「家具のまち」に感じたシナジー 桐箱店3代目が決断した攻めのM&A
福岡県古賀市の増田桐箱店3代目社長、藤井博文さん(34)は、25歳で祖父から後を継ぎました。創業以来初の自社開発商品となった「米びつ」をヒットさせ、従来の桐箱の売り上げも伸ばしました。コロナ禍においても将来を見据えた新商品開発や、事業の幅を広げるためのM&Aなど、生き残りをかけた攻めの経営を続けます。
福岡県古賀市の増田桐箱店3代目社長、藤井博文さん(34)は、25歳で祖父から後を継ぎました。創業以来初の自社開発商品となった「米びつ」をヒットさせ、従来の桐箱の売り上げも伸ばしました。コロナ禍においても将来を見据えた新商品開発や、事業の幅を広げるためのM&Aなど、生き残りをかけた攻めの経営を続けます。
――社長就任後、社内の組織作りや意識改革に取り組んだことはありますか。
工場長と話し合い、工場のレイアウトを大きく変えました。それまでは、作る桐箱のジャンルごとに工場の部屋が分かれていました。一つの会社の中に、小さな工場がたくさんあるような状態だったのです。昔の木工業界の慣習がそのまま残っていました。
――部屋ごとの在庫や仕掛かり品も多そうですね。
さすがに生産効率が悪いので、桐箱のジャンル別ではなく、「切る」「組み立てる」「仕上げる」といった工程別にして製造ラインを一本化し、工場全体をワンフロアに統合しました。
――職人たちはすぐに慣れましたか。
初めは大変そうでしたが、担当内容はそれまでと同じですし、徐々に慣れていきました。それだけでなく、ワンフロアで全てが見える化されたため、職人同士のコミュニケーションが密になりました。
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――どういったコミュニケーションですか。
後工程への声かけや、生産の優先順位などの情報共有です。それまで職人たちは、自分の仕事はきっちりやる一方で、他のことはあまり気にしないという雰囲気がありました。職人のものづくりはそのまま続け、そこに気配りが加わったことで、納期遅れにつながりかねないボタンの掛け違いや、ミスが激減しました。
――ヒット商品の米びつは、古賀市のふるさと納税の返礼品にもなっています。
2017年に、市役所の方から声をかけてもらったのがきっかけです。ふるさと納税の仕組みを聞いた時に、チャンスだと思いました。
――何がチャンスだと思ったのですか。
支払い条件です。当時、桐箱業界ではまだ手形決済が主流でした。現金化に数カ月かかる手形に比べて、自治体が実施するふるさと納税の返礼品の支払いはおよそ2~3週間です。
ふるさと納税制度そのものには賛否両論ありますが、うちのような地方の中小企業にとっては、経営力向上のチャンスだと思いました。古賀市の担当者を通じて、返礼品に対するフィードバックが聞けるので、商品改善にもつながります。制度に依存するのではなく、自分たちのステップアップの場だと考えています。
――クラウドファンディングも活用しているのですね。
2020年に新商品の「木製オセロ」を開発し、クラウドファンディングを通じて販売しています。
以前から、桐箱の製造工程で発生する端材を何かに使えないかなと考えていました。コロナ禍で、結婚式や企業の周年行事などのギフト需要が減ったため、もっと日常生活になじんだ商品を届けたいとも思いました。
――手応えはいかがですか。
おかげさまでよく売れています。一番の要因は、早割価格なら6千円台で購入できる価格設定だと思っています。クラウドファンディングの運営担当者に、「リターン品が最も売れる価格帯」を聞いてから、商品開発をスタートさせました。
――はじめから「オセロありき」ではなかったのですね。
米びつの商品開発の実体験で学んだ、「手に取ってもらえる価格設定」を最も重視しました。売れる価格帯で、うちの技術や資源が使えて、コロナ禍の巣ごもり需要にも応えられるものとして、出てきたのがオセロです。
うちならではの特徴として、オセロの駒が四角だったり、角ばった形をしたりしています。桐箱店が最も得意とする「木を四角く加工する」技術を商品に込めたいと考えました。
――2021年8月に、福岡県大川市の家具製造会社のM&Aを行ったそうですね。
30歳を超えたあたりから、仕事の幅を広げるためにM&Aにチャレンジしたいと考えていましたが、当時はまだ漠然としていました。
そんな中、お世話になっている銀行から「いい会社なんだけど後継者がいない」と、大川市の家具製造会社「中村企画設計」を紹介されました。
――「大川」といえば、昔から家具のまちとして有名ですね。
大川には家具屋や材料屋、塗装屋、刃物屋など、木工産業に関する資源やノウハウが集積しています。数も圧倒的に多く、古賀市で桐箱店を営むうちも「いつかは大川に拠点を持ちたい」と考えていました。
――中村企画設計の印象はいかがでしたか。
中村企画設計は、テレビボードやマンション備え付けの靴箱といった、箱物の家具を作る会社です。製造現場を見たところ、使っている設備の約8割がうちと同じで、「違いは箱の大きさだけだな」と親和性を感じました。
――M&Aに踏み切った決め手は何ですか。
2点あります。1点目は大川という立地です。木工屋として、材料の調達や加工など、大川とのつながりを持つことで仕事の幅が広げられると思いました。
