判断に悩んだとき、選ぶべきは「現状維持」か「変化」か 実験で分かった結果とは
大阪大学特任教授で経済学を専門とする大竹文雄さんが、行動経済学を通じて若手ビジネスパーソンの次の行動につながる考え方やモノの見方を伝えます。今回は悩んだときの重要な意思決定について、行動経済学の「現状維持バイアス」を踏まえて考えます。
大阪大学特任教授で経済学を専門とする大竹文雄さんが、行動経済学を通じて若手ビジネスパーソンの次の行動につながる考え方やモノの見方を伝えます。今回は悩んだときの重要な意思決定について、行動経済学の「現状維持バイアス」を踏まえて考えます。
目次
重要な意思決定をする際に、どちらにしたらよいか悩んで、様々な人に相談することがある。
なかには、占い師や占いに頼る人もいるだろう。ただ、会社の経営者が、占いで重要な会社の意思決定を決めていると聞いたら、誰でも馬鹿げた経営者だと思うはずだ。
ところが最高レベルの意思決定は、占いで決めていることと変わらない面もある。複数の案があった場合、当然それぞれの案の良し悪しについて、様々なシミュレーションやデータをもとに、ある程度優れた案が絞られていく。
企業でも、担当者が複数の案を検討し、上司に案を上げていく段階で、どうみてもA案がB案よりも優れているのであれば、A案を選ぶだろう。A案を選ぶ、ということに悩まないはずだ。
部下が上司に提案する際に、「A案とB案があるけれど、●●という理由でA案の方が優れているので、A案にすべきだと考えます」と説明する。上司がこうした部下の説明に納得しない場合は、A案のデメリットとB案のメリットを考えて、A案ではなくB案にすべきだ、と判断することもある。
つまり、なんらかの理由で、どちらかの提案が優れていると判断できれば、私たちは意思決定で悩まない。A案もB案もどちらも同じくらい優れた提案だからこそ、私たちは悩むのである。
裁判になる民事事件も似ている。
交通事故の場合、加害者が被害者に支払う損害賠償金について裁判で揉めることは少ない。警察が事故状況を調べ、その結果によって、損害賠償の程度が過去の事例でほぼ自動的に決まってくる。仮に、裁判になったとしても、裁判所が出す結果が過去の判例から予測できるのであれば、わざわざ裁判費用をかけて裁判所に訴えない。
結果的に裁判になるような事案は、勝訴できるかどうかが50%の確率のものになるはずだ。仮に、訴える側が80%の確率で勝てると考え、訴えられた方も勝てる確率は20%しかないと予想するのであれば、わざわざ裁判までしないで、その判断を加味した賠償金を考えればいいのである。その結果、裁判で争われるような事案は、どちらが勝訴するか全くわからないものばかりになるのだ。
「明日の株価の動きが予想できない」、「株価はランダムに動く」という経済学の考え方も似ている。
これは、株価がデタラメに決まっているという意味ではない。人々は、現在企業について得られる情報をすべて利用しつくして、株の売買をしているはずだ。そうすると、今日の株価には、現在の段階で得られる企業に関する情報は全て織り込まれている。
明日の株価は、いま誰にも得られていない情報を反映して明日決定する。明日になって、ある企業に関してよい情報が得られるか、悪い情報が得られるかは、どちらも50%の確率であるはずだ。
なぜなら、その企業の業績がよくなりそうだということが今日知られていたのであれば、それは今日の株価にすでに反映されているからだ。つまり、毎日の株価の変動は、あたかもサイコロを振って決めているように見える。
経営者の意思決定も、裁判所の判決や株価の決定と似ている。
経営者まで最終意思決定が持ち込まれるような案件は、さまざまなことを考えても、どちらにすべきかがわからないようなものだけになっているはずだ。
A案かB案か、どちらの判断が下されてもおかしくないような案件が、経営者が本当に判断すべきものになる。なぜなら、それまでに判断できる事案であれば、どちらが望ましい案であるかを経営者の判断を仰ぐ前に決められるからである。
だからこそ、経営者が本当に意思決定すべきものは、どちらに決めるのが望ましいかがわからないような案件だけになる。つまり、経営者の意思決定は、結果だけを見るとサイコロを振って決めているのと同じになるはずだ。
これは、何も考えずにサイコロを振って意思決定をしているのではない。考えに考えたあげく、「どちらも同じくらいよい」という案しか残っていない場合には、その意思決定はサイコロを振っているように見えるということだ。
