目次

  1. 当時の缶チューハイは焼酎ベースがメイン
  2. 「チューハイを変えるチューハイ」を
  3. 中身やデザインにこだわり抜き、革新性を追求
  4. 大切なのは、時代の半歩先を行く提案

 焼酎ベースで作るチューハイの常識を変え、缶チューハイ市場を広げたキリンビールの「氷結」。2001年に発売以来、累計販売本数は160億本以上。キリンビール・ マーケティング部の桜井可奈子さんは「時代の半歩先を見据えて商品を作ってきたからこそ、今でも多くのお客様に愛していただけているのではないでしょうか」と語る。

2019年当時のキリンビールの「氷結」スタンダードシリーズ=画像はいずれもキリンビール提供

 今では多種多様なチューハイが発売されているが、日本で初めて缶入りのチューハイを発売したのは宝酒造だった。

 居酒屋の台頭によってチューハイブームが起きた1980年代前半、「自宅でもチューハイをもっと手軽に飲めるように」と1984年に発売された「タカラcanチューハイ」は、缶チューハイの元祖として知られるようになる。

 これを機に、他メーカーも缶チューハイの商品を出すようになり、チューハイ市場は拡大していく。

 

 そして、1990年代に入ると第2次チューハイブームが到来。

 定番の飲み方だった焼酎のお湯割りや炭酸割りのほか、レモンやグレープフルーツなどの果汁を加えるチューハイが居酒屋で提供されるようになる。

 これまでチューハイといえば、焼酎特有の辛さや刺激感を求める40〜50代の男性層に支持されていた。

 それが、果汁入りのチューハイが世に出てきたことで、若い世代にも飲まれるようになった。

 

 だが、居酒屋で飲めるような果汁入りのチューハイを再現した缶チューハイは、当時の商品を見渡してもほとんど存在していなかったという。

 焼酎ベースでアルコール感が強い缶チューハイしかコンビニやスーパーに置かれていなかったのだ。

 そこに目をつけたキリンビールの開発担当者は、「20〜30代の若者にも楽しんでもらえる新たな缶チューハイを作りたい」と思うようになる。

 

 当時、RTD(Ready To Drink:蓋を開けてすぐに飲める飲料)市場においては後発組だったキリンビール。

 「キリンラガービール」を筆頭に、ビール類の商品を事業の中核に据えていた同社だが、1990年半ば以降はビール自体の消費量が落ち込み、市場の縮小が危ぶまれていた時期でもあった。

 そこで新たな活路を見出すため、RTD市場における商品開発に取り組んだのだった。

 

 しかし、ただ単に新商品を出すだけでは、先行している他社と変わらず、競争優位性を確保できない。

 既存の商品にはない新しい付加価値を生みだし、チューハイそのもののイメージを一新したい。

 こうして生まれた開発チームのスローガンが「チューハイを変えるチューハイ」だった。

 

 チューハイのおいしさをもっと多くの人に広げたいという志のもと、若者にも受け入れられる商品の開発に奔走(ほんそう)した。

 「2001年頃は発泡酒の売り上げも伸びていましたが、ビールに負けないくらい魅力的なお酒のカテゴリーを創出するという意識を持って取り組んだのが『氷結』でした」とマーケティング部の桜井さんは話す。

 

 一方で、「既存の缶チューハイとは一線を画す商品を出す」ということには、困難もつきまとった。

 他の商品との差別化を狙って斬新さをアピールしても、実際に手に取る消費者の心に刺さらなければ意味がなかったのだ。

 開発チームは、「缶チューハイカテゴリーは10年後、20年後に必ず大きく成長する」という未来を信じて、「チューハイを変えるチューハイ」の試行錯誤を重ねていった。

 その結果は、消費者調査で現れた。

 新商品を出す前に事前に行うコンセプト調査(ターゲットに定めた消費者ニーズに合うか確かめる調査)で、数名の対象者全員が満点をつけたのである。対象者全員が満点を出すことは異例だった。

 

 まさに、生活者が求めているコンセプトの商品だという手応えをつかんだ開発チームは、経営陣を説得するためにコミュニケーションを重ね、正式に商品化のGoサインをもらうことになる。

2001年に「氷結」が発売された当時のパッケージ。画像左からレモン、グレープフルーツ味

 そして、2001年夏に「氷結」が誕生した。

 発売当初はレモンとグレープフルーツの2種類。

 20〜30代の若者にも缶チューハイを手に取ってもらうために氷結が施した工夫は何があるのか。

 

