目次

  1. マーケティングDXとは IPAの定義を確認
    1. マーケティングDXの重要性
    2. マーケティングDXとデジタルマーケティングの違い
  2. マーケティングDXにまつわる課題
    1. ボトムアップの発想になりやすい
    2. 利益相反が起きるときがある
  3. マーケティングDXを進める手順
    1. 10年後の外部環境からゴールを描く
    2. ゴールまでのプロセスを導く
    3. 現状を把握し最初の施策を導く
  4. マーケティングDXで成功させるポイント

 マーケティングDXとは、DX推進のためにマーケティングに変革をもたらす取り組みです。

 「デジタル活用でマーケティングをアップデートし、競争優位性を確保する」とよく定義されますが、中小企業においては、マーケティングDXが自社のDXにつながることが特に重要となります。

 DXの定義は、行政・事業者によってさまざまですが、情報処理推進機構(IPA)のものがわかりやすいでしょう。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること

DX白書2021 p.22│情報処理推進機構

 マーケティングDXは、その言葉から、マーケティングの変革だけを表すように聞こえますが、あくまで上記で示したDXを進めるための施策のひとつ、と捉えることがポイントです(なお、大企業の場合は、マーケティングのデータ基盤構築などを切り出してマーケティングDXをする、というケースもあるため、この限りではありません)。

 日本でDXが話題になったきっかけは、経済産業省が発表したDXレポートに始まります。日本の多くの企業でデジタル化が遅れており、このままでは外部環境の変化に適応できず、2025年には巨額の経済損失を産み出してしまうと警鐘を鳴らしました。

 外部環境の変化とは、新型コロナウイルス感染症による顧客行動の変容はもちろん、スマートフォンを始めとする商品・サービスのシェア率の変化、GAFAMなどに代表されるデジタルディスラプターによる市場破壊(例えば楽天市場やamazonが売上を伸ばしたり、電子書籍がシェアを伸ばし始めることなどが重なり、書店市場が破壊されることなど)も含みます。

 これらは、経営戦略を考えるのに役立つSWOT分析でいうところの機会・脅威の部分にあたります。

 ※SWOT分析とは、機会・脅威(外部環境)と強み・弱み(内部環境)をクロスして経営戦略を導く有名なフレームワークです。

SWOT分析 強み(Strength) 弱み(Weakness)
機会(Opportunity) 積極構成戦略 弱点強化戦略
脅威(Threat) 差別化戦略 防衛・撤退戦略

 日本の企業の多くは、外部環境の変化に対し、内部環境の適応ができていません。これまで強みだと思っていたことが、急に強みでなくなる状況にあるのです。

 ただ、外部環境の急変は、まだまだこの先何年も続き加速するといわれています。これに適応するために、デジタル技術を活用して内部環境の変革を促そうというのが、経産省の言うDXレポートの本質です。

 そのため、DXは、デジタル活用とイコールではなく、ある特定の部門だけを変革するものでもありません。デジタル活用を含め、さまざまな施策をさまざまな部門に行う必要があります。

 その中で、マーケティングDX(マーケティングの変革)が重要視されているのは、マーケティングが顧客との関係構築・競合との差別化を図るために、自社の強み・弱みの深い理解が求められる部門だからです。

 ここに変革の施策を積極的に行うことは、内部環境の大きな変革に直結し、DXが目指すところの「外部環境の変化に対応して、競争上の優位性を確立する」ことにつながるために、今注目されているのです。

 マーケティングDXと混同されがちな言葉として、デジタルマーケティングという言葉がよく指摘されます。

 デジタルマーケティングとは、WEB広告やSNS広告、メールマーケティング、SEOマーケティング、コンテンツマーケティング、IoTなどに加え、MA、SFA、CRM、CDP、DMP、BI、BAといったさまざまなデジタルマーケティングツールの活用など幅広く網羅したマーケティング戦略や施策をさします。

 マーケティングDXにおいてデジタルマーケティングはあくまで一手段であり、デジタルマーケティングを採用すればマーケティングDXを実現できるというものではありません。

 そのため、マーケティングDXを実現する上では、デジタルマーケティングに縛られないことが重要となります。

 デジタルによる顧客情報の管理基盤を活用しつつも、チラシやDM、マス広告や、セールス活動、コールセンターも含め、それらの強みも生かしながらマーケティング施策全般を俯瞰し、必要な施策を検討することが求められます。

 マーケティングDXはこれからの時代を生き抜くために重要な施策ですが、進めるときには、次の課題にぶつかりやすいことに留意する必要があります。

 マーケティングDXは「デジタル活用でマーケティングをアップデートし、競争優位性を確保する」と定義されることも多くありますが、この定義に基づいてアクションを考えるとボトムアップの発想になりやすい、という課題があります。

 ボトムアップの発想では部分最適に特化してしまいがちです。最悪ツールの導入などがマーケティングDXの目的となり、そのツールを十分に活用できない事態に陥るケースも少なくありません。

