27年前の1995年5月2日、大リーグのロサンゼルス・ドジャースに入団した野茂英雄さん(当時26歳)が、メジャーリーグの試合で初登板しました。

当時の朝日新聞は、「野茂『合格』大リーグで初登板/5回を7奪三振、無失点」との見出しとともに、1面でこう伝えています。

大リーグのロサンゼルス・ドジャースに入団した野茂英雄投手(二六)は二日(日本時間三日)、サンフランシスコで行われたジャイアンツ戦に初先発。5イニングを投げ毎回の7奪三振、わずか1安打無失点に抑え、デビューを飾った。

試合は延長十五回の末、逆転負け。0対0のままでマウンドを降りた野茂投手は勝敗には関係なかった。

1995年5月4日付の朝日新聞朝刊(東京本社版)

1995年5月4日付の朝日新聞朝刊(東京本社版)

野茂さんは、打者に背を向ける独特の投げ方「トルネード投法」を武器に、1988年のソウル五輪で日本代表のエースとして活躍。日本の銀メダル獲得に貢献しました。その後、ドラフト1位指名で近鉄バファローズに入団。近鉄時代、新人王、最多奪三振、最多勝利など多くの記録を達成し、1995年に米大リーグのロサンゼルス・ドジャースへ。最多奪三振のタイトルを獲得して新人王に選ばれ、大リーグでは2度のノーヒット・ノーランを達成しました。日米通算で201勝を挙げています。

野茂さんは2008年に現役を引退し、2014年に野球殿堂入り。現在は、53歳です。野茂さんは、ドジャース時代の2003年、「NOMOベースボールクラブ」を設立。社会人野球チームとしての活動のほか、青少年に野球の面白さを伝える活動もしています。

大リーグオールスターゲームに日本人選手として初出場したロサンゼルス・ドジャース時代の野茂英雄さん=1995年7月11日、朝日新聞社

現役引退後も後進の育成に関わる野茂さん。私たちも「次の世代」を意識しながら仕事に取り組んでいきたいですね。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年5月2日に公開した記事を転載しました)