音楽×調味料で切り開いた新客層 和高醸造4代目の「温故知新」
広島市中心部から車で約1時間、美しい里山風景が息づく安芸高田市向原町(むかいはらちょう)。この町に、創業から102年愛されてきた、みそ蔵があります。有限会社和高(わだか)醸造。自家製の米こうじを使った伝統的な製法でみそやしょうゆを作り、変わらぬ味を今に伝えています。その伝統の味を次世代につなぐため、独自の挑戦を続けているのが4代目の大坪慎吾さんです。音楽やデザインの力を生かした手法で、県外や若い世代にファンを広げています。
広島市中心部から車で約1時間、美しい里山風景が息づく安芸高田市向原町(むかいはらちょう)。この町に、創業から102年愛されてきた、みそ蔵があります。有限会社和高(わだか)醸造。自家製の米こうじを使った伝統的な製法でみそやしょうゆを作り、変わらぬ味を今に伝えています。その伝統の味を次世代につなぐため、独自の挑戦を続けているのが4代目の大坪慎吾さんです。音楽やデザインの力を生かした手法で、県外や若い世代にファンを広げています。
目次
――子どもの頃、家業についてどう考えていましたか。
和高醸造は母の実家で、お盆や正月に帰っていました。みそやしょうゆを作っているのは知っていましたが、「将来自分が携わりたい」という気持ちはありませんでした。
学生時代、夏休みなどに軽作業を手伝うことはありました。配達をしたり、みそのラベルを貼ったり、一升瓶を洗ったり。その時も「継ぐ」という意識はなく、お小遣いほしさにバイトする感覚でした。
ただ、子どもの頃からずっと、家のみそとしょうゆで育ってきました。
――学生時代はどう過ごしましたか。
高校までは広島で過ごしたのですが、デザインやファッションに興味を持つようになり、愛知県の大学に進学しました。絵画や彫刻などデザインの基本を学んだ後、3年生でファッションコースに進み、型紙から服を作るところまで勉強しました。
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――和高醸造のある向原町は、日本画家・和高節二氏の出身地でもあります。
節二さんは、祖父の叔父にあたります。蔵のすぐ近くに生家があって、いただいた絵や屏風(びょうぶ)が家にあります。子ども時代は特に意識しませんでしたが、節二さんの作品に触れて育ったことも、デザイン方面に興味を持つ下地になったのかもしれませんね。
――大学卒業後、広島に戻ったのはなぜですか。
大学に入った頃は、デザインかアパレル販売の仕事に就きたいという思いがありました。その後、音楽に興味を持って、ライブハウスやクラブに通ううちに、音楽に引き込まれていって。それで就職活動がおろそかになってしまって(笑)、卒業時に仕事が決まっていなかったんです。
ちょうどその頃「祖父の代でやめようか迷っている」という話を祖母から聞きました。「継ぐ・継がないは別にして、人が足りないから、帰って手伝ってくれないか」と。それで手伝い始めました。
――どんな仕事から手伝いましたか。
まずは配達や店頭販売をしました。催事でみそやしょうゆ、甘酒を売るのですが、そこでお客さんから「うちはここのみそとしょうゆじゃないとだめなんよ」「母の代から和高醸造のみそやしょうゆを使っています」という言葉を聞きました。いろんな人がうちのみそを大事に食べてくれていると実感しましたね。
――継ごうと思ったのはいつ頃ですか。
仕事を始めて3〜4年経った頃です。お客さんの声を聞く中で、うちの味が大事にされていることを改めて知り、「物を作って人に喜んでもらえる仕事」という意味ではみそもデザインも共通していると思いました。
「祖父の代でなくすのは、やっぱりもったいない」という気持ちが強くなり、この地に足をつけて、継いでがんばっていこうと決めました。その後、2015年に祖父に代わって代表取締役になり、正式に継ぎました。
――大坪さんが開発した新商品が、みそやしょうゆと音楽を結びつけた調味料「アップビートソース」です。商品開発に取り組んだ理由を教えて下さい。
自分が継いた頃、先代から続いているお客さんはかなりご高齢でした。業界全体を見ても、みその消費量は落ちていました。このままだと会社としても難しくなる。そこで新商品を開発して、もっと若い世代、20~30代にアピールしようと考えました。
私は趣味でDJをやっています。自分が熱を持って伝えられるとしたら、ずっと好きで聞いている音楽なのではと思ったんです。
――新商品はどうやって生まれたのですか。
ジャマイカの郷土料理にジャークチキンというものがあり、よく音楽フェスなどに屋台が出ています。私は普段からみんなでバーベキューをするのが好きで、しょうゆベースで和風にアレンジしたジャークチキンの漬け込みダレを振る舞っていたんです。
これが好評だったので、さらに洗練させて商品化したのが、最初の「ジャミンソース」です。現在7種類の味を用意しています。
――パッケージデザインが目を引きますね。
ジャマイカはレゲエミュージックが有名です。調味料と音楽とリンクさせて、レゲエを前面に出した商品にしようと考えました。
アーティストのCDジャケットなどを手がけるペインターのNOVOLさんに、「レゲエの神様」と呼ばれるボブ・マーリーのレコードジャケットをお見せして、「こういうイメージでラベルを作ってほしい」と頼みました。音楽好きが見れば「これはあのレコードのオマージュだな」と分かると思います。
