目次

  1. 国産イグサにこだわって
  2. 最初は酒蔵の蔵人に
  3. 東日本大震災を機に家業へ
  4. 畳離れが進んでいるのを痛感
  5. SNSで家業の仕事を発信
  6. 薄利多売からの脱却を目指す
  7. 「モダン乱敷き畳」に挑戦
  8. 地元のマルシェにも出店
  9. 業界をもり立てるために

 大庭畳店は1980年、畳職人だった大庭さんの父が独り立ちして創業。県南部を中心に、住宅などの畳を作ったり張り替えたりしてきました。

 父は国内販売で主流となっている中国産のイグサの畳を使っていましたが、大庭さんが国産のイグサに切り替え、現在の主力商品となっています。

 大庭さんは「中国産は乾燥させて水分がない状態で輸入されるので、擦り切れに弱いんです。国産は乾燥させずに仕入れることができるため、ほどよく水分が含まれ、しなやかで丈夫な畳に仕上がります」と言います。

 現在、年間約700~800枚ほどの畳を作り、企業や個人に販売しています。

 子どものころの大庭さんは弟と作業場で遊んでいましたが、家業を継ごうとは考えていませんでした。

 「父は心の中では継いでほしい思いがあったようです。でも、畳の需要が減っている中で無理強いしたくはなかったそうで、後を継ぐようにと言われたことは一度もありませんでした」

 大庭さんは通っていた高校からの紹介で、卒業後の2002年、地元の酒蔵に就職。蔵人として酒米の精米や酵母菌の培養、酒を絞る作業などを担いました。

 「自社で酵母菌の培養を行う酒蔵は県内でも珍しく、良い経験になりました。菌が増えていく様子を間近で見ていると面白いんですよ」

 大庭さんは10年近く酒造りに従事していましたが、11年3月の東日本大震災が大きな転機となりました。

 大庭畳店では震災後に注文が増え、沿岸部の住宅などに次々と畳を納入しました。そのため、父は体力的にも精神的にも疲れてしまい、体調を崩してしまったのです。実家では廃業も考えたといいます。

大庭さんにとって畳は身近な存在でした

 「でも、私にとって畳はあるのが当たり前で落ち着く存在です。結婚して家族もいたので悩みましたが、やはり無くしたくないと思い、継ごうと決めました」

 店を無くさないでほしいという顧客の思いにも背中を押され、大庭さんは酒蔵を辞めて、11年8月に家業に入りました。

 畑違いの家業に飛び込んだ大庭さんは、まず古い畳の縁と畳表を外す作業から学びました。

 「父は昔かたぎの人です。最初は教えてくれたものの、その後は作業を見て技術を盗めと言われました。間違えては怒られるという繰り返しでした」

 特に苦労したのは、部屋の柱の形に合わせ、畳を切ってから縫う作業でした。全て手作業で行いますが、きれいにできるようになるまで10年かかったと振り返ります。

 必死に技術を覚える中で、大庭さんは家業の課題を感じるようになりました。父は宣伝活動をしておらず、大庭畳店は地元でもあまり知られていませんでした。

 畳の処分だけという仕事も多く、畳離れが進んでいることを痛感したといいます。「いまや畳の存在すら知らない子どもも多いんです。畳店の今後は、若い人にいかに畳を知ってもらえるかにかかっていると考えました」

 大庭さんは15年ごろから、SNSで定期的に家業について投稿するようになりました。自らの顔も写った写真をあえて投稿し、「顔が見える畳店」を目指しました。

 「インターネットに顔をさらすなんて」と父からは反対されました。しかし、大庭さんの意思は揺らぎませんでした。

 「この仕事は必ずお客様のお宅に上がって作業します。作り手の顔が見えないことほど怖いものはないですよね。SNSでの発信を、お客様の安心感につなげたいと思ったんです」

 投稿の際には季節感を意識しながら、自社のサービスや製品とリンクさせた投稿を心掛けていると、大庭さんは話します。

 例えば、湿気が多くなる梅雨には、大庭畳店でも扱っている植物由来の物を使用した防カビ剤散布などの対策を紹介したり、除湿器やエアコンを使った対策などを紹介したりして、畳にまつわる実用的な情報を載せるようにしました。

 すると、地域でも少しずつ「SNSを見た」と声をかけられるようになり、「SNSに顔写真が上がっているからお願いした」という新規の顧客も増えました。

 手応えをつかんだ大庭さんは、SNSで全国の畳職人たちと積極的に交流するようになります。

 元々は人と話すのが苦手だったという大庭さんですが、「酒蔵時代、仕込みの時期に半年泊まり込みで仕事をしていたことで従業員との会話が増え、積極的に人と話せるようになりました」と言います。

