発売直前にやり直したタイムレコーダー 「ワクワク」を加えて大ヒット
名古屋市のIT企業ネオレックスは、業務改善や職場のモチベーションアップにつながる機能を盛り込んだタイムレコーダーを開発し、中小企業5500社に広げました。2代目の経営者兄弟が一度は発売直前で中止し、「笑顔を生むタイムレコーダー」をコンセプトに再出発しました。その陰には顧客を「ワクワクさせる」ための知恵と、社員の独創性を引き出す仕掛けがありました。
名古屋市のIT企業ネオレックスは、業務改善や職場のモチベーションアップにつながる機能を盛り込んだタイムレコーダーを開発し、中小企業5500社に広げました。2代目の経営者兄弟が一度は発売直前で中止し、「笑顔を生むタイムレコーダー」をコンセプトに再出発しました。その陰には顧客を「ワクワクさせる」ための知恵と、社員の独創性を引き出す仕掛けがありました。
目次
イノベーションは、中小企業経営者にとって最も魅力的な言葉のひとつです。ヤマト運輸の「宅急便」が宅配便の代名詞となったように、イノベーション企業はその名前や商品名が業種や業態を表すブランドになり、顧客から長く愛されるからです。
勤怠管理のタイムカードでイノベーションを実現したのが、名古屋市のIT企業ネオレックスです。社員数は50人。主力商品はクラウド勤怠管理システムです。
大企業向けの「バイバイタイムカード」は、西武鉄道グループをはじめ、IKEA、アディダス、ロクシタン、餃子の王将など多くの採用実績があり、従業員3千人以上の企業のシェアで3割強を誇ります。中小企業向けには、iPadでできる勤怠管理アプリ「タブレット タイムレコーダー」を開発しました。
ネオレックスは創業者の駒井俊之さんが1987年に設立しました。現在は俊之さんの長男で2代目社長の拓央さん(50)が主に営業を、次男でCEOの研司さん(48)が開発と管理を担当しています。
一般に小規模なIT企業は他社の仕事を受託したり、他社に開発を委託したりしています。しかし、同社は委託仕事は一切受けず、外注もしません。自社で企画した商品を自ら開発・販売し、アフターサービスも行う「自前主義」を貫いています。
これまでのタイムカードは出退勤時に専用のカードを通し、打刻するだけの無機質なものでした。同社ではiPad専用アプリを開発し、出勤時に顔写真を撮影したりビデオメッセージを残せたり、利用者がワクワクするようなタイムカードを実現しました。ヒットの陰には、後継ぎ兄弟の挫折や社員の創造力をかき立てる仕組みがありました。
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同社が開発した二つのシステムについて、それぞれ説明します。
クラウド勤怠管理システム「バイバイ タイムカード」は、大企業向けに作られました。大企業の勤怠・就業管理は複雑で、同じ企業でも職種や担当の違いで残業や有給休暇などのルールが大きく異なります。
こうしたニーズにきめ細かに対応できるのが強みです。自前主義によって蓄積した失敗経験を糧にした創意工夫で、クラウドなのにユーザーごとに大きくカスタマイズしたかのような柔軟なシステムを実現しました。
一方、中小・零細企業にも勤怠・就業管理システムのニーズはありますが、社員数は少なく大企業ほど複雑な仕組みは必要ありません。
そこで同社が開発したのが、iPadを用いた勤怠管理アプリ「タブレット タイムレコーダー」です。しかし、開発に至るまでは曲折がありました。
企画は2013年にスタートしました。「国内ではタイムレコーダーが年間10万台くらい売れており、iPad単体で使えるアプリを作ったらヒットするかも」と開発を始め、14年6月までにほぼ商品ができ上がりました。
同社の開発者たちが1年がかりで奮闘し、「1台10万円のデータ対応型タイムレコーダーと同等の処理ができて少し安い」という当時のコンセプト通りの商品ができました。
しかし商品がほぼ完成し、発売日もおおむね決まった段階になっても、社長の拓央さんと弟の研司さんはもやもやしていました。
「もやもや」の原因を見つけるため、2人で意見を交わすと「(当時の)商品のコンセプトやデザインにワクワクしない」と気づきました。
「ある程度売れる、普通のものをつくっている」という印象で、わざわざ新規事業を立ち上げる意義が見いだせなかったのです。
2人は発売を見送り、企画からやり直す大転換を決断しました。
まず、2人は全メンバーに発売中止をわびました。「なぜ中止にするのか」、「今後どうするのか」。そんな声にも2人は丁寧に説明し、理解を求めました。社員たちも納得し、「働く人を笑顔に」という新コンセプトのもと、タイムレコーダーの再発明に取り組みました。
2人がお手本にしたのは、掃除機で知られる家電メーカーのダイソンでした。
ダイソンの登場以来、掃除機というジャンルが一気にワクワクするものに変わりました。タイムレコーダーでも同じことができないか考えたのです。
2人は「タイムレコーダーを再発明する」という決意で、「どうしたら『あのタイムレコーダーに触りたいから出勤したい』という人が出てくるのか」という考えのもと、どんどんアイデアを出しました。
タイムレコーダーは、従業員全員が出退勤時に必ず触れます。それゆえ、従業員間で情報を発信したり受信したりするコミュニケーション・ハブになり得るのではないかと考えました。
そうして改良した「タブレット タイムレコーダー」は様々な機能を備えています。
出勤時、従業員は会社の入り口にあるiPadの画面をタッチするだけで、出勤時間を簡単に記録できます。
記録された自分のダッシュボードを見れば、週、月、年の単位の勤務時間が瞬時に分かり、過去との比較も簡単にできます。データで管理することで、働き過ぎや効率的な労働ができたかが自己管理しやすくなりました。
