「このままでは赤字転落」 運送業「需光」2代目が踏み切った運賃値上げ
大阪府枚方市にある運送会社「需光」の2代目・村田道秀さん(44)は、消防士や警察官を経験してきた異色の経歴の持ち主です。父である先代の急逝で突然社長を継ぐことになりましたが、自社の強みを見つめ直して運賃の値上げに踏み切りました。新たな収入源の模索などさまざまな取り組みも行い、業績を大幅に伸ばしています。
大阪府枚方市にある運送会社「需光」の2代目・村田道秀さん(44)は、消防士や警察官を経験してきた異色の経歴の持ち主です。父である先代の急逝で突然社長を継ぐことになりましたが、自社の強みを見つめ直して運賃の値上げに踏み切りました。新たな収入源の模索などさまざまな取り組みも行い、業績を大幅に伸ばしています。
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1979年に創業した需光の広い駐車場には、見上げるほど大きなユニック車が並んでいます。保有するトラックの数は特注の12トンユニック車8台を含む18台。20人(うちドライバー15人)の従業員が在籍しています。主に建築関連の会社から依頼を受け、足場材や鉄筋、側溝や橋脚に使うコンクリート製品などの重量物を、資材倉庫から工事現場まで、近畿一円で運搬し続けています。
村田さんは幼い頃、常々家業の大きなトラックを見ては「かっこいいな」と思っていました。兄と姉がいるため後を継ぐことを考えたことはなく、親からも何も言われませんでした。
大学卒業後、将来家業に入る可能性を考え、いったんは運送会社に就職しますが、業務内容に物足りなさを感じ退社。その後、三重県で消防士として3年間働き、大阪へ移住する必要ができたことから警察官に転職します。交番勤務からスタートし、生活安全課でいわゆる闇金や、銃刀法違反などさまざまな事件の対応にあたりました。
やがて徐々に自分でビジネスを始めたいと考えるようになった村田さんは「何か事業を始めるなら、運送とは別のこととしてもとりあえずうちの会社にこい」という父の言葉により、2013年に家業に入りました。
入社してから1年後、父が急逝します。村田さんよりも先に入社していた兄には会社を継ぐ意思がなかったため、村田さんが2代目社長に就任しました。
「継ぐことに対する不安はありましたが、とにかくやるしかないので、何から始めようということで頭がいっぱいでした」と振り返ります。
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当時の経営状況は借金こそほとんど無かったものの、売り上げは落ち、利益もほとんど出ていない状態でした。村田さんは後から知るのですが、父が亡くなる1年前には、父と専務で「今なら借金も返せて、誰にも迷惑かけずにすむ。もう畳もうか」と話していたほどでした。
経営のことは何も知らず、引き継ぎもないまま社長に就任した村田さん。まずは、それまでに見たことのなかった決算書をもとに財務内容を把握することから始めました。
利益がほぼなく、減価償却もまともにできていない状況に「このままではかなりまずいな」と思いました。
改めて自社を見直した村田さんは、父が残してくれたいくつかの強みに気づきます。たとえば、さまざまなサイズのユニック車を取りそろえていることです。
特に、20年ほど前に父が研究・開発した「積載量を変えずに長さを短くした特注の12トンユニック車」を複数台保有していることは大きな力になりました。
4トン、8トン、10トンのユニック車を保有している運送会社は多くありますが、全長の短い12トンユニック車を保有している会社は需光以外にはほとんどありません。この車両は同じ積載量のものと比べて長さが短く、ホイールベースも狭いため、狭い場所でも楽に入れます。
一般的な10トン車が進入できない狭い場所に20トン分の資材を運送するとき、8トンユニック車(積載量は約7トン)であれば3台必要です。けれども、この特注車両であれば2台ですみます。
「当社の単価が少々高くても、8トンユニック車を3台頼むよりは圧倒的に安くなるので、お客様にとっては大きなメリットです。そういったところが当社の強みであり、お客様が離れていかないところかもしれないですね」