 「仕事の悩みをぽろっと投稿してしまった時も、同業者はすぐにSNSで連絡をくれて本当に助けられました」

畳を製作する大庭さん

 大庭さんは畳業界全体の課題にも向き合いました。「畳の単価は一枚6千円前後で、利益が少ないにもかかわらず業界の慣習があったため、単価を上げるハードルが高かったんです。どうしようかと考えていた時に現状を変えようと取り組む人たちとSNSで出会い、うちも他店との差別化を図り、畳の単価を上げて薄利多売から脱却しようと思いました」

 大庭さんは同業者から教えてもらい、16年から熊本県産のイグサを使った畳を作り始めました。熊本産は県が生産に力を入れているため手に入りやすく、畳が日焼けした時にきれいな色になって味わいが出るところが魅力だといいます。

 国産のイグサの畳は1枚1万2千円ほどで、単価はそれまでの倍になります。父からは「買ってくれないのでは」と反対されました。

 「でも、お客様に畳表のサンプルを実際に触っていただくとわかってもらえるんです。1軒目に伺ったお宅から国産イグサの畳が売れたので、父も納得してくれました」

 大庭さんは熊本県産の畳の写真を、積極的にSNSで発信するなど認知拡大に努めています。21年4月には、熊本県いぐさ・畳表活性化連絡協議会の熊本県産畳表応援店に認定されました。

 現在は佐賀県や高知県産のイグサも取り扱うほか、こより状の和紙、さらにアレルギーがある人向けにカルシウムなどの原料を織り込んだものなど、5種類の畳を扱っています。

 単価は1~5万円に上がったことで、無理に数をこなさず、体と相談しながら仕事ができるようになりました。

 大庭さんは16年からは「モダン乱敷き畳」という新しい敷き方に挑戦しました。

 「モダン乱敷き畳」は、一畳サイズと半畳サイズの枚数の組み合わせや色・素材の組み合わせが自由で、デザイン性の高い敷き方として知られています。大庭さんは顧客の要望に合わせて、組み合わせを提案しています。

 「モダン乱敷き畳」の発案者である栃木県の畳職人からSNSで「あなたが楽しい仕事をすれば、お客さんも楽しんでくれる」と励まされたことで、挑戦を決めました。

 大庭さんは「自分も楽しみながらデザインを考えることで、顧客への提案も楽にできるようになりました」と話します。

 挑戦のかいあって、大庭さんは全国約260店舗ほどが加盟する団体が選定する「モダン乱敷き畳アワード2018」で3位相当の技能賞を受賞しました。

「モダン乱敷き畳アワード2018」で3位相当の技能賞を受賞した 大庭畳店の作品(同店提供)

 受賞したのはモデルルーム用の4畳半の部屋の敷き方です。奥に濃い色を用いて部屋全体を広く見せるように工夫しました。

 「4畳半の部屋は敷き方によっては切腹の間と言われ、縁起が悪いとされています。その部屋をもっと面白く見せたいと思って作りました」

 大庭さんは顧客満足度を高める新しいサービスにも動きだします。19年には、余った畳縁を使ってストラップやコインケースを作り始めました。

畳縁で作ったコインケース

 「畳縁は切れ端がどうしても残ります。何かに活用できないか考え、お客様が選んだ畳縁と同じ柄で作ってサービスでお渡ししていました」

 ストラップやコインケースの写真をSNSに投稿したところ、顧客から「欲しい」との声が多数寄せられました。写真を見た関係者から声がかかり、19年夏からは、手芸・工芸品の展示や販売を行う地元のマルシェに参加するようになりました。

 マルシェでは畳縁の小物の販売や国産畳表の展示のほか、子ども向けに小さな畳を作るワークショップも行い、畳に触れてもらおうと努めています。

マルシェで開いた畳のワークショップ(大庭畳店提供)

 21年8月、父が70歳になったタイミングで、大庭さんは2代目として家業を継ぎました。その半年ほど前、父から何の前触れもなく「もうやらない、任せた」と言われたそうです。

 後を継いだその日から、父は一切口を出さなくなりました。大庭さんは経営については何も教わっていない中で2代目となったため不安もありましたが、SNSやZoomを用いて全国の畳店の後継ぎたちに相談し、教えを受けたりアイデアを出し合ったりしています。

 大庭さんは今、ペットを飼っている人向けの畳を作ろうとしています。「普通の畳は爪で引っかかれるとボロボロになりますが、ラバーやゴムのような素材を使うことでその心配がなくなります。水も浸透しにくいんです」

大庭さんは畳の魅力発信に向けて、アイデアを出し続けています

 畳離れが進む中、大庭さんは利益の確保と畳の認知向上に努めています。その根底には、業界全体をもり立てたい思いがあります。

 「若い職人が1人でも楽しく仕事をしていることが伝わり、ちゃんとお金も稼げることを示せれば後継者も増えるのではないでしょうか。私のやり方を発信することで、業界全体が良くなっていけばいいなと思います」

 2代目の目標は、全ての顧客に国産のイグサの畳を納入することといいます。これからも慣習や枠にとらわれない取り組みの数々で、畳の魅力を発信し続けます。