目次

  1. 中小企業もパワハラ防止法の対象 求められることと未対応のリスク
  2. パワハラ防止法によって中小企業に求められる具体的な対応まとめ
    1. ① 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 
    2. ② 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 
    3. ③ 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応 
    4. ④ ①から③までの措置と併せて講ずべき措置
  3. パワハラ防止法の対応について困ったときは
    1. 社会保険労務士
    2. 労働委員会
    3. 弁護士
  4. パワハラに起因する精神障害の労災認定基準も明確化された

 2020年6月1日にパワハラ防止法(正式名称:改正労働施策総合推進法)が施行されました。企業には、職場におけるパワーハラスメントの防止措置が義務付けられます。2022年4月からは中小企業も義務化の対象となります(2022年3月までは努力義務)。

 厚生労働省「あかるい職場応援団」実施の調査データ(平成28年)によると、過去3年間に、実際にパワーハラスメントに関する相談を1件以上受けたことがある企業は回答企業全体の49.8%で、実際にパワーハラスメントに該当する事案のあった企業は回答企業全体の36.3%となっています(参考:あかるい職場応援団│データで見るハラスメント│企業内でのパワハラの発生状況)。

 つまり、約3社に1社の割合でパワハラが発生していることとなります。

 また、個人別に見ると、過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがあると回答した人は回答者全体の32.5%であり(参考:同上│パワーハラスメントについての経験の有無)、この点からもパワハラは意外と身近に発生していることがわかります。

 パワハラ防止法には罰則は定められていません。しかし、パワハラが発生した場合には、加害者のみならず、防止措置や発生後の対応を怠った会社側にも責任が生じます。

 加えて、パワハラが発生すれば社内外からの印象が悪化したり、離職者の発生につながるなど、少なからず不利益が発生します。

 そのため、全ての企業が早急に自社の状況を見直す必要があります。

 なお、2022年4月から防止措置の義務化対象となる中小企業の定義は次の通りです。資本金の額もしくは常時使用する従業員数のいずれかが基準を下回っていれば中小企業に当たります。

業種分類 中小企業基本法の定義
製造業その他 資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社 又は 常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人
卸売業 資本金の額又は出資の総額が1億円以下の会社 又は 常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人
小売業 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社 又は 常時使用する従業員の数が50人以下の会社及び個人
サービス業 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社 又は 常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人
 引用:中小企業庁|中小企業・小規模事業者の定義
パワハラ防止法の義務化によって中小企業に求められる具体的な対応
パワハラ防止法の義務化によって中小企業に求められる具体的な対応(デザイン:吉田咲雪)

 では、事業主は具体的にどのように対応をしていけばよいのでしょうか。

 厚生労働省の『職場におけるハラスメント関係指針』の中で「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関し雇用管理上構ずべき措置の内容」として4つの項目が定められているので、それらに基づくのが一般的です。

項目名 必要な対応
事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発 ・パワハラの内容・パワハラを行ってはならないという方針を明確化し、労働者に周知・啓発する
・行為者を厳正に対処するという方針や対処の内容を就業規則等の文書に規定し、労働者に周知・啓発する
相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 ・相談窓口を定め、労働者に周知する
・相談窓口の担当者が、相談内容や状況に応じ、適切に対応できるようにする
職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応 ・事実関係を迅速かつ正確に確認する
・速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行う
・事実関係の確認後、行為者に対する措置を適正に行う
・再発防止に向けた措置を講じる
上記の措置と併せて講ずべき措置 ・相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を労働者に周知する
・相談したこと等を理由に解雇その他不利益取扱いをされないことを定め、労働者に周知・啓発する

 詳しく解説します。

 パワハラに関する方針を明確化し、労働者に周知・啓発をすることが必要です。

 周知・啓発にあたっては、コミュニケーションの希薄化などといったパワハラの発生原因や背景についての理解を深め、防止効果を高めることが求められます。

対応① パワーハラスメントの定義の理解

 パワハラ防止法の施行によって、パワーハラスメントの定義が明確化されました。

 パワーハラスメントとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすものを指します。

 ①優越的な関係を背景とした言動とは、職務が上位の者による言動などが典型的ですが、同僚や部下による言動であっても、当該者の協力を得なければ業務が円滑に遂行できないなどといった場合も該当します。

 ②業務上必要かつ相当な範囲を超えているかどうかは、当該言動の目的や態様、頻度、行為者の関係性などさまざまな要素を総合的に考慮して判断されます。

 ③就業環境が害されるかどうかという点は、その言動によって、労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられたことなどにより、平均的な労働者であれば就業する上で看過できない程度の影響が生じたと感じるかどうか、を基準として判断されます。

 代表的な言動の類型として、6つの類型が例として示されています。

 (1)身体的な攻撃 暴行や障害など
 (2)精神的な攻撃 人格を否定するような言動、名誉毀損や侮辱、暴言など
 (3)人間関係からの切り離し 仲間外しや無視など、職場での孤立を招くもの
 (4)過大な要求 業務上不要なことや不可能なことの強制など
 (5)過少な要求 程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
 (6)個の侵害 私的なことに過度に立ち入ること

対応② パワハラに関する方針を明確化した上で就業規則に規定し、周知する

 就業規則において、職場におけるパワハラを行ってはならない旨を明文化します。

就業規則 規定例
第●条 (職場のパワーハラスメントの禁止)
 職務上の地位や人間関係などの職場内の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。
 参考:厚生労働省|モデル就業規則

 上記の条文に違反した場合には、懲戒事由とする旨も併せて定めます。

 就業規則は従業員に十分に周知し、知らなかったということのないようにしなければなりません。

対応③ パワハラの方針や発生原因について研修や講習等を実施する

 会社の方針と併せて、パワハラを防止するために発生原因や具体的な事例などについて、従業員に周知・啓発することが必要です。全従業員に対するものと、管理者に行うものとを分けて行うことも効果的です。