ということは、私たちが重要なことをしっかり熟考しても悩んでいる場合に、最後にサイコロを振って決めたり、占いに基づいて決めたりしたとしてもおかしくない。
よく考えないで意思決定をしているのとは全く異なるからだ。悩むということは、どちらの選択も、同じくらいに優れているからなのだ。
熟考に熟考を重ねても、どちらがいいかわからないという場合、最終的な意思決定はサイコロを振って決めることと同じになる。しかし、私たちの最終的な意思決定に「偏り」があるのなら、その偏りを修正するようなアドバイスや占いはサイコロを振るよりも価値があるかもしれない。
行動経済学では、私たちに「現状維持バイアス」が存在することを明らかにしてきた。
ヒトは現状から変わることを損失と捉えやすい。そのため、合理的に考えると変化した方が望ましい場合でも、変化することそのものを嫌ったり、変化するために必要な手間を過大に考えてしまったりする。
そうすると、私たちが悩んだときに下す決断は、現状維持の方にバイアスがかかってしまって、よりよい選択ができていない可能性がある、というものだ。
「悩んだときに変化を選ぶ方がよりよい選択なのか」
という疑問に対する答えを大規模な実験で明らかにした研究が最近行われた。
ベストセラーになった『ヤバい経済学』の著者であるシカゴ大学のスティーヴン・レヴィット教授は、自身が運営する人気サイトで、お悩み相談のコーナーを設け、そこで、「転職するか否か」「離婚するか否か」といった重大な悩みから、「ダイエットをすべきかどうか」といった重要ではなさそうな問題まで、各自がもっている悩みをサイトの訪問者に教えてもらうという実験に取り組んだ。
【出典】Levitt, S.D., 2021. Heads or Tails: The Impact of a Coin Toss on Major Life Decisions and Subsequent Happiness. Rev. Econ. Stud. 88, 378–405.
実験の参加者はまず、どのような悩みをもっているかを答える。その後、コンピューターでのコイントス占いをして、「現状を維持する」か「変化する」が50%ずつの確率で出る占いの結果をもらう。
実験では、さらにその2ヶ月後と6ヶ月後に、どのような意思決定をしたのか、幸福度はどうか、その意思決定が正しかったと思うかどうか、といった質問をする。
その研究結果がとても興味深い。
コイントスということがわかっていたのに、転職や離婚といった重要な意思決定でもコイントスに従ったという人が50%を超えていた。もちろん、重要ではなさそうな問題の場合の方がコイントスの結果に従っていた比率は高いが、重要な問題でも50%以上の人がコイントスの結果に従っていたのだ。つまり、コイントスの結果に応じて、一定の比率の人は意思決定を変えていた。
「コイントスの結果に従った」という人たちは、自分の意思ではなく、偶然によって「現状維持」か「変化」を決めたということになる。では、この偶然によって変化を選んだ人は、現状維持を選んだ人に比べて幸福になっていたのだろうか。
もし、人々にバイアスがなく、熟考した後、悩んで運にまかせていたのなら、現状維持を選んだ人と変化を選んだ人の幸福度は変わらないはずだ。
ところが分析の結果、コイントスに従って変化を選んだ人の方が、現状維持を選んだ人よりも幸福度が高く、よりよい選択だったと考えていることが多かった。
つまり、私たちには現状維持バイアスがあるので、熟考を重ねたと思っていても、現状維持を選びがちであるということだ。
色々と考えて最後まで悩んだ場合、よりよい選択をしたいなら、変化を選ぶべきだ、というのがこの研究の結果である。
悩んでいる人にアドバイスする際も、現状維持よりも変化をアドバイスしてあげる方が、後から感謝される可能性が高い。人気占い師は、現状維持を薦めるのではなく、変化を薦めるのではないだろうか。
その方が「あの占い師の言うことに従ったことは正解だったとか、そのおかげで幸せになった」と思われる確率が高くなると予想されるからだ。
「迷ったら変化を選ぶ」ということにしておけば、幸福度は高くなるかもしれない。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年6月29日に公開した記事を転載しました)
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