砂丘の北条ワインを襲った三つの危機 3代目はブドウ畑を広げて再建へ
1943年創業のワイナリー「北条ワイン醸造所」(鳥取県北栄町)は、3代目で専務の山田和弘さん(45)のもと、後継ぎだった兄の逝去や鳥取県中部地震による廃業危機、ワインの地名表示ルールの厳格化という三つの危機に、PR戦略やブドウ畑の拡張などの積極策で立ち向かいました。妻がウクライナ出身であることから同国への支援ワインも発売。前向きに再建への歩みを進めます。
1943年創業のワイナリー「北条ワイン醸造所」(鳥取県北栄町)は、3代目で専務の山田和弘さん(45)のもと、後継ぎだった兄の逝去や鳥取県中部地震による廃業危機、ワインの地名表示ルールの厳格化という三つの危機に、PR戦略やブドウ畑の拡張などの積極策で立ち向かいました。妻がウクライナ出身であることから同国への支援ワインも発売。前向きに再建への歩みを進めます。
目次
ワインの国内生産は山梨県、長野県、北海道、山形県の四大産地が有名ですが、小規模生産地も点在しています。
その一つが鳥取県北栄町で、海沿いの砂丘地帯にブドウ畑が作られています。水はけが優れた土壌で高品質のブドウが生育します。
北条ワイン醸造所は同町で唯一のワイナリーです。従業員18人を抱え、年間8万〜9万本(720ミリリットル換算)のワインを生産。年間の売上高は約1億円になります。
売れ筋は最上位ブランドの「砂丘」です。良いブドウが収穫された年にだけ製造されている特別なワインで、赤にはカベルネ・ソーヴィニヨン、白にはシャルドネといった品種がそれぞれ用いられており、最低でも3年は熟成させてから出荷しています。
「柔らかく繊細で、果実味と酸味のバランスがとれた味わいを目指して仕上げています」と醸造責任者でもある3代目の山田さんは説明します。
山田さんによると、砂地に作られたブドウ畑は世界的にも珍しいといいます。「夏になると太陽光の照り返しで靴底のゴムが溶けるほどの暑さになり、ブドウの実の凝縮が一気に進みます。このブドウでワインを作るとしっかりした味わいに仕上がります」
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ブドウの実が育つ7、8月の鳥取県の日照時間は四大産地と同等の長さです。冬は一転、豪雪地帯となり、ワインの品質を損ねるブドウ畑の菌を雪が一掃するといいます。「北栄町はワイン生産の最適地と言っても過言ではありません」
中学時代の和弘さんは太宰治にあこがれる文学少年でした。7歳上で長兄の章弘さんが家業の後継ぎに決まっていましたが、次男の和弘さんも幼少期から手伝ってきたワイン造りには愛着を感じていたそうです。
「山積みのブドウに囲まれ、昼夜問わずワイン蔵で働く大人たちの様子が私の原風景です。ブドウのつまみ食いを楽しみにしながら、畑仕事や仕込みを手伝ってきました」
和弘さんは高校卒業直後から、家業で働き始めました。当時、フランスでワイン造りの修業をしていた章弘さんから、国際電話で「お前の力が必要だ」と強く求められたのが決め手になりました。
「技術を習得するには経験を早く積んだほうが良いと思い、家業ですぐに働き始めました。幼いころから現場を見て、ワイン造りの奥深さもわかっていました」
和弘さんは営業を一手に引き受けました。それは醸造責任者の章弘さんがワイン造りに集中できる体制を作るためでした。
和弘さんは他県の販路開拓に注力しました。一般的に酒類販売ではメーカーと小売店の間に問屋が入ります。ただ、和弘さんは取引先の問屋の8割が県内企業で占められていることに課題を感じていました。
鳥取県の1人当たりワイン消費量は、他の都道府県に比べると少ないとされているからです。「ワインの需要を見込める他県に打って出ることが必要と考えました」
他県での販路開拓は「地元のお酒を売らないといけない」という断り文句に悩まされます。営業先との距離感を縮めるために試みたのが、ちょっとしたあいさつを繰り返し、相手の困りごとを察する方法です。
例えば、ワインに限らず他社のお酒の在庫を確保したいという悩みがあれば、知り合いの仕入れルートを紹介しました。
オリジナルパッケージを要望されたときは、ラベルの細かな注文にも対応しました。「エッチング加工などの特殊技術が可能な事業者は限られますが、希望するお客様に協力会社を見つけてきました。小規模ワイナリーならではの小回りを生かし、ワインだけでなく私という人間を売り込みました」
現在、取引先の半数は県外の問屋が占めるようになりました。
経営は安定軌道に乗っていましたが、2011年に最初の危機が訪れます。章弘さんが病に倒れ、和弘さんが醸造責任者に就任しました。
「醸造の業務も兼務してきたので必要な技術は私にもあり、ワイン造りの価値観も兄と一致していました。むしろ営業の業務を手放すまでが大変でした。幸い、良い人が入社してくれたので任せられましたが、あのままなら私も倒れていたかもしれません」
16年、闘病生活を続けていた章弘さんが他界します。「ワイン造りの師匠でありパートナー」だった兄を亡くした10日後、さらなる危機に襲われます。
マグニチュード6.6の鳥取県中部地震が発生。出荷待ちだったワイン5万本がほぼすべて割れてしまったのです。
「流れ出した液体がワイン蔵のなかでプールのようにたまり、水面の高さはひざ下ぐらいまでありました。すぐにもどうにかしたい衝動に駆られましたが、古い建物であるワイン蔵は倒壊が懸念され、立ち入ることもできずただぼうぜんとしていました」