 たとえば、果汁本来のみずみずしく、すっきりとした味わい。

 この味わいを目指すために採用したのが氷点凍結果汁だ。

 しぼった果汁を氷点凍結(搾った果汁をマイナス18度の氷点下で凍結すること)させ、鮮度を保つことで、搾りたての果実のようなみずみずしさを実現させている。

 

 また、氷点凍結果汁は“氷結”の名前の由来にもなっており、ブランドのコアバリューである。

 さらに、爽快な口当たりを実現するため、雑味を取り除いた「クリアウオッカ」を使用した。

 既存のチューハイは、焼酎ベースゆえにアルコール感が強く、お酒好きな中高年層が飲むイメージが強かった。

 そのイメージを払拭し、果汁のフレッシュさを最大限に引き立てるために酒の香りを抑えた、口当たりのよいクリアウオッカを選んだのだ。

 

 また、中身のみならずパッケージやデザインも革新性を追求したという。

缶の容器にダイヤ状の凸凹が施されているダイヤカット缶。立体商標登録もされているという

 NASAの技術にも応用されている凸凹した形状のダイヤカット缶や、缶を開ける瞬間の「パキッ」という独特の音は、氷結という名前から連想される“氷”を表している。

 

 そして、ブランドカラーは青とシルバーを基調にし、青空のような透明感や冷涼感を表現した。

 既存のチューハイらしくない、洗練されたデザインは、若者でも手に取りやすくする狙いがあった。

 おいしさや品質、デザインなど、細部に渡るこだわりが詰まった商品だからこそ、氷結は発売した直後から大きな話題を呼ぶことになる。

 

 一時は出荷調整がかかるほどの売れ行きを見せるなど、缶チューハイ市場に大きな衝撃を与え、一躍ヒット商品として知られるようになった。

 2003年にはワインカテゴリーのおいしさを手軽に楽しんで頂くため、シャルドネスパークリングを発売。

 その後もシーズン限定のフレーバーを販売するなど、氷結は他社に先駆けて商品ラインナップを拡充させてきた。

 

 「チューハイ市場を大きく、魅力的にする」という考えを常に意識し、チューハイの持つフレッシュなおいしさをひとりでも多くの消費者に届けたい。

 こうした思いのもと、「時代の変遷や消費者志向に合わせてフレーバーを広げてきた」と桜井さんは言う。

 「時代の流れを意識しつつ、常に時代の半歩先を行くことを意識しています。お客様のニーズを探りながら、少し先の未来を想像し、氷結ブランドを進化させ続けてきました。大切にしているのは、フレーバー起点で考えずにチューハイのスッキリさ、爽快さを伝えること。フレーバーありきで商品開発をすれば、結局どこのブランドも同じになってしまう。チューハイ自体が美味しいと思ってもらえるよう、カテゴリーを俯瞰(ふかん)して考えることを心がけています」(桜井さん)

 

 2008年に起きたリーマン・ショック下では、景気低迷によるストレスや不安を解消するために“刺激”を求める需要が顕在化したという。

2008年に発売された高アルコール系チューハイの「氷結ストロング」

 「メガ〇〇」に代表されるメガ食や、激辛食品などが台頭するなか、キリンビールも需要に応えるべく「氷結ストロング」を発売し、8%の高アルコール度数(現在は9%)の商品を市場に投入した。

 一方で、同時期には糖質ゼロやカロリーゼロといったヘルシー志向の食トレンドも目立つようになった。

「氷結ストロング」と同じ2008年に発売された「氷結ZERO」

 健康意識の高い消費者のニーズに応えるため、チューハイとしての果汁感を残しつつ、健康志向に合わせた「氷結ZERO」を発売し、新たな層に向けた商品ラインナップの拡充に努めたという。

 直近では2020年に、無糖だからこそレモンの果実感が引き立ち、すっきりとした味わいを飲みごたえとともに楽しめる「氷結 無糖」を発売。

2020年に発売した糖類・甘味料不使用の「氷結 無糖 レモン」

 RTD市場の拡大や酒税法の改正、ビール類を好む消費者からの支持も相まって、キリンRTD商品史上もっとも速い勢いで成長を遂げているという。

 「どんなに社会環境やライフスタイルが変わろうと、100年続くブランドにしていきたい」

 名実ともにチューハイカテゴリーを牽引する地位を築いてきた氷結。

 今後も時代に必要とされる価値を見出すために、さらなる挑戦が続く。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2022年3月29日に公開した記事を転載しました)