入社直後に挫折した社員が事業承継 段ボール会社を急成長させた戦略
段ボールの通販プラットフォームを運営する「ダンボールワン」(金沢市)は、業界初の本格的なオンライン注文で急成長しています。社長の辻俊宏さん(38)は起業家から、いち社員として入社。挫折を乗り越えて実績を残し、従業員承継(MBO)を実現しました。製造業からの業態転換を果たし、今後はネット印刷大手「ラクスル」の傘下に入ることで、事業のさらなる成長を描きます。
段ボールの通販プラットフォームを運営する「ダンボールワン」(金沢市)は、業界初の本格的なオンライン注文で急成長しています。社長の辻俊宏さん(38)は起業家から、いち社員として入社。挫折を乗り越えて実績を残し、従業員承継(MBO)を実現しました。製造業からの業態転換を果たし、今後はネット印刷大手「ラクスル」の傘下に入ることで、事業のさらなる成長を描きます。
目次
ダンボールワンの前身は、1978年に創業した段ボール製造会社「能登紙器」です。現在は全国の製造会社と提携し、短納期で多彩な梱包材を届けるオンラインの通販プラットフォームを運営しています。2021年の売上高は約50億円で、従業員70人を抱えます。
石川県出身の辻さんは、それほど裕福ではない兼業農家の家に生まれ、幼少期の小遣いは月100円でした。「棒ジュースを買って家で凍らせて、公園で売ったり、メンコにシールを貼って売ったりしていました」
商品に付加価値を足して売ることが楽しく、成長とともに色々な商品を生みだし、高校生のころには貯金が50万円を超えました。
やがて、貯金全額でパソコンを買いました。ゲーム攻略サイトやアイドルのファンサイトなど、広告収入が得られるホームページ、ブログなどを次々立ち上げます。
今度はアフィリエイト収入ではなく、事業で稼ぎたいと考え、地元石川県の商材を売るECサイトなどを手がけました。
売り上げは伸びていましたが、アマゾンや楽天の急成長を目の当たりにし、先行きの厳しさも感じます。ちょうど事業を買いたいというオファーがあり、辻さんはECサイトを売却しました。
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「次は、BtoBの製造業のサイトを考えました。しかし、会社に入ったこともない22歳が、いきなりその領域に行っても難しく、事業化まで時間もかかります。大手ではなくアナログな町工場の方が、できることがあると思いました」
辻さんはハローワークで就職先を探し、当時の従業員数が5人だった「能登紙器」の営業職を見つけました。
辻さんは05年、能登紙器に入社。平均年齢55歳の老舗に、ITにたけた若い元社長が入るということで、高い期待を受けたといいます。
入社してすぐにパソコンを買ってもらい、ECサイトを立ち上げ、製造した段ボールの注文を受けられるようにしました。ところが、全然注文がなく、半年で新規受注が1件という有り様でした。
「実は大したことないやつ、と周りに思われ、パソコン触っている暇があったら営業に行け、と言われる状態になりました」
リアルな営業を始めると、サイトの課題が見つかりました。
それまで営業が客先で梱包する商品のサイズを測り、最適な段ボールを用意していました。しかし、オンラインでは自分でサイズを選ぶ必要があります。顧客はそもそも、箱のサイズ感が分からず、注文ができなかったのです。
辻さんはサイトの写真枚数を増やし、人が段ボールを持つ写真も掲載。一人暮らしや引っ越し向け、ギター用、ゴルフクラブ用など用途別の段ボールセットを用意し、ユーザーが商品を直感的に選べるようにしました。
オーダーメイドのカスタマイズ対応にも注力しました。「ぴったり合うサイズがほしい」という顧客のために、携帯電話からサイズを入力するだけで、24時間365日、見積もりを出せて注文できるシステムを構築。それまで1週間だった納期も、即日出荷に変えました。
当時、楽天やアマゾンの隆盛が市場をつくり、全国に小規模なECショップも生まれました。辻さんは「小さなアクセサリーを発送するためにかわいい小箱が欲しい」といったニーズをつかまえました。
オンライン注文は小ロットに強く、個人事業主や新興企業にサービスを使ってもらったといいます。
サービスはぐんぐん成長し、12年には売り上げの40%をEC事業が占めるまでに。その業績が認められ、辻さんは16年に、オーナーから後継者が不在だった同社の社長に抜擢されました。
一方で、辻さんは再びゼロから事業を立ち上げたい気持ちも高まりました。社長に就任しながらも、35歳になる前に能登紙器を離れ、新会社を作ることも考えていました。
「事業承継に困っている製造業に、デジタル技術を持ち込んでインパクトを与えたいと考え、買い取れる会社を探しはじめました。そうしたら、外部のMA情報を見て、能登紙器が売りに出されていることを知りました。愛着があり、まだやりたい気持ちもあったので、それなら買おうと考えました」
20代でEC事業を売ったときの資金を使い、能登紙器の購入に手を挙げました。同社のオーナーは、辻さんを採用してくれた元社長ですが、事業の売買はビジネスです。交渉は3カ月に及びました。
「この事業を立ち上げるにはどれぐらいのお金と時間が必要なのか、回収できるのかを綿密に計算した上で、20枚ぐらいのプレゼン資料にまとめ、買い取り条件を示しました」
