目次

  1. GITAIとSpace BD、気鋭のベンチャーの横顔とは
  2. 博士が7割「ロボット界のスーパースター集団」
  3. 本物の事業開発求め、宇宙プロマネ業務に商機
  4. アジア最大級の宇宙ビジネスイベント、12月開催

前回(第5回コラム)は、日本の宇宙ベンチャーにはエンジニアやビジネスパーソンが出身業界や国籍を問わず集まり、多様性に富んだチームを構成していることを伝えた。

宇宙ベンチャーに集まる人々はどのような人で、どのような仕事をしているのか――。

読者の皆さんには想像のつかない話かもしれないが、逆に興味をそそるだろうか。

 

今回は、具体例として2社のベンチャーを紹介したい。

いずれも2015年頃ごろの「宇宙ビジネスの夜明け」(第4回コラム参照)の後に創業された気鋭の企業だ。

覗(のぞ)いてみると、20代後半~30代という、bizble読者層とも近い“ミレニアル世代”が数多く奮闘する姿が見えてくるかもしれない。

2016年創業のGITAI Japan(ギタイジャパン=東京都大田区。以下GITAI)。

宇宙で汎用的な作業が可能な半自律・半遠隔ロボットを開発している。

人間の手の動きや力加減など、精密な動作を再現する高精度なロボティクスが売りだ。

GITAIは創業5年にしてNASAと契約し、ISSでのロボット実験を開始するなど、破竹の勢いでビジョンの実現へと進む。

 

GITAIの特徴は「ロボット界のスーパースター集団」と中ノ瀬翔CEOが評する、天才エンジニアたちだ。

中でも博士号を持った人材が多い。

GITAIのメンバーたち。最後列中央が中ノ瀬翔CEO=GITAI提供

経済産業省の調査によれば、大学発ベンチャーの中で、航空宇宙ベンチャーの従業員に占める博士号取得者の割合は21%。

他分野のベンチャーと比べて比較的高い割合だが、大半を占める19%は航空宇宙分野で博士号を取得している。

異分野での博士号取得者となると、わずか2%で、全ての分野で最も低い。

GITAIは大学発ベンチャーではないが、ロボット系の博士が社員の7割を占めており、「尖(とが)った」チームと言えよう。

大学発ベンチャーを分野別に見ると、航空宇宙ベンチャーの従業員で博士号を持っているのは21%。GITAIの博士号取得者の多さが際立つ=経産省調査より筆者作成

創業者の中ノ瀬氏は現在34歳。

ミレニアル世代ど真ん中だ。

インドでITベンチャーを起業・売却したというユニークなバックグラウンドを持つ。

中ノ瀬氏が次のステップとして目をつけたのが、ロボティクスだった。

 

実はロボットの宇宙利用は当初からあったアイデアではないという。

「汎用性が高い自律ロボットで世の中を変えたい」。

様々な業界をヒアリングしていく中で、最も市場性を感じたのが宇宙分野だった。

 

ロボットの活用で宇宙飛行士の業務を一部代替できれば、1時間当たり13万ドルとも言われる業務コストを大幅に下げることができる。

ロボットによる安価で安全な宇宙利用の実現。

そのビジネスインパクトに目をつけた。

「宇宙が好き」といった宇宙前提のアプローチではなく、あくまでビジネスニーズの大きさから判断したのだ。

 

低コストかつ高性能なロボットの開発――。

そんな難題に挑む上で、中ノ瀬氏が考えたのが「全てを内製化して安くする。ロボットをゼロから作り切れるスーパースターを5人集める」という構想だ。

東京大学の情報システム工学研究室(JSK)出身者を中心にヘッドハントを行い、核となる最初の5人が集まると、今度は「スターがスターを呼び込む」(中ノ瀬氏)ように、あの人がいるなら自分も、と門を叩くエンジニアが集まってきた。

今ではNASAも一目置くチームとなった。

アメリカで実施した模擬ISS(国際宇宙ステーション)環境でのロボットアームの実験=GITAI提供

中ノ瀬氏は法学部出身。

しかし「ビジネスに文系も理系もない」と強調する。

自身がプログラミングを得意とするエンジニアとしての側面を持ち、エンジニアに対する理解とリスペクトが非常に強い。

 

博士中心のメンバー構成は、日本の常識への大きな挑戦でもある。

「日本社会では博士の存在が尊重されていない」(中ノ瀬氏)。

特に産業界ではその風潮が根強く、いわゆる「ノンアカデミック・キャリア」(研究者以外の道)に進む博士は日本では少ない。

GITAIはそれに異を唱えるかのようなチーム編成で、高いパフォーマンスを発揮している。

 

「優秀な人は学歴や学位に関係なく活躍できる」と中ノ瀬氏は前置きしつつ、「博士号を持っているということは、ある問題解決において“人類の限界”を突破して、更新した経験を持っていることの証明」と博士を評価する。

 

稀有(けう)な能力を持つ人材の力を引き出し、高く評価する――。

中ノ瀬氏は世界レベルのチームづくりの重要な点を説く。

「意思決定プロセスの全てに技術者の考えが反映された、働きやすい制度や環境を作り込むことが大事。例えばオフィス選びなら、火花が散る開発をしても大丈夫な場所を選ぶ」という。

また、エンジニアは十分な経済的リターンを得るべきという考えから「徹底的にインセンティブを重視する。例外なく全てのエンジニアにストックオプションを付与している」(中ノ瀬氏)。

 

