アナログとデジタルが共存する黒板 老舗「サカワ」4代目の新発想
100年以上前から黒板を作ってきた、老舗メーカーのサカワ(愛媛県東温市)。4代目の坂和寿忠さん(35)は、激しい値下げ競争が起きていた業界の先行きに不安を感じ、電子黒板の販売に活路を見いだします。電子黒板の限界にもぶちあたる中で、アナログの黒板と電子黒板のメリットをかけあわせた商品「Kocri(コクリ)」や「ワイード」を開発。会社の収益構造を変え、大幅な業績改善につなげました。
100年以上前から黒板を作ってきた、老舗メーカーのサカワ(愛媛県東温市)。4代目の坂和寿忠さん(35)は、激しい値下げ競争が起きていた業界の先行きに不安を感じ、電子黒板の販売に活路を見いだします。電子黒板の限界にもぶちあたる中で、アナログの黒板と電子黒板のメリットをかけあわせた商品「Kocri(コクリ)」や「ワイード」を開発。会社の収益構造を変え、大幅な業績改善につなげました。
目次
サカワが創業したのは1919年。坂和さんの曽祖父が福岡で漆塗りの技術を覚え、松山で黒板を作りはじめたのがきっかけでした。当時はベニヤ板に手作業で漆を塗って黒板を作っていたそうです。下地次第で、チョークの滑りを防ぎ、書き消しがスムーズにいくかどうかが決まりました。
耐久性をあげるため、現在は表面材にホーローを使用しています。機械を併用しているものの、今でも職人の手で行う作業も多いのだそうです。
国内での黒板生産量は、教育改革で学校建築が盛んになった1950年代から1980年代初頭ぐらいまでがピークとされ、少子化で廃校が増えている昨今は減少傾向にあります。黒板の単価も昔は高かったものの、需要の減少で価格競争が進みました。黒板事業のみで利益を増やすのはなかなか難しい状況といいます。
4代目にあたる坂和寿忠さんは、幼い頃から家業を継ぐように教育されてきたそうです。「僕は前社長の祖母寿々子から「寿」を、初代で曽祖父の富忠から「忠」の字をとって寿忠(としただ)と名前をもらったくらいなので、生まれた時から黒板屋になることを意識してきました」
家業を継ぐ以外の選択肢は与えられていないような状況でした。小学校一年生の頃から、授業で将来の夢について「黒板屋」と書いていたそうです。
高校生になり進学を考える時には、家業を継いでどんな未来が待っているのか漠然とした不安を感じるように。当時興味があった考古学の方に進みたいことを家族に話しましたが、本気でとりあってはもらえませんでした。反発心から部屋の壁がボコボコになっていたと言います。
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「みんなが自由に人生を選択できるタイミングがあるじゃないですか。まわりは楽しそうに大学や専門学校を選んでいたんですけど、僕には選択肢がなかったので勉強にも全然身が入りませんでした。家業がすごく魅力的な事業だったらまだ良かったんですけど、当時は黒板屋が華々しい業界とは思えなかったので、モヤモヤした時期を過ごしていました」
高校を卒業した坂和さんは、家族からのすすめで、家業に関わる建築学を学びに東京の大学に進学しました。そして2009年に新卒でサカワ に就職。ちょっとした心境変化がありました。入社前に、文部科学省が電子黒板を推奨し始めていることを知り、これだったら面白いかもしれないと家業に対して前向きになり始めていたと言います。入社後、坂和さんはできたばかりの東京支店に配属されることになりました。
黒板の営業を始めてまもなく、「黒板だけをこのまま売っていても無理だな」と痛感しました。受注から納品までの手間に対して、利益が見合わなかったからです。
見積もりを出すだけでも、大量にある学校建築の図面から黒板の位置を探し出し、図面を書いて、費用を計算するといった作業が必要でした。「手間がかかっても、最終的にはほとんど他社との価格だけで判断される。これをやっていて意味があるのかな」と考えるようになりました。
実際に学校に営業をしていても、電子黒板の方が興味を持たれることが多かったそうです。その反応を見て、坂和さんは電子黒板に力を入れていくことを決めました。会社としても電子黒板の参入を考えてはいましたが、実際にどう販売、PRすればいいのか分からず、なかなか踏み出せない状況だったといいます。そこを坂和さんが中心となって、ゼロから自分で勉強。海外から電子黒板を仕入れて販売を始めました。
ノウハウがなく最初は苦戦した電子黒板の販売も、1台目が売れてからは自信がつき、少しずつ販売台数を増やしていきました。
しかし、電子黒板の販売を始めてから3~4年たったときのこと。かつて納品した学校へ営業に行くと、電子黒板は倉庫にしまわれ、ホコリをかぶっていました。当時は電子黒板を活用するノウハウがあまり浸透せず、現場でうまく使われていないケースが増えていたのです。
海外から仕入れた商品をただ売る、ということにも違和感がありました。「もっとこんな機能が欲しい」と、自分たちでゼロから開発したい思いが強くなっていったのです。当時、大手のIT系メーカーや電機メーカーが次々と電子黒板を開発していたものの、どれも多機能すぎて、現場で忙しい先生が使いこなすところまでは進んでいない状況でした。
