ISSを次世代のクリエイティブの舞台に
衣料品通販サイト運営会社「ZOZO」創業者の前澤友作さんが12月、宇宙旅行に飛び立ちます。
滞在先である「国際宇宙ステーション(ISS)」は、地上400kmに浮かぶ、サッカー場ほどの大きさの実験施設です。
ISSはこれまで、訓練を積んだ宇宙飛行士だけが訪れられる特別な場所でしたが、徐々に民間開放が進みつつあります。
ISSが次世代のクリエイティブの舞台になるのではないか――。
いち早くそう目をつけたのは、ドバイ万博日本館や、活動休止中の人気アイドルグループ「嵐」の“ラストライブ”の体験演出を手掛けるなど、新たなつながりをデザインして未来の体験を生み出すクリエイター集団、株式会社バスキュールです。
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バスキュールはISSにある日本の実験棟「きぼう」内に、スタジオ「KIBO宇宙放送局」を開設。
2020年8月、宇宙と地上にある2つのスタジオをつないだ双方向番組のライブ配信を、世界で初めて成功させました。
番組はこれまでに3回、インターネット配信やテレビ放送で視聴者に届けられました。
宇宙からのライブ配信は、どうやって行われているの?
ISSを舞台にしようと思ったのはなぜ?
どんなビジネスモデルなの?
バスキュールの朴正義(ぼく・まさよし)社長にお話をうかがいました。
まだつながっていないものをつなぎたい
――ISSを使ったライブ配信事業について教えて下さい。
「KIBO宇宙放送局」は、宇宙と地上をリアルタイムでつなぐ、世界で唯一の双方向スタジオです。
ISSが地球を1周するのにかかる90分の間、宇宙と地上をつなぐインタラクティブなライブ配信が可能になります。
スタジオについて説明すると、ISSの日本実験棟「きぼう」内にある、地球を望む丸い窓の隣に、宇宙飛行士がノートPCを設置します。
ISSはセキュリティがとても厳しいのですが、ノートPCを地上から操作できる仕組みを弊社が独自に開発しました。
それにより、地上から送られた映像や音楽、コメントをPCのディスプレイに映し出せるようになりました。
地球のどこにいても、スマホ1つあれば、宇宙にあるそのディスプレイで誰もがメッセージを発信できるのです。
ISSにいる宇宙飛行士が、ディスプレイの画面や、窓から見える地球の姿を撮影します。
その映像をISS→通信衛星→NASA(アメリカ航空宇宙局)→JAXA(宇宙航空研究開発機構)→地上スタジオと経由し、ISSと地上を双方向でつなぐ世界で唯一のスタジオを構築しました。
構想を練り始めた頃は、ISSに向かってくるロケットにプロジェクターで何か投影するとか、全く別なことを考えていました。
でも、やるからには「1回見たから、もうつまらない」なんて言われる一発ネタで終わらせてはいけないと。
継続できるものをつくって初めて意味があると心がけていました。
大事なのは見たことのない表現を追求することではなく、器が新しいこと。
これまで宇宙に携わったことのない人でも、宇宙でのコンテンツづくりに参加できるプラットフォームを作ろうと考え、「KIBO宇宙放送局」にというアイデアにたどり着きました。
――これまでにどんな番組を配信されましたか。
初回は2020年8月でした。
ISSと地上を双方向でつなぐライブ配信は世界初だったので、実証実験という位置づけでした。
視聴者から集まった希望のメッセージとともに、地球1周の旅を無事に達成できました。
2回目は2020年の大みそかから2021年の元旦にかけてです。
ISSから見える地球を見ながら年を越し、宇宙の初日の出を眺めました。
3回目は人気漫画『ワンピース』の100巻が発売された2021年9月3日に、キャラクターとコラボした番組を配信しました。
ちょうど星出彰彦飛行士がISSの船長に着任していて、ワンピースの主人公・ルフィとの船長対談が実現しました。
――宇宙空間を利用したコンテンツを制作するようになった経緯を教えて下さい。