 あかるい職場応援団のサイト内で、対策マニュアルや従業員向け研修動画も公開されていますので、積極的に活用すると良いでしょう。

 労働者からの相談に対し、内容や状況に応じて適切かつ柔軟に対応するために必要な体制を整備することが求められます。

対応① 相談窓口を定め、労働者に周知する

 相談に対応する担当者を定め、労働者に周知します。社内窓口と社外窓口を併用することが望ましいです。ハラスメント防止規程や社内通達などにおいて、相談窓口の連絡先を周知します。

対応② 相談窓口の担当者が適切に対応することができるようにする

 相談窓口を整備することに加えて、被害を受けた従業員が安心して相談できるよう、窓口担当者が適切に対応できる体制の確保も必要です。

 具体的には、実際に相談を受けた場合の対応についてマニュアルを整備しておくこと、研修を実施すること、内容に応じて社内の部門との連携が図れる体制整備などです。

 パワハラに関する相談の申出があった場合に、事実関係を迅速かつ正確に確認し、適正な対処ができるようにすることが求められます。

対応① 事実関係を迅速かつ正確に把握する

 相談窓口の担当者ないし人事部門等の担当者において、相談者と行為者の双方から事実関係を確認します。言い分に食い違いがあるなど、当事者からの聴取だけでは事実関係が十分に確認できない場合には、第三者からも事実関係を調査します。

 その際、相談者の心情には適切に配慮することが必要不可欠です。

 社内の担当者で確認が困難な場合には、中立的な立場にある外部機関に処理を委ねることもあります。  

対応② (パワハラの事実が確認できた場合)被害者への配慮を行う

 パワハラの事実が確認できた場合には、被害者への配慮を速やかに行う必要があります。

 事案の内容に応じて、被害者と行為者を引き離すための配置転換を行う、行為者からの謝罪を促す、メンタルヘルス不調が生じている場合には上司や産業保険スタッフによる相談対応などを行います。

対応③ (パワハラの事実が確認できた場合)行為者への処分を行う

 再発を徹底的に防止するため、パワハラを行った行為者に対しては、就業規則の規定に従った懲戒処分を行います。また、被害者に対する謝罪対応等も適切に行わせるように指導します。

対応④ 再発防止策を講じる

 パワハラに関する相談の申出があった後は、事実が確認できた場合であっても確認できなかった場合であっても、再発防止に向けた対策を講じます。

 就業規則を配布したり、研修を実施したりするなどして、パワハラ防止に向けた会社の方針や具体策を改めて周知・徹底します。

 ①〜③までと併せ、プライバシーの保護や、不利益な取扱いを防ぐ体制整備が必要です。

対応① 相談者や行為者のプライバシーを保護するための措置を講じる

 相談対応マニュアルにプライバシーの保護にかかる事項を記載するとともに、相談窓口の担当者に研修を行います。被害者が相談を躊躇うことのないように、プライバシーを保護する体制が整えられていることは、社内報や社内資料などで周知します。

 ここでいうプライバシーには、性的指向や性自認、病歴や不妊治療などといったものも含まれます。

対応② パワハラに関する相談などをしたことによる不利益な取扱いを行わない

 従業員がパワハラの相談をしたことなどを理由として解雇などの不利益な取り扱いを受けることは絶対にあってはなりません。

 この点についても、プライバシー保護と同様に、就業規則や社内規程に明文化するとともに、社内周知を徹底します。

 パワハラ防止措置の実施やパワハラ発生時などに困ったときには、社会保険労務士や労働委員会、労働実務に詳しい弁護士等に相談することをお勧めします。

 就業規則の作成や社内ルールの制定など、特に防止措置の実施に際して相談したい時は、労働分野の専門家である社会保険労務士が有効です。

 一方で、実際にパワハラが発生し、紛争が生じた場合には、社会保険労務士の持つ代理権は限定されているため、弁護士や紛争調整委員会等に相談することとなります。

 顧問社労士がいない場合には、全国社会保険労務士会連合会のホームページを活用して相談先を探してみましょう。

 ○全国社会保険労務士会連合会|社労士を探す

 パワハラが発生し、行為者と被害者との間で紛争が生じるなどして、社内での解決が難しい場合には、「都道府県別の労働委員会」に相談し、会社側と従業員側との間に入って双方の意見を聞いた上で和解を目指す「あっせん」手続きを行うことも手段の一つです。

 あっせん手続き内では、会社側と従業員側が直接対面せず、あっせん委員を勤める専門家が対応します。

 ○中央労働委員会

 紛争が生じ、さらに、仮処分や訴訟の申し立てをされたなど、トラブルが具体化した場合には弁護士が適切な相談先です。また、パワハラの外部相談窓口として弁護士事務所を活用することも有効です。

 日本弁護士会連合会のホームページから、労働分野に強い弁護士を探すことができます。

 ○日本弁護士会連合会|弁護士情報検索

 パワハラは精神的なストレスをもたらします。パワハラ防止法の改正においてパワハラの定義が明確化されたことを受けて、パワハラに関連する精神障害に関する労災認定基準も明確化されました。

 具体的には、労災認定基準の要件の一つである「業務による心理的負荷」について評価表の中に「パワーハラスメント」という項目が新設されました。これにより、パワハラに起因する精神障害について、労災の認定判断がしやすくなりました。

 パワハラに限らず、精神障害による労災認定の件数は年々増加しています。

 労災認定の有無がパワハラへの対応方針に直結するものではありませんが、自社にとっても身近な問題として、防止措置の実施状況を確認してください。