目次

  1. センスメイキングとは
  2. センスメイキングの事例
    1. 陶芸
    2. 雪山
  3. ビジネスに取り入れるときに知っておきたいこと
    1. センスメイキングの3段階のプロセス
    2. センスメイキングの7つの属性
  4. センスメイキングを活かせる主なビジネスシーンと具体的な活用方法
    1. 経営計画を立てる
    2. 資金調達をする
  5. 今の時代にこそ必要なセンスメイキング

 センスメイキングという言葉は、アメリカの組織心理学者であるカール・ワイク教授が提唱したとされています。

 しかし、理論や手法として確立されたものではなく、明確な定義はありません。人によって微妙に異なる意味で使っていることもあり、つかみどころのない概念となっているのも事実です。今後も発展し続け、より洗練されていくのではないでしょうか?

 ここでは、「行動しながら未来をつくっていく」のに役立つ考え方であるという切り口で取り上げます。センスメイキングは、パイオニアやカリスマと呼ばれる創業者が自然にやってきたことを、再現性があるように分解し、再構築しようとする試みであるといえます。

 センスメイキングは、日本語からすると、イメージ的には「It’s making sense.」のmake sense です。「だんだん分かってきた」「それなら納得できそうだ」というときの「分かる」を意味していると思われます。ワイク教授は、「sense-giving」や「sense-taking」とは異なるものであると述べています。

 少し難解なセンスメイキングですが、「アルゴリズムの対極にあるもの」といえば分かりやすいかもしれません。アルゴリズムとは、問題を解決するための手順・計算方法を指します。

 しかし、未曾有の事態にアルゴリズムは存在しません。道筋を示し、周りの人たちを説得しながら進むしかないのです。

 センスメイキングを説明するには、以下のような喩えやエピソードがあります。

 ミンツバーグ教授の言葉で、「優れた陶芸家は、最初に何を作るかが自分では分からず、泥をこねたり轆轤を回したりしているうちに、次第に自分の作りたいものが分かってくる」というものがあります。

 センスメイキングでは、最初に細かい計画はありません。会社でいえば、経営計画に縛られて、柔軟な動きができなくなってしまうのはもったいないということを示唆しています。

 ワイク教授が引き合いに出した有名なエピソードがあります。ハンガリー軍の偵察隊が、アルプス山脈の雪山で遭難し、テントで死を意識し始めたとき、一人の隊員がポケットから地図を見つけます。

 隊員たちはこれで帰れるはずだと思い、下山することを決意します。地図を手掛かりにおおまかに方向を見極めながら進みました。

 彼らは無事に下山できました。しかしその地図はアルプス山脈ではなく、ピレネー山脈の地図だったのです。

 つまり、全員が決意し、同じ方向を向いて進めば、正しい手順が示されていなくても、試行錯誤しながら成し遂げられるということを示唆しています。

 センスメイキングには、「3段階のプロセス」と「7つの属性」というのがあります。ざっくり見ておきましょう。

 「絶対的なビジネス環境の真理というものはない」という考えのもとでビジネスを行う際には、環境の感知、解釈・意味付け、実行・上演というプロセスがあります。これを循環させることが、まさしくセンスメイキングです。

①環境の感知 (scanning)

 新しいことや予期しなかったことが起こっていること、先行きが見通しにくい環境であるということを感じることです。

②解釈・意味付け (interpretation)

 周囲から確かな情報が得られず、過去の経験もそのままでは当てはまらない状況に置かれているため、事業環境や経営の方向性について、解釈・意味付けを行います。つまり、全員がやるべきことを納得し、同じ方向を向くようにすることです。

③ 実行・上演 (enactment)

 正しい手順が存在しない中、おおまかな方向性に沿って試行錯誤をしながら周りを動かし、ストーリーを実行に移すことです。つまり、新たな事業やイノベーションを起こします。