バスキュールは「インターネットという新しいコミュニケーション技術を使って、新しいクリエーションに挑もう」と2000年に創業した会社です。
当時はまだTwitterもYouTubeもありません。
マスメディアと有名人だけが、自分の言葉を公に発信できる時代でした。
そこにあらゆるものを双方向につなぐインターネットが登場して、世の中の情報のヒエラルキーがひっくり返ろうとしていたのです。
その変化の真ん中にいたくて、バスキュールを立ち上げました。
まず手をつけたのは広告事業でした。
企業が出す広告の何割かは、必ずデジタルに置き換わると思ったからです。
手探りながらも、新しい表現や体験を追求する中でいくつもの広告賞を受賞し、「インターネットを使った新しいトライをするなら、バスキュールに頼むといい」という評判をいただくようになりました。
次にトライしたのがテレビ事業でした。
例えばテレビの視聴率が10%なら、1000万人が同じ時間を過ごしていることになります。
その人たちがネットでつながり合えば、誰もが家にいながら参加できる、お祭りのような体験をつくれると思ったのです。
それで日本テレビと合弁会社「HAROiD」(ハロイド)を立ち上げ、テレビとネットをつなぐサービスを始めました。
大量のデータを同時に扱えるシステムを開発し、いわばテレビの視聴者をユーザーに変換する準備を進めていたのですが、事情があって今のTVer(ティーバー)に株式を売却することになりました。
この資金を使って何をしようかと考えていた時に、ひらめいたのが宇宙でした。
地上波がダメなら、次は宇宙からやっちゃおうって!
創業時から、うちのスローガンは「宇宙と未来のニューヒーローを目指す。」だったんですが、ついにその時が来たぞと。
結局、僕たちがやりたいのは、まだつながっていないものをつなぐことなんです。
宇宙を舞台にすれば、地球とつながることができると直感しました。
年越し番組で、宇宙から見た初日の出
――宇宙と言っても、ロケットや人工衛星の開発をはじめ、様々なものがあります。ISSを選んだのはなぜですか。
その理由は明確です。
すでに建設が完了しているISSを活用できれば、ハードウェアの開発がいりません。
当初、衛星を打ち上げることなども考えたんですが、とんでもないコストと時間がかかることが分かり、ソフトウェアとデザインの力だけで何とかなるものに特化しようと決めました。
ちょうどJAXAがISSを使った事業を募集していて、タイミングも最高でした。
思いがけず手に入った株式売却益を活用する際、ロケットや衛星から作っていたら税金が発生しちゃうのでね。
1年で結果が出せるISSを舞台にしようと、爆速でプロジェクトを進めていきました。
ISSを利用できる一番大きなメリットは、宇宙で24時間インターネットに接続されていることでした。
一般的な人工衛星の場合、地上局の上を通過するタイミングでしか通信ができません。
つまり地球1周のライブ配信って、ISS以外では不可能なんです。
地球1周を丸ごとライブ配信するのって、貴重なことなんですよね。
――実際にライブ配信をして、難しかったことはありますか。
まず、なんと言ってもセキュリティが厳しいことです。
ISSはアメリカやロシア、日本などなど15カ国が共同で運用しています。
どこの国のものでもないので、何かするときにはJAXAだけじゃなくて、NASAを始め、各国の宇宙機関と調整が必要です。
また、ちょっとした通信テストをするにも宇宙飛行士の稼働が必要で、大変な労力がかかります。
ISSの設備を外からコントロールするという面倒なことを考える民間企業はなかったようで、バスキュールが初だと言われています。
それから、ISSのインターネットへの24時間接続は、複数の通信衛星を使って実現しています。
ISSはすごいスピードで地球を回っているので、通信を続けるには衛星の切り替えが必要です。
でも、切り替えのたびにインターネットが途切れるんですよね。
その瞬間は宇宙からの映像が届かないので、地上スタジオのカメラに切り替えるなど、番組作りにパズルのような工夫が必要でした。
2回目の配信は特に大変でした。
