目次
海外生活で培った経営者としてのバランス感覚
――若手時代に経験して、現在の仕事に特に生きていると思える経験は何でしょうか。
やはり海外での生活経験というのはすごく大事だったと思っています。海外で生活したことで、世界にはジェンダーや人種などの色々な価値観があるということを、感覚的に理解することができたと思っています。海外で生活して色々なグループに入って、色々な経験をする。自分がマイノリティーになった経験は、私が経営者としてバランス感覚を持つ意味で非常に重要でした。
オンラインだけだと理解できないことが世界にはあります。旅をして、生活してみて、行ってみて、肌で感じて初めてわかることがあると思います。経営者としてバランスを取るうえで、重要な要素があるのではないかと。いまの若い人たちにはもっともっと海外に出てほしいなと思っています。
――具体的にマイノリティーの立場を肌で感じた場面はどういったときでしょうか。
例えば海外の人から見て、日本をそういう目で見ていたんだ、ということに気づくことが多かったです。私たちが思っているほど日本というのは彼らに認知されていない。はっきり言ってあまり意識されないという事は30年以上前ですが留学時代に感じました。
当時、「東京というのは中国のどの辺にあるんだ」と聞かれたことがあり、日本が理解されてなかったときの衝撃がありました。同級生にアジアの地図を見せて、「この島の中で日本はどこ?」と聞いて答えられた人は少なかったと思います。日本のことを世界中の人が関心を持ってくれていると思うのは大間違いで、「日本の常識は世界の非常識」である場合があると身をもって知りました。
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若手時代から変わらないこと。すべて「教科書」どおりにやってきた
アイスホッケーで学んだ基礎の大切さ
――20~30代のときに挑戦してよかったことは何でしょうか。
大学時代にアイスホッケー部で活動したことです。あと挑戦とは少し違いますが、その後実家の経営を引き継ぐときに、あらゆる経営に関する理論書、「教科書」を読んだことでしょうか。
体育会のアイスホッケー部にいましたが、結構大変な世界でした。当時は文化的にもちょっと古い文化を背負っているところもあったように思います。体力的にも限界を超えることを一つの目標にしていましたが、自分にとってはそうした環境で4年間まっとうできたことが大きな成果でもあり、チャレンジでした。当時は、ただただアイスホッケーがうまくなりたいと思ってやっていました。チームを強くしたい、と。そのあと引退して、大学4年で終わった後、勉強し始めたのが経営だったわけです。
経営でも大事なのは「基礎」
アイスホッケーをしていたときにアイスホッケーがうまくなりたいと思っていたのと同じように、経営者になると今度は良い経営者になりたいと思うようになりました。
私が考える良い経営者というのは、経営判断の精度が高いことだと捉えていますが、当時の私は経営判断の精度にまったく自信がない。20代で経験も乏しかったため、判断軸なども定まっていませんでした。
そこで私が何に頼ったかというと「教科書」に頼りました。将棋でも囲碁でも定石があるように、ビジネス、経営においても、自分の感覚的な判断に頼るのではなく、教科書に頼ろうと思いました。そこで教科書に頼ろうとしたら、組織論の教科書の1ページに「経営者が最初にやるべき仕事はビジョンの設定である」と書いてあるわけです。
そこで、当時は軽井沢の温泉旅館を運営していた会社を、軽井沢を超えた場所で運営をする会社にするんだというビジョンを1994年に作りました。なぜかといえば、私が経営を継いだ1990年代初頭には、世界のホテル会社、当時のハイアットであり、マリオットであり、ヒルトンであり、そうした外資の運営会社が競合になりつつありました。だからこそ、彼らと戦っていくには、私たちは軽井沢に閉じこもっていてはいけないと判断して、教科書どおり、ビジョンを設定しました。
なぜ教科書に頼るのか、といえば、単純に経営判断に自信がなかったからです。勉強もせずにアイスホッケーをずっとやっていて、いきなりMPS(Master of Professional Study、コーネル大学ホテル経営大学院)というホテルスクールに2年間行きましたが、それで突然良い経営者になれるということはあり得ない。
しかし、実家を継いで経営しなければならない。そうしたなかで頼れるものを求めていたのだと思います。常に経営者としての判断の精度を上げようとしていますが、精度の高い経営判断というのはやはり確立された教科書通りにやってみることからスタートすべきだと思っています。
