目次

  1. 継ぐ意志なかった家業 大学でデザインや服飾学ぶ
  2. お客さんと接して知った「うちの味」の価値
  3. 縮小する業界 危機感から生まれた新商品
  4. ソースが入り口 みそやしょうゆを知ってほしい
  5. 創業100周年イベントはコロナ禍で延期
  6. 「守り」だけではダメ 挑戦を続けたい

――子どもの頃、家業についてどう考えていましたか。

 和高醸造は母の実家で、お盆や正月に帰っていました。みそやしょうゆを作っているのは知っていましたが、「将来自分が携わりたい」という気持ちはありませんでした。

 学生時代、夏休みなどに軽作業を手伝うことはありました。配達をしたり、みそのラベルを貼ったり、一升瓶を洗ったり。その時も「継ぐ」という意識はなく、お小遣いほしさにバイトする感覚でした。

 ただ、子どもの頃からずっと、家のみそとしょうゆで育ってきました。

広島県安芸高田市向原町。豊かな里山風景が広がる町で、100年続く味を守ってきた有限会社和高醸造(同社提供)

――学生時代はどう過ごしましたか。

 高校までは広島で過ごしたのですが、デザインやファッションに興味を持つようになり、愛知県の大学に進学しました。絵画や彫刻などデザインの基本を学んだ後、3年生でファッションコースに進み、型紙から服を作るところまで勉強しました。

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