目次

  1. 世界シェアの45%。相次ぐベンチャーの群雄割拠を経た巨大市場の“いま”
  2. 明暗分かれるサバイバルとはい上がる底力。巨大市場のリアルとは
  3. 2021年、宇宙ベンチャーの新規上場が相次ぐ理由
  4. 世界が加速させるアメリカ進出。海を渡った日本勢の挑戦から見えてくるもの

宇宙ビジネスの市場規模は、およそ46兆円である(2020年調査)。世界の各機関の試算によれば、2030年には70兆円、2040年には100兆円~300兆円への規模拡大が見込まれている。自動車産業が全世界で400兆円ほどで、それに迫る巨大産業のポテンシャルを持っていることが、宇宙ビジネスの魅力だ。

その中でリアルで巨大な産業を形成しつつある国がある。世界シェアおよそ半分の約45%を誇る世界最大の宇宙ビジネス市場、アメリカだ。「宇宙ビジネスには、かつてのインターネットの勢いがある」――シリコンバレーの投資家界隈でよく聞かれるセリフである。

これは、IT起業家のイーロン・マスクやジェフ・ベゾスの活躍、GAFAMの参入だけを指したものではない。アメリカでは2010年代から宇宙ベンチャーへの投資熱が続き、セコイア・キャピタルやベッセマー・ベンチャー・パートナーズなど、いくつものネット・ベンチャーを支え一大産業を築いた著名ベンチャーキャピタル(VC)たちが、今度はあらゆる宇宙ベンチャーに出資している。

その投資に支えられた2010年代前半~中盤は、雨後の筍のようにベンチャー創業が相次ぐ群雄割拠の時代で、とにかく企業数が爆発的に増えたことが関心を集めた。宇宙ビジネスの全てのセグメントに、それぞれ多数の企業を輩出するまでにアメリカの宇宙ビジネスは膨らみ、宇宙企業は1000社を超えた。

近年は次のステージの議論として「誰がマーケットを制するのか」というビジネスの勝ち負けに注目が集まりつつある。

宇宙ビジネスの主なセグメント=「SPACETIDE COMPASS Vol.4」より

巨大市場であるアメリカの宇宙ビジネスだが、そのリアルは、勝者と敗者の明暗が分かれるシビアなサバイバルだ。

この業界に飛び込んだ頃、私は情報収集のためアメリカの宇宙ビジネスカンファレンスに頻繁に足を運んでいた。そこで目にする企業はどれも革新的なテクノロジーやビジネスモデルを披露していて、パンクさ・ロックさに心底ワクワクした。

例えば、燃料を積まない軽量ロケットに地上から電磁波を照射し、そのエネルギーで推進させる低コスト輸送サービスを計画するEscape Dynamics、小惑星にあるレアメタルなどの鉱物資源を採取・販売するDeep Space Industriesなど、当時の日本の宇宙業界の想像の範囲をはるかに超えるベンチャーと数多く出会った。

しかしベンチャー・ビジネスとは決して生やさしくないサバイバルゲームだ。宇宙ビジネスは、その中でもシビアな部類に入るだろう。あれから表舞台より姿を消した企業は、決して少なくない。

先の2社も姿を消し、ほかにもIntelsat、Speedcast、Planetary Resources、Bigelow Aerospace、XCOR…。様々な新旧企業の破産や事業停止・買収、全社員の解雇などが報じられてきた。

しかし、ベンチャー大国であるアメリカの底力を表しているのは、そこからはい上がる企業も多いという事実だ。

例えば、日本のソフトバンクグループが出資する通信衛星ベンチャーのOneWeb、SpaceX出身者によって設立されたロケットベンチャーのVector LaunchやFireflyなどは、一度はChapter11(米連邦破産法11条)申請や完全な資産売却をしたにもかかわらず、新しい経営母体を立ち上げ、資金調達も行うなど“復活”し、表舞台に返り咲いている。

ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=東京都港区、朝日新聞社

アメリカでは、とにかく企業の生死の循環が早い。サバイバーが“勝者”となり、成長するスピードも爆発的に速い。

そのような中、マーケットを引っ張るリーディング・カンパニーが見え始めている。

Blue OriginやSpaceXは宇宙ビジネスのあらゆるセグメントで横断的に事業を手掛ける旗手だ。Blue Originはこのほど、宇宙旅行を7月20日に行うと発表した。だが、産業リーダーは彼らに限らない。各領域に目を向けると、それぞれにセグメント・リーダーが名乗りを上げている。

