目次

  1. アメフトに熱中した学生時代
  2. 将来を見据えた飛び込み営業
  3. IT環境を少しずつ改善
  4. 経営者のITスキルがDXのカギ
  5. トップダウン型の組織を変革
  6. アメフトコーチの経験を経営に
  7. 経営理念を打ち立てた理由
  8. 先代は投手、後継ぎは捕手
  9. 脱炭素社会で見据えるビジョン

 高橋商店は1963年、のり養殖業を営んでいた高橋さんの祖父が、羽田空港の建設に伴い、業種転換して創業しました。現在は、羽田空港近くでガソリンスタンド2店を運営し、ガソリンの配送事業のほか不動産などの子会社も経営しています。

 石油関連の売り上げは、ガソリンスタンドが3割、建設現場などで使う重機向けにガソリンを配送する事業が7割を占めます。

 石油関連事業だけで年商は30〜40億円、グループ全体だと年商50〜60億円にのぼり、グループ全体で約80人の従業員を抱えています。

高橋商店が羽田空港近くで運営するガソリンスタンド

 高橋さんは5人きょうだいの長男です。「他の子のお父さんはスーツ姿なのに、私の父の手は油で真っ黒。子どもながらに引け目を感じていました」

 それでも、長男としていずれ家業を継ぐことは頭にあり、小学6年生のときに将来の夢は「松下幸之助」と書いたほどでした。

 中学は帰宅部でしたが、法政二高に進学後はアメリカンフットボールに打ち込み、高校日本一に貢献。法政大学でも学生最高峰の甲子園ボウルに3度出場するなど活躍を果たします。

 「スポーツしかやっていなかった」とは言うものの、大学は経営学部で学び、家業を継ぐという思いは持ち続けていました。

法大アメフト部で活躍した高橋さん(写真左、高橋さん提供)

 大学卒業後は、家業ではなく日本IBMに入社します。「ビジネス経験が少ないまま、家業に入っても使いものになりません。継ぐ前に、他社でビジネスや企業経営を学ぼうと考えました」

 家業とは畑違いの会社を選んだ理由は、新人研修プログラムの充実ぶりでした。内容は名刺の渡し方からプレゼン、パソコンの使い方、契約の仕方まで多岐にわたります。

 最後はホテルに缶詰めとなり、講師とロールプレイングしながら、顧客の経営課題を解決するITソリューションを提案し、役員にプレゼンをしました。

 「研修を終えれば10年選手並みに活躍できると言われていたほどで、今までにない知識を身につける絶好の機会でした」

 研修後は営業に配属され、金融機関向けにパソコンなどの販売を担当します。

 計8年勤務しましたが、父から「いつ家業に戻るんだ」と言われたこともあり、最後の2年間は、自ら志願して新規開拓を担い、ひたすら飛び込み営業をしました。

 「将来を見据え、IBMという企業ブランドが通じる既存取引先ではなく、自分自身がお客様に評価される営業を身につけたかった。代表電話にアポ入れするところから始め、電話をすぐ切られることもしょっちゅうでしたが、お客様の困り事を聞き出す営業に徹しました」

 高橋さんは2005年、家業に平社員として入社しました。顧客回りから始めて、ゼロから石油販売業の営業を学びます。

 その一方、IBMと家業とのデジタル格差に驚くこともありました。

 「全てがアナログでした。パソコンは1台を共有し、個人のメールアドレスもなく、連絡事項は電話やメモ。パソコンにデータを入力したくても、列を作って並ぶ状態だったのです」

高橋さんは徐々にIT環境を整えていきました

 前職ではITソリューションの提案もしていたので、解決法は見えていましたが、口に出すのはぐっとこらえます。

 「いきなり提案しても、若造の言うことなんか聞きません。下っ端として、まずは営業で経験を積みました」

 そのうえで、ホームページ制作やメールアドレスの付与など、少しずつ社内のIT環境の改善に取り組んでいます。

  「自分が子どもの頃からいた年配の社員も多く、最初は理解してもらえなくても、IT化で何が便利になるのか、繰り返し丁寧に説明したのです」

 組織改革と並行し、DXによる業務効率化にも取り組みます。

 具体的には、クラウド経理ソフトを導入し、データ作成の時間を短縮。財務状況もリアルタイムで把握できるようになりました。

 また、トラックに車載端末を導入し、21年秋から省力化を加速させています。「それまではドライバーが持ってくる紙の伝票を、事務担当者が手入力していました。3人の社員が1カ月かかる作業でしたが、それが無くなったことで、浮いた時間をクリエーティブな業務に使っています」

高橋さんが導入した車載端末

 業務フローの管理ソフトを導入し、日報もデジタル化。ファイル共有のクラウド化やノートパソコンの支給で、テレワークも可能な環境を整えました。

 「DXのカギは、経営者のITスキルです。私はベンダーが提案するサービスが、本当に自社に必要かどうか判断できます。その点では、IBMでの知識が大いに役立っています」