もう1点は、社長の人柄です。ここでの人柄とは、ものづくりに対して妥協をしない、職人のような姿勢です。私は中村企画設計の社長の息子のような年代ですが、ものづくりについては年齢関係なく、オープンな議論ができると確信しました。
――M&Aの資金はどうやって調達しましたか。
日本政策金融公庫の、「新型コロナウイルス感染症特別貸付」で融資を受けました。コロナ禍で会社の業績は一時的に悪化しましたが、幸い輸出などで挽回できています。コロナ融資に限らず、低金利が続く今こそ攻めの姿勢が大切だと考えています。
――M&Aから3カ月経ちますが、手応えはいかがですか。
新商品ができました。うちは木材の加工は得意ですが、「蝶番」という、扉を開け閉めするための金具をつけるノウハウが不足していました。それが、中村企画設計の職人に付け方を教えてもらうと、あっという間にできたのです。そこでキャビネットを新商品として開発し、古賀市のふるさと納税の返礼品に追加しました。あわせて、中村企画設計でうちの米びつを作り、大川市の返礼品に反映してもらいました。
思わぬ副産物としては、大川での桐箱の取引が増えました。M&Aの時には気が付かなかったのですが、大川には桐箱屋が1軒もありませんでした。家具で有名な大川ですが、桐箱屋は、すきま産業すぎて1軒もなかったのです。
最近では私が大川に行くと、「ちょっとこれを手伝ってくれないか」と、家具屋や建具屋から、仕事の相談が山のように寄せられます。うちが箱の枠だけ作って、天板の加工は大川の会社が担当するとか、お互いの強みを生かしたこれからの展開が、とても楽しみです。
――2021年6月に、古賀市の商工会の会長に就任したそうですね。
33歳で就任しました。全国の商工会議所や商工会のなかでも、ものすごく若い方だと思います。
古賀市は人口6万人弱の、福岡市のベッドタウンのような位置づけですが、食品加工団地があるため会社は多く、商工会の加盟企業は1050社ほどです。商工会というと、第一線を退いたおじいちゃんの集まりというイメージがあるかもしれませんが、元来は商売人を支えるための団体です。コロナ禍のあたりから、「いい仕組みがあるのに、活用しきれていなくてもったいないな」と考え始め、今年、会長に立候補しました。
――何がどういい仕組みなのでしょうか。
企業や個人事業主に対して、古賀市の商工会には大きく二つの役割があります。一つ目は、経営改善のための相談窓口です。職員や経営指導員が、経営に関するアイデアを実現させるための方法や、経営の悩みの解決策や補助金などをアドバイスしてくれます。
私自身も、商工会を通じて米びつのデザイナーを紹介してもらったり、事業承継の進め方の相談にのってもらったりと、とてもお世話になりました。
二つ目は、古賀市と連携して、地域のお祭りなどのイベント開催をサポートしています。講演会や研修などでは中小企業庁からのサポートも得られるし、省庁と自治体の両方との接点を持ちながら、企業や個人事業主のよりよい経営につながる仕組みを持っています。私はそういう仕組みを持つ商工会を、大きな「箱」としてとらえています。
――まさに、箱屋の発想ですね。
「いいものや、いい仕組みを生かしたい」という点では、家業に入社した時と同じ思いを持っています。中身が売れて、桐箱が売れてもうかるという世界にずっといるので、商工会という箱を生かしたビジネスを考えて、中身(古賀市の企業や個人事業主)を一緒によくしていきたいと考えています。
――商工会の人たちの反応はいかがですか。
「何を言っているのかな」と、ときどき宇宙人のような扱いをされることもありますが、あまり気にしていません。どうやったら地元がよくなるか、どうやったら一過性のイベントだけではなく、ビジネスをしたい人が地元に来てくれるか、という話をし続けています。
――直近ではどんな活動をしているのですか。
コロナ禍で中止を余儀なくされた地元イベントの「まつり古賀」を、オンラインで開催しました。地元企業の協力を得て、「古賀市ウェブ物産展」を、クラウドファンディングのプラットフォーム上で実施するものです。
今回はオンラインでのイベントですが、広報活動はアナログとの合わせ技で行いました。市役所の職員の皆さんが、駅やスーパーでのポスター掲示や、福岡県の記者発表時の案内投げ込みなどを買って出てくれました。
本来、地元のものであるまつりが、今回オンラインになったことで、昔住んでいた人や、古賀市のことをあまり知らない人たちにも届いたと感じます。参加企業も面白がってくれて、「うちにもクラウドファンディングのやり方を教えてほしい」といった声が商工会に寄せられました。
――今後、目指す会社の姿についてお聞かせください。
目指す姿は「日本一、木で四角いものを作るのが上手な会社」です。木工関係で何かしたいなと思ったとき、「増田桐箱店に相談しよう」と思ってもらえればありがたいです。
そのためには、今の状態がベストと思わずにチャレンジや改善を続けることが、何よりも大切です。ニッチな桐箱屋が生き残るために、中身と一緒に進化していきたいと考えています。
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