「再生に必殺技はない」 肌着のワシオ3代目の聖域無きコストダウン
兵庫県加古川市の肌着メーカー「ワシオ」は、保温性に優れた「もちはだ」という肌着でヒットを飛ばしましたが、次第に経営危機に追い込まれました。統括部長で3代目の鷲尾岳さん(31)が2016年に入社し、1億5千万円のコストダウンを実現して17年に黒字化しました。「もちはだ」の強みを生かした新商品をクラウドファンディングで広げ、新たなビジネスも切り開いています。
兵庫県加古川市の肌着メーカー「ワシオ」は、保温性に優れた「もちはだ」という肌着でヒットを飛ばしましたが、次第に経営危機に追い込まれました。統括部長で3代目の鷲尾岳さん(31)が2016年に入社し、1億5千万円のコストダウンを実現して17年に黒字化しました。「もちはだ」の強みを生かした新商品をクラウドファンディングで広げ、新たなビジネスも切り開いています。
目次
ワシオは1955年、鷲尾さんの祖父・邦夫さんが靴下問屋として創業。70年以降は主力ブランド「もちはだ」を中心に、肌着などを製造してきました。
「もちはだ」の強みは、独自の「ワシオ式起毛」で編む生地にあります。一般的な起毛のようにパイル編みのループ部を切るのではなく、上部をこすって起毛。起毛部分とループ部分に空気をためて外気を遮断し、暖かさを保ちます。冒険家の植村直己も「もちはだハイソックス」を愛用していたといいます。
ワシオの売り上げは2019年度が約5億2千万円、20年度はコロナ禍の影響で落ちたものの、21年度はコロナ前の水準に戻る見込みです。従業員数は約40人になります。
鷲尾さんは元々家業を継ぐ気はなく、学生時代の夢は中国での起業でした。「性格上サラリーマンには向いていないと思っていたので、大学で専攻した中国語を生かして起業した方が、面白いキャリアを積めそうと考えたのです」
卒業後は、中国で飲食店経営を手がける神戸市の会社に入りました。
まず取り組んだ仕事は、「中国で焼酎を売る」という事業計画書の作成でした。何とか書き上げて入社3カ月後に中国・天津に渡りましたが、計画通りには進みません。自身が販売する焼酎より知名度が高い銘柄が、安い価格で流通していたのです。
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「鷲尾から焼酎を買う理由」をどうやって作るか。鷲尾さんは日本人が集う飲み会に片っ端から足を運び、スーツ姿で焼酎をのせた台車をゴロゴロと引きながら現れました。
出会った人たちと打ち解けると飲み会の幹事を任され、現地の日本料理店とのパイプが生まれて、焼酎が売れるように。販路開拓を続けながら、食品商社とも交渉して取扱商品を増やしました。
「ニーズをマッチさせたら人は動く」という感覚は、家業入社後に大いに役立ったと、鷲尾さんは振り返ります。
このころ鷲尾さんが帰省すると、両親が経営方針を巡って口論する姿を見かけるようになりました。「経営がうまくいっていないことを痛感しました」
ワシオは99年以降、中国でも「もちはだ」を製造販売し、安値で「逆輸入」することで利益を獲得していました。いつの間にか「中国頼み」のビジネスモデルとなっていたのです。
ところが12年末に中国で打ち出された「ぜいたく禁止令」の影響で、高級肌着だった「もちはだ」の消費が落ち込み、円安で逆輸入のもうけも期待できなくなったといいます。
国内でも、安価な機能性肌着の台頭などで苦戦を強いられました。ところが大赤字を通販事業で穴埋めしていたため、社内には危機感がありません。通販事業を担う母は経営危機を察知していましたが、どうすることもできずに苦しんでいました。
「母が病んでしまうのでは」と心配した鷲尾さんは、16年2月に24歳で家業に入りました。
鷲尾さんは入社したものの、何が問題で、事業が成り立っているのかどうかが全くわかりません。
経営分析に必要な数値は全てアナログで管理。年間の生産量は不明で、商品リストも存在せず、担当者によって原価計算方法が異なりました。
鷲尾さんは数値の「見える化」を始めました。経理ソフトから出力された紙の数値を、ひたすらエクセルに転記。商品リストも作成し、全ての商品原価を計算し直します。
鷲尾さんはエクセルのデータと商品リストを駆使し、それまで1カ月半かかっていた棚卸しを3日で終わらせました。
決算で判明したのは過去最大級の赤字でした。なかでも営業キャッシュフローが大赤字。事業自体が成り立っていなかったのです。
経営状態は危機的でしたが、収入を増やす見込みもありません。鷲尾さんは支出削減のため、聖域を設けずに不要なコストを洗い出しました。
その中には、長年の取引先に相場の約1.5倍の料金で「もちはだ」の検品作業を外注していたという問題もありました。
