住宅メーカーを再建した3代目の人材戦略 若手の営業力を高める工夫
岐阜市の住宅メーカー・ヤマカ木材は、3代目社長が債務超過の家業を立て直しました。木の良さを生かしたコンパクトな規格住宅を売りに、コロナ禍でも売り上げを伸ばしています。中小企業が人材確保に苦しむ中、多くの新卒社員の採用に成功。若手の営業力を高める工夫で、業績アップにもつなげています。
岐阜市の住宅メーカー・ヤマカ木材は、3代目社長が債務超過の家業を立て直しました。木の良さを生かしたコンパクトな規格住宅を売りに、コロナ禍でも売り上げを伸ばしています。中小企業が人材確保に苦しむ中、多くの新卒社員の採用に成功。若手の営業力を高める工夫で、業績アップにもつなげています。
目次
2019年が4人、20年11人、21年19人。ヤマカ木材は、この3年間で計34人の新卒社員を採用しました。社員数80人の35%が、新卒3年目までの社員で構成されている計算になります。一方、直近3年間の離職率12%です。積極的な採用を進めているのが、3代目社長の山田重貴さん(48)です。
ヤマカ木材は1951年、山田さんの祖父・数雄さんが材木問屋として立ち上げました。父で2代目の数重さんの時代に建築業に進出。主に大手ハウスメーカーの下請け建築を担っていました。
山田さんは大学卒業後、名古屋市の材木問屋で修行し、2001年、28歳でヤマカ木材に入社しました。その後、専務に昇進しますが、当時の経営は苦しいものでした。特に07~09年は3期連続赤字で、債務超過に陥ったといいます。
「こんなに頑張っているのに、なぜ赤字になってしまうのか」。山田さんは経営を分析した結果、下請け建築では利益率が低く、祖業の材木問屋は在庫負担が大きく、経営を圧迫していることに気がつきました。
山田さんは、自分の手で商品を開発、集客し、価格を決める工務店になることを決意します。住宅の元請けになる以外、生きる道はなかったのです。
社長の許可を得て、山田さんは早速、自分の理想の家を企画し、売ってみました。しかし、成果は5棟売れただけにとどまりました。その原因は何だったのでしょうか。
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家が売れなかった理由は、注文住宅の難しさでした。採用したばかりの若手社員では経験不足のため、お客様の要望に合わせた間取りづくりや、材料や仕様などの変更が難しすぎて、山田さん以外は、誰もこの家を売ることができなかったのです。
必要なのは「売りたい商品」ではなく、「お客様に喜ばれる、売りやすい商品」。考え抜いた山田さんが、2009年に発売したのが、規格住宅の「ナチュリエ」でした。
規格住宅とは、間取りなどのパターンが決まっている住宅です。お客様は自分の理想に合わせて、間取りや大きさ、色などのパターンを組み合わせて、オリジナルの住宅を依頼できます。
ナチュリエのサイズは平均約100平方メートルで、値段は税込みで約1760万円です。山田さんは一家3~4人が暮らすには、コンパクト住宅で十分だと考えました。アパートの月額家賃と同じような価格で、ローンが組める設定も重視しました。
本物の無垢材や漆喰塗りの壁など、自然の素材を多く用いたのも特徴です。材木問屋からスタートした同社にとって、木の良さを生かした家づくりは譲れませんでした。健康に優しいことを、住宅の付加価値としたのです。
ナチュリエは、他の社員にも売りやすく、お客様に予想以上に喜ばれました。先代の父は「これなら会社は立ち直る」と確信。材木問屋と下請け建築の事業から撤退し、10年、山田さんに社長を譲ることを決めたのです。
3代目になった山田さんは、ナチュリエの拡大に全力を注ぎました。特に、注文住宅の地域一番店にこだわりました。その基準は、商圏人口20万人で年間24棟。これだけ獲得できたら注文住宅の一番店だと判断。岐阜県内から愛知県へと、展開エリアを拡大していきました。
同社のマーケティング戦略の肝は、住宅展示場への出展です。一般に住宅展示場は、大手ハウスメーカーの家が並び、地元の工務店はまず見かけません。しかし、展示場の集客力は抜群で、会社のブランド力も上がります。同じターゲットを狙う同業者がやらないからこそ、あえて出展しました。
さらに、大手が敷地内にモデルハウスを1棟しか建てないのに対し、同社はナチュリエを2棟建てて、コンパクトさをPRしました。集客作戦が当たって、順調に客数を伸ばし、19年度には年間97棟を達成しました。社長に就任した10年が16棟なので、その成長ぶりが分かります。
債務超過からの急成長を果たした山田社長は、新卒の大量採用にこだわっています。それは、ヤマカ木材を老舗とベンチャーの良さを兼ね備えた企業と位置づけるからです。
創業70年の同社は、3代に渡って「木の良さを伝えてきた」という価値軸で、ぶれない経営を続けてきました。
一方、現在の主力である住宅建築の元請けビジネスは、同社にとって10年足らずの歴史しかありません。しかも元請けビジネスのスタート時点での売り上げは1億7千万円、社員数はわずか6人でした。
それが現在では、32億円強の売り上げを誇るようになりました。業績の推移を見ても、ベンチャー企業を興したのと同じでしょう。
老舗とベンチャー。両方の良さを併せ持つ同社が求めるのは、一人ひとりの価値軸がそろうことと、挑戦心あふれる「人財」です。山田さんは「それには、何にも染まっていない新卒者がふさわしい」と考えたのです。
では、新卒採用のために同社がどのような工夫をしているのでしょうか。
まず、新卒採用は社員が2人、専任で担当しています。採用ホームページの更新、マイナビなど外部との連携、1シーズンで15回にも及ぶ会社説明会の開催や、その後の面接の段取り、内定者へのフォローなどを担っています。
