いじめのなかで見つけた生きがい 封印解いて得意を会社のCSRに
岐阜県輪之内町にある地域密着で取り組んできた工事会社の創業者の息子が、いじめられていた学生時代のいきがいだった「絵」を再開し、会社のCSR事業として地域への貢献活動につなげています。個人の特技がどのようにCSRへと発展したのか。その経緯を大垣ビジネスサポートセンター(Gaki-Biz、岐阜県大垣市)から紹介します。
岐阜県輪之内町にある地域密着で取り組んできた工事会社の創業者の息子が、いじめられていた学生時代のいきがいだった「絵」を再開し、会社のCSR事業として地域への貢献活動につなげています。個人の特技がどのようにCSRへと発展したのか。その経緯を大垣ビジネスサポートセンター(Gaki-Biz、岐阜県大垣市)から紹介します。
目次
1988年創業の「太陽建材」は、岐阜県輪之内町にある建築・内装仕上げ工事の現場管理及び施工を行う地域密着の会社です。創業者で代表取締役社長の息子である土井田一将さん(35)が取引先の金融機関の担当者とともに今後の販路開拓につながるビジネスアイディアを求めガキビズへ相談に訪れました。
土井田さんが初めて相談に訪れたのは2021年1月、相談日の延期を希望してもおかしくないほど雪が降る日でした。最初に感じたのは、自分から話を切り出すことがあまりなく「緊張している」という印象でした。
30歳過ぎてから家業に入ったこともあり、一般社員である土井田さん。丁寧に話を聞くことで見えてきたのは、会社の販路開拓を相談したいという以上に、自身が何か会社のためにできないかという思いでした。
そのため、会社の事業内容や得意とすることはもちろんですが、土井田さん自身の経歴や趣味・特技、家業に戻ったきっかけなどにも焦点を当てて話を聞きました。
自ら話してくれたのは、学生の頃の「いじめの経験」、言葉が円滑に話せない「吃音」という症状があることでした。私が、土井田さんに出会ってすぐに持った「緊張している」という印象は、初めて会った人と話すときに余計に出る「吃音」の症状ゆえなのだとここで気付きます。
それからゆっくり自分のペースで話してもらえるよう伝えると、焦ることなく自身のことを積極的に話してくれるようになりました。
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一番楽しそうだったのは、「絵」が好きで以前はたくさん描いていたことを思い出して話していたときでした。その表情の変化を逃すことなく、次回の相談時に絵に関する活動歴と、いままで描かれた絵を数点見せて欲しいとお願いしました。これをきっかけに強みが見えてきました。
土井田さんは、いままで描いてきた絵やイラストに加え、久しぶりにキャンバスを購入して描き下ろした数点を持って再びガキビズを訪れました。
私自身、絵に関して知識があるわけではありませんが、土井田さんは、コンセプトやどうしてこの絵を描いたかなど詳しく説明をしました。
「当たり前はなぜ消えてしまうのか。私は、大切な人を失ったことがきっかけで、見落としていることがたくさんあったということ。普段の当たり前な生活の中に、幸せが潜んでいるということに気づきました。この絵の活動を通して、ひとりひとりが当たり前の中に潜む大切なことに目を向けるきっかけになってくれればと思います」と話してくれました。実は土井田さんは大切な母を数年前に亡くしていたのです。
知識がない私が聞いても、素敵なメッセージが含まれていて感動を覚えるほどでした。さらに経歴を聞くと、いじめがあったときも絵が生きがいになっていた学生時代があったことや、都内で個展を開催した際には購入希望者がいても絵は一切売らなかったことを話してくれました。
土井田さん個人の「好きな特技」に焦点を当てて、生かせないかと考えました。自身の封印した「輝く生きがい」を個人の過去の趣味・特技で終わらせることはもったいないではと伝え、会社の貢献へとつなげることを考えてみませんかと提案をしました。
できるなら「ぜひやりたい」という期待の眼差しを持った反面、それがどう会社のためにつなつながるか半信半疑だった土井田さんが納得したのは次の提案でした。