企業ごとの集計ルールを設定することによって、打刻するだけで総時間、残業、深夜などの時間数を自動集計できます。その集計結果を、自社で使っている給与ソフト向けのフォーマットで出力できるので、給与処理にもつなげられます。
そのうえで、他のタイムレコーダーにはない写真撮影、ビデオメッセージなどの「ワクワクする」機能を盛り込みました。
従業員が出勤時にタッチすると自身の顔写真が撮影され、その写真は出退勤時刻とともに、指定したアドレスにメール送信できます。家族に顔写真をメール送信して「帰るコール」の代わりに使うケースもあるそうです。
写真撮影機能は、発売を取りやめた元のアプリにもありましたが、あくまで不正防止のためでワクワクするものではありませんでした。「タブレット タイムレコーダー」も不正防止の面はありますが、それ以上に「コミュニケーションハブ」になることを意識しました。
「自分とのコミュニケーション」と発想を広げ、打刻の瞬間には最近の自身の写真も一覧で並べるようにしました。写真と同時に勤務実態などのデータを盛り込むパーソナルダッシュボードの発想に至りました。
ビデオメッセージも送れるようになり、同僚を励ましたり、お礼を言ったりすることで職場に笑顔を作ることを目指しています。
このほか、出勤時にその日の調子を「◎」「○」「×」などで記録したり、天気予報を知ったりできます。
改良前 | 改良後 |
---|---|
10万円の高級タイムレコーダーと同じことができる | これまでのタイムレコーダーにはない機能 |
不正防止のための写真機能 | 楽しく、役に立つ写真機能 |
タイムレコーダーが必要という「ニーズ」に応える | 使ってみたい、という「ウォンツ」を引き出す |
たくさんの機能があるためユーザーが使いこなせないというマイナスが起きないよう、機能の取捨選択、デザイン、説明の仕方など、細かい部分の調整に苦心しました。
新生「タブレット タイムレコーダー」は発売中止から約1年後の15年7月に生まれました。利用者3人までは無料で、利用者10人ごとに1万1千円(税込み)という価格にしました。
販売方法も、iPadユーザーにアプリとしてダウンロードで提供するシンプルな仕組みにしました。BtoB商品ですが、SEOやウェブ広告に力を入れることで、営業マンが売り込まなくても売れていくようにしています。
「タブレット タイムレコーダー」の導入企業は累計で5500社以上に広がり、9割超が従業員40人以下の企業です。オフィスやレストラン、工場など様々な場所で使われています。
学童保育などでも活用されています。子どもたちが入館時と退館時に打刻したときに撮影した写真が、保護者にメール送信されます。打刻時には子どもたちも楽しみながら写真撮影するので、我が子の笑顔の写真を毎日見ることができ、保護者には好評といいます。
社長の拓央さんとCEOの研司さんが感じた「もやもや」から「タブレット タイムレコーダー」が生まれました。平凡を嫌い「ワクワク」を求める社風はどのように根付いているのでしょうか。
同社には仕事で直接関わらないメンバー同士が交流し、創造力を刺激し合う社内行事や制度が多数あります。
例えば「メールアカデミー」は、社員が5~6人のグループに分かれ、与えられたテーマに関するメールを毎週1回送る取り組みです。
テーマは「より良い会議」や「段取り名人」などになります。メンバーは週ごとに、そのテーマに関する自分の考えや体験、疑問などを発信し、同じテーマで1年間続けます。定期的に意見交換することで、新たな気づきにつながります。
メンバーとテーマを毎年変えながら続けることで、仲間の考え方、ものの見方が理解でき、一体感が高まります。専門に特化して狭くなりがちな視野を広げることもできるのです。
また、「NXPJ」(ネオレックスプロジェクト)という取り組みも行っています。例えば「見積書・請求書のデザインを改訂する」といったように、誰の担当か明らかではない社内の問題を取り上げ、グループに分かれて解決策を考える活動です。
仕事では直接関わらない人が交じりあうメンバー構成にして、日常業務の余力で活動します。NXPJによって、若手社員はゼロからの問題解決や、ゴール設定の大切さ、スケジュール策定の難しさを経験できます。
2014年に始まったNXPJからは、総計133ものプロジェクトが実施されました。それだけの問題を自分たちで解決してきたのです。
業務とは直接関係のない取り組みの強化で、ネオレックスは社員の一体感を高めています。
研司さんは「一体感が高いと、躊躇したり恐れたりせずに思い切ったアイデアが出せます。しらけるといった空気がなく、みんなが頑張る中で自分も頑張り、大変な時は助け合いもできる。こうした一体感は、良いアイデアを出し、それを具体化する苦労を乗り越える力となると思います」と言います。
小さな会社がニッチな分野でトップになるには、誰もやったことがない、複雑な仕事を進んで引き受ける必要があります。しかし、それは失敗の連続です。それでも妥協せずにやり抜くには、仲間のサポートや励ましが欠かせません。
そして、見事やり切った時はお互いを称賛する。ネオレックスにこうした風土があるからこそ、経営者の2人はワクワクしないものに違和感を覚えたのです。
自社の商品にあなた自身はワクワクしていますか。それを提供することにやりがいを感じていますか。
そこに「もやもや」がないか考えてみましょう。もし少しでも感じたら、どうやって顧客が「ワクワク」する商品やサービスに変えられないか、考えてみましょう。
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