目次

  1. 消防士と警察官を経験
  2. 父の急逝で突如社長に
  3. 見えてきたオンリーワンの強み
  4. やるしかなかった値上げ交渉
  5. 打ち手を増やして筋肉質な会社に
  6. 横のつながりでドライバーを手配
  7. 新たな収益確保にも挑戦
  8. 利益を従業員に還元
  9. 影響を「もろに受けた」燃料費高騰
  10. 『ユニック車と言えば需光』を目指して

 1979年に創業した需光の広い駐車場には、見上げるほど大きなユニック車が並んでいます。保有するトラックの数は特注の12トンユニック車8台を含む18台。20人(うちドライバー15人)の従業員が在籍しています。主に建築関連の会社から依頼を受け、足場材や鉄筋、側溝や橋脚に使うコンクリート製品などの重量物を、資材倉庫から工事現場まで、近畿一円で運搬し続けています。

資材を積み込んだユニック車

 村田さんは幼い頃、常々家業の大きなトラックを見ては「かっこいいな」と思っていました。兄と姉がいるため後を継ぐことを考えたことはなく、親からも何も言われませんでした。

 大学卒業後、将来家業に入る可能性を考え、いったんは運送会社に就職しますが、業務内容に物足りなさを感じ退社。その後、三重県で消防士として3年間働き、大阪へ移住する必要ができたことから警察官に転職します。交番勤務からスタートし、生活安全課でいわゆる闇金や、銃刀法違反などさまざまな事件の対応にあたりました。

 やがて徐々に自分でビジネスを始めたいと考えるようになった村田さんは「何か事業を始めるなら、運送とは別のこととしてもとりあえずうちの会社にこい」という父の言葉により、2013年に家業に入りました。

 入社してから1年後、父が急逝します。村田さんよりも先に入社していた兄には会社を継ぐ意思がなかったため、村田さんが2代目社長に就任しました。

 「継ぐことに対する不安はありましたが、とにかくやるしかないので、何から始めようということで頭がいっぱいでした」と振り返ります。

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