交渉の結果、17年に、試算より少し安く、そして素早く買うことができたといいます。
辻さんは社名を「ダンボールワン」に変更し、事業拡大のため、銀行からの資金調達に動きます。
「スタートアップだと融資が受けにくくても、創業40年以上で決算書は何期分もあるので、融資を受けやすい環境でした。最大10億円くらい調達できました」
調達資金は工場や建物ではなく、マーケティングやテクノロジー、そして人材に投資しました。ダンボールの製品自体では差別化が難しく、安さや配達の速さでしか勝負できないと感じていたからです。
「日本全国に2千カ所ある段ボール工場を使わない手はないと考えました」。段ボールの製造業から、販売プラットフォームにかじを切った瞬間でした。
現在、ダンボールワンのプラットフォームには、サプライヤーとして100事業所が参加しています。
例えば、北海道の顧客から注文を受けたら、道内の事業所で段ボールを作って配達する体制が整いました。輸送コストも下がり、時間も節約できます。
「段ボール業界は今、取扱高は伸びているのに、会社が毎年減っている状態になっています。大手は投資して成長する一方、中小の仕事は減っています。我々の注文は、中小企業の非稼働時間を活用してもらう仕組みです」
自社で段ボールを製造していたころは、 注文が伸びすぎると断らざるを得ませんでした。しかし、現在は空いているサプライヤーの工場で製造できるので、数多く受注できます。
また、注文に応じて、商品に合った製造工場を選べるため、質も高まりました。
自社工場は研究施設となりました。自前の工場を持たないファブレス化とサプライヤーのネットワーク化で、就任後4年間の売上高は22倍に成長したといいます。
ただ、コロナ禍で、経営にほころびが見え始めました。ステイホームで、段ボールの注文は2、3倍になったものの、自社内の注文処理や問い合わせ対応を担う人手が足りなくなりました。
「採用や広告、経理まで、全て自分で担っていたので、社員を育成できていませんでした。現場をマネジメントする人間がおらず、離職率が60%近くになり、組織が崩壊してしまいました」
急成長に組織や仕組みが追いつかず、ギリギリの状態で回していた矢先のコロナ禍。新規採用しても、すぐに辞めてしまう状況になってしまいました。
社内で明確なビジョンの共有もできておらず、成長はおろか、顧客やサプライヤーに迷惑をかけかねない状態でした。
助け舟を出したのが、印刷プラットフォーム大手のラクスルでした。辻さんのもとに「会いたい」と連絡があったのです。
ラクスルは、ダンボールワンの成長スピードや、自社で切り開いていなかった段ボール販売の領域に魅力を感じ、資本提携のオファーを出しました。
「社長就任前からラクスルをベンチマークしていた」という辻さんは、ラクスルCOOの福島広造さんと会い、20年末の資本参加が決定。辻さんは、ラクスルにマネジメント人材の派遣を要請しました。
「スタートアップならトップダウンで良くても、そのままだと成長は止まり、組織は崩壊します。事業部長クラスの派遣を受けたことで、スピード感が一気に変わりました」
各分野にラクスルから出向してきた経験豊かな人材を配置してマネジメントを任せた結果、業務が安定し、離職率も1ケタ台に下がりました。
辻さんは個々の業務から開放され、将来の成長イメージを考えたり、社長にしかできないマネジメントに集中したりできるようになりました。
ダンボールワンは人材不足解消だけでなく、同じプラットフォーム事業で先行するラクスルのノウハウを得て、売上高50億円からさらなる成長を見込みます。
「ダンボールワンは、売上高100億円で頭打ちかもと思っていましたが、ラクスルは100億円を突破しても成長率を上げています。ゼロイチではなく、10から100を生み出す、事業家タイプの人材が欠かせません」
辻さんによると、梱包資材市場の取扱金額は約3兆円といいます。数年後までに、その1%の300億円を獲得する目標を立て、段ボール以外の梱包資材などにも商材を広げる予定です。
いち社員だった辻さんが、MBOでオーナーになってから約5年で、ダンボールワンは急成長を遂げました。辻さんが考えるMBOのメリットや注意点は、何でしょうか。
「MBOで大切なのは、やはり資金調達です。投資したからには回収しないといけないので、事業計画をしっかり立て、何年でペイするのかを念入りに検討するべきでしょう。損益計算書や貸借対照表も読めなければいけません」
辻さんは社員になる前、経営者としての経験があったことが優位に働きました。MBOのハードルは低くないですが、スタートアップよりも資金調達しやすいというメリットがあるといいます。
「MBOなら、それまでの銀行との取引実績が生かせます。ゼロイチの起業に比べれば資金調達がしやすく、事業をスケールしやすい。その強みは、フルに活用した方がいいのではないでしょうか」
21年12月9日、ダンボールワンの成長が評価され、ラクスルの完全子会社(22年2月1日付)になることが発表されました。代表は引き続き辻さんが務めることになり、事業は新しいステージに入ります。
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