目次

  1. この作品を見てどのような感想を持ちますか?
  2. 「この絵わかる?」と聞かれたとき慌ててしまう人の特徴とは?
  3. 31人の「答え」が書き込まれた作品

こんにちは。美術教師の末永幸歩です。

物事を新たな角度でみつめ直す「アート思考のレッスン」へようこそ。

今回見ていくのは、こちらの水墨画です。作品をご覧いただくにあたって、1つ質問があります。

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あなたはこの作品を見てどのような感想を持ちますか?

いかがでしょうか。

ぱっと感想を心に抱くことができた人もいるかと思いますが、一方で、とくになんの感想も出てこなかった人、「この作品の予備知識がなければ、良いも悪いもなんとも言えない」と感じられた人もいるのではないでしょうか。

この作品は、日本の初期の水墨画を代表する画家・如拙(じょせつ)による作品「瓢鮎図(ひょうねんず)」。日本の国宝に指定されており、室町時代の将軍・足利義持の命(めい)によって描かれた、如拙の傑作と評されています。

冒頭の質問に対し、もしあなたが「予備知識がなければ、なんとも言えない」と感じたのであれば、それは「作品について語る前に、まずは知識を持っていなければならない」という考え方にとらわれているからかもしれません。

じつは私自身が、その考え方にとらわれていると痛感した出来事があります。

 

それはある企業で、アート思考についての講演会をしたときのことでした。

休憩時間に、その企業の役員の方が、応接間に日本美術の大切な作品があるのだと案内してくれました。

その作品の前に立つと「どうですか。この絵、わかりますよね?」と、私がなにかを答えるのを待っています。

「その絵がわかるかどうか」を突然尋ねられた私は、かなり戸惑ってしまいました。なぜなら、その絵を見ただけでは、誰の作品なのか分からなかったからです。

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幸い、絵の端に書かれたサインにから、作者を推測することができたので、私は「これは〇〇(作者名)の作品ですね」と、落ち着きを装って答えました。

それを聞くとその方は「その通りです」と満足した様子で、応接間にある他の作品の紹介をはじめました。

 

何気ない出来事でしたが、私は少し違和感を感じていました。

それは、「この絵がわかるか」という質問に対して、私が「作品についての知識を答えなければならない」ととっさに感じていたことです。

その後、私が口にしたのは作者名だけでしたが、それでその企業の「大切な作品」についての会話が終わってしまったことにも違和感を持ちました。

 

本来、アート鑑賞においての「わかる」とは、正解を言い当てる一問一答のようなものではなく、自分の目でみて自分の答えをつくることです。作者名を知っているだけで、その絵を「わかった」とは決していえません。

裏を返せば、たとえ作者名をはじめとする知識がなくても、その作品自体は目の前にあったわけですから、その作品とその場で対峙して、そのとき自分が感じたことを言うことができたはずです。そうすればインターネットで検索してすぐにわかるような表層的な知識を答えるより、ずっと深い「わかる」につながったはずです。

しかし、知識のない状態で作品を見て自分の感想を言うことは許されるのでしょうか。

作品には当然、作者の想いが込められているはずですし、とくに冒頭でご覧いただいたような古美術には、作品の評価を形成している歴史的背景などもあるはずです。

もちろん、知識をもとにして作品を「読む」ように見るのも1つの鑑賞方法です。

 

一方で、アート作品には、一から十まで作者の考えが明確に示されているわけではなく、鑑賞者の想像に委ねられている部分が多分にあるということも、大きな特徴です。

だからこそ、作品そのものと向き合って、鑑賞者が自分なりに感じ取る鑑賞も許されるのです。

 

じつは、冒頭でお見せした「瓢鮎図」は作品の一部を切り取ったものでした。作品の全体はこのようになっています。

「瓢鮎図」=如拙筆、室町時代、京都 退蔵院

作品下部の水墨画には、ひょうたんを手に持った人物が、川に泳ぐナマズを捕まえようとしている情景が描かれています。

しかし、すべすべしたひょうたんで、ぬるぬるしたナマズをおさえとることなどできるのでしょうか?

 

この絵が意味していることとは一体何なのでしょう?

その全文は明らかになってはいませんが、この絵の上部には、この絵が投げかける「正解の1つではない問い」に対し、31人もの禅僧たちがそれぞれに、自分なりの想いや感想を書き連ねていると言われています。

 

いかがでしょうか。あなたならこの絵に対し、どのような感想を書きますか?

知識をもとにした鑑賞だけではなく、作品に向き合って自分の答えをつくる鑑賞を取り入れることで、「アート思考」を育むことができるのではないでしょうか。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年12月19日に公開した記事を転載しました)