 そもそも、マーケティングDXという言葉が流行り始めた原因は、経産省のDXレポートがビジネスモデルの変革や競争優位性の確保などに提言しているにもかかわらず、具体的な内容がIT分野に内容が偏っていたためです。そこで、マーケティング分野もIT活用の両輪でないと競争優位性を確保しえない、という考えから生じたものだと考えます。

 繰り返しになりますが、マーケティングDXはあくまでDX推進、すなわち内部環境全体を変革するひとつの施策として進めていく必要があります。そのため、全体を俯瞰できる立場にいる人間が、トップダウンでマネジメントすることが有効です。

 DXへの取り組みを起案すると、利益相反によって、社内からマーケティングDXを望まない仲間がほぼ例外なく出てくるのも課題としてあげられます。

 例えば、B2BにおけるマーケティングDXでは、マーケティングチームとセールスチームの間で利益相反することがあります。

 企業の成長を考えると、セールスチームには、受注するとほぼ決まっている既存顧客ではなく、受注できるかできないかギリギリの新規案件に注力してもらったほうがよいでしょう。

 一方、セールスチームにとって、新規顧客からの売上を上げることは非常に労力がかかるのに対し、既存顧客からであれば僅かなリソースで効率よく成績を上げられるので、既存顧客を常に相手にしたいと考えます。

 そのため、マーケティングDXの一環として、既存顧客の注文をECサイトなどを通して効率よく受注しようとすると、反対意見が出てくるのです。

 また、エリア別に商圏を区分するグループ会社間で利益相反が発生することもよくあります。本社がネットで仕事を受注し始めると、エリア担当の売上が減少してしまうからです。

 マーケティングDXを進めるためには、組織全体のあり方や発生しうる利益相反、人事評価などにも考慮しながら行わなくてはいけません。

 具体的な事例をもとに、中小企業のマーケティングDXを進めるためのひとつのプロセスをご紹介します。

 なお、事例で取り上げるクライアント(以下A社)では、10年後に市場規模が半減することがすでに予想される産業で、既存事業で何とか保てているが毎年顧客数が減少しているという状況にあり、新規事業への転換が急務となっていました。

 しかし、マーケティングDXを進めることで、既存事業の顧客から新規事業へ安定してクロスセルを進められるようになりました。新規事業が成長するペースと顧客獲得のバランスを取りやすくなったことで、目標に向けて計画的な売上の見通しも立てられたとのことです。

 では、手順をご紹介します。

 まずはビジョンと5年後、10年後の外部環境からゴールを描く必要があります。

 そこで、PEST分析を活用し、4つの要素(政治:Politics、経済:Economy、社会:Society、技術:Technology)をもとに、5年後10年後の外部環境がどのように変化しているかを整理します。

 役員・主要な社員全員で未来の外部環境のイメージを共有したら、そこから顧客視点で自社のあるべき姿、つまり目指すべきゴールを描きます。

 次に、現在からゴールに向けた10年間のロードマップを描きます。

 既存事業の売上の推移の予測・目標を各部門に作成してもらい、新規事業に期待する売上の推移を整理することで、どの程度のスピード感・規模感で事業転換を図る必要があるかを確認できます。

 ロードマップを描いたら、必要な施策を考えます。そのためには、まず次のような問いに答える形で現状を把握します。

  • 10年後の新規事業に活用できそうな現在のアセット(資源)は何か
  • ゴールにたどり着くために、早急に変えなければいけないことは何か
  • 転換が必要な場合は、どの方向に変えればいいのか

 A社では、現在のアセットを確認したときに、既存事業を長年運営する中で貯めてきた膨大な顧客情報が挙がりました。また、ゴール達成には顧客との間で醸成されてきたブランドイメージの転換、ブランド・アイデンティティの再定義が必要だともわかりました。

 現状を把握すれば、自ずとまず何をすべきかが見えてきます。

 A社の場合は、顧客情報が重要なアセットであることがわかったおかげで、顧客情報が部門ごと、セールスごとにバラバラに管理されていることが明確な課題として浮き彫りになりました。そこで、まずは顧客情報のシームレスな統合から取り組むことにしました。

 具体的には、CRM(顧客関係管理システム)、SFA(営業管理システム)の導入、およびGoogle Cloud Platformを基盤としたCDP(顧客データ基盤)を開発しデータ連携など、デジタルマーケティングツールを活用した基盤づくりと、業務フローへの適用・最適化です。

 マーケティングDXは、DXを正しく理解した上で実行すれば必ず成功します。

 大事なのは、デジタルマーケティングとの違いをきちんとおさえておくことです。デジタルマーケティングはあくまで手段であり、それが目的とならないように必要なソリューションを見つけるときは常に顧客のほうを見るようにしましょう。

 顧客中心の視点は、自社のビジョンを描くときにも重要です。自社の資産やリソースはその次に考え、もし自社のリソースや手段が顧客にマッチしていなければ、ビジネスモデルや組織のあり方を変革していく必要があります。

 全てを一度にやる必要はありません。理想と現実に大きなギャップがあればゴールをしっかりと設定し、プロセスを導いてひとつひとつ実行していけばよいのです。