同社は説明会に来た学生のうち希望者に対し、最終面接まで2回、先輩社員とマンツーマンでZoomを使って面談をする仕組みを取っています。先輩社員を通して会社の雰囲気や仕事のやりがいを生で知ってもらい、納得した人だけ次のステップに進んでほしいからです。
学生との面談に駆り出される社員からは「お客様との打ち合わせで忙しいのに…」、「資料づくり手いっぱいなのに…」という愚痴も出ます。しかし、山田社長は「うちは会社ぐるみで採用活動をしているんだ。採用ファーストでやってほしい」と繰り返し語り、社員を納得させています。
山田さんの描く将来像を実現するには、価値観を同じくする若い社員を多く採用することが欠かせないのです。
会社説明会では、山田さんが約1時間、自分の想いを直接学生に語りかけます。内容は主に以下の通りです。
会社の沿革、自己紹介
会社の使命、ビジョン、事業戦略
会社の人財戦略
就活生への応援メッセージ
説明会の内容について、特徴的な点をお伝えます。
山田さん学生に、3代目の使命を「100年続く会社になるための事業、人材、財務を作る」と語っています。
同社の100周年は30年後です。それだけ長期の時間軸で持続的成長を考えられるのは、ファミリービジネス(同族経営)ならではです。学生にとっては何十年も続く社会人人生のスタート。社長が長期的な時間軸を示すことで、安心を感じます。
山田さんは「ヤマカ木材は住まいづくり事業の『東海エリアトップビルダー』になり、東海エリアを代表するモデル事業として、社会に貢献できる会社になる」というビジョンを掲げています。そのため、年間150棟の住宅建設数を「3年後は500棟、5年後には700棟に増やす」と言い切ります。
そこに至る戦略は、商品ラインアップと地域エリアの拡張というシンプルなものです。そのため、学生に力強く伝わっています。
ヤマカ木材は21年5月、持ち株会社ヤマカホールディングスを設立しました。その目的のひとつは「ホールディングス傘下に複数の会社を作って、若手人材に経営者・幹部を任せ、経営の楽しさを知ってほしい」ということです。
次男だった山田さんは、子供心に「自分が家を継ぐことはない。サラリーマンになる」と思ってきました。しかし、いざ継ぐことになると、楽しくてやりがいがある。だから、「社員にも『自分で考えて実行する』という、会社員にはない経営者の楽しさを体験してほしい」と考えています。
同社には、入社1年目から活躍できるように「ベア制度」という仕組みがあります。お客様には必ず2人で対応するので心細くなく、何か質問をされても、相談しながら対応できます。ペアの相手の上手な商談やヒアリングのやり方を間近で学べて、早く成長できるのです。
このほか、入社5年目の社員を対象に、海外のインテリア展示会の視察研修なども用意しています。こうした仕組みを紹介することで、学生は自分が活躍する姿をイメージできるのです。
説明会では、学生にとって気になる情報も包み隠さずに出します。例えば、現在の平均年齢31歳、正社員比率76%、離職率12%という数字をそのまま提示しています。
離職率の説明を飛ばすと、いい点だけを並べているように思われ、「会社を理解し、未来をイメージしていただく」ような姿から遠ざかります。この正直さが、好感を持たれている理由となります。
山田さんは就活生に「自分を成長させてくれる会社を選ぶべきで、『どこで働くか』より『誰と働くか』が大切になります」と語ります。そして「ヤマカ木材には先輩社員とたくさん会話する機会があります。この人たちと働きたいかを、じっくり考えてほしい」と伝えてプレゼンを終えます。
自社のPRに終始する企業が多い中、自社への就職にこだわらず、就職先全体の選択基準を語る社長は珍しいでしょう。
そうして採用した若手社員は早速活躍しています。20年度はコロナ禍にあって、前年比約1.5倍の150棟の住宅建設を達成しました。山田さんはその理由を「コロナの影響で若手社員の営業力がパワーアップしたから」と言います。
それまでは、住宅展示場にお客様が立ち寄ったときから、関係づくりが始まりました。しかし、喜ばせる提案ができるのは、ほんの一握りのベテラン社員だけ。若手社員には難しいことでした。
ところが、コロナ禍で展示場の来場者は激減。これでは見込み客の確保ができません。そこでインターネットでの資料請求時のレスポンスの速さにこだわり、来場者増に努めました。
お客様が資料請求ボタンをクリックすると、社員は5分以内に電話します。請求した直後はスマホを持っているはずだから、電話がつながって会話できる可能性が高いのです。
そして、お客様に展示場への来場を促し、予約をとります。このとき、年齢、家族構成、土地を探しているのかどうかなど、提案に必要な情報を詳しく教えてもらいます。
営業マンはこうして得た事前情報を元に、来場客一人ひとりに合わせた提案内容を考えて準備し、接客します。すると、顧客満足度が従来以上に高まり、若手社員でも契約につなげられるようになったのです。
多くのハウスメーカーでは、資料請求のお客様に、展示場に来てもらうところまでたどり着くのに、大きなハードルがあります。コロナ禍でお客様自身も多くを見比べられない中、体験顧客を増やす地道な努力がコロナ禍での飛躍につながりました。
急成長企業の社長は、高圧的で自信満々の印象があります。しかし、山田さんは若手社員や就活生に「仕事を通して一緒に成長しよう」という想いを、前面に出します。3期連続赤字、債務超過、事業の選択と集中といった、老舗ならではの積み重ねが、そうさせるのでしょう。
「老舗+ベンチャー」という二面性から生まれるワクワク感のある社風が、学生をひきつけているように思います。
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