GITAIは最近、月面探査車の開発に着手すると発表した。

2030年代には月面が宇宙ビジネスの中心になることを見据えてのことだ。

GITAIは常にマーケットの先を読みながら、世界最先端の技術力に磨きをかける。

2017年創業のSpace BD(東京都中央区)は“宇宙に簡単に、安く行く”ためのサービス企業を標榜(ひょうぼう)する宇宙ベンチャーだ。

もともと総合商社で鉱物やエネルギーの業界を渡り歩いてきた永崎将利氏が独立し、起業した。

永崎氏は宇宙ともハイテクとも縁のないキャリアを歩んできたが、独立する際、縁故が深い投資家から「世界で最もスケールの大きなビジネスを」と宇宙ビジネスを勧められ、37歳で一念発起した。

Space BDのメンバーたち。左から4人目が永崎将利CEO=Space BD提供

Space BDの主力事業は、政府や宇宙関連企業のプロジェクトマネジメント(プロマネ)だ。

今日の宇宙ビジネスは、様々なステークホルダーが横連携をしながら一事業を構成する。

例えば国際宇宙ステーション(ISS)から小型衛星を放出するミッションの場合、ISSまで衛星を輸送するロケット事業者、衛星を保有する衛星事業者、ISSで衛星を受け入れ宇宙飛行士による放出作業を実施する宇宙機関、といった複数主体の連携が不可欠だ。

近年は国をまたいだ国際連携も当たり前になっている。

Space BDは複数主体の間に立って、事業計画立案や技術的なインターフェースの調整、契約に関わるルールの整理などを行っている。

 

Space BDは創業4年にしてJAXA(宇宙航空研究開発機構)やNASA(米国航空宇宙局)を始めとした様々な宇宙機関と協働し、イーロン・マスク氏率いるSpaceXや数多くの国内外の宇宙企業とも仕事をしている。

筆者はSpace BD創業以前から永崎氏の活躍を見てきたが、企業としての猛烈な成長スピードは私の想像をはるかに超えていた。

 

Space BDは元々「宇宙商社」というコピーを掲げて船出した。

商社出身者を中心にいわゆる「文系」のビジネスマンが多く、エンジニアのいない宇宙ベンチャーというのが初期の特色だった。

 

だが、今では全社員の3分の1がエンジニアだ。

創業後まもなく「営業マンだけでは顧客に響くサービスをやりきれないと気付いた。技術力が伴ってこそ宇宙の事業開発ができる」(永崎氏)。

今では「文系」メンバーも日々エンジニアと伴走し、お互いが技術とビジネスを学び合う。

「会社自体が走りながら常に変容している」というトライ&エラーは、永崎氏やメンバーにとってむしろ仕事の醍醐味なのだという。

Space BDのメンバーたち。前列左から4人目が永崎将利CEO=Space BD提供

永崎氏は宇宙ビジネスを「ごちゃっとしている」と表現する。

決まった型がなく、前例が通じない宇宙ビジネスは、どのような新しいビジネスの種が埋まっているか分からない宝の山だ。

「これまで関わってきたどの業界よりはるかに難解だけど、スケールは一番大きい。他の業界であれば、ここまで注目をいただくこともなかったはず。苦労の分だけ得られるものも大きいのが、宇宙ビジネスの魅力」(永崎氏)

 

BDはBusiness Development(事業開発)の略。

永崎氏は商社時代から事業開発に長らく関わってきた。

しかしSpace BDの仕事をする中で、宇宙ビジネスのような「ごちゃっとした」未知の領域への挑戦こそ、本物の事業開発だと考えるようになった。

泥臭さを信条に顧客の懐に飛び込み、複雑で誰もが敬遠する宇宙プロマネ業務にビジネスチャンスを見出し、挑戦と成長を続けてきた。

 

自分の手で何かを成し遂げたい。

手触り感のあるビジネスをしたい。

ミレニアル世代にはそうした想いを抱える人が多い、と永崎氏は考える。

そのようなビジネスパーソンにとってSpace BDは最適な場だと永崎氏は胸を張る。

GITAIとSpace BD。

同じ宇宙ベンチャーでも、事業内容も会社のキャラクターも全く異なる。

 

しかし共通点から見えるメッセージは明確だ。

創業者は宇宙のバックグラウンドを持たない。

キラキラした夢物語の宇宙ではなく、ギラギラした宇宙ビジネス市場の可能性に惹(ひ)かれて会社を立ち上げた。

メンバーは技術もビジネスも好奇心旺盛に吸収していて、そこには文系・理系の壁はない。

それまで培ってきたプロのスキルとメンタリティを総動員すれば、誰でも活躍ができる。

宇宙ビジネスの門戸は、実は意外と広い。

 

宇宙ビジネスの世界を感じる一番いい方法は、人に会うことだ。

読者の皆さんは宇宙ベンチャーで働く人に会ったことはあるだろうか。

一度にたくさんの関係者に会える機会をぜひ提供したい。

12月13~16日に開かれるアジア最大級の宇宙ビジネスのイベント”SPACETIDE 2021 Winter in Nihonbashi”=一般社団法人SPACETIDE提供

私が運営に関わるSPACETIDEの年次カンファレンス”SPACETIDE 2021 Winter in Nihonbashi”が、12月13~16日に開かれる。

東京・日本橋で行われる、アジア最大級の宇宙ビジネスのイベントだ。

世界中からリアル&オンラインで業界関係者が集まるこの機会に、ぜひギラギラした宇宙ビジネスのリアルを感じていただきたい。

日本橋でお会いしましょう。

 

(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年10月15日に公開した記事を転載しました)