また、他社が断るような難しい仕事も引き受けてきました。先代社長の「できない理由を考えるより、できる方法を考えよう」という考えは従業員にも根づいています。技術力とアイデアで難しい運送をやり遂げてきたことが、長年の顧客からの信頼につながり、業界内で「困ったときの需光」という独自のポジションを築くことに成功していたのです。
しかし、村田さんが継いだころは価格競争に巻き込まれ、運賃は適正とは言えないほど下がっていました。運賃の低さに加えて、燃料費の高騰や、新しいドライバーの確保が難しい状況にも直面していました。
「このまま顧客離れを懸念し安い運賃を続ければ、赤字転落は明白。十分な賃金の捻出も難しい。仕事はあっても、運転手を確保できないことで業務の継続は難しくなる。ならばいっそ恐れずに運賃を上げよう」と村田さんは腹をくくります。
社長就任から3年たった2017年。建設会社やリース会社などほぼすべての取引会社に対し、10%前後の運賃の値上げを切り出しました。
「社内では値上げについて反対はなく、すべてを任せてくれました。それまで値下げをすることはあっても、値上げをすることはありませんでした。運賃を上げるとお客様が離れると考えていたでしょうし、(長年のつきあいで)言いにくいのもあったと思います。当時の私にはそういった関係性がなかったので、決断できたのかもしれません」
実際に顧客離れの不安はなかったのでしょうか。
「もともと運賃にかかわらず、とりあえず運んでほしいというスポット(単発)依頼の顧客が多かったことや、オリジナルの特注車両を保有していることなどから、大量の顧客離れはないと予想していたものの、やはり不安はありましたよ。ただ、それでもやるしかない状況でした」
交渉の結果、多少の調整はありましたが、ほとんどの顧客が値上げを受け入れてくれました。受注が大きく減ることもありませんでした。
値上げ交渉を振り返り、村田さんはこのように話しています。
「値上げを成功させるコツはありません。自助努力を最大限にしたうえで、現状を説明し正直にお願いしただけです。あとは、今までに父や従業員のみんなが築きあげてきた信用が大きかったと思います。当時はアベノミクスで景気が良く、インバウンドが好調でホテルの新築案件も多くあり、建設業界が盛り上がっていた時期でした。のみ込んでもらいやすいタイミングだったこともあると思います」
また、交渉を通じてこのようなことも感じたそうです。
「お付き合いを重視してくれるお客様がたくさんありました。運賃を把握していないお客様もいて、それだけ当社のことを信用してくれていると感じました。思っていた以上に信頼を得ていたのだと思いましたね。それと、『よその会社はドライバーの入れ替わりが激しいけど、需光さんはみんな長いもんね』と従業員を気に入ってくださるお客様もいて、人材に恵まれていることも実感しました。当社には長く勤めている者が多く、一番長い者で40年以上勤めてくれています。技術的な面でも安心して任せられます」
値上げだけではなく、他にもさまざまな取り組みを行った結果、村田さんの社長就任から約8年間で売り上げは約2.6倍になり、利益率も大幅にアップしました。
売り上げ拡大の取り組みのひとつが、顧客開拓の工夫です。資材置き場を持っている顧客が多いことからGoogle Mapの航空写真を活用し、普通に走っていては見つけられないような場所にある倉庫を見つけ出し、手当たり次第に飛び込み営業をしていきました。
「『よう見つけたな、初めて飛び込み営業が来たわ』と笑われたこともありますが、そこから取引につながったお客様もたくさんいます」
地道な営業活動を続けてきた結果、就任当初は200社程度だった取引先が、今では300社を超えました。ひとつの取引先に大きく依存することなく、バランスよく色々な会社から依頼を受けていることが、売り上げの安定につながっています。
それまでは経費削減のためにあまり使っていなかった有料道路も、必要に応じて積極的に活用。配送時間が短縮されたことで、回転率がアップしました。利益に大きな影響を与える燃料代についても、燃料会社と交渉を重ねて10%ほど安くすることに成功しました。
