目次

  1. 急増するオンライン商談
  2. 「御用聞き営業」が安心感に
  3. 御用聞きとオンラインとの違い
  4. オンライン営業成功のポイント
  5. 米国で進む営業の分業化
  6. 進まないオンライン営業
  7. オンライン営業を導入したメーカー
    1. コミュニケーション基盤となるリスト整備
    2. 「御用聞き営業」の具現化
    3. 商談取りこぼし防止と商談機会の拡大
  8. 営業エリアのボーダーレス化も
  9. コロナの環境をチャンスに

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、オンライン商談を実施する企業が急増しています。

 調査会社アイ・ティー・アールが、製造業、サービス業、通信業などに従事する1370人を対象に実施した調査によると、コロナ禍前からオンライン商談を行っていた企業の割合は13%でしたが、コロナ禍以降にオンライン商談を実施し始めた企業は20%となり、全体の33%まで増えました。

 さらに、オンライン商談を実施予定の企業は32%で、約3分の2の企業が、対面商談からオンライン商談にシフトすることが見込まれます。

 ところが、対面商談からオンライン商談へのシフトが容易ではないことも浮き彫りになっています。

 ベルフェイスが経営者・営業職千人に実施した「オンライン商談に関する実態調査」によると、オンライン商談の成果について、「移動コスト削減」という回答は37.3%だったものの、「商談数の増加」は8.7%、「受注・成約率のアップ」は6.7%にとどまり、営業成果が上がっているとは言えない状況です。

 筆者が新入社員として企業に入ったのは、バブル期の後半に差し掛かる1989年。営業部へ配属になり、先輩に教えられたことは、至ってシンプルでした。「顧客となじみになり、状況把握し、提案する。宿題はクイックに対応する」。つまり、御用聞き営業の所作でした。

 「顧客のもとに足しげく通い、顔と名前を覚えてもらう」
 「顧客の役に立ちそうな情報を提供する」
 「ニーズがありそうな自社の得意製品を売り込む」
 「宿題をもらい、クイックレスポンスで対応する」

 入社1年目で1日10件の「御用聞き営業」をし続けた結果、翌年にはアポイント無しで顔を出しても、歓迎してもらえる顧客ができ始め、3年目には営業500人の中で、トップになることができました。

以下の画像はすべて筆者作成

 頻繁に顔を出し、話題を提供することで、顧客に親近感を持ってもらえます。また、顧客は自社の状況や課題を話すことで、「私のことを理解してくれている」という安心感が醸成されます。その結果、「商品のスペックを知りたい」、「設計図面や見積りがほしい」などのリクエストを頂けることになります。

 「御用聞き営業」は、顧客との接点の量を確保する最良の手段であり、営業の勝ちパターンなのです。

 ところが、オンライン営業は不要不急の面談が困難で、商談前の顧客との接点が圧倒的に少なくなります。電話をしても、在宅勤務で不在のことが多く、顧客の状況や課題を聞き出す機会も減ります。

 顧客の理解が浅い中で提案せざるを得ないので、提案の質が下がり、顧客からのリクエストがもらえません。つまり、営業機会を作ることができないのです。

 しかし、オンライン営業の時代は、中小・ベンチャー企業が大手に匹敵する営業力を持てる可能性があると、筆者は考えています。

 従来は、営業にかける人数に比例して、御用聞き営業の機会を得られました。しかし、対面営業に依存できなくなると、営業の人数ではなく、顧客とのコミュニケーションの量に比例して、営業機会を得ることができるようになります。

 つまり、営業の勝敗は、顧客とのコミュニケーションの量であると言っても過言ではありません。

 国土が広い米国の場合、営業活動の主な移動手段が飛行機なので、早くから電話を使った内勤型セールスが発展してきました。この内勤型セールスは、「外訪型セールス(フィールドセールス)」に対して「インサイドセールス」と呼ばれています。

 インサイドセールスの役割は、フィールドセールスが“有効”な商談をできるように、顧客との関係をつくることです。メールや電話で役に立つ情報を提供し、親近感を醸成します。そして、近況や困りごとをヒアリングし、フィールドセールスへ商談機会を提供します。

 日本の営業は、顧客との関係づくり、ニーズの喚起、商談、契約、さらにその後の深耕開拓まで、一人の担当が担うのが一般的です。米国では、商談前の関係づくりは、インサイドセールスが行い、商談からはフィールドセールスと分業化されています。

 分業化することで、顧客との接点の量が増え、質も高くなります。営業個人が顧客とやり取りできるメールの量には限界がありますが、インサイドセールスがITツールを駆使して情報発信すれば、数十倍、数百倍の量をこなせます。顧客からヒアリングできる量も多くなるので、必然的に商談機会が増加します。

 オンライン営業を成功させるポイントは、営業業務の分業化であり、インサイドセールスの導入なのです。

 ところが、日本では「オンライン営業」の導入が非常に低い状況です。営業管理システムを提供するセールスフォースドットコムのアンケート(2019年5月実施)によると、インサイドセールス(オンライン営業)を導入している企業は、従業員100人未満で5.3%、同100~500人未満でも9.7%でした。

 顧客との関係作りを目的とするオンライン営業職が不在の中で、オンライン商談を実施しても、うまくはいきません。コロナ禍を機に、日本の営業もオンライン営業と対面営業の分業にシフトする時代になります。

 ここからは、実際にオンライン営業を導入した中小企業の事例を紹介します。

 この企業は、昇降機の製造販売を手掛けるメーカーです。営業の数は全国で10人。商談機会づくりは、特定の大手機械工具商に依存していました。また、販売代理店手数料も営業利益を圧迫していました。2017年に、エンドユーザーとの接点を作り、直販の商談機会を拡大するために、オンライン営業を始めました。

