目次

  1. 大正2年から続く老舗扇子屋
  2. 町屋の維持に尽力する両親の姿を見て育つ
  3. 出産を機に大手企業から家業へ
  4. 家業に戻り感じた「5年後は無理やな」
  5. IT化と昔ながらのコミュニケーションを両立
  6. 季節商売のビジネスモデルに不安
  7. 自費でルームフレグランスを開発
  8. クラウドファンディングで得た手応え
  9. フレグランスが第二の柱に

 大西常商店は日本髪を結うときに使う「元結(もっとい)」の商売からスタートしました。時代の移り変わりとともに京扇子を取り扱いはじめ、いまでは製造卸を行っています。

大正2年の帳簿が残る、伝統ある京町屋が社屋です(大西常商店提供)

 京扇子の製造工程は87あり、それぞれの職人が分業で担当します。大西さんは父である社長とともに、約20人の職人に仕事を依頼し、品質や納期の管理を行ったり、製造した扇子を小売店や問屋に卸したりしています。

 歴史ある老舗扇子屋の4代目である大西さんは、父から後を継ぐように言われたことはありません。自宅と店舗が別で、家業について詳しいことを知る機会もなかったため、後継ぎであることはあまり意識していませんでした。

 子ども心に「扇風機やクーラーがあるのに、誰が扇子を買うてくれてんの?」と思っていたといいます。

 そんな大西さんの心に残っているのは、幼い頃から社屋の京町屋を残すために懸命だった両親の姿です。

 町屋の維持には、多大な費用がかかります。高校時代、改修に尽力している両親の姿を見て、「政策的な観点から、京町屋はもちろん、歴史的な構造物や産業的な遺産の保存や活用方法を知りたい」と思い、学びたい教授がいた立命館大学政策科学部への進学を決めました。

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