20~30代の老後のお金大丈夫? 行動経済学で考えるお金の貯め方
大阪大学特任教授で経済学を専門とする大竹文雄さんが行動経済学を通じて、若手ビジネスパーソンの次の行動につながる考え方やモノの見方を伝えます。第1回は、老後のお金を貯める方法を行動経済学で考えます。
大阪大学特任教授で経済学を専門とする大竹文雄さんが行動経済学を通じて、若手ビジネスパーソンの次の行動につながる考え方やモノの見方を伝えます。第1回は、老後のお金を貯める方法を行動経済学で考えます。
お金を貯(た)める目的は様々だ。
一番多い目的は、「老後の生活資金にあてるため」(2020年金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」)。
70.0%の人がこの目的のために金融資産をもっている。第2位は、「病気や不時の災害への備え」(60.9%)、第3位は、「子供の教育資金」(30.4%)である。
ちなみに、1985年では第1位が「病気や不時の災害」(77.2%)、第2位が「子供の教育資金」(43.0%)、第3位が「老後の生活資金」(42.5%)だった。
老後の生活費のためにお金を貯めている人たちは、1980年代後半になると「子供の教育資金」を追い越して第2位になり、2013年にはそれまで1位だった「病気や不時の災害」を追い抜いて第1位になった。お金の保有目的にも少子高齢化が反映されているのだ。
人々は、引退後安心して生活できるようにするために貯金をしている。では、どうすれば老後生活のためのお金を貯めることができるだろう。
標準的な経済学では、所得が高いときの生活水準と、所得が減ったときの生活水準があまり変わらないように、現役時代にお金を貯めると考えられている。
まず、生涯の所得パターンを予想して、それを平準化して毎月の消費額を決める。そして、その時々の所得と決めておいた消費額の「差額」を貯蓄する。これが老後になっても生活水準を落とさないという意味では理想的な方法だ。
この考え方は、ライフサイクル仮説と呼ばれている。たしかに、賢いお金の貯め方だ。
余裕のあるときにお金を貯めて、余裕がないときは貯蓄を取り崩す。お金がないときは無理して貯めなくてよい、というのはありがたいルールだ。
しかし、この理想的な方法には落とし穴がある。それは、余裕のあるときに本当にお金を貯められるのかという問題だ。
私たちは、遠い将来の老後のためのお金を貯めるという重要性は知っているし、計画はできる。ところが、所得が増えてお金を貯める余裕があるはずのときに、貯蓄を後回しにしてしまうのも人間だ。
遠い老後のための貯蓄を先延ばしにして、今を楽しむために増えた所得を使いたいという誘惑に負けてしまうのだ。それが続くと、結局、老後のためのお金が貯まらないことになる。
それは行動経済学で「現在バイアス」と呼ばれている私たちの現在と将来の選択に関する特性が原因だ。
1年後に1万円をもらうのと、1年と1週間後に1万100円もらうのでは、後者を選ぶ人が多い。しかし、今日1万円をもらうのと、1週間後に1万100円もらうのでは、前者を選ぶ必要が多い。
遠い将来のことなら忍耐強い選択ができるが、今のことならせっかちになる。これが現在バイアスだ。
私たちは、老後貯蓄の重要性を理解しているから、将来のために貯蓄しようという意思決定をしている。しかし、今から始めるかと言われると、今日の生活の方が重要だからと先延ばしをする。
2019年6月3日に金融審議会の市場ワーキング・グループが発表した「高齢社会における資産形成・管理」という報告書で、
「夫 65 歳以上、妻 60 歳以上の夫婦のみの無職の世帯では 毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ 20~30 年の人生があるとすれ ば、不足額の総額は単純計算で 1300 万円~2000 万円になる」
と記載された。
これが、「老後2000万円問題」という形で朝日新聞を含めたメディアで大きく批判的に報道されたのだ。多くの人が老後のためにお金を貯める必要はわかっている。しかし、貯められていないことも理解しているから、大きな議論になったと考えられる。
引退時に老後貯蓄が足りないという事態を防ぐには、一見、非合理的だが、所得が多い時も少ない時も一定額の貯蓄を続けることだ。これなら、老後のためのお金が確実に貯められる。
私たちに現在バイアスがなければ、ライフサイクル仮説に従った貯蓄計画をたてるべきだ。
なにも苦しいときに無理に貯蓄を続ける必要はない。しかし、私たちに現在バイアスがあることを前提にすれば、将来の自分が誘惑に負けることを予期してルールを設定するほうが賢い選択になる。
iDeCOやNISAという積立型で税制優遇措置もついた制度を利用するのは、賢い選択の1つである。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年4月5日に公開した記事を転載しました)
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