新規顧客の開拓で運搬依頼は増えていますが、慢性的なドライバー不足により全ての依頼をこなせないこともあるといいます。
ドライバーは居住地域で働くことが多いことから、村田さんは求人するにあたり一般的な広告媒体への掲載以外にも、趣味のテニスを通じて知人に声をかけるなどしてきました。今も、夜の街へ出かけては店のマスターやお客さんに声をかけています。
また自社で受けきれない依頼があった場合、以前は断っていたのですが、村田さんが社長についてからは五つある協力会社に庸車を依頼するようになりました。
「当社で引き受けて手配することができれば、お客様は安心されますし、他の会社を探す手間も省けます。次回も当社にご連絡をいただきたい、『困ったときは需光』と思っていただきたい気持ちでやっています」
そのため父の代では一切なかった、同業他社との繋がりを大切にするようになり、業界団体の会合にも積極的に参加し交流を深めています。
一連の努力が実り、財務が安定してくるにつれ金融機関との関係性も変わってきました。現在は、ただ融資を受けるだけではなく、さまざまな情報の提供を受けています。
「大きな商社との取引が始められたのも、財務の安定があってこそかと思います。」
運送業務以外の収入も確保しようと、新たな取り組みも始めています。運送業の顧客が建築関係のため、電動のこぎりといった工具や資材などを仕入れ、顧客向けの販売業務を始めました。
また、社員寮を兼ねた不動産賃貸業も新たに始めています。他にも、トラックの荷台からの転落事故を防止するための独自の安全設備を開発。2022年度中の特許取得と商品化を目指しています。
会社が成長する中で、従業員の待遇改善も進めました。給料アップはもとより、年1回だけだったボーナスを年2回に増やしました。従業員が万が一ケガをしたときのために、労災の上乗せ保険もはじめました。
休憩室を居心地の良い空間にするために、誰でもいつでも飲食できるコーヒーやカップラーメンを常備し、広いソファやビリヤード台を置くなど、従業員が休憩中にゆっくり休め、楽しんで過ごせるように工夫しています。加えて、従業員の家族が一緒に参加できるレクリエーションも行っています。
「昔なら従業員の希望を叶えるためにそこまでの経費が捻出できませんでしたが、今はできるようになりました。従業員の居心地が少しでもよくなるように、待遇面の改善を続けています」
燃料費が再高騰している今、村田さんは「影響をもろに受けている」と話します。前回の値上げから5年、再度の値上げをしなければならない状況となり、2022年の年初から順次交渉を行っています。
「最近では自社トラックを所有している顧客でさえ、ドライバー不足のため当社へ依頼することが増えてきました。人材確保は業界をあげての喫緊の課題の一つです。高騰する燃料費と併せて、自助努力だけでは対応しきれなくなってきました。こういった状況を丁寧に説明し、お客様にはご理解ご協力をお願いしているところです。今後も運送会社として生き残るためには、都度、適正な料金をきちんと収受していくことが必須条件かなと思っています」
同じような境遇にある後継者に、「まずは現状を把握すること。自分の会社の財務、強み、弱み、社員のことをきちんと理解することが大事だと思います。それと同時に、お客様についても分析していけば、何か見えてくるものがあるのではないでしょうか。また本当に経営に行き詰まったときには『ここまでして無理なら仕方がない』との覚悟を持ち、開き直って思い切ったことをしてみては」とエールを送ります。
今後については、「基本的には臆病なので、先行投資で台数や人数を増やしていくことはせず、今まで通り身の丈にあった形で、少しずつ確実に規模を大きくしていきたいと思います。シェアを広げていき、お客様からは『ユニック車と言えば需光』、ドライバーからは『需光で働きたい』と言われるような会社にしていきたいですね」と意気込みを語ります。
従業員や顧客を大切にしながら、できることを一つひとつ、タイミングを逃さず的確に行ってきた村田さん。これからも前を向いて、堅実に誠実にチャレンジを続けます。
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