目次

  1. あなたは天文学者タイプ?宇宙飛行士タイプ?
  2. なぜ人類は火星を目指すのか?4つの理由とは
  3. 人間がもつ移動への本能。止めようとしても移動する

映画『ジュラシック・パークⅢ』にこんな会話がある。

 

「男の子には、2つのタイプがある。天文学者になりたい者と宇宙飛行士になりたい者だ。天文学者や古生物学者は、安全な場所で驚異の物を研究する」

「でも宇宙には行けない」

「その通り。想像するのと、見たり、肌で触れたりする違いだ」

 

あなたはどちらのタイプだろうか?

この話は、性別や年齢に関わらず、仕事や日常の出来事にも適用できる。

例えば、ステイホームをしてオンラインでの対面でも苦にならないのは天文学者タイプ。

外に出て自分の五感を刺激しないと気が済まないのは宇宙飛行士タイプ、みたいに。

実際はどちらかにはっきり分かれているわけではなく、「天文学者62%、宇宙飛行士38%」のようにブレンドされているのだろう。

あなたの中にある「宇宙飛行士」的な部分に聞いてみたい。なぜ、外に出て、自分の肌で触れたくなるのだろうか?

今、火星が熱い。

2021年になって、UAE、中国、NASAの探査機が立て続けに火星に到達した。どうしてこんなに殺到するのか。

火星に半額シールでも貼られているんだろうか。

火星には空気がほとんどない。

それにより、保温、保湿、UVカットといった機能が失われている。お肌の大敵だ。実際、火星のお肌(地表)は、寒くて、乾燥して、紫外線(と放射線も)がガンガンに降り注いでいる。生身の細胞は生きていられない。

各国の宇宙機関や宇宙ベンチャーは、そんな火星に向けて探査機だけでなく、人間までも送り込もうとたくらんでいる。

NASA(アメリカ航空宇宙局)のケネディ宇宙センターの施設=アメリカ・フロリダ州、朝日新聞社

なぜ人類は火星を目指すのか?

なぜ居心地のいい家を飛び出して、危険な世界へ繰り出そうとしているのだろうか? 

ひとまず、理由を4つにまとめてみよう。
① 夢
② 技術の進歩
③ 科学の進歩
④ 地球のバックアップ

1つ目は、夢だ。
科学に携わる者で、幼少期にSF小説に夢中になった人は少なくない。

19世紀に月への宇宙旅行を描いた小説家ジュール・ベルヌは「人が想像できることは、人が必ず実現できる」との言葉を残した。宇宙への夢は、ガガーリンの宇宙飛行やアポロ月面着陸など、着々と現実になっている。もう月に行けたから、次は火星だ。

2つ目は、技術の進歩だ。
火星探査は、無人でも挑戦的で、有人では困難を極める。

これまでにない技術革新が必要だ。ただ、そこに燃える人もいるのだ。壁を超えるなかで得られた技術は、社会の進歩にもつながる。

例えば、Wi-Fiは電波天文学の発展から転用されたものだ。スティーブ・ジョブズはこんな言葉を残している、「旅の過程にこそ価値がある」。

3つ目は、科学の進歩だ。
人類最大の疑問の1つが「宇宙人はいるか?」。今の科学は、宇宙人はおろか、地球外にすむ微生物すら発見できていない。

かつて火星には海があり(ラーメンのようにしょっぱかったらしい)、生命が誕生した可能性が高い。過去の生命の痕跡や、今もいるかもしれないヤツらを探すのだ。

4つ目は、地球のバックアップだ。
今の地球は、小惑星衝突、気候変動、感染症、核兵器、人口爆発など、夏休みの最終日以上に多くの問題を抱えている。いつの日か、人間は地球には住めなくなるかもしれない。保険として火星を開発し、移住できるようにしようというのだ。

NASAよりも早く火星に人を送りこむ予定でいるSpaceXのイーロン・マスクは、

「火星を目指すのは、地球のバックアップのためだ」

とずばり述べている。ただ、根っこには学生時代に描いた宇宙への夢があり、その過程で再利用ロケットを開発してコストダウンを図る技術革新にも成功している。①・②・④の理由が合わさっている。

と、大きく4つの理由を紹介したが、もしかしたら、本当はそこまで深い意味はないのかもしれない。

そもそも人間(ホモ・サピエンス)は移動する生き物だ。

約20万年前にアフリカで生まれ、瞬く間に地球全体へ広がった。約1万年前に狩猟採集をやめて、定住するライフスタイルへ変わったが、それでも移動がやめられず文化として残ったのが「旅」である。

脳科学の一説によると、5人に1人が持つ遺伝子が、リスクを取って旅や冒険をしたくなる欲求と関係しているらしい。確かに、命がけで冒険するものがいたからこそ、私たちの生息圏はここまで広がったのだ。限界集落にいると「よくもまぁこんな場所に人が住むようになったなぁ」とつくづく感じる。

そう、移動は遺伝子に組み込まれているのだ。だとすると、火星を目指す5つ目の理由は、“だって人間だもの”。

本能が「行くぞ、行くぞ」と呼びかけている。フーテンの寅さんは「風の吹くまま気の向くままってやつだよ」と言った。止めようとしても無駄、勝手に行ってしまうのだ。

そういう目で見れば、月や火星への有人探査なんてほんの小さな一歩。人類はやがて太陽系を超えて、銀河系に広がっていく存在になるだろう。まるで風呂場にカビが繁殖するように、いや、まるで牛乳に乳酸菌が広がってヨーグルトになるように、ミルキーウェイは熟成していくのだ。

国際宇宙ステーション=NASA提供、朝日新聞社

まとめよう。

宇宙を目指す人には、夢を追うロマンチスト、技術革新に挑むエンジニア、謎を知りたいサイエンティスト、未来に備えたリスクヘッジャー、本能に従うホモ・サピエンスがいる。

あなたが何に共感するかは、あなたが外の世界と触れたくなる原動力とつながっているはずだ。宇宙に挑む人たちを見ながら、自分の胸の内を探ってみてはどうだろうか。

シリーズ1作目の『ジュラシック・パーク』では、「生命は危険をおかしてでも、垣根を壊し自由な成長を求める」とあった。もしかしたら、あなたの居場所はそこではないのかもしれない。

という原稿を、恐竜映画を観ながら何日も家に引きこもって書いた私には、そもそも「宇宙飛行士」的な要素が欠けているのだろう。

選抜試験を受けてみようかと思っていたが、向いてなさそうだ。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年4月21日に公開した記事を転載しました)