目次

  1. MaaSの達成度は5段階で表現 最上位はどの国も未到
  2. 世界を席巻するイスラエル生まれの「Via」
  3. 日本のルール、乗客の利便性より業界保護優先?
  4. SAVSは「バスとタクシーのいいとこ取り」
  5. ドコモのAI運行バス、利便性アップで乗客倍増

ここ1~2年の間に、“Mobility as a Service (MaaS=マース)”というモビリティーサービスの話題がずいぶん広まった気がします。

安倍晋三前首相が2019年3月の第24回未来投資会議で「相乗りタクシー」に言及したことなどが追い風となり、日本でも急速に実現しそうな雰囲気です。

 

今回のコラムではMaaSの概念をはっきりさせ、AI導入でモビリティをさらに高度化できる可能性について取り上げたいと思います。

特にご注目いただきたいのは、「単なるタクシー呼び出しアプリ(AIなし、運行は運転手任せ)」と「運行をAIで最適化するシステム」の違いです。

アプリの画面だけでは両者の違いはわからないので注意が必要です。

 

MaaSという用語は、もともとフィンランドのアールト大学の修士論文で使われました。

これは既存の様々な移動手段(電車、バス、タクシー、自転車、レンタカーなど)を統合したモビリティサービスを提案したものでした(図1参照)。

図1 MaaSの概念。電車、バス、タクシーなどを統合したモビリティサービスを指す

この概念は近年急速に世界中に広まり、MaaSサービスを実施する企業も増えましたが、同時にビジネスモデルの構築に失敗して倒産する企業もあります。

これからMaaSの本質とその未来像を掘り起こしていきます。

 

MaaSというのは一言で言うと、様々なモビリティを統一的に扱うことのできるプラットフォームのことです。

ただ、その統合の度合いは様々です。

単に様々な移動手段を統合して検索できるシステム(2021年現在のGoogle Mapはこれができます)から、予約や支払いが統一的にできるシステムなどがあります。

 

そこで、MaaS達成度の5レベル分類というのが提唱されています。

最上位であるレベル4を達成している国は、今のところありません。

 

まず世界の現状を見ていきます。

タクシーに代わる新しい交通システムとして有名になったのはUber(ウーバー)です。

Uberは素人ドライバーが自家用車を使って行うサービスとして、アメリカで2009年に始まりました。

アメリカでは、空港からの移動やニューヨークなど一部の大都市を除き、タクシーが事実上使い物にならず、レンタカーやバスの利用が主流でした。

 

私がアメリカ出張した際も、移動にはレンタカーをよく使っていました。

Uberができてから、レンタカーなしの移動が便利になっています。

Uberはその後、乗合を前提としたUber Poolや食事配送のUber Eatsなど、様々なサービスを展開しています。

 

Uberは一時期、日本にも入ってきました。

ただ、日本では素人ドライバーによる運送は認められていません。

このためタクシー会社との連携でUberサービスが提供されていましたが、結果的にタクシー会社の反対で追い出された形になっています。

 

Uberは移動革命を起こしましたが、技術的には単なる車両呼び出しシステムです。

利用者からのリクエストがあったとき、ドライバー候補にそれを提示し、ドライバーが依頼を受けた後は人手による運行です。

詳細な技術が公表されていないため、筆者の推測になりますが、AIの利用は今のところなさそうです。

 

私が知る限り、マルチエージェントシミュレーションというAI技術による最適化を利用したモビリティサービスを提供しているのは、イスラエル生まれ・アメリカ育ちのViaと日本のSAVSだけです。

図2 Viaのウェブサイトより。様々なサービスが示されている

現在のオンデマンド・ライドシェア交通(On-Demand Ridepooling World Map 2021)の世界地図があります。

図3 世界のオンデマンド交通提供業者の分布(Lukas Foljanty, 2021)

図4、5と併せて見ると、中国(DiDi)と日本(未来シェア)以外では、Viaが世界の市場を席捲(せっけん)しているのが見て取れます。

実際、Viaのシェアは図4のようにダントツです(7位に日本の未来シェアが入っています)。

実は後述の「コンビニクル」も60カ所以上で実運行しているようですが、そのデータはここには含まれていません。

図4 オンデマンド交通の世界シェア
図5 オンデマンド交通の地域別シェア

次に日本の現状を見ていきます。

タクシーやバスという公共交通は、道路運送法で運行方式が規定されています。

細かい例外はありますが、基本的なルールはこうです。

 

バスや電車は乗合方式で不特定多数が乗りますが、停留所/駅、路線、時刻表が固定されている必要があります。定員は11名以上です。

観光バスはこの限りではありませんが、たび重なる事故を受け、数年前に停留所の規制が強化されました。

タクシーは乗降場所や経路の規定はありませんが、乗合ができません。定員は10名以下です。

 

これらの規制を見ると、バスとタクシーがきれいに分離されていて、互いの領域を侵さないようになっていることがわかります。

これらは業界保護のための法律であって、乗客の利便性は考慮されていません。

乗客としてはバス停以外でも乗降できたり、タクシーに乗合ができたりする方が便利ではないでしょうか?

