目次

  1. アサーティブコミュニケーションとは
  2. アサーティブコミュニケーション以外の自己表現スタイル
    1. アグレッシブ(パワーハラスメントに注意)
    2. ノンアサーティブ(曖昧な表現に終始する傾向)
  3. アサーティブコミュニケーションが注目される理由
    1. パワーハラスメント対策としても注目
    2. 働き方が多様化しているため
    3. 人材に関するさまざまな課題の解決策になりうるため
  4. アサーティブコミュニケーション実現へ 事例紹介
    1. 互いにリスペクト(尊敬・対等)を示す
    2. 自分の言葉で率直に話す
    3. 結果を受け入れる
  5. アサーティブコミュニケーションの研修方法
    1. 社員全員を受講対象に
    2. 研修実施する前の社内準備が重要
    3. 研修の講師を決める
  6. アサーティブコミュニケーションができる組織は従業員の成長が早い

 アサーティブコミュニケーションとは、相手の立場に配慮しながら自分の主張を適切に表現するコミュニケーションスタイルです。

 アサーティブとは、英語のassertiveという形容詞で、「断定的な」「言い張る」「独断的な」「自己主張が強い」「我が強い」といったニュアンスで訳されることが多い言葉です。

 ただし、アサーティブコミュニケーションでは、自分の考えを一方的に主張したり独断したりするのではなく、自分と同じように相手のことも尊重しながら自己表現をすることにより、建設的な意見交換や意思疎通を図るという文脈で使われています。

アサーティブコミュニケーションを実践するために必要なことまとめ
アサーティブコミュニケーションを実践するために必要なことまとめ(デザイン:吉田咲雪)

 相手に対する自己表現のスタイルを考えるとき、相手に配慮しつつ自分の主張を適切に表現する「アサーティブ」に対して、「アグレッシブ」と「ノンアサーティブ」という表現があります。それぞれ見ていきましょう。

 アグレッシブコミュニケーションは、相手よりも自分を優先し、自分の気持ちや意見を強く主張する自己表現です。相手の意見が自分と異なると感情的になり、相手の反論を許さず攻撃的な言動を取って相手を委縮させる、受け身の態度をとらせるなどの傾向があります。

 例えば、最近、体調がすぐれない部下がいて、そのせいか初歩的なミスを繰り返していることが見て取れる。そこで、注意しようと思っていた矢先に取引先からクレームが入った……とします。

 このとき上司が、

 上司「S君、A社のBさんからクレームが入ったぞ。君はいったい何をやっているんだ!最近どうも調子が悪いようだが、体調管理は自己責任だよ。体調管理もできないなんて、社会人失格だぞ!すぐにBさんにお詫びの電話を入れなさい」

 というような発言をしたら、その上司はアグレッシブコミュニケーションを取る人といえます。

 見ておわかりになるように、アグレッシブコミュニケーションは、常態化したり度を越えたりするなど一定の条件が揃うとパワーハラスメントとみなされるケースがあり、注意が必要な自己表現です。

 ノンアサーティブコミュニケーションは、アグレッシブとは逆に自分よりも相手を優先し、相手との対立や言い争いを避ける傾向が強い自己表現です。相手が無理を言ってきても、対立を恐れて受け入れてしまい、はっきりと自分の考えを言わずに曖昧な表現に終始する傾向があります。

 ノンアサーティブコミュニケーションの自己表現が行われる典型的な例は、アグレッシブなコミュニケーションスタイルの上司に対する部下の反応として現れるケースです。部下は組織内の立場上、基本的に上司には従わなくてはなりません。

 そのため、上司から理不尽な要求をされたり自分の意見を聞いてもらえなかったりする状況に対して、ノンアサーティブなコミュニケーションをせざるを得ず、自分の考えを伝えることをあきらめてしまうこともあります。

 例えば、上司のYさんから、明日の会議に使用する資料を作成するように指示を受けた、Xさんという部下がいたとします。Xさんは、ほぼ準備が終わっている状態でした。ところが、前日になってYさんが急に追加の資料作成を指示。でも、Xさんは、追加指示があったその日、別の重要案件で手が一杯の状況だった……としましょう。

 ただ、Xさんは重要案件を優先したかったけれど、上司の機嫌を損ねたくないと考え、上司に「分かりました」と答えてしまいました。その夜、サービス残業をして追加の資料作成を終わらせました。

