銀座で見た“爆買い”がヒントに。「日本」を届けるサブスクサービスの急成長
会社員や職員などの「組織」から独立し、20~30代で創業した起業家は、どんな思いで、何をめざして、会社を立ち上げたのか。次代を担う起業家たちのメッセージを伝えます。
会社員や職員などの「組織」から独立し、20~30代で創業した起業家は、どんな思いで、何をめざして、会社を立ち上げたのか。次代を担う起業家たちのメッセージを伝えます。
大手企業のリクルートを経て、2015年にサブスクリプション(サブスク)型の越境ECサービスを立ち上げた近本あゆみさん。設立してわずか6年で、売上高40億円を超える企業に成長した理由や、日本の文化を海外へ届ける思いについて話を聞きました。
近本さんは大学時代、5〜6人の友人が立ち上げた、女性向けのファッションコンテンツを提供する会社に参加していたそうです。
大学生自身が企画から編集まで一貫して担う事業のなかでも、近本さんはECサイトの編集長として事業をいちから創る役目を担当。
この経験から「漠然ではあるけれど、将来は起業してみたい」という思いを抱くようになったそうです。
「当時、学生が起業することが流行っていて、その流れで仲間とビジネスを始めてみたんです。ただ、今と違って大学を卒業して就職もせずに起業家になるというロールモデルが少なかった。そこで、就職を視野に入れつつ企業を探していくなかで、“起業家輩出企業”を掲げていたリクルートに興味を持ったんです」
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新卒でリクルートに入社後、1年半ほど営業職を経験し、その後は新規事業の企画の仕事へ。
当時は共同購入型クーポン「GROUPON(グルーポン)」に代表されるフラッシュマーケティングが注目を集めていました。
リクルートも「ポンパレ」を立ち上げ、新規事業としてサービスの運営を行っていましたが、順調とはいかなかったそうです。
越境EC事業のきっかけは「銀座で見た“爆買い”」
ちょうど前後、2012年ごろからインバウンドの需要が増え、訪日外国人による消費の増加が注目されるようになりました。
近本さんは、銀座の街を行き交う外国人観光客が、百貨店や家電量販店などでいわゆる「爆買い」する光景を見るうちに、「日本の商品を海外向けに販売したら売れるかもしれない」と考えるようになったそうです。
「この時は、何か具体的なプランがあったわけではありませんでした。
ただ、起業するという目標はあったので、まずはフリーランスとして独立することを決め、美容室の集客コンサルや美容系メディアのWebディレクターの仕事を始めたんです。
会社員時代よりも収入はそれなりに稼げるようになり、フリーランスの活動もやりがいを感じていました。
ですが、『海外向けECサイトをやりたい!』という思いは強く持ち続けていたので、会う人ごとに言い広めてました。
折しも、友人の紹介で出会った外国人のビジネスパートナーと意気投合し、今の会社であるICHIGO(旧:ムーブファスト)を2015年に共同創業することになったんです」
これまで、国内のEコマースの経験がある近本さんは事業開発を、外国人のパートナーは言語対応や海外向けのマーケティングと役割を分担し、越境ECサイトをスタートさせました。
しかし当時は、日本国内からECサイトを通じて海外へ商品を販売するというビジネスはまだ浸透していませんでした。
そのような状況で、どのようにプロモーションやマーケティングを行ってきたのでしょうか。
近本さんは「最初はアメリカの市場に絞り、現地のトレンドを分析しながらどう打ち出せばいいかを模索していった」と話します。
「パートナーが英語を得意としていたのと、市場の大きさから考えてまずはアメリカを売り先として考え、事前にマーケット調査を行ったんです。
そのなかで、2015年ごろにアメリカで勃興していた“サブスクバブル”に注目しました。
コスメが詰め合わさったビューティーボックス『IPSY(イプシ)』やゲーム関連商品が箱に入った 『Loot Crate(ルート・クレート)』などの“サブスクボックス”がブームになっていたことに目をつけたんですね。
そこで日本のお菓子を箱に詰め合わせ、サブスク型のビジネスモデルで販売する『TokyoTreat』を立ち上げて、本格的にビジネスをスタートさせました」
海外向け市場はこれから伸びると予想していたものの、自己資本で起業したこともあり、まずは小さく始めることを意識した近本さん。
今でこそ、日本で一般的になったサブスクも、当時はまだ黎明期とされる時期。
ボックスに詰める商品の仕入先とやりとりする際、業者からは「サブスクって何ですか」という反応が返ってくるほど、サブスクが理解されない状況でした。
ただ、取引先のメーカーとしても、定期的に商品を買い取ってくれ、海外の人に知ってもらう機会にもなるということから、徐々に提携先を増やしていくことができたそうです。
さらに、定期課金のビジネスモデルだからこそ、毎月の仕入れのときに、必要な商品総数の予測が立ち、過剰に在庫を抱える必要がありません。
つまり、安定した収益を確保しながら地に足つけて事業に取り組んでいける仕組みが着実な成長につながったそうです。
海外YouTuberが成長のきっかけに
そんななか、成長を後押しするきっかけになったのが、海外のYouTuberにTokyoTreatのボックスを取り上げられたことでした。
「ビジネスで始めて3ヶ月くらい経ったある日、普段はあまり売れていなかった国で売り上げが出ていることに気づきました。