――まず基本を徹底することが大事だと。
そうです。基本です。微調整も必要ですが、まずは教科書通りにやって定石をきちんと固める。
その発想はアイスホッケーから来ています。アイスホッケーというのは理屈ではなく、基本が大事。まずは定石。基礎の繰り返しで基本に忠実にやる。そこから始まって、自分たちの個性をその後に育てていく。強いチームというのは基礎がしっかりできています。
良い経営者、優秀な経営者の基礎というのは、やはり確立された教科書を理解して、実践できる能力だと思っています。
影響を受けた「師匠」
――影響を受けた師匠のような存在はいましたか。
特別だれか一人に影響を受けたということはありませんが、マイケル・ポーターやミンツバーグ、ドラッカー、といった私にとっての「教科書」を書いている人たちが私にとって重要な人々です。
理論の中にはケーススタディが入っています。ケーススタディは成功する企業もあれば失敗する企業もあります。経営者が優秀というより環境がそうさせたということもあると感じますが、どういう状態、環境が企業にとってあるべき姿なのか、という場面を勉強することは非常に重要だと思います。
環境を含めて疑似体験していくことが重要です。環境が違うので、うまくいった手法を自分が同じようにしてもうまくいくとは限らない。自分たちの競合、顧客の状況、ビジネスの環境において何がベストか考えないといけない。それは疑似体験していくなかで少しずつスキルとして身についていきますし、経営判断の精度が上がっていくものだと思います。
常に最高の状態を保つため、ストレスをできるだけ少なくする
――若手時代に身につけた習慣でよかったものは何かありますか。
特にこれといった習慣はありません。強いていえば、一人の時間を大切にする、というのが習慣かもしれません。お酒も毎日飲むような習慣はありませんし、長い会食とかは苦手です(笑)
自分の仕事の肝というか、自分の仕事に期待されていることは何だと考えたときに、判断力のパフォーマンスだと思っています。つまりは瞬発力です。アイスホッケーでいえば、一番大事なチャンスに点を取れるかどうか。そのパフォーマンスが大事。
私の会議におけるパフォーマンスを最大化するためには、やはりストレスのある時間はできるだけ少なくしないといけないと思いました。それが体調管理です。メンタルも含めて、判断をしなければならないときに最高の状態を作っておくことに集中するようにしています。
「3ない主義」を大事にしています。「行きたくないところには行かない」「やりたくないことはやらない」「会いたくない人には会わない」。この主義と言いますか、習慣と言いますか、私にとっては良かったです。ある意味ではわがままなのかもしれませんが、ストレスになることはなるべく避けようと思っています。
――行きたくない飲み会ややりたくない仕事を抱えていても、やめるという判断をするのはむずかしいと思いますが、それでもやめるのが正解でしょうか。
行きたくなければやめるのが正解だと思いますよ(笑)。無理してやっても、得をするということは、いまの世の中ではほとんどないのではないでしょうか。やはり最終的には自分の実力で仕事をする時代になるのではないかと思っています。
やり続ければ、失敗ではない
――忘れられない挫折、失敗経験は何でしょうか。
星野リゾートを経営する中で難しい状況や経営判断に悩むことは起きましたが、挫折ととらえたことはありません。うまくいくまでやり続けるということだと思っています。私たちがリゾナーレ八ヶ岳の再生に入ったときは、やることなすこと何もうまくいきませんでした。
トマム(リゾナーレトマム)も利益が出てくるまでに5年ぐらいかかりました。あの5年間に、弊社をみたら「これは危ないんじゃないか」と見ていた人は相当いると思います。
――うまくいくまで続けられる秘訣は何でしょうか。
やはり教科書どおり、正しいことをやっているんだという自信がありました。
病気のときに飲む薬と同じです。1錠2錠飲んでも効かないじゃないですか。やはり飲み続けなければいけない。そしてゆっくり休んで。そうするとだんだん効いてくるわけです。そのだんだん効いてきている段階で、何か失敗したと言ってやめてしまうことが一番良くないです。正しいことをやっているという自信があれば、それを続けていく以外に方法はありません。
その効果は必ず出てくるという信念が大事で、その信念を持てるのは教科書通りやっているからなんです。自分の感覚でやり始めると、やはり迷うわけです。効果が出ないと、「これは違うんじゃないか」という風に。ですが、教科書通りにやることが、やり続ける自信につながるのだと思います。