輸送(ロケット)であればRocket Lab(ロケット・ラボ)、衛星コンステレーションであればPlanet(プラネット)やSpire(スパイアー)、衛星データ解析であればOrbital Insight(オービタル・インサイト)、商業宇宙ステーションであればAxiom(アクシオム)、宇宙旅行はVirgin Galactic(ヴァージン・ギャラクティック)、月面探査はAstrobotic(アストロボティック)…。いずれも創業10年程度の新興スタートアップばかりであり、その成長ストーリーには目を見張る。

特にロケットや衛星のセグメントでは、すでに数十~数百の宇宙機を実際に宇宙空間に送り出し、事業運用している。彼らの競合企業も依然活発であり、加えて、従来からアメリカの宇宙産業を支えてきたLockheed Martin(ロッキード・マーティン)やBoeing(ボーイング)、Northrop Grumman(ノースロップ・グラマン)といった企業も健在なのだから、層がとにかく厚い。

アメリカの宇宙ビジネスの主なリーディング・カンパニー=筆者作成

アメリカの宇宙ビジネスの今年のホット・トピックの一つが、相次ぐIPO(Initial Public Offering / 新規株式公開)だ。2019年にVirgin Galacticが上場したが、2021年は一気に5社もの宇宙ベンチャーがIPOを予定している。

IPOにはメリットもデメリットもあるが、上場することで得られる資金は莫大であり、上場企業が増えることは、アメリカの宇宙ビジネスが、地に足のついた産業として次のステージに到達した証左にもなる。

このIPOラッシュの背景にあるのは、自社では事業を行わない特別買収目的会社(SPAC)が上場し、合わせてSPACが事業母体となる企業を買収することで実質的なIPOをするという手法だ。

この「SPAC活用」は、上場審査をパスすることが難しいハイテク系ベンチャーにとって、IPOの「秘密兵器」と目されており、中でも宇宙ベンチャーは今後もその急先鋒となると見られている。

もし、かつての国家主導の宇宙開発が中心の時代が今も続いていたら、アメリカ市場の動向は半ば他人事であり、その隆盛をうらやましく眺めているだけだっただろう。しかし現在の民間宇宙ビジネスは、今やグローバルなビジネスであり、マーケットがあるところに人・モノ・金が集まるのは市場原理の基本だ。

世界の競合の動きは早い。ニュージーランドの小型ロケット・ベンチャーのRocket Lab、フィンランドの地球観測衛星ベンチャーのICEYE(アイスアイ)はともにアメリカ法人Rocket Lab USA、ICEYE USを設立し、アメリカ進出を加速させている。

例えばRocket Labは早速NASAより月周回軌道への小型衛星輸送ミッションの契約を勝ち取ったほか、小型衛星打ち上げロケットの開発支援プログラムVCLS(Venture Class Launch Services)に採択されNASAより690万ドルの支援を受けている。また、既存のNZの打ち上げ射場に加えて、アメリカ国内にも新しい射場を設けることを発表している。

我々日本勢も黙って見ているわけにはいかない。Astroscaleとispaceもアメリカ法人を設立し、ともにコロラド州に拠点を置く。両社の手掛ける宇宙デブリ除去サービスや月面探査はNASAも注力する分野であり、アメリカ法人により政府案件に参加しやすくなったことで商機を狙う。ソフトバンクグループ、楽天、伊藤忠商事、住友商事、スカパーJSATなどは、アメリカの衛星ベンチャーへの出資や提携を実施し、事業シナジーを計っている。

日本勢の中でも、非常にユニークなのは三井物産の動きだ。2020年にシアトルのSpaceflightをグループ会社化し、経営を担うこととなった。Spaceflightは、ロケット打ち上げ事業者と、顧客である衛星事業者の国際的なコーディネート事業を行う、業界のリーディング・カンパニーの一つである。

三井物産の堀健一社長=2021年4月、三井物産提供

衛星打ち上げ事業は、アメリカ国内では日々高速回転している最もリアルな宇宙ビジネスだ。親会社となった三井物産はそのリアルな市場に直接タッチする権利を得て、SpaceXやPlanetといった業界リーダーたちと日常的に仕事を密に進めていくことになった。

SpaceXの場合は、毎月1、2回のペースでロケット打ち上げを行っており、近い将来は毎週ペースになると見られる。アメリカ進出によって、ビジネスの規模もスピードも、それまでとは各段に異なるはずだ。この事例から得られる示唆は非常に大きい。

現在の宇宙ビジネスにおけるアメリカ市場は、サッカーの欧州チャンピオンズリーグのような、プレイヤーである以上目指すべき、最高峰の国際舞台の一つだ。日本のプレイヤーのアメリカ市場への挑戦と成功は、日本の宇宙ビジネス全体のステージを引き上げることにつながるだろう。

次回は、アメリカの宇宙ビジネスの特徴的なビジネス・モデルとNASAとの関係について掘り下げたい。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年5月8日に公開した記事を転載しました)