従来の電子黒板とも違う、新たな商品を作りだしたいと考えるようになっていた坂和さん。思い描いたものをどう作ればいいかわからなかったころで突破口となったのが、ふとしたきっかけで見つけたIT企業の「面白法人カヤック」でした。日本の黒板業界を変えたいと熱を込め、問い合わせフォームに長文で依頼文を送ったといいます。驚くことに、カヤックからは翌日すぐにいい返事が来ました。
一方、社内では新事業の理解が得にくく、開発資金を捻出するのは難しい状況だったといいます。しかし、そこで諦めませんでした。半年かけて今までの仕事で目標以上の成果を出し、その余剰分の利益を開発資金に充てました。
いよいよ、カヤックと相談しながら、アプリの開発を進めていくことに。電子黒板での失敗や、先生からヒアリングをする中で、多機能ではいけないこと、誰でも操作しやすいつくりであること、これまでの黒板を活かせることが重要だと分かっていました。
これまでの電子黒板は上部にプロジェクターが設置された80インチほどのボードで単独で成立するもの。これが実際の授業の現場では、従来の黒板との相性が悪かったのです。黒板の横に電子黒板を置き、電子黒板の方へ行ったり、黒板に戻ったりと、連携がうまくいっていなかったといいます。
だから、これまでの黒板を授業のベースにして、そこを補完するアプリという考え方を意識して開発するようにしました。今までの授業をデジタルの力で補えるようなイメージです。2014年から着手して2015年に黒板アプリ「Kocri(コクリ)」が完成しました。
コクリを利用すれば、プロジェクターを通して、従来の黒板にグリッド線や図形、文章、動画などを簡単に投影できます。操作するのはスマホ。現場の教師たちからも操作しやすく好評を得ました。コクリをリリース後、サーバーがパンクするほど問い合わせがあったと言います。アプリのダウンロード数は累計11万にもなりました。
コクリのリリースが起爆剤となり、新しい商品を開発するようになりました。コクリを使う現場の声をもとに開発したのは、より幅広い映像を黒板に映写できるプロジェクター「ワイード」。左にパソコン画面、右に実物投影機などに二つの画面を並べて表示したり、板書のスペースを空けたりすることができます。
これがさらにヒットしたのです。約50万円と高額にもかかわらず、2022年春までに累計4000台以上を売り上げました。
さらにワイードを購入する顧客が、一緒に黒板も購入することが増え、黒板の売り上げも以前より増えたと言います。セットで売れるので競合にならず、価格競争に陥らないで済むというメリットもありました。
コクリやワイードといった、アナログの黒板より利益率のよい製品を多く売れるようになったことで、業績は着実に改善していきました。以前は赤字と黒字を行ったり来たりする不安定さがありましたが、2019年からは3年連続で黒字を達成。過去最高益も見えてきたといいます。
100周年を迎えるタイミングを見据え、2018年に社長に就任した坂和さん。組織改革を進め、会社の売り上げなどそれまで従業員に見せていなかった情報をオープンにするようにしました。そうすることで従業員のコミットを上げたいと思ったそうです。半年に1回は経営計画発表会を開催するようにしました。
企業理念や行動指針も、より具体的な内容に刷新。企業理念は「教育と文化の向上に尽くす」から「真剣に未来を変えたい人へ“最強の武器”を提供する」に、行動指針は「まずやる。じっちょく。あたらしく」に。ホームページやロゴもリニューアルしました。
最後に今後の展望を聞きました。
「極端な話ですが、(デジタル化が進んで)チョークがいずれなくなる世界を考えなければいけないと思います。黒板屋である僕らが、チョークがいずれなくなるって言うと、かなりセンセーショナルじゃないですか。ただ、目をそらしてはいけない未来です。もし会社の方向がずれているなら、思い切って逆方向に事業をふった方が僕はいいと思っています。たとえば、印刷の会社が紙をなくすとかですね。むしろ本業側から、時代の変化に合ってないことは変えましょうと提案した方が絶対いいと思っています」
振り返れば、創業時の漆を使った黒板作りも、当時は誰もやっていなかったことへの挑戦でした。いつかは黒板もなくすことになるのではないかと覚悟しているのだそうです。
「とはいえ、会社の歴史は資産だし、そこを大事にしないと新規事業もうまくいかないと思います。コクリも、ベンチャー企業が販売していたらここまでヒットしなかったんじゃないかと。100年黒板を作ってきた企業が黒板の機能を拡張する製品を出したからこそ、説得力があってウケたわけです。先代が続けてきてくれたからこそ、今がある」
今では先代には「感謝しかない」と語る坂和さん。今まで続けてきたことでも、持続可能でなければ、時には潔く変える。先代の精神を引き継ぎ、歴史の上で先を見据えた新しいチャレンジに挑んでいきます。
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