 ワイク教授によれば、センスメイキングには7つの属性(properties)があるとのことです。これらは、センスメイキングの側面を示しています。

①アイデンティティ (identity) 自分が何であるかということがまず中心にある。それが行動や解釈を形成する。
②回想 (retrospect) 回想がセンスメイキングの機会となる。時間が経って振り返ると、何かに気づくからである。
③実行・上演 (enact) 対話や談話の中で、直面する環境を意味ある世界に変える。語ることは、自分の考えを知り、経験やコントロールを整理し、出来事を予測するのに役立つからである。
④社会性 (social) センスメイキングは、社会活動である。妥当なストーリーを保持し、共有することだからだ。聴衆には語り手が含まれているものとし、会話を進展させることが重要である。
⑤継続性 (ongoing) センスメイキングは、継続的なものであり、プロセスの循環を表す。
⑥環境情報の部分的認知 (extracted cues) 人は、起きている事象の全体を認識できないため、抽出されたきっかけのような情報を基に、大きな意味付けを行っている。
⑦正確性よりも妥当性(plausibility over accuracy) 人は、正確性よりも妥当性を好む。したがって、正確性への執着は無駄である。

 それでは、実際にどのようにビジネスに活かせるか、見ていきましょう。

 会社のステークホルダーに対して、何らかの経営計画を提示する必要があります。そこで、おおまかな目標を提示するようにします。手順や細かい計画を記載してしまうと、身動きが取れなくなり、事業環境の変化に対応できなくなるからです。

 たとえば、米国の建設機械メーカーで世界最大手のキャタピラーは、2030年までにディーゼル燃料の85%を、天然ガスなどに置き換えるとしています。建設機械の主な燃料はディーゼルですが、今後はバイオ燃料、水素なども検討されており、どれが有望かは技術の発展次第となっています。したがって、代替燃料を「天然ガスなど」としておくことで、柔軟に対応できます。

 数年前から、環境意識の高い企業に投資するファンドが急増しており、資金集めにはこうしたアピールは欠かせないものとなっています。

 新規事業を立ち上げるとき、資金調達が必要になります。出資者を探したり、銀行に融資をお願いするにあたって、企画書や事業計画書が必要です。

 その得体の知れない事業がうまくいくかどうかについて、正解はありません。財務的にも計画どおりにいくことはまずないでしょう。まさに、正確性よりも妥当性や説得力が求められるシーンです。

 投資家は、不十分な材料から決断せざるを得ません。このような案件に一切投資しないことも可能ですが、それでは大きなリターンを得ることもできません。企画者自身を含め、全員が明るい未来がつくりだせることに納得できるかどうかです。決断したら選んだ道を正解にしていく…これがセンスメイキングです。

 たとえば、コロナ禍においてスポーツチームを作るとします。試合は直前に中止や無観客となる可能性もあり、チケット収入が入らなくなるリスクがあります。それだけでなく、グッズや飲食物が売れなくなるなど、ダメージを受けます。

 しかし、このような状況だからこそ、優れた選手やスタッフを獲得しやすいというプラス面もあります。撤退する企業があるのも、景気が悪いときなのです。コロナや景気の先行きは不透明ですが、やるなら今がベストかもしれません。チャンスであることを、投資家、従業員を含むステークホルダーに納得してもらうことが重要です。

 ここ数年は、ビッグデータやアルゴリズムが重視されてきました。しかし、みんなが使っているデータを分析しているだけでは、差別化もできず、イノベーションも起こりづらいです。失敗を恐れるためか、二番煎じのモノやサービスがあふれています。

 評論家のように言いっぱなしで何も行動しない人、リスクばかり気にしてやらないほうが良いとしか言わない人ばかりの会社は、要注意です。優秀な人が辞めていき、これからは生き残れなくなります。

 センスメイキングは、アルゴリズムのように計画に沿って無機質に進めるのではなく、おおまかな解釈・意味付けで周りを説得し、試行錯誤しながら柔軟にビジネスを行うことの重要性を訴えています。