連日完売のラーメン自販機 渡辺中華製麺3代目が2食350円にした理由
徳島県徳島市の「有限会社 渡辺中華製麺」は1951年創業の製麺所です。3代目社長である渡辺貴大(たかひろ)さん(42)の祖父が創業。「徳島ラーメン」の麺の屋台向け販売から始め、ラーメン店や中華料理店にも販路を広げました。経営は長年順調でしたが、2020年以降の新型コロナ禍で売上が激減。祖父や父の思いが詰まった会社を守るため、新たな売り方で業績回復に挑む3代目を追いました。
徳島県徳島市の「有限会社 渡辺中華製麺」は1951年創業の製麺所です。3代目社長である渡辺貴大(たかひろ)さん(42)の祖父が創業。「徳島ラーメン」の麺の屋台向け販売から始め、ラーメン店や中華料理店にも販路を広げました。経営は長年順調でしたが、2020年以降の新型コロナ禍で売上が激減。祖父や父の思いが詰まった会社を守るため、新たな売り方で業績回復に挑む3代目を追いました。
目次
「渡辺中華製麺」は吉野川の河口近くにある小さな製麺所で、現在パートを含む10人が働いています。創業当初は家族経営で、屋台向けの徳島ラーメンの麺だけを作っていました。
その後、渡辺さんの父で、現在は取締役として製麺所をサポートする廣司(ひろし)さん(71)が2代目社長に就任。販路を広げようと、ラーメン店や中華料理店に営業をかけました。麺の種類を増やしたほか、彼らが必要とするギョーザの皮の製造を始め、麺と一緒に売り込みました。これが奏功し、新しい取引先を大きく増やすことができたのです。
渡辺さんの子ども時代、製麺所の定休日は日曜だけで、大みそかと正月三が日の4日間が唯一の連休でした。連休中は家族旅行が恒例行事で、渡辺さんにとって大きな楽しみでした。「もっと家族で過ごす時間がほしい」という思いはあったものの、懸命に働く父の姿が誇らしかったといいます。
渡辺さんは大学卒業後、神戸市内のIT企業に就職し、保守などの業務を担当していました。3人兄弟の長男だったこともあり、「いつか実家に戻って家業を継ぐことになるかもしれない」とぼんやり考えることはありました。ただ、神戸での生活が気に入っていたこともあり、当面戻る気はなかったそうです。
「幼い頃から見てきましたが、製麺所の仕事は早いと午前3時に始まります。午前10時頃に製造が終わると、その後は営業です。休みがありません。家業を継ぐなんて絶対に無理だと思っていました」
神戸での暮らしや、早番・遅番のシフト勤務にも慣れた社会人4年目。2代目として製麺所を切り盛りしていた父が倒れたとの一報を受け、帰郷することになります。2007年、27歳のときでした。
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父は重症で、働けない状態でした。帰郷した渡辺さんは父の役割を引き継ぎ、ただちに工場に入って仕事を覚えようとしました。しかし、簡単ではありませんでした。
「長年働いてきたスタッフの方々と、やがて快復した父に教わりながら、どうにか少しずつ仕事を覚えることができました。当時は無我夢中です。生活がかかっていましたし、『朝早いのが無理』なんて言っていられませんでした」
いざ家業に入ってみると、早起きにはすぐに慣れたといいます。シフト制の職場で、生活リズムが不規則だった会社員時代に比べ、むしろ健康的な暮らしになったそうです。
「でも製麺所の仕事は予想通りハードです。平日は午前4時から、土曜日は午前3時から麺を作り、その後は営業に出ています」
麺の注文は配達の前日まで受け付け、ラーメン店や中華料理店などに届けています。
「実は、受けた注文を忘れて怒られた経験があります。私の中で最大の失敗です。今ではすぐメモを取るようにしています。来客中に注文の電話が来たり、立て続けに電話が鳴ったりすることもありますから」
定期的に注文してくれる顧客が多いため、本来の配達予定日の前日になっても注文がない場合、渡辺さんから電話をかけ、注文忘れがないか確認します。
「コロナ禍でだいぶ減ったとはいえ、配達では1日に何十店も回ります。スタッフは早いと午前8時過ぎには工場を出て、決まったルートで商品を届けます。配達当日に電話をもらっても間に合わないのです」
渡辺さんが3代目に就いて以降、多少の波はあったものの、売上は右肩上がりで伸びていました。取引先の紹介で、多くの新規顧客を開拓できたからだといいます。麺を扱う飲食店が徳島県内に増えたことも一因だそうです。
