「ダークマター」とは何なのか? 正体不明の物質がもつ3つの特徴 #8
ダークマターとは、宇宙を構成する成分のうち、観測可能な物質の5~6倍を示す「正体不明の物質」のことを指します。ダークマターの不思議な3つの特徴について「限界集落から宇宙へ」を合言葉に、広島県北広島町を拠点に宇宙の魅力を発信する井筒智彦さんが解説します。
ダークマターとは、宇宙を構成する成分のうち、観測可能な物質の5~6倍を示す「正体不明の物質」のことを指します。ダークマターの不思議な3つの特徴について「限界集落から宇宙へ」を合言葉に、広島県北広島町を拠点に宇宙の魅力を発信する井筒智彦さんが解説します。
鍋のおいしい季節になりましたね。鍋はいいですよね。肉でも、魚でも、野菜でも、どんな食材も受け入れてくれます。
じつは、宇宙は“やみ鍋”みたいな世界です。何かが入っているらしいが、その正体はわからない。でも突っついてみたくなる。そんな話です。
宇宙のことは、5%しかわかっていない、とよくいわれる。これは比喩的な表現ではなく、定量的な事実である。
宇宙は何でできているのか?
最先端の観測から、その内訳がわかっている。
宇宙の成分
・ふつうの物質 5%
・正体不明の物質 26%
・正体不明のエネルギー 69%
「現代科学をもってしても、宇宙の95%が正体不明って、どうなの?」と思わないでほしい。宇宙の片隅の片隅にいる人間が、「自分たちの知っているものは5%だ」と言えるのはすごいことだ。そう頭の片隅に入れておこう。
「ふつうの物質よりも正体不明の物質のほうが多い。“ふつう”って何なの?」と思うのはじつに鋭い。正体不明の物質は、ふつうの物質の5倍ある。もはや、我々の知っている物質のほうが、マイノリティだ。ついつい、自分の世界にあふれているものを「ふつう」としてしまう。気をつけないといけない。
専門用語で、正体不明の物質は「ダークマター」、正体不明のエネルギーは「ダークエネルギー」という。宇宙の7割を占めるダークエネルギーについては、次回以降に話していきたい。
今回はダークマターにスポットライトを当てる。といっても、スポットライトを当てても、何も見えない。ダークマターは、目に見えない物質なのだ。
ダークマターは、謎の物質である。謎であるが、ヒントはある。
ダークマターの特徴
・見えない
・触れない
・でも質量はある
まるで透明人間のような、つかみどころのない物質だ。
そもそも「見える」とは、どういうことか。
人間の場合、瞳孔から入った光が、水晶体というレンズで屈折して網膜のセンサーにあたり、脳に認識され像を結ぶことで「見える」。このようにして見えるのは、光(電磁波)の一部である「可視光」だ。
広い意味では、物体から届く光(電磁波)がセンサーによって感知されれば、それは「見えた」ことになる。
例えば、サーモグラフィや暗視カメラは、「赤外線」を検知する。真っ暗闇のなかで田畑を荒らすイノシシは、人間の目では見えないが、暗視カメラであれば犯行の様子を「見る」ことができる(そして翌朝には、見たくない現実が待っている……)。
例えば、天文学で使われる望遠鏡は、可視光以外にも、「X線」「紫外線」「電波」といったさまざまな周波数の電磁波を観測することで、生まれたての星、爆発する星、系外惑星やブラックホール(の影)などのいろんな天体を見ることができる。
しかし、ダークマターは、そういった電磁波を出していない。だから見えない。
さらに、ダークマターは、見ることができないだけでなく、触ることもできない。
日常生活のなかで、我々が(ふつうの)物を「触って感じる」ことができるのは、「電磁気力」のおかげである。物と物が触れた部分をズームアップして見ると、原子と原子が触れあっていて、それぞれの原子の外側を回る電子と電子が、マイナスとマイナスの電気を持つために反発しあっている。電磁気力があるから、手触りがある。
しかし、ダークマターは電磁気力を感じないため、あらゆる物質をすり抜けてしまう。好奇心の琴線には触れるが、物理的に触れることは(まだ)ない。
ではなぜ、そんなダークマターが「存在している」とわかったのか。
1930年代、銀河が集まった銀河団の観測が行われた。個々の銀河の運動を調べると、動きが速すぎた。光っている銀河以外の目には見えない何者かが、重力によって、銀河団がバラバラにならないようにつなぎとめている。
