の企画開発にも着手しましたが、一筋縄ではいきません。売れなかった商品も多く、思っていた結果が出ないことも多々ありました。
「在庫の山が残ると、めちゃくちゃ恥ずかしいですよ。でも、営業が何とか頑張って、次につなげる。そうしているうちに、少しずつ売れるものが出てきました」
成果が出ない時期も、丸山さんは、従業員に「失敗はだめ」、「これはしたらあかん」などとは一度も言ったことがありません。
「失敗のまま終わらせず、フォローして成功に導くことが大事です。コツコツ地道に努力するしかないし、その繰り返しだと思っています」
その考えが社内に浸透した結果、チャレンジしやすく、言いたいことの言える風通しの良い組織に生まれ変わりました。
「消費者観点」を持ち、失敗を恐れずチャレンジできるようになった従業員たちからの発案で大ヒット商品が生まれたのは、17年のことでした。
「うちのゴムを使って、一緒に何かできへんか」。それまでは別々に仕事をしていた雑貨部門とゴム部門のメンバーが合同で開発したのが、弁当箱にかける「MUSUBI(むすび)ランチベルト」です。
自社開発のオリジナルゴムを使用し、国内の専門工場で丁寧に製造。常時20種類ほどそろえているランチベルトのデザインや色は、すべて従業員のアイデアから生まれました。
「当初は、単色のシンプルなベルトしかありませんでしたが、使う人の立場で考えると、色々な柄があったほうが楽しいですよね。私は口を出さず、形にしてくれたのは従業員です。それぞれの強みを生かして新商品を考えてくれたのは、本当にありがたかったです」
「MUSUBIランチベルト」は、17年1月の販売以来、累計で約27万本(21年9月時点)も売れるヒット商品となりました。
他にも、「エコバッグ」や「消臭剤」など、従業員発の新商品を次々と生み出しています。
従業員の発想力を引き出すため、丸山さんは、違う業界やテクノロジーに関するアンテナを張り、関連する記事や書籍などを渡しているといいます。
「同じ業界だけを見ていると、アイデアに詰まったり、技術的に大きな変革があったときについていけなくなったりします。違う業界に触れることで、発想が豊かになったり、違う素材を雑貨に転換したりできるので、その役に立てばと情報を提供しています」
コロナ禍に見舞われた20年、丸榮日産は手作りマスク用のゴムの需要が増え、むしろ業績は良かったといいます。雑貨の売り上げも好調でした。
しかし、21年は緊急事態宣言中の期間が長くなり、店を開けられない取引先が増え、売り上げは20年比で30%程度減少しています。
それでも、丸山さんは前を向きます。「コロナはいずれ収束すると思うので、そこにフォーカスを当てず、これまで通り、お客様に気に入っていただける商品の開発に力を入れます。今は営業活動も難しくなっていますが、時間を有効活用して、新しいものづくりにチャレンジしています」
丸山さんが今、注力しているのが、持続可能な開発目標(SDGs)やエシカル消費を意識した商品開発です。
「環境問題などの取り組みに関して、我々中小企業にも大企業と同じく、消費者の目が厳しくなると考えています」
21年4月に発売した新しい柄のランチベルトは、自社で生産した再生ゴムを使用しています。再生ゴムの技術は10年以上前から確立していましたが、割高になるため、商品化には至っていませんでした。
周囲が再生ゴムの技術を忘れていく中、丸山さんは「いつか使えるはず」と機会をうかがっていたといいます。
2年ほど前からSDGsに脚光が当たり始めると、丸山さんは「今しかない」と、ランチベルトを再生ゴムで作るよう指示を出しました。普段は従業員のボトムアップを重視していますが、「これだけはトップダウンで決めました」。
根幹の技術はあったため、3カ月程度で商品化に成功。売り上げも好調です。
22年春からは、ランチベルトの柄に使う糸の一部を、リサイクル製品に変える予定です。環境に配慮した商品は原価が高くなりますが、価格は据え置きにしています。
「環境に配慮した商品は、我々が目指す着地点であり、作る側の責任です。こういった商品が普及すれば、最終的には我々にも利益が還元されると思っています」
丸山さんは、自社の商品や取り組み、姿勢を知ってもらうため、プレスリリースでの発信にも積極的です。
「我々がまだ見えておらず、直接取引のない企業にも、商品や姿勢を見せていくことが、中期的にプラスに働くと考えています。採用面でも良い影響をもたらすことを期待しています」
丸山さんが目指すのは「空気のような経営者」です。「従業員が自分の頭で考え、動ける会社が一番理想的です。そのためには、私があまり出しゃばらないことですね」
丸山さんはP&Gに勤めた後に、後を継ぎました。後継者に向けて「企業勤めがダメなんて絶対に思いません。でも、後を継ぐ覚悟を持っても損はないと思います」と話します。
「真剣になればなるほど知恵が出て、覚悟が中途半端だと愚痴が出ます。覚悟して経営に取り組むと、しんどいこともありますが、それ以上に楽しくて、素晴らしいことがたくさんある、最高の人生になると思います」
自分1人の力で歩いてきたわけではありません。「従業員やご家族を大いに頼っていいと思います。覚悟があれば真剣味は伝わり、みんな助けてくれます」
「後を継いでめちゃくちゃ良かった」と笑顔を見せる丸山さん。覚悟とともに、さらなる挑戦を続けます。
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