目次

  1. LAにやってきたイーロン・マスク。宇宙ビジネスの中心地は?
  2. “Go West!”――宇宙ベンチャーの野心家が“西”に集う理由
  3. 宇宙開発の主役から宇宙ビジネスの“サポーター”へ 政府の変化とは  
  4. 欠かせないルールメイキング。民の積極さが官を動かす  

世界最大の宇宙ビジネス市場・アメリカ。この巨大なマーケットの中心地はどこなのか? アメリカで宇宙の街と言えば「こちらヒューストン」を想像するかも知れない。誰もが一度は聞いたことのあるセリフのはずだ。

しかし、宇宙“ビジネス”の街となると話は別だ。成長著しいスタートアップが集積する都市には、人財基盤、教育・研究機関、大企業、投資・金融、ビジネス支援サービス、イノベーション文化、ビジネス交流の場といった要素がバランスよく存在することが求められる。宇宙ビジネスでも同様だ。

その意味で、宇宙ビジネスの中心地は西海岸となる。私もかつて住んでいたロサンゼルス(LA)は、その筆頭だ。「民間による宇宙開発」や「宇宙ベンチャー」といった今日のビジネスの中核をなすコンセプトは、この地から発信された。

1996年~2004年に世界初の、民間による有人宇宙飛行を競った賞金コンテスト「Ansari XPRIZE」。続く2007年~2018年に、民間による月面走破を競った賞金レース「Google Lunar XPRIZE」。LAを拠点とするXPRIZE(エックスプライズ)財団は、それまでの「宇宙開発=国家主導」という概念をひっくり返す前代未聞の国際コンテストを次々に開催し、宇宙ビジネス黎明(れいめい)期に数多くの宇宙ベンチャーや起業家を生みだすきっかけを作った。

続いてこの地にやってきたのが、イーロン・マスクだ。世界の宇宙ビジネスの先頭をひた走るSpaceXもまた、LAに本拠地を構える。そのほかにも比較的、重厚長大な領域を手がける宇宙ベンチャーがこの都市に集積する。

小型ロケットによる高頻度輸送サービスで目覚ましい成果を出しているRocket Lab、3Dプリンティングを使った斬新なロケット製造を進めるRelativity Space(リラティビティ・スペース)などだ。

LAには元々航空や自動車といった産業基盤があることに加え、NASAのジェット推進研究所やCalTech(カリフォルニア工科大学)、UCLAといった航空宇宙系に強い研究機関も多く、技術や人財、ものづくり企業のネットワークが充実している。郊外の砂漠地帯には、民間宇宙港を兼ねるモハベ飛行場があり、Virgin Galacticなどの様々な業界関係者が試験やイベントに訪れる。

同じく航空機産業に強い土地柄をベースにIT・ソフトウェア産業も巻き込む形で栄えてきたのがシアトルだ。世界の宇宙系最大手でもあるBoeing社の本拠地があり、MicrosoftやAmazonのお膝元としても有名なこの街は「ジェフ・ベゾスの街」でもある。

ジェフ・ベゾス氏(左)とイーロン・マスク氏=いずれも朝日新聞社

ベゾス氏はAmazonに続き、Blue Originの本拠地にもこの地を選んだ。Microsoft共同創業者である故ポール・アレン氏が設立した、空中発射宇宙船を手がけるStratolaunch(ストラトローンチ)もシアトルで活躍する。ほかにも、三井物産が買収したSpaceflightやSpaceXの通信衛星システム「Starlink」の開発拠点などが集積する。

ベンチャーと言えば、シリコンバレーやサンフランシスコを含む一帯、通称“ベイエリア”もまた、宇宙ベンチャーの集積地だ。

このエリアの強みは、ベンチャーキャピタル(VC)ら投資家、そしてStanfordやUC Berkeleyといった研究機関など、世界有数の“カネ”と“知”が集積し、宇宙ベンチャーを含むあらゆるジャンルの起業家とベンチャーが世界中から集まる場所である。

ベイエリアでは、特に衛星関連ビジネスが目立つ。

観測衛星コンステレーションや衛星データ解析サービスで業界をリードするPlanetやSpire, Orbital Insight, Capella Space(カペラ・スペース)のほか、衛星通信を介したインターネット網構築サービスに従事するAstranis(アストラニス)やSkylo(スカイロー)などの名前が並ぶ。ベイエリアを支える半導体やIT産業の基盤が、衛星のハード、ソフトの開発に大いに影響を与えている。

ベイエリアにはNASAのAmes Research Center(ARC、エイムズ研究センター)という巨大なキャンパスを誇る施設がある。NASAの研究機関であることに加え、創業期の宇宙ベンチャーが集まる登竜門にもなっている。技術提供やビジネス・マッチング、オフィス提供などを通じた、ベンチャー支援サービスが充実していることが特徴だ。イノベーター育成機関として世界的に名を馳せるSingularity UniversityもARCに居を構えている。

