目次
コロナ禍による雇い止めやシフト減で、特に非正規雇用の女性の困窮が報じられています。
そんな中、女性エンジニアを育てるためのプログラミングスクール「Ms.Engineer」(ミス・エンジニア)が設立されました。
代表のやまざきひとみさんは「女性のキャリアに、エンジニアという選択肢を加えたい」と言います。
お話をうかがいました。
リモートワークが普及、女性の働き方に革命
――「Ms.Engineer」について簡単にご説明下さい。
ハイクラスのエンジニアを育てる、女性のためのオンラインプログラミングスクールです。
2021年4月に事業を立ち上げ、11月15日に1期生の講義が始まりました。
国内最難関とも言われるシリコンバレー式のスクール「コードクリサリス」(東京都港区)と提携し、同じカリキュラムを受講できます。
――事業を始めたきっかけを教えて下さい。
2020年春からのコロナ禍がきっかけです。
それまで自社でPRやマーケティング事業をやっていたのですが、企業の広告予算カットで仕事が減り、結構ひまになってしまったんです(笑)
何か新しい事業を始めたいと思っていました。
そんな時、コロナの影響で特に女性の雇用環境が悪化しているというニュースに触れ、衝撃を受けました。
女性の失業率が男性の何倍になったとか、女性の自殺率が上がったとか、いろんなデータが出てきたんです。
日本の女性は非正規雇用が多く、労働環境の悪さがコロナで浮き彫りになりました。
女性の雇用環境を改善するために、何か手はないかと考えたのがきっかけです。
もともと、新規事業をやるならリカレント教育(学び直し)などをやりたいと思っていました。
「人生100年時代」と言われる今、社会に出た時に想像していたよりも、働く期間はずっと長くなります。
どこかで学び直して、人生をアップデートして、長い期間にわたって働くことが求められると思います。
きっかけはもう1つあります。
私のパートナーはかつて営業職で、プログラミングスクールで学んでエンジニアに転身した人です。
コロナ禍以後、彼はほぼフルリモートで働いています。
2020年の春ごろ、世の中はまだ「出社する? しない?」みたいな状況でしたが、エンジニア職は8割がフルリモートになったと言われています。
出社していた時より充実した彼の様子を見ていて、リモートってすごく働きやすそうだと思ったんですよね。
そこで、実はこの働き方は女性にこそ向いているんじゃないかと思いました。
リモートワークの普及は、多くの女性にとって革命的なできごとだと思います。
通勤時間が減ったことで、時短からフルタイム勤務に戻す人もいるそうです。
他にも、例えば出勤用の服を買ったり、入念に身だしなみを整えたり、今までほどしなくてもいい。
この小さな積み重ねが、体力や時間の余裕を生みます。
リモートが広がると、女性の働き方の幅もすごく広がるんです。
――「エンジニア=理系=男性」というイメージがあります。女性でエンジニアに向いている人は多いのでしょうか?
興味をお持ちいただいた女性から「理系じゃないけど大丈夫ですか」と、ほぼ100%聞かれます(笑)
でも、文系・理系は関係ありません。
文系出身で活躍しているエンジニアもたくさんいます。
この事業を立ち上げる際、女性エンジニアにインタビューをさせてもらったんですけど、みなさんすごくかっこいいんですよ。
プロフェッショナルとしての自負を持って働いていて。
「Ms.Engineer」の共同創業者は、お子さんが3人いる女性エンジニアです。
彼女は「この先、長く育休をとっても、仕事はなくならないと思う」と言っています。
女性は結婚や出産でライフステージが変わりやすいので、働き方の自由度が高いエンジニアは最適だと思います。
知識ゼロでも大丈夫。ライブの授業で学びやすく
――「Ms.Engineer」の特徴や、他のプログラミングスクールとの違いを教えて下さい。
まずカリキュラムがすごく難しいんですよ。
シリコンバレーから持ってきた厳しいプログラムです。
日本の一般的なプログラミングスクールは、オンデマンド方式が多いんです。
つまり、自分でクラウド上のビデオやテキストを見て、問題を解いて、インストラクターとチェックしていくような形式です。
でも、これだと自分で学ぶペースを作る必要があるんですね。
「Ms.Engineer」はオンラインですが、全てライブの授業形式でやるんです。
時間になったら着席して、Zoomのカメラをオンにして授業を受けます。
遅刻も欠席もNGです。
女性だけのクラスで、みんなで同じ授業を受けるので、一緒に学ぶ仲間ができます。
学ぶプレッシャーが適度にかかるのもいいところです。
何かを学ぶ時に一番難しいのは、自分の意思で時間を確保することです。
でも「Ms.Engineer」では授業時間が先に決まるので、学ぶペースを自分で作る必要がありません。
難しいプログラムでも学び続けやすい環境を提供しています。
――他の受講生とつながれるコミュニティの側面もあるのですか?
