遠慮を捨てた教習所2代目の3大改革 大幅値上げでも入校者増の理由
千葉市の自動車教習所「鷹ノ台ドライビングスクール」の2代目で取締役の小野尾光平さん(31)は、現場経験がないまま苦境の家業に入社しました。当初は気後れし、社員のマネジメントに苦労しましたが、「コスト削減・積極採用・料金値上げ」の三本柱をバランス良く進め、V字回復を果たしました。
千葉市の自動車教習所「鷹ノ台ドライビングスクール」の2代目で取締役の小野尾光平さん(31)は、現場経験がないまま苦境の家業に入社しました。当初は気後れし、社員のマネジメントに苦労しましたが、「コスト削減・積極採用・料金値上げ」の三本柱をバランス良く進め、V字回復を果たしました。
鷹ノ台ドライビングスクールは1963年に開業しましたが経営難となり、現社長で小野尾さんの父・光さんが07年に買収しました。
当初は徹底的な値下げで、利用者数の回復を図りました。ただ、値下げによる減収がサービス低下につながり方針を転換。現在は年間約1500人が入校する人気の教習所になっています。
その立役者が、現社長の長男で取締役の光平さんです。
光平さんは元々通訳にあこがれ、大学院在学中に米国の大手企業から内定を得ました。ところが14年に内定を父に報告すると、「米国に行くなら勘当する」と大反対されました。
「昨今の後継者不足問題もあり、後継者を外部に対しても事前に決めておくことは最重要課題の一つでもありました。私が進路を決める前から後継者として話が進んでいたのです」
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光平さんは大学院在学中の2年間、アルバイトで同社の経理を担当し、経営の厳しさを知っていました。
当時は薄利多売の経営方針でしたが、少子化で十分な売り上げを保てなくなっていました。「利益が出にくい体質だったこともあり、まだ学生だった私にとって、会社を引き継ぐには荷が重いと感じていました」
ただ、家業を継ぐ魅力が一つだけあったそうです。
「起業にも興味があったので、利益が出にくい構造の会社を立て直したら、手腕が証明されると思ったのです。3年間経営再建に取り組み、向いていないことがわかったら、通訳の道に戻ろうと考えていました」
光平さんは15年4月、取締役として入社しました。社長の父からは「お前の仕事は利益を出すことだ」と言われ、1年目から取締役として様々な経営実務にあたることになりました。
社会人経験がなかったにもかかわらず、総務、経理、労務などを一気に担当することに。ほぼゼロから業務の流れを作ることになったのです。
売り上げアップも同時に探る必要があり、提携先を開拓するための営業や、顧客アンケートによるマーケティングリサーチといった業務も立ち上げました。
暗中模索の状態で助けになったのが、読書の習慣です。
大学時代の恩師から「通訳は、偏りがなく幅広い教養を持つことが必要。その準備が日頃の読書である」と教えられたことで、「相談相手に乏しい状況でも、ビジネス本から試行錯誤の手がかりを得ました」と振り返ります。
当初は社会を知らない新人として見くびられ、従業員のマネジメントに苦労しました。
「社員に勤務態度を注意しても、平然と言い訳するだけで改善されない状況が続きました。私には新人としての遠慮があり、毅然としたコミュニケーションができていませんでした」
心身にプレッシャーがかかるなか、経営者としてのマインドセットも読書で固めました。ソフトバンクの孫正義さんやファーストリテイリングの柳井正さんといったカリスマ経営者の本を読む中で、「利益を出すしかない」という当たり前のことに意識が向いたといいます。
「利益があるから、設備投資もできるし賞与も出せます。赤字と向き合う覚悟が固まり、身の丈にあった経営改革としてコスト削減から取り組むことにしました」
まずは、無駄な固定費の見直しから始めました。
消費されないのに毎月納品されるボールペン、費用対効果がわからない広告看板、使われていない携帯電話の基本料金・・・。40項目以上を調べた結果、20項目を超える無駄が明らかになったそうです。
入れ替えるかどうか判断がつきかねる項目は、相見積もりを取るなかで、業者に聞いて明らかにしていきました。
「取引先の担当者の話だけだと、向こうも取引の維持に必死で、本当の話を聞けないと思いました。業者ごとに考え方の異なるポイントを相見積もりで明らかにし、都合の良い話と本当の話を区別したのです」
例えば、法外な料金を払っていたホームページの管理費は、相見積もりによって適正な費用に抑えられたといいます。
コスト削減の結果、入社1年目で黒字化に成功しました。黒字額こそ約500万円と少ないですが、赤字経営を立て直した経験が自信につながりました。
「社員とのコミュニケーションが改善されたのも、この時期です。自信のある振る舞いが、発言の説得力を高めたのかもしれません」