その要因を分析していくと、海外のYouTuberの動画で取り上げられて反響が出たことがつかめたんです。
ここから、SNSでの広告出稿に加え、海外や日本に住む外国人のYouTuberとタイアップする施策も行うようになり、認知度向上につなげることができました」
また、日本のサブスクサービスに見られるような「解約のしづらさ」をなくし、いつでもキャンセルできるようなUX(ユーザー体験)を心がけたことで、課金のハードルを下げたのも工夫したことのひとつだそうです。
こうしてTokyoTreatは軌道に乗っていき、成長を遂げました。
リアルでのイベント出展で学んだこと
しかし、日本に拠点を構えてビジネスを展開しているため、現地でのオフラインマーケティングができないことに焦りを感じていたそうです。
一方で、海外の競合企業は現地の日本法人と組んでタイアップしたり、日本にフィーチャーしたイベントに出展したりと、地の利を生かしたプロモーションを実施できている。
競合企業の状況を踏まえて、一度海外でのイベント出展を試みて、リアルでマーケティングを展開した時期もあったそうです。
「実際に現地へ行ってみてわかったのは、イベント出展のために準備や仕込みをしてきたにもかかわらず、『あまり効果を実感できない』ということでした。
ユーザーはオンラインで購入するので、マーケティングもデジタルで行うのが最適だと当時は思ったんです。
でも、やはりオフラインのマーケティングならではの良さがあるなと最近感じていて、イベントへ出展した経験をもとに、今後の情勢を踏まえてリアルでの訴求も一考していきたいですね」
現在はお菓子にとどまらず、原宿の“ゆめかわブーム”に着想を得たキャラクター雑貨、文房具などを集めた「YumeTwins」や、日本や韓国のコスメを選りすぐった「nomakenolife.」、厳選した和菓子を詰めた「Sakuraco」など、さまざまなサブスクボックスのサービスを手がけています。
事業展開していく上で心がけているのは「体験を売ること」と「内製化にこだわること」だと近本さんは話します。
「創業以来、“日本の文化を世界へ発信する”というミッションを大切にしています。
毎月届く箱を開けたときのワクワク感やサプライズ感を意識し、ボックスのデザインはもちろん、箱に入れる商品は毎月テーマを決めて選定しています。
SNSを通してユーザーの反応を見ながら、どうすれば喜んでもらえるか。日本の文化に興味を持ってもらえるかを念頭に置きながら、サービスの体験設計を行っています。
また、会社の組織も基本的に内製化することを前提にしています。外部に頼った体制づくりをしてしまうと、細かなカスタマイズがしづらく、かつ収益面でも利益が出しにくくなってしまう。
ECはとかく薄利多売なので、いかに自社のリソースで事業の最大化できるかが肝になってきます。
マーケティングからシステム開発、オペレーションに至るまですべて内製で行うことで知見が蓄積されて、結果としてユーザーに愛されるサービスを生み出す原動力になるんです」
2020年に突如として世界を襲ったコロナ禍で、越境ECを手がけるICHIGOも危機に瀕しました。
国際配送がストップし、日本から海外へ商品を発送することができなくなってしまったのです。
ですが、「組織の内製化に注力していたことで、コロナ禍でも柔軟に対応することができた」と近本さんは言います。
「今まで海外への発送は郵便局に頼っていましたが、コロナで全面ストップしてしまって。
一向に商品が送れない状態が続けば、ユーザー離反にもつながるので、自ら国際配送をやってくれる物流業者を探しに奔走したんです。
国際配送に対応可能な業者が少なく、なかなか最適な配送業者にめぐり合うまで苦労しましたが、なんとか弊社の要望に応えられる事業者を見つけることができました。
物流コストなどの価格調整のほか、配送業者に合わせたシステム改修をする必要があったんですが、幸いにも自社でシステムを構築していたので、スムーズに修正や仕様変更を行うことができた。
内製化していたからこそ、有事の際にもスピーディに難所を乗り越えることができたと思っています」
こうして危機を脱し、直近では年間の売上高が40億円を超える規模にまで成長したICHIGO。
早くからサブスクに目をつけた近本さんですが、この先どのような未来を見据えているのでしょうか。
「これまで日本のキャラクターやかわいい文化などのポップカルチャーを推してきましたが、2021年にリリースした和菓子のサブスクボックスのSakuracoが伸びています。
コロナで日本に来る機会が作れないなか、日本の伝統工芸品や日本らしさを感じるモノが海外ユーザーに注目されるようになっています。
これからも日本ならではの伝統文化の魅力を海外に伝えられるよう、サービスを磨き込んでいければと考えています」
プロフィール
近本あゆみ(ちかもと・あゆみ)。大学卒業後、リクルートに入社。入社2年目から国内向け通販の新規事業の立ち上げに参加。その頃、インバウンドの外国人が爆発的に増加したこと、外国人が日本にきて必ずお土産にお菓子を購入するのをみて、海外向けの通販事業もスタート。通販事業の経験を活かし、お菓子は幅広い人に受け入れられると考え『TOKYO TREAT』を2015年より開始し、現在はお菓子だけでなく、コスメや雑貨、クレーンゲームアプリなど6つのコンテンツを取り扱っている。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2022年3月23日に公開した記事を転載しました)
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