(チャットツールの)Slackでコミュニティができていて、半永久的にアクセスできます。
卒業後も毎週、オンライン自習室が開かれています。
Slackで「今から自習室開きます」って誰かが言って、みんなでZoomをつなぐんです。
ただZoomをつないで、それぞれ自分で勉強して、たまに雑談するだけなんですけど。
生徒さんが自主的に始めたものです。
社会人になってから、学びに対して前向きな仲間ができるのはすごくポジティブな経験ですよね。
いま女性でプログラミングを本気で学びたいと考えている人って、センスがよく、情報感度も高い方ばかりなので、すごくいい仲間ができると思います。
それに、女性だけなのにダイバーシティーがあるんです。
年齢層は20代から50代までいて、職種もバラバラで。
「自分の世界の外にこんなポジティブな女性がいたんだって驚きました」とおっしゃる方もいました。
――プログラミングの知識が全くない人でも大丈夫ですか?
大丈夫です。
9割ほどが「本当に何もわからないです」という方なので。
タイピングができて、ZoomやSlackにアクセスできれば問題ありません。
5週間の基礎コースを受けていただくと、JavaScriptなど技術の基礎コンセプトを理解できて、ホームページを組めるくらいのレベルになります。
その後、3カ月の応用技術コースを卒業すれば、即戦力として転職できるレベルを目指せます。
――やまざきさんご自身は、エンジニア経験はないんですか?
ありません。
もともとIT業界にいたので、サービス開発でエンジニアと仕事をすることはあったんですけど。
本格開校を前に、今年4月に0期生の講座を開きました。
実は私も一緒に5週間の基礎コースを受けたんですよ。
忙しくて時間がないのに、宿題がなかなか解けなかったりして、5週間で2回泣きました(笑)
でも終わってみると、できることが増えていて楽しかったですね。
――1期生の募集は予定より早く締め切られました。女性でエンジニアになりたい方がそれだけ多いということですか?
キャンセル待ちのまま、空きが出なかった方もいらっしゃいました。
事業アイデアを出した時には「女性でエンジニアになりたい人、いないでしょ」と言われることもあったんですが、全然そんなことなくて。
「プログラミングを学びたいと思っていました」という方が多く、想定以上にお問い合わせをいただきました。
今後は積極的に事業拡大したいと思っています。
11月15日に1期生が始まりましたが、年明けに2期を始めます。
その後も生徒さんの数を倍々で増やす計画です。
「女性も使うプロダクトを男性だけで作る」でいいのか
――どんなタイプの人がエンジニアとして活躍できるのでしょうか?
1つは探究心がある人です。
テクノロジーは進化のスピードが早いんですよね。
プログラミング言語にも種類や流行があって、すごい勢いで変わっていくので、常に学び続けないといけません。
「こうしたら、これを作れるんじゃないか」と自ら深掘りすることを楽しいと感じられる人は向いていると思います。
もう1つはものづくりにやりがいを感じる人ですね。
エンジニアはプロダクト開発やサービス開発をすることが多いので、例えば「アプリを触る人にとって、どうなれば便利かな?」と考えながらプロダクトを作れる人は、向いていると思います。
――女性だからこそエンジニアになるべき理由はありますか?
「女性ユーザーも使うプロダクトを、男性だけで作っている」ケースはまだまだ多いんです。
エンジニアに占める男性の割合が多いのが原因です。
女性の視点も取り入れた方が、よりよいものを作れる可能性が高まると思います。
実際、女性エンジニアを増やしたい企業は増えているんです。
ダイバーシティーにあふれたチームで事業を作ることが求められる時代に、エンジニアが男性だけでいいのか、という風潮は今後強まると思います。
――企業が女性を求めているのに、なかなか女性エンジニアが増えないのはなぜですか?
1つは転職を考える女性の頭に、エンジニアという選択肢がなかなか浮かばないからです。
これは私たちの役割でもあるんですが、「エンジニアは男性がなるもの」という先入観をなくしていくことが大事ですね。
もう1つは、企業側が未経験者を採用しないからです。
女性エンジニアを採用したい企業は増えているのに、いざ採用する段階になると、経験者を採るんです。
それで「女性エンジニアがいない」と言っている。
でも、未経験者を採用しない限り、女性エンジニアの数は増えません。
企業側が未経験者を採用して、業界として女性エンジニアを育成するコストをかけるべきです。
未経験女性を生かした組織づくりをしてもらえるよう、私たちも、採用したいと思われるエンジニアの育成に本気で取り組みます。
――女性がキャリアを考える際、エンジニアが選択肢に上がらないのはなぜですか?