その後に発売した商品も、レコードを元にしていたり、アーティストとコラボしていたり、すべて音楽とつながっています。
――2015年の発売時、反響はどうでしたか。
正直、あまり売れると思っていなかったんです。SNSで発売を告知して、ぼちぼち宣伝しながらゆっくり売っていこうと。実際には予想外の反応をいただけて、すぐ売り切れるほどの注文がありました。
実は当時、うちはまだネット販売をしておらず、アップビートソースの発売に合わせて、自分でウェブサイトを立ち上げました。無料のホームページ作成サービスを使って、学生時代に習ったイラストレーターやフォトショップの技術で作った手づくりのサイトです。
カート機能もないので、メールで注文を受けて1通ずつ返信するという、かなりアナログなシステム(笑)。そのメールが一気に来たので、最初は返信と発送が大変でしたが、本当にうれしかったですね。
――なぜそこまで反響があったのでしょうか。
僕の周りのアーティストさんたちが広めてくれたり、若い方がデザインに惹(ひ)かれて買ってくれたりしたのが大きいですね。レコードジャケットをモチーフにしたデザインにしたことで、レコードショップやアパレルのセレクトショップからも反応がありました。
それまで、うちの商品はスーパーや道の駅での取り扱いがほとんどだったのですが、取扱店が一気に県外に広がりました。その後も、東京のクラブでソースのリリースイベントを開くなど、新たな購買層へのアピールができるようになりました。
――購買特典で音楽が聴けるのも、珍しい試みですね。
ソースをご購入いただくと、2次元バーコードが印刷された名刺大のカードがついてきます。スマートフォンなどでコードを読み取ると、音源にアクセスできます。例えば、キャンプでソースを使ってバーベキューをしながら音楽を流すとか、そんな使い方をしていただけたらうれしいです。音楽を聴きながら食べる食事って、音楽次第で味も印象も変わると思うので。
――アップビートソース発売を機に始めたネット販売はその後どうですか。
その後、カート機能をつけたり、プロのカメラマンやフードコーディネーターに入っていただいてサイトをリニューアルしたりして、ネット販売は開始当初から3〜4倍に伸びました。30~40代の方、特に男性の購入者が増えていて、キャンプや音楽が好きな方に届いているのだと思います。これまでうちの商品を知る機会がなかった方に和高醸造を知っていただく機会になっています。
実はこれが、アップビートソースを作った最大の狙いだったんです。和高醸造が昔から作ってきた味の魅力を知ってほしい。若い人にうちのみそやしょうゆにたどり着いてほしい。アップビートソースをきっかけにみそやしょうゆのリピーターになってくれたら、何よりうれしいです。
――新型コロナウイルスの影響はありましたか。
売上の低下はありましたが、うちは業務用の卸売をあまりやっていないため、そこまで大きな影響は受けていません。
ただ、新型コロナウイルスの影響が出始めた2020年が、ちょうど創業100周年だったんです。100周年記念として、地元のホールを借りて、アップビートソースなどに関わってくれたアーティストを招いたイベントを企画していたのですが、延期しました。向原町のような小さな町では、遠方から大勢を集めてイベントを開くのは、万一を考えると今はできません。もどかしいですが、安全に開催できる日まで待つつもりです。
実は、その気持ちを察してくれた東京の音楽関係の仲間が「100周年 東京篇」として、今年2月に100周年パーティーの場を設けてくれたんです。大変な状況が続く中、舞台を用意してくれた気持ちが本当にありがたくて。落ち着いたら必ず、関わってくれた方を向原に呼びたい。向原でやって初めて、和高醸造の100周年は完成すると思っています。
――音楽やアパレルの仲間とのつながりが、今の大坪さんと和高醸造を作ってきたんですね。
最初は自分の思っていた職業に就けなかったのですが、回り回って、自分が一緒に仕事をしたいと思っていた方たちと物を作れていました。この仕事を継いでよかった、アップビートソースを作ってよかったと思います。
――今後チャレンジしたいことはありますか。
商品開発は続けていきます。しょうゆやみそに関連した商品、例えばしょうゆを入れるお皿、しょうゆさし、みそを入れるホーローの容器など、知り合いのデザイナーさんと組んで、和高醸造オリジナル商品を作ろうと考えています。
――事業を受け継ぐ上で、大切にしてきたことはありますか。
ずっと意識しているのは「温故知新」という言葉です。継ぐということは「やり方を守る」「味を守る」ことが第一ですよね。でもそれだけだと、やっぱり続かない。その上で新しいことにチャレンジすべきだと思います。
単に奇抜なものを作ればいいのではなく、100年続いてきたみそとしょうゆがあるからこそ、アップビートソースがあります。本筋を見失わないように、今まで作ってきたみそとしょうゆの味を裏切らないように。これからもそれを大切にしたいです。
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