 高橋さんはDXだけでなく、後継ぎとしての組織作りにも注力しました。

 ドライバーを待つのが基本のガソリンスタンドと違い、石油配送は攻めの営業ができます。マーケットを拡大しようと、高橋さんは自ら前線に立って陣頭指揮を執ります。

 ガソリンは商品自体で差別化がしにくいため、営業の決め手は人間関係です。スーツを着て、営業に駆け回りました。

 後継ぎとして経験を積む中で、「メンター」とも呼べる存在だったのが、当時の営業部長です。全日空(ANA)のグループ会社の役員を退職後、高橋商店に転じたキャリアの持ち主でした。

 「部長とは二人三脚で一緒に営業に行きました。ANAグループの組織運営のノウハウを持っていたので、いろいろと相談しながら、組織を少しずつ変えていきました」

高橋さんは、従業員の力を引き出すための組織作りを心がけました

 最初に着手したのが、未整備だった組織図づくりです。

 SS(ガソリンスタンド)、配送、経理という三つの部門を置き、それぞれに責任者を任命。分かりやすく図で示すとともに、少しずつ社員の意識づけを図りました。

 「それまでは、ささいなことも社長にお伺いを立てて決める、トップダウン型の組織でした。しかし、全てを社長が決めて、社員が従うという組織では成長できません。社員が自立して仕事をする、という意識改革が必要でした」

 仕事と並行して、母校の法政大学アメフト部で週末コーチを務めた経験も、組織改革に生かしました。

 「母校では、練習メニューの組み立てや、合宿所の運営なども、学生の自主性に任せていました。そうした蓄積が下級生に引き継がれるので、年を重ねるごとに組織が強くなる。これは、会社でも生かせると思いました」

高橋さん(右)は母校法大でのコーチ経験を、経営にも生かしました(高橋さん提供)

 高橋さんが一例として挙げるのは、稟議書の導入です。備品を買う際も本当に購入する必要があるのか、その場合はいくつ必要かなど、社員自らストーリーをつくって書類に示す習慣をつけました。その結果、無駄な発注が少なくなったそうです。

 小さな習慣から繰り返すことで、高橋さんは「自分たちで考える」という組織文化を定着させていきました。

 「課題が生じたときはチームで考える、ということを根気よく伝え続け、今では自分たちで解決案やアイデアをまとめ、提案できる組織に成長しています」

 高橋さんは専務を経て、17年に社長になりました。従業員の自主性を重んじたDXと組織改革で、今では入社したころに比べ、売り上げも従業員数も倍に伸びています。

 従業員幸福度を上げ活力のある職場づくりに努める、期待を超えるサービスでお客様に感動を届ける、日本の未来に貢献する「100年企業」を目指す・・・。 

 高橋さんは社長就任後、自ら文章を考え、誰でもわかる言葉で「経営理念」をつくりました。

高橋さんは社長就任後に経営理念を定めました

 「組織を強くするには、全社員に経営理念を徹底することが大切です。経営理念やビジョンがあるから社員はそれに基づき、自主的に判断して動けます。たとえばスポーツの場合、監督の指示がないときでも選手たちが自主的に動けるのは、しっかりとスローガンがあるから。経営の組織もそれと同じです」

 家業に入ったころ、高橋さんには後継ぎ特有の悩みがありました。「社長の言うことなら聞いても、後継ぎには従業員もなかなか対応してくれません。しかし、営業で実績を出せば聞いてくれるようになります」

 高橋さんは朝から晩までがむしゃらに現場仕事に取り組み、休日に突然発生した注文があれば、家族との予定をキャンセルして対応することもありました。

 「家族には迷惑をかけたかもしれません。でも、常に会社にいるという姿勢を見せることが、後継ぎとして大切でした」

 それでも、「先代と同じようにやってはいけないと思っていました」と話します。「先代と後継社長では投手と捕手くらい、役割が違うからです。拡大路線でどんどん進む先代が『投手』なら、先代が築いた会社を守る後継社長は『捕手』だと思っています」

 高橋さんは今、一般社団法人「2代目お坊ちゃん社長の会」で理事を務め、積極的にメンバーの後継ぎ社長と情報交換。自分の経験をもとにアドバイスしています。

 「後継ぎの役割は、今あるものを減らさず次の世代に渡すことです。それを着実に実行するためのよりどころが、ビジョンや経営理念になります。後継ぎは孤独になりがちなので、悩みを共有できる場所で相談相手を見つけることも大切ですね」

 脱炭素社会の推進による電気自動車(EV)シフトで、高橋商店の石油事業の先行きは不透明になっています。高橋さんは家業の経営ビジョンを、どのように描いているのでしょうか。

高橋さんは、家業の新たなビジネスを模索しています

 「ガソリンがゼロになるわけではないので、社会インフラとしてお客様に安定供給することは変わりません。ただ、これからの中核になり得るか、というとそうではありません。他に柱となる新規事業を育てるつもりです」

 高橋さんはさらなる成長のため、他企業のM&Aも視野に入れているといいます。

 「地域で役に立っている後継者不在の企業を引き継ぎたいと思っています。そうすれば、地域貢献や従業員の雇用も守ることにつながります。自分たちの事業の成長が、働く人、お客様、地域の役に立つものでありたい。それが経営者として、私が目指すところです」