また、地域の宇宙産業の蓄積に加え、州政府による企業誘致政策や広大な土地を使った飛行実験や施設建設が可能なことを売りに、コロラド州やテキサス州、ニューメキシコ州などでも宇宙ベンチャー集積が進む。

傾向として、西海岸を含め比較的西部に位置する州が多い。“Go West!”――。19世紀、アメリカ西部開拓で一攫千金を狙う野心家の若者たちが使った言葉だが、21世紀の今、野心家たちは再び西部に集まり、宇宙開拓で一攫千金を狙っている。

bizble編集部作成

実はこれらとは別にもう1つ、宇宙ビジネスのメッカがある。ワシントンD.C.及び周辺のバージニア州やメリーランド州だ。

宇宙ベンチャーが本拠地を構えるケースだけではなく、本社は西海岸だが別途拠点をここにも設ける、といったケースも珍しくない。彼らの目的は、NASAをはじめとする様々なアメリカの政府機関とのコミュニケーションだ。

民間主導の宇宙ビジネス時代における、政府の役割とは? なぜ宇宙ベンチャーはDCエリアに集まるのか? その答えの1つは、政府が近年、唯一無二の宇宙開発の主役から、強力なビジネス・サポーターへと、立場と役割を変えていったことだろう。

昨年、SpaceXが民間によるISSへの有人宇宙輸送という偉業に初めて成功した際、日本でも再注目をされたのが、NASAのサービス調達プログラム「COTS(商業軌道輸送サービス)」への参画によって、SpaceXが短期間に急成長をしたという事実だ。

「サービス調達」は、現在の宇宙ビジネスのリアルを語る上で、最もホットな用語の1つだろう。従来の宇宙開発では、政府の宇宙機関が民間企業に発注をし、納入される宇宙機を買い上げていた。宇宙開発の実施主体はあくまで政府であり、民間は一点モノで高コストの製品を納めるベンダーだった。

しかし、現在のアメリカでは、企業が自ら宇宙開発の主役となり、民生技術を使った廉価なサービスを様々な顧客に継続的に提供している。

「サービス調達」では、民間は自由度の高い商用目的の開発を行い、政府はその前提で設計されたサービスに資金を支払う。COTSではSpaceXのロケットはNASAへの納品ではなく、あくまでSpaceX自身の輸送事業のためのものである。

そして、その他大勢いる顧客の一社であり、初期の最重要顧客でもあるNASAに、その輸送スペースを販売している。同じサービスを官民の顧客に繰り返し展開することで、事業コストは下がる。リアルなビジネスを加速する上で、低コスト化を促すこの調達制度は、非常に大きな意味を持つ。

NASAのサービス調達は、その後もVCLS(ベンチャークラス打上げサービス)やCLPS(商業月面輸送サービス)というプログラムに発展的に展開され、多くの企業に商機を提供しているほか、NOAA(アメリカ海洋大気庁)でも衛星ベンチャーの商業気象データ・サービスを試験的に調達する取組みが始まっている。

もう1つ、重要なことは法規制やルールメイキングだ。

打ち上げたものが戻ってくる再利用ロケットや、何百何千という衛星を同時に動かす衛星通信コンステレーション、一般人を乗せた宇宙旅行、宇宙港の建設、宇宙資源の採掘と利用……。どれもこれも、既存の枠に収まらない新しいビジネスであり、管理する法制度自体が存在しなかった。

アメリカ政府は、民間の動きに呼応する形でスピーディかつ柔軟に調達方式や法制度を新設、変更してきた。

例えば、月などの天体で民間による資源採掘の活動を認める宇宙資源法や、民間宇宙港の運用ライセンス発行などの制度を、世界でもいち早く施行している。これらは、民間が粘り強くロビーイングを行い、新しい産業を創る大義が官民で共有されるようになった結果だ。

新しいビジネスの概念を政府に説き、ルールメイクを主導するロビーイストには、ビジョナリー(将来を見通した展望を持つ人)  としての素養が求められる。イーロン・マスクは、ビジョナリーの代表格として知られるが、同時に非常にアクティブなロビーイストの側面があることは意外と知られていない。

日本でも様々な業界でベンチャーによる既存の枠を飛び越えたビジネスが生まれるようになってきたが、その一方で、政策や法規制が壁となりプロダクト開発やサービスインが進まないという話もよく聞く。政府へのロビーイングやルールメイキングの動きは、ベンチャー業界の共通課題となりつつある。

宇宙ビジネスは、あらゆる面で官民のシビアな調整が不可欠な業界であるが、それゆえに参考となるケースが豊富だ。

特にアメリカを中心に、民の積極的な動きが、一般的に鈍くて遅いと言われる官を動かし、大胆な産業振興策を実現してきた。政府へのロビーイングの先進業界の1つと考えて間違いないだろう。

宇宙ビジネスは、異業種のビジネスに多くの示唆を与えることができる価値にあふれている。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年6月9日に公開した記事を転載しました)