 Xさんがノンアサーティブコミュニケーションを取る人だと、このようにXさんだけが知らず知らずのうちに損をする可能性が生じてしまいます。

 アサーティブコミュニケーションの概念は、1950年代にアメリカで行動療法と呼ばれる心理療法の一つとして開発されたものです。

 では、いま、企業のあいだで注目されているのはなぜでしょうか。その理由は、主に次の3つです。

 2022年4月から、中小企業に対する「職場のパワーハラスメント防止措置」が義務化されました。

 「職場のパワーハラスメント防止措置」とは、2020年6月1日に施行された「改正 労働施策総合推進法」に基づくもので、いわゆる大企業に対してはすでに義務化されていました。ただし、日本の企業の大多数である中小企業に対しては、2022年3月31日までは「努力義務」とされていたため、実質的な対応を先送りしていた企業も多かったと思われます。            

 そうした中小企業に対する職場のパワーハラスメント防止措置が義務化されたことにより、日本の経営者はほぼ例外なく、職場におけるパワハラをはじめとする各種ハラスメントの対策に積極的に取り組むことが必要となったわけです。

 そのような流れの中で、中小企業の経営層が取り組む社内のハラスメント対策の一環として、アサーティブコミュニケーションが注目されていると考えられます。

 厚生労働省が推進するハラスメント対策のポータルサイト「あかるい職場応援談」の中でも、ハラスメント対策としてアサーティブコミュニケーションが紹介されています(参考:言い方ひとつで変わる会話術│あかるい職場応援団)。

 すでにVUCA(Volatility・変動性、Uncertainty・不確実性、Complexity・複雑性、Ambiguity・曖昧性)の時代と言われて10年ほど経っていますが、近年の新型コロナウイルスに見舞われた今、世界中でVUCAの影響が広がっていることが推察されます。

 日本でも、緊急事態宣言によって社内業務は基本的にテレワークを余儀なくされ、組織の規模の大小を問わず人々の働き方は大きく変わりました。それまで日本では営業活動や業務に関する取引先や社内の打ち合わせなどは対面が中心でしたが、いわゆる三密を避けるために、あらゆる面で業務の進め方とコミュニケーションのオンライン化が急速に進みました。

 このように、人々の働き方が多様化する中で、上司や関係者の指示を従来のルールに従って待っているだけでは仕事は進みません。テレワーク時には自分で仕事の進め方を考えて業務の進捗を適切なタイミングで関係者に報告し、さまざまな調整を行う必要がでてきます。

 また、同時進行の案件について、上司や同僚に必要な相談や交渉をタイムリーかつ効率良く、すべてオンラインで完結させなければなりません。自宅からテレワークをしているときに何らかの問題が発生すれば、解決するために早く関係者と必要な調整を行わなければ、業務に支障をきたしてしまいます。

 職場環境が大きく変化する中で協力し合って仕事を進めていくためには、相手に配慮しつつ適切な自己主張ができるスキルが必要です。そのため、アサーティブコミュニケーションが、社会人が身につけておくべき必須のスキルとして注目されているのです。

 少子高齢化が進む日本の労働市場では、「パワーハラスメント防止措置」に真剣に取り組まない企業には、優秀な人材は集まらなくなることが容易に想像できるからです。

 言い換えれば、適切なアサーティブコミュニケーションのスキルを社員の多くが身につけている組織では、相互理解とお互いを尊敬し認め合う文化が醸成しやすくなります。

 その結果、上司も部下も自社の事業への積極的な参加が促進され、仕事に対するモチベーションの向上や、人材育成のスピードアップにつながります。

 少子高齢化が進み、人材不足が不安視されている今、人材の確保、定着、育成は企業の死活問題になっているといっても過言ではありません。アサーティブコミュニケーションは、そうした人材に関する課題を解決するひとつの策として重視されています。

 アサーティブコミュニケーションを実現するためには、DESC法を用いるのが有効とされています。

 DESC法とは、英語のdescribe(描写する)、express/explain(表現する、または説明する)、specify(具体的な提案をする)、choose(選択する)の頭文字を取った言葉です。

 先ほどの例だと、次のようなセリフになります。

(例)体調が悪い部下がいて、ミスが目立つ。その部下がクレームを受けてしまい、いよいよ注意をしなければならなくなった。
D:描写する Sさん、A社のBさんからクレームの連絡があったんだけど、何か思い当たることはありますか?
E:表現する/説明する もしそうなら、詳しい状況をBさんに丁寧に説明したほうが良いと思います。
S:具体的な提案をする Sさんが把握しているA社の状況を教えてください。
C:選択する 状況を確認した上で、対応策を一緒に考えましょう
(例)重要案件があって手一杯になっているタイミングで、明日の資料の追加作成を上司Yから依頼された。
D:描写する Yさん、追加の資料ですね。実は今日は重要案件の対応で時間が取れそうもない状況なんです
E:表現する/説明する 追加の資料作成を優先したいところなのですが、重要案件の対応も今日中に完了する必要があるんです
S:具体的な提案をする 追加の資料作成を誰かに一部手伝ってもらってもよろしいでしょうか
C:選択する そうすれば、重要案件の対応も完了させた上で追加資料も作成できると思います