若手が読んでおいたほうがよい教科書
――若手のビジネスパーソンが読んでおいたほうがよいという教科書は何でしょうか。
ビジネスの定石といいますか、あたらしい理論の本というのは次々に出てきています。ただ、その原理原則、基本パターンというものは必ずあります。柔道でも剣道でも型があるように、古典的な型ともいえる作品を一度は読んで理解をしておいた方がいいと思っています。マイケル・ポーターの競争戦略論や、ケン・ブランチャードのエンパワーメント理論。
1980年代の話ですから、今のインターネットの時代に通用しないという人も多いですが、インターネットの時代で取り組むことはそうしたポーターやブランチャードのベースがあってこそなんです。ですから古典的なものをぜひ理解していただきたいです。
インターネットやITがビジネス書の中では盛んですよね。マーケティング面でもSNSやYouTubeをどう活用するか、ということが叫ばれています。それはその通りなんですが、ただ原理原則は変わっていないと思います。古典的なものの中に大事なエッセンスがあります。それをきちんと把握することが若い方々にも大事ではないかと思っています。
自分を星野リゾートのサービスに例えるなら......
――星野さんご自身を星野リゾートの施設やサービスに例えるなら何でしょうか。
難しいですね(笑)。ただ、星野リゾートとして情報発信している新しいサービスや新しい魅力というものが、星野リゾートらしさでもあって、私自身のパーソナリティが出てきている部分は相当あると思っています。それはどういうことか、というと顧客のニーズに媚びないということです。
経営学者のフィリップ・コトラーは「マーケティングとは、顧客ニーズに耳を傾けることである」と言っていて、それはその通りなんですが、顧客のニーズに耳を傾けて続けた結果、世の中のホテルのサービスは全部同じになったわけです。それがコモディティ化、つまりどのホテルに泊まっても、不満を言うほどではないけど、体験は同じになってしまう。
私たちがやっているサービスは、リゾートや温泉旅館という、旅です。だからこそ、表に見えるニーズだけではなく、潜在的なニーズも提供していくことに“こだわり”を持っていないといけないと思っています。
世界的なホテルチェーンはお客様が右といえば右になりますが、私たちはお客様が右に行きたいと言っても、「ここに来たら左に行ってもらわないと困ります」と言うくらいのこだわりを持つということが大事だと思っています。
今、星野リゾートが運営する施設は46施設ありますので、各施設、各現場にいるスタッフ一人一人がこだわりを持ってサービスを提供してもらうことが大事だと考えています。ここに来ていただいたら、ぜひお客様にこの体験をしてほしいんだという形で、私たちが主体となってサービスを考えていく。それこそが日本のおもてなしだと思っています。
自分の感性をぜひ磨いて
――今若手時代を過ごしているビジネスパーソンに伝えたいことは何でしょうか。
弊社の若手社員、若手スタッフを見て、オンラインやインターネット上の情報に依存しすぎているかもしれないと感じることが多いです。何か調べて、ネット上の情報だけで判断しようとすることは、かなり偏っていると思っています。
特に私達のようなリゾートや食をつくるサービス、あるいは空間を作り込む仕事においては、やはり現地に行って、自分で体験してみる。自分でそこにある食材を食べてみる。自分で春夏秋冬をそこで過ごしてみる。そこで五感を通じて感じられるものというのが、本当に良い商品、良いサービスを作るうえですごく大事だと思います。
それが感性を育てるということだと思います。感性はネット上だけでは育たないと思っています。ほかのビジネスでも共通すると思いますが、デジタル上、IT上の世界というには大事ですし、便利で素晴らしいんですが、やはり偏りがあるということをどれだけ意識できるかだと思います。
プロフィール
星野佳路(ほしの・よしはる)。60歳。1960年4月、長野県軽井沢町生まれ。慶応大経済学部卒業後、コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉(現・星野リゾート)社長(現・代表)に就任。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年4月13日に公開した記事を転載しました)
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