提案したのは、会社の「CSR(企業の社会的責任)」としてアート活動を再開させることでした。まずは、会社が大切にしている「素直な心・感謝の心・謙虚な心・奉仕の心・明るい心」という心得を軸にし、アート活動のコンセプトや企画案を一緒に練り、たくさん描いてきた絵を選んでいきました。
最終的には「双葉」の絵を通した活動に決まりました。この双葉は植物が芽吹いたときに見られる光景ですが、周りを彩り豊かにしてくれる存在です。双葉は普段の生活の中でも身近にあるはずですが、意識する事や感謝を感じる事は少ないものです。
この双葉が、土井田さんには母の存在と重なり、実体験から自然と思いが込められた活動になりました。また、太陽建材としての活動であることが重要であるため、活動については社内で説明して会社の了承を得てから始めました。
全面的に活動を支援してくれることになった社内ではホームページでCSR活動のページを新設したり、活動紹介のパンフレット製作を支援したりしてくれました。
このように会社の全面的なバックアップで、CSR活動が進み始めました。また、土井田さん自身も経験した「いじめ」に苦しんでいる子どもに勇気を与え、身の回りにある「あたりまえ」の大切さに気づくきっかけになればと活動への期待をみせていました。
次はこの活動を社外へ見せていく場を作ることが大切です。どれだけ良い作品で素晴らしいことをしても、活動を見てもらえないと伝わりません。
そのきっかけを作るために、初めて土井田さんと会った時から同席している取引金融機関の担当者が上司に交渉をして本店で展示してもらえることになりました。
また、ガキビズに相談に訪れる事業者のうち、コンセプトに共感し、展示スペースを確保できる企業を紹介するなど、社会貢献活動のマッチングが進んでいきました。
情報発信のサポートもしたところ、珍しい取り組みとして新聞メディアなどで紹介されるなど活動の認知度向上につながりました。その後も、精力的に活動を続け、展示オファーが入るなど活動も盛況です。
最近では、輪之内町の広報誌の表紙を飾り、地元のイオンモールやイオンタウンでは、無料展示会が決まりました。
また、不登校に悩む生徒を受け入れる私立「西濃学園」からの要請で、美術の非常勤講師として2022年4月から教壇に立つことも決まりました。このように、得意を活かす場は社内だけでなく社外にもあるということです。
会社を通して個人が社会とつながり、活動が至るところで認められてきたいま、土井田さんは自信とやりがいを持つことができたのではないでしょうか。
個人の得意を活かしたCSR活動という新分野への進出事例の紹介でしたが、事業承継を見据えた後継者候補の活躍は企業価値向上にもつながり、会社の強みにもなる可能性を秘めているかもしれません。
土井田さんは「適切なタイミングで最適な人が社内・社外関係なく事業を承継すれば良い」と、自身が後継者になるという考えをいまは必ずしも持っているという様子ではありません。しかし、将来的な「事業承継」の可能性も想定して、会社の中での役割や存在感、社名を背負った社外活動はスムーズな事業承継へのきっかけにもつながるのではないかと期待しています。
コロナ禍において、中小企業はいままでの事業形態や働き方を見直し、転換期を迎えたケースも増えたと思います。その中で、中小企業の事業継続において「事業承継」の問題は先送りできない優先度が高い項目になっています。
「事業承継」において、会社が儲かっていることや社会にどれだけ貢献できているかは重要度の高い視点となるのではないでしょうか。これからも個々の会社や個人が持つ魅力の磨き方をサポートし、地元で活躍する企業を増やして、地域の活性化に貢献できればと考えています。
大垣ビジネスサポートセンター(Gaki-Biz、岐阜県大垣市)は、2018年7月に大垣地域経済戦略推進協議会が地域での雇用や新しい産業の創出を促進するとともに、中小企業を支援するために全国初となるCSR型(企業の社会貢献)のビズモデル型支援センターとして開設されました。2022年4月に開設3年10カ月目を迎え、相談件数7000件を突破しています。
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「太陽建材」の土井田一将さん
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