1970年代、恒星が集まった銀河の観測が行われた。個々の恒星の運動を調べると、動きが速すぎた。銀河中心に密集している恒星以外の目に見えない何者かが、重力によって、銀河がバラバラにならないようにつなぎとめている。
コピペのような文章に凝縮して恐縮だが、このように、「見えるものを観たら、見えないものが視(み)えてきた」のである。ていねいに観察することは大切だ。
目には見えないけど、そこには質量のある物質が存在し、重力を及ぼしていて、銀河団や銀河の形を維持している。
我々は、つかみどころのない物質にがっしりとつかまれていたのだ。
ダークマターは正体不明ではあるが、まったくのお手上げ状態というわけではない。1970年代から、さまざまな候補が考えられ、検出を目指した研究が行われてきた。
ダークマターの候補として、未発見の新しい「素粒子」が有力視されている。
あらゆる物質は、原子からできている。原子は、中心にある原子核のまわりを電子がまわるシステムである。原子核は、陽子と中性子からできていて、陽子と中性子は、「トップクォーク」や「ダウンクォーク」という素粒子からできている。電子はそれ以上に分解できない素粒子の一種だ。
「標準理論」とよばれる理論では、17種類の素粒子が知られている。知らないうちに親戚がいっぱいいてびっくりする。
素粒子の研究者は、標準理論より上の「大統一理論」、さらに上の「量子重力理論(超ひも理論)」を完成させることを目指している。
これらの理論のなかでは「超対称性粒子」という粒子の存在が予言されていて、そのなかの「フォティーノ」「ジーノ」「ヒグシーノ」という粒子が混合状態を成している「ニュートラリーノ」が、ダークマター候補として有力視されている。なんのこっちゃ。
余談だが、イタリア語の接尾辞「イノ ino」は「小さい」を意味する。たとえば、バンビーノは小さな男の子を意味する。イタリアの風が吹く超対称性粒子の名前は、いつか「陽子」「電子」「涼子」「優子」「桜子」のような「〇子」という趣のある和名がつくようになるんだろうか。
さて、超対称性粒子は理論上の予言はされているが、まだ1つも見つかっていない。
他には、超対称性とは別の観点から存在が予言される「アクシオン」という素粒子も候補にあげられている。いずれにしても、この宇宙に本当に存在するのかさえ、わかっていない。
候補の粒子がダークマターだとしたら、どのような兆候が見られるかを予測し、その予測を検証するために、独自の実験装置を開発して、実証にのぞむ。
見えないものをどうにかして見ようと、触れないものをどうにかしかして触ろうと、宇宙(国際宇宙ステーション、人工衛星)、地上、南極の地下に検出器を設置して探索が行われている。
研究者たちは、日々、改善を続けながら取り組んでいるが、発見から約90年、探索から約50年経っても、いまだダークマターは見つかっていない。
ダークマターは、138億年前の宇宙初期につくられたと考えられている(誕生から38万年後の宇宙に、ダークマターが存在する痕跡が残されている)。
時間が経つにつれて、ダークマターは、だんだん濃い部分と薄い部分に分かれていく。濃いところは重力が強いため、ふつうの物質を多く集めるようになり、恒星や銀河がつくられるようになった。
つまり、ダークマターが存在していなければ、今のような世界はなかったのだ。
どうやら我々は、正体不明のダークマターに感謝しないといけないらしい。まるで生産者の顔が見えない食材に感謝するように。
いや、考えてみれば、もともと生産者の顔が見えなくても感謝すべきなのだ。お金を払えば手に入ることを、当たり前だと思ってはいけない。畜産業も、水産業も、農業も、狩猟業も現場は大変だ。
銀河のような華々しい世界の裏には、それを支える影の存在がある。ダークマターが銀河団や銀河をつないでくれているように、自分の知らないところで、いろんな人が縁をつないでくれたおかげで、今があるはず。
我々が感謝すべきダークマターはいったいどんな物質で、どうやってつくられたのか。闇に包まれた謎を研究者が明らかにしてくれる日を待ちわびつつ、今夜は、よりいっそうの感謝をこめて鍋を堪能しようかな。先輩ハンターが仕留めてくれたイノシシ肉をたっぷり入れて。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年12月7日に公開した記事を転載しました)
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