入社2年目は従業員を増やすために、あえて1年だけ赤字にすることを決断します。「サービスを向上させて値上げを実現し、安売り路線から脱却する」というビジョンのためでした。
当時の年間入校者数は約千人で、従業員数は約30人。「明らかに人手不足でした」と振り返ります。
当時、教習所業界の採用はハローワークやタウン誌の求人広告を介するケースが多い中、大手の採用サイトを活用して15人の採用に成功しました。現在も継続し、60人規模の会社に成長しました。
採用サイトでは、若者の心に響くように「先生として尊敬される教育の仕事」という面を打ち出しました。
「大手採用サイトを利用する同業他社は皆無だったため、教育関係の企業群のなかでは、良い意味で異質な存在となり、好奇心がくすぐられた学生に興味を持ってもらえました。採用サイトの企業群で埋もれることもなかったのです」
自動車教習所には「スパルタ指導」というイメージがつきがちです。光平さんはフレンドリーなサービスを目指し、募集を未経験者に限定して人柄を重視しました。
業界のあしき慣習に染まっていない未経験者をゼロから育てることで、理想の自動車教習所を目指したというわけです。
ただ、教習指導員の資格取得には1年かかります。未経験者を採用すると、その期間は利益につながらないため、採用を強化した初年度の赤字額は約5千万円に膨らみました。
「資格取得までの間、人材を手持ちぶさたにしたことが反省点です。現在は最初の1年間はサービス研修期間として活用し、送迎バスの運転や窓口の接客を担当してもらっています」
コスト削減、積極的な採用と並行して、料金の値上げも進めました。値上げで増えた利益は、従業員の待遇改善や免許合宿施設の新築など、ソフトとハードの両面から企業価値を高めるために使われています。
光平さんの入社前、教習料金(通学)は19万8千円でしたが、21年は27万8千円まで値上げしています。一方、年間の入校者数は約500人増え、赤字からのV字回復を実現しました。入社直後の売り上げ規模は約2億円でしたが、改革を経た現在では約4億円と倍増しました。
なぜ、8万円も値上げしたにもかかわらず、入校者数を伸ばせたのでしょうか。
「企業や大学との協力関係がポイントです。業界の常識だった活動を、当社は行っていなかったのです。敷地内にビラやポスターを設置させてもらう代わりに、特別割引料金を提供するプランなどを提案していきました」
鷹ノ台ドライビングスクールのウェブサイトも集客の柱です。18年からリニューアルを進め、今では免許合宿の利用者数の7割が、サイト経由で申し込んでいます。
教官の顔写真とコメントをサイトに載せているのが特徴ですが、同業では少数派といいます。「教官の人柄が事前にわかったほうが、安心できるというお客様の心理に寄り添いました」
光平さんは、サイトの訪問者を増やすため、検索エンジン最適化(SEO)に取り組んでいます。
SEOとは、グーグルなどの検索エンジンで検索されやすいキーワードを盛り込んだコンテンツを発信することで、サイトへの流入につなげる手法です。検索されやすい言葉と、関連性の高いコンテンツを増やせば、グーグルなどでの掲載順が上がり、アクセス増加が見込めます。
同社のサイトは21年12月現在、「合宿免許 時期」など有力な検索キーワードで、検索結果の上位3位以内に掲載されているコンテンツが少なくありません。そのため、合宿免許施設を吟味している生徒と、ウェブ上での接点が生まれやすくなっています。
コンテンツは、SEOの専門業者と二人三脚でアップデートしてきました。「執筆は専門業者に任せていますが、私がサービス内容、関連法制度、専門用語などのチェックを担当しています。SEOで信頼されるコンテンツを作るため、業者に任せきりにしないことが大切です」と強調します。
当初は家業に後ろ向きだった光平さんも、今は経営者としてやりがいを感じるようになりました。
「社員のほとんどが私が採用に関わった人材です。いつでも相談してもらえる近い距離感で、楽しく仕事を進められています」
未経験者だった社員が教官として成長し、季節の飾りつけなど教習所の雰囲気作りにも積極的に取り組んでいるそうです。昇給、賞与、退職金といった制度も整え、社員への利益還元をさらに進めています。
少子高齢化が進む中、自動車教習所は斜陽産業と見られがちですが、光平さんは「成長産業」と捉えています。
「自動車教習所では、ウェブサイトによる情報発信やITによる業務効率化など、デジタルの活用が遅れていると感じます」
逆に言えば、増収増益の余地が大きく残るということです。最近、同業者の勉強会などで、同社の取り組みが先進事例として注目されるようになったといいます。
「興味を持ってくれた方には、V字回復の内幕を隠さずにお話ししています。安易な値下げに走らない雰囲気を業界内に作るため、役立つノウハウはどんどん共有しています」
(※2021年12月20日、内容を更新しました)
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