 こうしたコミュニケーションが取れるようになるためには、次のポイントをおさえることが大切です。

  1. 互いにリスペクト(尊敬・対等)を示す
  2. 自分の言葉で率直に話す
  3. 結果を受け入れる

 以下で、順にご紹介します。

 アサーティブコミュニケーションを実現するための大前提は、お互いにその考え方と重要性を理解して行うという点です。たとえ上司と部下の関係であっても、互いに相手に対して対等で尊敬の気持ちを持って実践しなければ、目に見える効果は期待できないでしょう。

 つまり、相手が頑なにアグレッシブやノンアサーティブのスタイルにとどまっている場合は、自分だけが一方的にアサーティブコミュニケーションを試みても望ましい結果が得られにくいということです。

 アサーティブコミュニケーションを意識するあまり、DESC法の段階に合わせようとし過ぎてしまうことがあります。

 ただ、アサーティブコミュニケーションは、自分の言葉で話して初めて成立するものです。テクニックにとらわれず、率直な気持ちを忘れないようにしましょう。

 アサーティブな自己表現をしても、相手の反応が必ず自分の期待する結果になるとは限りません。自分の自己表現をどのように工夫しても、相手の反応をコントロールすることはできないのです。

 したがって、アサーティブコミュニケーションを実践した結果が望ましい結果でなくても、ありのままを受け入れた上で、あくまでも「自分の姿勢としてアサーティブコミュニケーションを常に実践する」というスタンスでいることが大切です。

 次に、自社の従業員にアサーティブコミュニケーションを身につけてもらうために研修を実施する場合、注意しておくと良い点を紹介します。

 アサーティブコミュニケーションは、どちらか一方が実践するよりも、お互いにその目的や特徴を理解して実践することが必要であると説明しました。

 したがって、会社組織の中で言えば、特定の個人や階層レベルにのみを対象とするのではなく、経営層も派遣スタッフやアルバイトも含めて組織の全員を受講対象にすることが重要です。そうでなければ、現実的な効果は得られない可能性もあるので注意しましょう。 

 研修の効果を実質的なものとするためには、研修を全社的に行う目的を経営戦略の一部として定義することが重要です。研修の目的に沿って実施の計画を立てて、実行後の成果をどのように検証し改善していくかを綿密に準備する必要があります。

 アサーティブコミュニケーションは、1回の研修を受けただけですぐに身につくものではありません。従業員の一人ひとりにアサーティブコミュニケーションの特徴と効果を正しく理解してもらい、継続的に取り組む必要があることを周知させることが重要です。

 また同時に、人事総務部門ではハラスメント対策と連動させて社内のコミュニケーションガイドラインや就業規則等の見直しを行うようにしましょう。

 研修の実施計画を立てる際、研修を行う講師を外部講師に依頼するか、社内で講師を選考するかを決める必要があります。研修を行う人は、当然ながらアサーティブコミュニケーションについてよく理解していなければいけません。社内によく理解できている者がまだいない場合は、最初は外部講師に依頼することを検討すると良いでしょう。

 ただ、前述の通り、アサーティブコミュニケーションを社内に浸透させるには、定期的に繰り返し研修を行い、各自が毎日自然に実践できるようになることが重要です。

 そのため、外部講師に依頼する場合も、最初の研修だけは社内でアサーティブコミュニケーションを推進するプロジェクトチームを作り、外部講師には社内講師の養成をサポートさせるようにすることをおすすめします。

 アサーティブコミュニケーションは一朝一夕には浸透しません。しかし、経営のトップが本気で自らが実践して継続的な取り組みをすれば、結果的に従業員の成長は加速し、人材育成のスピードが上がります。

 同時に、組織全体のメンタルヘルスが向上し、会社の競争力強化にもつながるでしょう。

 ハラスメント対策の一環として単なる防御策として導入するのではなく、経営戦略の一つとして先手を打つために、アサーティブコミュニケーションが組織文化の一部となることを目指して取り組んでみてはいかがでしょうか。