2021年になった瞬間に「Happy New Year」というメッセージをディスプレイに映したのですが、1日午前0時0分6秒に通信が途切れることが本番の数日前に分かったんです。
無事に映せたのでよかったものの、もし年越しの瞬間に通信が途切れたらと考えると、今でもぞっとします。
このように、僕らの力ではコントロールできないことが宇宙にはたくさんあります。
でも、こんなことにハラハラする会社があるって、なんだか面白いですよね。
――配信の視聴回数はどのくらいでしたか。
初回は約15万回にとどまりました。
人気俳優の中村倫也さんと菅田将暉さんに出演していただいたのに、申し訳なかったです。
でも、彼らのファンを始め、新たな人たちに宇宙を身近に感じてもらえたのは意味のあることでした。
――ISSを使った番組だからといって、視聴者が増えるわけではないのですね。2回目の配信はどうされたのですか。
1回目の配信は、少しでも宇宙に関連のある日にしようと、ペルセウス座流星群の夜に実施しました。
でも、流星群はまだまだ一般的じゃないと思い知らされました。
そこで2回目の配信は、誰もが知る年間行事と宇宙を結びつけようと、大みそかから元旦という年越しの時間帯を選びました。
宇宙から見た青い地球をみんなで眺めながら、1年の始まりを迎えられたら素敵じゃないですか?
もちろん90分間全部見てもらえればうれしいですが、「宇宙での年越しカウントダウン」や「宇宙の初日の出」の瞬間だけでも、みんなとつながれたらいいなと思いました。
人気キャラクター『ポケモン』や、年明けに最も投稿が増えるというTwitterなどとコラボした効果もあってか、視聴回数は555万回と大きく伸びました。
ただ、この成果は宇宙の力というより、人々の関心と宇宙をうまくつなげることができたからでしょう。
年越しという特別な瞬間に、宇宙という視点を掛け合わせることで、新しい感覚を届けることができたと思っています。
海外配信にも挑戦したい。目標は視聴者1億人
――「KIBO宇宙放送局」のビジネスモデルを教えて下さい。
スタートダッシュは、企業からの協賛金でコストをまかないました。
バスキュールも広告事業から始めたように、やはりスキームとして分かりやすいんですよね。
ただ、近いうちにプラットフォームビジネスに移行したいと考えています。
僕らはISSからの双方向ライブ配信を行う権利を持ち、配信管理もしています。
それをプラットフォームにして、世界中の制作会社にコンテンツを作ってもらえたら面白いなと。
BtoCビジネスも模索中です。
例えば、多くの日本人は初詣でおさい銭をしますが、宇宙でおさい銭やおみくじをする未来もあるかもしれません。
宇宙でクラウドファンディングというのも面白いですよね。
視聴者の思いをつなげる持続可能なビジネスモデルを見つけていきたいです。
――今後挑戦したいことを教えて下さい。
これまでは日本向けに配信していましたが、海外向けにも配信したいです。
僕らのスタジオをプラットフォームにして、世界中のクリエイターがコンテンツを配信してくれたらうれしいです。
ISSはあと数年で運用が終了すると言われていますが、「毎年お正月は宇宙から地球を見る」というふうに「KIBO宇宙放送局」が行事として定番化すれば、民間企業が建設する商用宇宙ステーションを活用することもできます。
世界中の人々が宇宙から地球を見ながらつながれたら、「人類が進化している!」って感じがしますし、素敵ですよね。
視聴者数の目標は1億人です。
ただ目新しい表現を追うだけでは、スケールが小さすぎます。
バスキュールは、みんなと宇宙がつながるモーメントをデザインしています。
1000年以上続くクリスマスという行事のように、1000年後の人類が「宇宙の初日の出」を楽しんでくれていたら最高ですよね。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年11月14日に公開した記事を転載しました)
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