 取り組んだのは、以下の三つの活動です。

  1. コミュニケーション基盤となるリスト整備
  2. 「御用聞き営業」の具現化
  3. 商談取りこぼし防止と商談機会の拡大

 オンライン営業を効率良く稼働させるための必須条件は、「顧客台帳」と呼ばれるリストです。オンライン営業担当は、顧客台帳を見ながら顧客とコミュニケーションを取ります。

 オンライン営業の担当がヒアリングした内容を次々とリストへ追加します。対面営業の担当者は、コミュニケーションの履歴や、顧客にヒアリングした状況や課題などを閲覧し、商談・提案することができるようになります。

 まず、会社内に散在していた名刺、納品書、資料送付先、問い合わせ情報などを全てデジタル化。名寄せ・統合した上で、CRMで一元管理できる状態にしました。こうして、1万社程度の顧客台帳が完成し、未取引の見込み客、過去に取引があった既納客、現在も継続して取引がある顧客という三つのグループに区分されました。

 「御用聞き営業」の役割は、前述した通り、顧客との関係づくりになります。メールや電話を活用して、顧客との接点を作り、現状や課題をヒアリングして、リクエストを頂くことです。

 関係づくりのポイントは、売り込みでなく「お客様に役立つ情報」の提供です。相手に喜ばれ、関心を引き付ける情報を盛り込んだメールの送付が有効になります。

 「きょうの新聞に、『巣ごもり消費、きしむ物流 コロナで様変わりの新年』という記事が掲載されています。無人搬送車販売の参考情報になるかと思いましたので、お知らせします」

 営業マンから、この手のメールを受け取った経験がある人もいるのではないでしょうか。受け取って嫌悪感を抱く方はまずいないでしょうし、むしろ「ありがたい」と感じる方のほうが多いと思います。記事を探す手間が省力化できた、私のことを気にかけてくれている、と感じることもあるでしょう。

 売り込み色が強いメールでは、相手も拒絶感を持ち、心を閉ざしてしまいます。聞きたい情報もヒアリングできなくなるでしょう。売り込みではなく、顧客にとって役に立つ情報を提供することが、信頼関係を作るうえで大切なのです。

 その他、新製品や展示会、導入事例などの情報も提供し、顧客との接点の量を拡大します。このメーカーでは、さらに、顧客がリクエストしやすいように、カタログの請求、内覧会への参加、見積もりや、図面作成依頼など様々なリクエスト受付窓口をホームページに設置しました。

 コミュニケーションを多くしたことで、疎遠だった顧客から、新製品の展示会への参加要望や、工場の新設計画を検討している顧客からの図面設計依頼など、様々なリクエストが入ってきました。

 顧客と商談しても具体的な提案に至らない状態や、提案しても保留されたり、失注したりするケースがあります。

 同社のオンライン営業担当は、失注した顧客ともコミュニケーションを継続しています。例えば、商談の満足度をヒアリングします。

 普通は、商談が期待外れだった場合でも、顧客は担当営業に「あなたの提案は期待外れでした」とは言いません。そこで、オンライン営業の担当者が、商談後に評価を聞くことで、期待とのギャップを明らかにし、取りこぼしを防ぎます。

 顧客の状況はいつどのように変化するかわかりません。コミュニケーションを止めてしまえばノーチャンスですが、商談が停滞、失注した顧客とも接点を作ることで、復活することは少なくありません。

 同社ではコミュニケーション基盤の台帳を作り、顧客との接点を拡大することで、オンライン営業から供給される商談件数が拡大し、1人当たりの商談件数が1.5倍程度となりました。

 特定の大手機械工具商だけでなく、設計事務所や工務店などの新規販売チャネルや、エンドユーザーからの依頼も増加しました。その結果、営業利益率も2年間で4倍になりました。

 コロナ禍の1年半で、経営環境は大きく変わりました。アパレル業界も店舗の数を増やして競争を優位にする戦略を転換。オンワードホールディングスをはじめ多くの企業が店舗の閉鎖を発表し、オンライン店舗へとシフトしています。

 コロナ禍は、営業人数が少ない中小・ベンチャー企業が、大手企業に匹敵する営業力を持つことができるチャンスでもあります。

 今後は、営業エリアのボーダーレス化が進みます。営業拠点が無くても全国区、またはグローバルでの営業も可能になるでしょう。

 現に、オンライン営業サービスを提供している筆者も、コロナ前は営業対象エリアを1都3県に限定していましたが、今は全国へと広げています。営業拠点や出張が無くても、対面無しのオンライン商談のみで成約できる案件も少なくありません。

 営業担当がいなくても、営業ができる可能性も芽生えつつあります。顧客と信頼関係を作り、状態を知ってさえいれば、営業に必要な提案を他社へ委ねることもできるようになります。

 従来は、営業を代理店へ依存していましたが、営業活動は自社が行い、代理店にはデリバリーや保守点検を依頼するといった逆転現象も夢ではないのです。

 コロナ禍での営業活動は、今後も1年余り続くと考えられます。また、アフターコロナの営業環境がコロナ前に完全に戻ることもないでしょう。この環境をチャンスに変えるべく、オンライン営業への対応をすべき、と筆者は考えます。

 昇降機メーカーの事例で説明した通り、実施すべきは、顧客との接点拡大に向けた三つの取り組みです。

  1. コミュニケーション基盤となるリスト整備
  2. 「御用聞き営業」の具現化
  3. 商談取りこぼし防止と商談機会の拡大

 次回からは、中小企業がオンライン営業を加速させるための具体的方法について、事例を交えながら解説していきます。