試算表を作って、父に先方への説明を頼みましたが交渉は不成立。相手からは心ない言葉を投げられたこともあったといいます。それでも鷲尾さんはひるまず検品作業を自社で背負う決断をしました。パート従業員を新たに雇い、作業体制を整えました。
また、生産量もどんぶり勘定で決めていたため、不要な仕入れが多かったといいます。鷲尾さんは「受注してから商品を作る」「必要以上に仕入れない」というルールを作りました。
決断の効果は大きく、それぞれ数千万規模のコストカットにつながりました。このほか、父の給料や接待交際費を減らし、不要な土地も売却。自販機の数を減らしたり、節電を徹底したりしました。
その結果、1年間で1億5千万円の経費削減に成功。17年度決算は黒字になりました。
過去30〜40年間、価格を変更していなかった商品の値上げにも踏み切りました。改めて計算し直すと「ほとんどの商品が原価割れしていた」といいます。これでは商売が成り立ちません。
10%以上の値上げをした商品もあり一部の取引先を失いましたが、やむを得ませんでした。
コストカットと値上げで事業は回るようになりましたが、鷲尾さんの危機感は消えません。先細りは目に見えていたからです。
看板商品の「もちはだ」が誕生したころは、暖房器具が普及しておらず、ライバルはいませんでした。
しかし、暖房が普及し、安くておしゃれな肌着が流通するようになっても、「もちはだ」は昔のデザインのままだったのです。「顧客のほとんどがリピーター。若年層の新規顧客をつかめていませんでした」
「もちはだ」には、圧倒的な保温力など誇れる要素がありましたが、アピールできていませんでした。
「もちはだ」の魅力を伝えることが課題と分かっていても、資金がありません。鷲尾さんはクラウドファンディング(CF)に目を付け、大手サイト「Makuake」を使ったPRに踏み切りました。
「デザインがダサい」「恥ずかしくて外に着ていけない」。そんな既存顧客の声を受け止め、17年9月に展開したのが「もちはだL/SラグランT」という上着でした。
肌着とトップスの役割を兼ね備え、「着膨れしたくない」という若年層の悩みにアプローチした商品です。
「もちはだL/SラグランT」は、新たに開発した生地で仕立てられています。鷲尾さんはアウターとして通用する生地が必要だと考え、職人に依頼して、毛玉になりにくいコットンを表面に使用した生地を開発しました。
「肌着のように見えない」デザインにもこだわり、試作を重ねたといいます。
Makuakeのページでは見せ方にもこだわりました。「南極でも通用する暖かさ」というワードを使い、強みや生産背景はもちろん、過去の経営危機もオープンにしています。開発にかける鷲尾さんの想いを語る動画も載せました。
目標の50万円を大幅に上回る651万7880円が集まり、メディアの取材が続々と決まったといいます。
17年以降、鷲尾さんは毎年CFを手がけ、18年には「もちはだ パジャマ」、20年には「インナータンクトップ」と「もちはだ×光電子あったかルームウェア」を同時展開しました。
鷲尾さんはCFを単なる新商品発表ではなく、新たな挑戦の場にしました。CFをきっかけに、他企業とのコラボ案件も増えました。
新型コロナウイルスの感染拡大は、ワシオにも打撃を与えました。OEM(相手先ブランドによる生産)の取引が落ち込み、20年度の売り上げは1億円減の約4億2千万円となり、従業員にも一時的に休んでもらわなければならない状況でした。
「自分がいないと会社は成り立たない、と思っていましたがそれは間違いでした。僕がいなくても事業は続きますが、従業員がいなければ『ものづくり』すらできません。襟を正そうと思いました」
「従業員を守りたい」という思いが強くなり、後を継ぐ覚悟が決まりました。
目下の課題は、属人化した働き方を変えることです。
ワシオには長らく「教育」という概念がなく、働き方が属人化しがちでした。過去には、問題が発生すると解決方法を考える前に人を責めてしまう風潮もあったと振り返り、「そうなったのは鷲尾家の責任」と自省しています。
鷲尾さんは今、従業員一人ひとりとの対話に気を配っています。問題が発生したときは責めるのではなく、「何がありましたか」と原因を聞き、一緒に解決していきます。
「従業員と気持ちのいい対話ができれば、その従業員は他の人にも同じようなコミュニケーションを心がけるはずです。この積み重ねで、チームとしてもっと強くなれると信じています」
鷲尾さんは「家業再生に必殺技はありません。現実をつかむ努力が何よりも大切です」と強調します。
「会社の状態を把握して何が問題なのかを分析すれば、解決手段はおのずと見つかります。手段がわかれば、あとは覚悟を決めてやり切るだけです」
3代目はひたすら前を見据えて、家業を成長させようとしています。
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