その後の家族会議で、一度は北条ワイン醸造所の「廃業」という結論が下されました。しかし、和弘さんが踏みとどまることを主張し、最終的には存続することに。後押しとなったのは全国からの応援の声でした。
「廃業を社員に伝えるため、ある日の夕方、事務所を訪れたときのことです。デスクのうえに山積みになった応援の手紙を目の当たりにしました。一つひとつ読むうちに、事業継続のため汗をかく勇気が湧いてきました」
晴れやかな気持ちになってから、目に映る景色の意味が一変したそうです。
「畑を見るとブドウは収穫待ちの状態で、地震をものともせず元気に実っていました。地震によるけが人はゼロで、社員も全員そろっています。人と畑の二つがあればきっとやり直せると思いました」
和弘さんが被害状況を精査すると、タンクに瓶詰前だった約3万本分のワインが残っていました。「一種の縁起物として売り出すことにしました」
「仲が割れない」という願いをこめたスパーリングワインを7777円(税込み)で発売しました。「完売しても例年の売り上げには遠くに及びません。しかし、PRの機会をいただき、当社のファンが増えました。当面の運転資金は銀行融資で確保しました」
17年夏にワインの生産再開にめどをつけるまでの約1年間は、社員一丸となって復旧作業に汗を流しました。
「一番被害を受けたのが、製造や貯蔵を行うワイン蔵です。流れ出たワインや割れた瓶の処理だけで3カ月以上費やしたと思います。設備は多少直せば使える状態で、修理費用は被災企業を対象とした自治体融資のお世話になりました」
その矢先の18年、国産ワインの地名表示ルールの厳格化という3度目の危機に直面しました。
新ルールではブドウの収穫地名をラベルに表示する場合、表示地域内で収穫するブドウの割合が「85%以上」と定められました。しかし、北条ワイン醸造所のワインは当時、基準を満たしていなかったのです。
急激な厳格化は、同社以外の老舗ワイナリーも直撃しました。少子高齢化で農家の廃業が相次ぐなか、地域内で原料調達を完結させることは困難だったからです。従来のラベルが使えなくなるほか、ブランドイメージが大きく損なわれるため各社の対応が急がれました。
同社が取った策は自社農園の拡張で地域内原料の割合を増やすことでした。以前は約4ヘクタールだった自社農園の面積は、現在約20ヘクタールまで広げました。
資金は公的支援の活用でまかなったものの、ブドウ畑は50カ所に分散し、管理の人手不足に悩まされました。
解決に役立ったのが、機械化とデジタル化です。例えば、下草の処理は草刈り機からトラクターに変えて一瞬で終わるようになりました。
これまで紙ベースだった畑ごとの進捗管理では、手間がかかるうえに見落としが頻発していました。そこで「アグリノート」という営農支援ツールを導入し、進捗管理の負担を解消しました。「若手社員が増えていたので、機械化やデジタル化をどんどん導入できました」
「困難に立ち向かう中小企業」というテーマでの取材が増えたことも、採用にはプラスでした。「事業継続への思いが若者の心を動かしたのかもしれません」
和弘さんとともに歩んできたのが、パートナーのマリーナさんです。地域の英語学習会がきっかけで出会い、15年の結婚以来、さまざまな困難を一緒に乗り越えてきました。
マリーナさんはあらゆる業務のサポート役として活躍。「できることはなんでもやります。ワイナリーの一部という気持ちで頑張ってきました」と語ります。
22年2月に勃発したウクライナ侵攻に心を痛めるマリーナさんの力になったのが、ともに働く北条ワイン醸造所の従業員たちでした。売り上げの一部をウクライナ大使館に寄付するチャリティーワインの発売を企画してくれたのです。
マリーナさんは「私もチャリティーワインのアイデアはありましたが、会社に迷惑をかけられないので言い出せませんでした。みんなの気持ちがとてもうれしいです」と語ります。
同年3月、ウクライナ支援のチャリティーワインを発売。3千円(税込み)の価格のうち千円を寄付に充てています。売り出された7千本すべてが6日間で完売しました。
和弘さんは「戦争を商売に使っているという批判を受けるかもしれないと心配しましたが、多くの方に共感していただけました。販売継続を望む声が多く、4月29日には第2弾を発売しました。商売を度外視した企画ですが、会社の一体感の高まりを感じます」。
和弘さんは「完全に困難を克服できているわけではない」と言います。地震の影響で半減したワインの生産量も、以前の状態には戻っていません。
自社農園も広げましたが「十分な量を収穫できるようになるまでしばらく時間がかかる」と言います。
コロナ禍による店舗向け商品の売り上げ減も痛手でしたが、ウェブサイトをリニューアルし、インターネット直販をてこ入れしています。
「生産体制の立て直しが私の世代のミッションです。自分の好きなようにチャレンジできない歯がゆさはありますが、目の前の事態を打開するうちに必要な改革を進められているようです」
コロナ禍では、国内市場への依存解消が喫緊の課題として突きつけられました。3代目は「今までは輸出販売はほぼゼロでしたが、苦しいなかでも海外進出の道を模索しているところです」と意欲を見せています。
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