目次

  1. 安くはない「せき止め薬」
  2. 強壮剤「体素」の大ヒット
  3. 進化し続ける「大衆薬」
  4. カラーテレビで人気俳優がPR
  5. 海外にも展開、トップシェアに

 物心ついたときからの自宅の「常備薬」だったという人も多いはず。市販のかぜ薬では最もよく売れている大正製薬(東京都豊島区)の「パブロン」。

 街なかのドラッグストアで簡単に手に入る身近な薬にも、昭和の初めから平成、令和を渡り歩いた94年の歴史があった。より効く薬を追求し、進化を重ねた成果だと大正製薬の担当者は解説する。

 大正製薬によると、パブロンの誕生は1927年(昭和2年)。せき止め薬「パブロン錠」「パブロン液」としてのスタートだった。

1927年に発売された最初のパブロン=大正製薬提供

 「すべてのせきに効く薬」という願いを込め、英語で「すべて」を意味するパン(pan)と、「気管支炎」を意味するブロンカイティス(bronchitis)をかけあわせた造語が商品名になったという。

東京朝日新聞に掲載された発売当初のパブロンの広告=朝日新聞社

 東京朝日新聞(のちの朝日新聞)には発売当初のパブロンの商品広告が載っている。

 ラベルには「鎮咳去痰薬」という記載がある。かぜ薬は当時、「たん切り」や「去痰(きょたん)剤」「鎮咳(ちんがい)薬」などと呼ばれていたためだ。

 せきを抑え、たんを切りやすくする薬が求められていたといい、「作用強力」「服用容易」という表記もある。

 急性や慢性の呼吸器病、具体的には喘息や気管支カタル(気管支炎)、肋膜炎(胸膜炎)、肺結核の症状にも効果があるとも書かれている。

 

 後に「世紀の大発見」といわれ、結核の根治に貢献するペニシリンがイギリスで発見されるのは1928年(昭和3年)のこと。当時、まだ結核は治療が厄介な「死の病」だった。

 

 この広告によると、価格は形状によって50銭か1円、2円だった。当時、郵便はがき代が1銭5厘(現在は4200倍の63円)だったことを考えると、決して手ごろとはいえない価格設定だったようだ。

 大正製薬の創業は1912年(大正元年)。明治天皇が亡くなり、元号が大正に変わったことにちなんで会社名を「大正製薬所」としたのがはじまりという。「体(體)素(たいそ)」という滋養強壮剤がヒットし、会社は大きくなった。

大正製薬の「体素」を宣伝する1914年の東京朝日新聞の広告=朝日新聞社

 「体素」についての商品広告も東京朝日新聞の1914年(大正3年)の紙面に掲載がある。牛の血から採取したヘモグロビンが主成分で、子どもも「喜んで服用できる」薬だという。 貧血や神経衰弱、栄養不良の症状がある人、「元気なき人」が滋養をつけるのに効果的だとPRしている。

 

 発売当初のパブロンの成分は「ケシ(芥子)殻」だった。ケシは実から採取した乳液を乾燥させればアヘンを生成でき、いわば麻薬の原材料だが、乳液を採取し尽くしてタネを取り除いたケシ殻は、せき止めや鎮痛剤の材料として古くから重宝されていたという。

 かぜ薬が総合感冒薬として家庭の薬箱に常備されるようになるのは戦後のこと。せきだけでなく熱や鼻水といったかぜの諸症状も合わせて緩和したいという要望にこたえ、各メーカーは商品開発を競った。

 大正製薬がパブロンを総合感冒薬として本格展開するのは1955年(昭和30年)のことだ。せきの症状がある人向けに「パブロンA」、熱がある人向けに「パブロンB」を発売。

 高度経済成長とともに暮らしが豊かになると、総合感冒薬の大衆化は一気に進んだ。

1955年に総合感冒薬として発売されたパブロンA=大正製薬提供

 厚生省(現厚生労働省)は1970年代になると、それまで処方薬だけで認めてきた薬の成分のうち、副作用が少なく安全性が高いものなら市販薬でも使うことを認める規制緩和の検討を始めた。

 その結果、粘膜のはれを抑えて鼻づまりに効く「塩化リゾチーム」や、たんを切りやすくしてせきを鎮める「塩酸ブロムヘキシン」、解熱効果が期待できる「イブプロフェン」などの成分を市販薬でも使えるようになり、「より早く」や「より効く」が次々と実現できるようになった。

2017年発売で症状別の効能を期待できるパブロンメディカルシリーズ=大正製薬提供

 さらに21世紀になると、「のど向け」「せき向け」「鼻水向け」など症状ごとの市販薬も展開。パブロンの「進化」はいまも続いている。

 だが、どれだけ進化をしても、「早めのパブロン」という基本は94年前から変わっていない。

 そもそもせきは、肺や気管などの呼吸器を守るために外から侵入した異物、ウイルスを追い出すための自然な反応で、のどや鼻、気管支などの粘膜を通じてウイルスが体内に入り込んでしまうと、かぜの症状は悪化してしまう。かぜの初期症状、つまりのどの異変に気付いた段階で緩和することが悪化を防ぐには必要だ。

 

 大正製薬は、のどの粘膜の働き(気道粘膜バリア)を活性化できれば、ウイルスをたんでからめとって体外に排出を促すことができる機能に注目。このバリアを活性化させるための薬づくりを追求してきた。

 パブロンがお茶の間に浸透したのは、テレビCMの影響も大きい。ママ世代の人気俳優を起用し、家族みんなを温かく気づかう優しい母親のイメージを浸透させることに成功してきた。

 1961年(昭和36年)に初代の広告塔に選んだのは宝塚出身の乙羽信子さん。この前年にカラーテレビ放送が始まった。

 「ママのえらんだかぜぐすり」のキャッチフレーズとともに、パブロンはテレビブームの高まりにも後押しされて主婦らに支持され、家庭に普及するようになった。

 

 2代目も宝塚出身で、のちに参議院議長も務めた扇千景さん。

 その後も「母親役」は榊原郁恵さんや三田佳子さん、竹下景子さんらを経て、2011年(平成23年)からは松嶋菜々子さんを起用。娘役の女の子と笑顔で「効いたよね、早めのパブロン」と語りかけている。

タイで2017年まで販売されていたパブロン=大正製薬提供

 医薬品は国によって規制が異なるため、特に市販薬を海外で販売するのは難しい。

 だが、パブロンは1984年(昭和59年)には台湾に進出。2005年(平成17年)にはタイに、2006年(平成18年)にはマレーシアにも進出した。

 タイでの展開は2017年(平成29年)に終了したが、いまも台湾やマレーシアでは頼られる存在という。

現在の主力商品のパブロンSゴールドW=大正製薬提供

 大正製薬によると、2020年度(2021年3月期)に国内で最もよく売れた総合感冒薬はパブロンで、市場シェアは30.5%。

 コロナ禍で手洗いやマスクが習慣化し、かぜをひく人は少なくなったといわれる。それでも家庭の常備薬としてかぜ薬は欠かせない。「早め早め」の心構えはこれからも大切だ。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年6月7日に公開した記事を転載しました)