今は女性が働き方をアップデートすることに対して、保守的になっていると思うんです。
転職を考える女性で「年収が上がらなくてもいい」という方は多いそうです。
収入アップは半分諦めていて「年収が下がってもいいから働きやすくなりたい、拘束時間を短くしてほしい、リモートワークにしてほしい」という。
でも女性自身がもっとポジティブな選択をしていいと思うんです。
働きやすさも手に入るし、収入も上がるし、仕事自体も楽しくなるという選択を。
もっと楽しく幸せに働く選択肢がまだまだ日本にあるんだ、と思ってほしいです。
「男女比半々、実力評価」が入社の決め手に
――これまでのキャリアについてうかがいます。新卒でサイバーエージェントに入社されました。選んだ決め手は何ですか?
その頃は、大手企業を受けても男女の採用比率が決まっているのが普通でした。
男女比8対2とか7対3とか。
説明会で「女性は一般職です」みたいなことも当たり前に言われて。
私はおかしいなって思っていました。
少ない方の2~3割に入っても、「同期の男性を超えなきゃいけない」みたいな変なベクトルで頑張ることになりかねないなと。
男女の採用比率が平等で、フラットに実力で評価してくれる会社を探していたら、サイバーエージェントに行き着きました。
「男女比5対5です。実力で評価します」と公言していたので。
――約8年のサイバーエージェントでの経験で、今の事業に生きていることはありますか?
2年目に「アメーバピグ」という仮想空間のアバターサービスの立ち上げ事業を、プロデューサーという立場でやらせてもらいました。
事業の立ち上げをたくさんやる会社だったので、8年間で20事業くらい経験しました。
アメーバピグはすごく当たったんですけど、それ以外はほとんどつぶしていて(笑)
失敗の経験をたくさんさせてもらえたのは、めちゃくちゃありがたいなと思っています。
――サイバーエージェントを退社して、2016年には起業。今年4月からは「Ms.Engineer」の事業をされています。現在の仕事はどうですか?
今、めちゃくちゃ楽しいです。
起業して6年くらいですが、今まではPRとマーケティング中心でした。
事業を一から興したのは、実質的に今回が初めてです。
よく「若いうちに事業を興さないと遅い」と言われます。
私は37歳で、女性で、典型的なパターンとは違うかもしれません。
それでもしっかりした事業アイデアがあれば、応援してくれる人は多いです。
日本のスタートアップはすごくいいなと思います。
人生を変えようと頑張る人が報われる社会に
――「IT業界のジェンダーギャップ解決」を掲げていらっしゃいます。問題意識を持つようになった原体験のようなものはありますか?
実はジェンダーギャップで苦しんだことはあまりないんです。
私はシングルマザーなんですけど、母も叔母もシングルマザーで、しかも生まれる子も全員女っていう(笑)
お正月に集まると女しかいない女系家族なんです。
さらに女子校出身で、女社会で育ってきたんですけど、すごく楽しくて。
男女いる中で働くようになっても、女性であることをコンプレックスに感じたことはなくて、むしろ女に生まれてよかったと思っています。
ただ、子どもを産んでみると、女性ならではの負荷があって、ジェンダーギャップに苦しむ人がいることも、より見えてきました。
私は、女性みんなが「女に生まれてよかった」と思える社会になればいいなと考えています。
「ブルゾンちえみ形式」って呼んでるんですけど(笑)
――女性が働きやすい環境づくりに、「Ms.Engineer」はどう貢献していきたいですか?
「Ms.Engineer」のミッションは、日本の女性の雇用環境を改善し、IT業界のジェンダーギャップを解決することです。
私たちの事業に求められるのは「自分の人生を好転させよう」「仕事を通じてよりよい生き方をしよう」という意志がある女性たちに対し、選択肢を用意することだと思っています。
今は、女性の雇用環境に閉塞感が漂う一方、みんなが「エンジニアが足りない」と言っている状況です。
その中で「この手があったか!」という一手が「女性がエンジニアになる」という道だと思っていて。
私は、本気でやらないと人生は変わらないと思っています。
だから「Ms.Engineer」のカリキュラムはめちゃくちゃ難しいです。
ただ、本気でスキルを身につけようと思った人の人生は好転すべきだ、とも思います。
学び直したいと思った人が報われるような社会にしていくために、意志ある女性をサポートしていきたいです。
プロフィール
やまざきひとみ。1984年生まれ。東京都出身。2007年にサイバーエージェント入社。「アメーバピグ」立ち上げプロデューサー、大人女性向けキュレーションメディア「by.S」編集長などを担当し、2015年に独立。2016年にHINT inc(現在は株式会社アタラシイヒ)を設立し、代表取締役に就任。女性向けメディア「C CHANNEL」編集長などを経て、2021年4月より「Ms.Engineer」代表。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年11月17日に公開した記事を転載しました)