ところが、2020年春以降の新型コロナ禍で、大きな打撃を受けます。取引先の飲食店が休業や時短営業となり、売上が2~3割減ってしまったのです。
このままでは経営が行き詰まりかねない――。悩んだ末に「祖父と父から引き継いだ製麺のノウハウや工場を守りながら、新しいことにチャレンジしなければ」と思い至ります。
「それまで主な販売先はラーメン店や中華料理店でした。一般の方への販売は、事前注文して工場で受け取る場合に限っていたため、数としては微々たるもの。一般の方には開拓の余地があると考え、麺のネット販売を始めたんです」
ウェブ関係の仕事をする友人に頼んでECサイトを立ち上げ、2021年8月ごろ、麺のネット販売を始めました。先代から受け継いだ徳島ラーメンを中心に、徳島名産のすだちを練り込んだ「すだち麺」、季節限定の「冷やし中華セット」などを展開しています。スープ付きです。
製造はすべて手作業のため、各種1日10セットの限定販売。扱える量は少ないものの、県外の方にも特製の麺を味わってもらえる点が魅力といいます。
中でも徳島ラーメンの麺は、スープが浸透して柔らかい表面と、コシのあるもっちりした食感が特徴。ネットで購入した人からうれしいメッセージが届くこともあります。
「特に最初のうち、ネット販売は大変でした。父はパソコンの知識がありません。問い合わせや注文への対応、商品の梱包や発送は、私が一貫して担当しています。工場が忙しいとつらい時もありますが、商品を買っていただけるのは、やはりうれしいです」
21年12月には自動販売機での麺の販売に乗り出しました。「そもそも自動販売機を設置したい場合、どこに問い合わせればいいのかも分からず、苦労しました」と渡辺さんは言います。
知人に聞くなどして調べるうち、知り合いの業者が自販機を取り扱っていることが分かりました。ただ、6年間のリース代は新車が買えるほどの金額です。他にも電気代や麺の材料費がかかります。商品を補充する車のガソリン代も必要です。
それなのに、自販機で販売しているラーメンは2食入り350円からと破格の安さです。この価格設定には渡辺さんの強い思いがありました。
「なるべく多くの方に買ってもらいたい、コロナの影響で外食ができない方にも食べてほしいという気持ちがあるんです。ただ、1か月に500個は売らないと赤字です」
自販機で売るラーメンは「リーズナブルなのに品質が高い」と評判で、曜日や時間帯によっては、ほとんどの商品が売り切れていることもあります。それにしても月500個売らないと赤字とは、薄利すぎるように思えます。値上げは考えないのでしょうか。
「仕入れている小麦は21年と22年春の2回、値上がりしました。今後さらに上がるとも言われています。それだけに、この価格での販売は難しい挑戦だと自覚しています。ですが、コロナ禍の厳しい環境だからこそお客様の開拓が必要ですし、お子さんが多い、祖父母と同居といった大家族の方にも気軽に食べていただきたいのです」
自販機の存在を知ってもらうため、設置直前の21年12月上旬からインスタグラムを使って情報発信を始めました。インスタグラムの利用経験はありませんでしたが、新規顧客を獲得するため、現代では欠かせないツールだと判断しました。また、それまで考えたこともなかった新聞の折り込み広告を出すため、ハガキサイズのチラシも作りました。
「SNSでは若年層から現役世代に、新聞のチラシでは現役世代からご年配の方にアプローチしたいです。新しいお客さんを獲得できなければ、いずれは頭打ち。やれることは全部やる覚悟です」
コロナ禍では多くの中小事業者が経営難に陥りました。原材料の値上がりといった逆風も続きます。渡辺さんはこれからの時代をどう生き抜こうとしているのでしょうか。
渡辺さんは、「徳島ラーメンの麺一本」から麺の種類を増やし、ギョーザの皮の製造にも乗り出した父を例に挙げ、「守るべきは守り、変えるべきは変える柔軟さが必要」と話します。
「コロナ禍に限らず、今後も何があるか分かりません。生き残るために、常に新しい顧客層にアプローチすることが大切だと思います」
2代目社長の父と肩を並べて仕事に励み、落ち込んだ売上も徐々に回復しているといいます。今度はどんな新しい取り組みを見せてくれるのでしょうか。
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