 

現在、日本では相乗り方式の実証実験が盛んです。

人々はもともと、勝手にグループを作ってタクシーに相乗りしていました。

40年以上前、私が学生の頃など、飲んで遅く帰ってくると駅からのバスはなく、タクシー乗り場に長蛇の列ができているものでした。

列の前の方の人が行き先を告げ、列の後ろに呼びかけ、同乗する人を募っていました。

タクシー料金を割り勘にするためですが、誘われた方には早く乗れるというメリットもありました。

最近はシステムがマッチングをする方式が出てきました。

乗車前にマッチングが成立して同時に乗るので、法的には1グループの乗車とみなされます。

タクシーで禁じられている「乗合」ではないため、法改正なしに実施できるのがメリットです。

冒頭で触れた未来投資会議も、この相乗り方式の普及を提言しています。

図6 相乗りタクシーの実証実験で、記者が実際に利用した体験をつづった記事=2018年2月2日付朝日新聞朝刊(東京本社版)

一方、2018年に東京で実証実験をした際、記者が申し込んだら相乗りが成立するまで30分待たされた、という記事が出ました(図6参照)。

終電後の相乗り利用など、特殊な場合を除いて、あまり効率の良いものではないと思います。

図7 相乗りタクシーの概念図。マッチング成立までの待ち時間が大きいのが欠点。また、同じ場所に集合して同時乗車する必要がある
図8 少し改善された方式。事前マッチングは同じだが、乗客は個々の指定場所から乗れる。ただし、マッチング成立以降の新しいリクエストは拒否される 次のペ

筆者は株式会社未来シェアの会長を務めています。

手前みそですが、AIを使ってリアルタイムに便乗配車計算を行う未来シェアのサービス「SAVS」について説明させて下さい。

 

SAVSが狙っているのはもっとフレキシブルな乗合です。

呼び出しがあったら直ちに配車されます。

1名乗車のまま降車地点まで行くこともありますが、途中で別の人が呼び出せば、その人を拾いにコースを変更して乗合になります。

 

アメリカで私が経験したUber Poolもこの方式で、最初から料金が半額あたりの安めに設定されています。

私の場合、他の呼び出しがなかったので、そのまま安い料金で目的地まで行きました。

図9 未来シェアの乗合方式。運行中も新しいリクエストを受け付けてルートが変わることがある。運転手はシステムの指示通りに走る必要がある

日本で最初に乗合サービスを提供したのは、東大などが開発したオンデマンドバス交通システム「コンビニクル」です。

技術的にはSAVSとほぼ同等の機能を持ちますが、実際の運行は予約ベースのようです。

また、道路運送法の制約もあるため独立採算は考慮されておらず、自治体による運行が基本です。

東日本大震災後の東北の被災地でも使われていました。

 

移動は目的ではなく手段です。

SAVSはその手段に容易にアクセスできるサービスを目指しています。

図10 SAVSの目指すMaaSの概念図

目標とするのは、自家用車を持たなくても便利に移動できる都市です。

住民が自家用車から公共交通に乗り換えることで、乗客が増え、バスやタクシーの運行業者の利益が増えます。

 

SAVSは運行区域内の全車両をAIで最適管理・運行することにより最適化しています。

図11は1台だけを使った説明図ですが、実際には数百台の車両での運行実績がありますし、最終目標は都市内の全公共交通(タクシー+バス)なので、数千〜数万台を同時に扱うことになります。

台数が増えるほど、回り道の少ない車両を選べる確率が高まり、さらに便利になります。

図11 (左)呼び出しがあると直ちに運行が開始される (中)途中で別の呼び出しが入り、それを受けるのにこの車両が最適だと計算された場合…… (右)ルートが変更されて2人を乗車させる

SAVSの仕組みはこうなっています。

1.    システムは区域内の全車両の現在位置とルート(乗客の乗降を含む)を管理しています。
2.    新しいリクエストが来た場合には全車両のうち、迂回が最小で済むものを選び、その車両に新しいリクエストを割り当てます。
3.    各乗客には最大遅延(たとえば最初の予定+5分)が設定されていて、それを超えることになる車両には割り当てません。

 

SAVSはバスとタクシーのいいとこ取りを狙ったシステムです。

バスのような乗合と、タクシーのようなルートや時刻表の制約のないオンデマンド運行を併せた形態です。

残念ながら現行の道路運送法では認められていない方式なので、現在は実証実験が中心です。

しかし、後述する「福祉ムーバー」のように、特定の条件を満たせば実サービスが可能です。

会員制の有償運行も可能です。

図12 日本では「未来シェア」が沖縄から北海道まで大きなシェアを占めている(ただしコンビニクルのデータは含まれていない)

SAVSのシステムを使い、NTTドコモが運行している「AI運行バス」の実証実験では、バスの運行により住民が出かける回数が増えることが確認されています。

図13は実験期間を通した1日あたりの平均乗車人数(午前9時から午後5時)です。

青のグラフが通常のバス、赤のグラフがAI運行バスの乗車人数です。

AI運行バスの平均乗車人数は通常のバスの2倍いるほか、ピークが3つあるのが読み取れます。

通常のバスでは、住民は午前中の通院など必要な時だけ利用していましたが、AI運行バスで利便性が高まったので昼食や買い物にも積極的に出かけるようになったと考えられます。

図13 神戸市筑紫地区での実証実験の結果

株式会社エムダブルエス日高(群馬県高崎市)という在宅介護支援事業者が提供している移動サービスに「福祉ムーバー」というものがあります。

この会社が運営するデイサービスセンターでは朝夕の送迎のための車両を多数保有していますが、昼間は稼働していませんでした。

この空き時間を利用して様々な運送サービスを実施しています。

基本的にはセンターの利用者(センターに来ていない日)やその家族の買い物などに使われています。

 

福祉ムーバーの提案時には地元のタクシー会社の反対があり、実装が数年遅れました。

しかし2021年現在、地元の他のセンターも巻き込んだ大掛かりな運行になっています。

全国の他の業者も追従する可能性があります。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年9月2日に公開した記事を転載しました)