自己破産した老舗和菓子店「紀の国屋」 元専務・専門家から見た原因は?
「相国最中」「おこじゅ」などの看板商品で知られ、2022年5月に自己破産した老舗和菓子店「紀の国屋」(本店・東京都武蔵村山市)の元専務が、ツギノジダイ編集部の取材に応じました。多くのファンがいる人気商品がありながら、なぜ自己破産に至ったのか。元専務と専門家、それぞれの視点から紹介します。多摩信用金庫にも取材を申し込みましたが「お客さまの個別の取引状況等に関して、お答えはしておりません」と回答しています。
「相国最中」「おこじゅ」などの看板商品で知られ、2022年5月に自己破産した老舗和菓子店「紀の国屋」(本店・東京都武蔵村山市)の元専務が、ツギノジダイ編集部の取材に応じました。多くのファンがいる人気商品がありながら、なぜ自己破産に至ったのか。元専務と専門家、それぞれの視点から紹介します。多摩信用金庫にも取材を申し込みましたが「お客さまの個別の取引状況等に関して、お答えはしておりません」と回答しています。
目次
紀の国屋は、1948年(昭和23年)創業。「相国最中」「おこじゅ」などの和菓子が有名です。東京都武蔵村山市にある本店のほか、多摩地区や神奈川県の百貨店や駅ビルへのテナントなど23店舗を展開してきました。
しかし、2022年5月16日に東京地裁へ自己破産を申請しました。帝国データバンクは「顧客層が高齢化し売上高は漸減し、2021年5月期の年売上高は約12億円にまで低迷。昨今は砂糖などの原材料高が収益を圧迫し、コロナ禍で手土産需要も減少していた」と分析しています。
コロナ禍の前となる第67期(2018年6月1日~2019年5月末)決算は次のような状況でした(▲はマイナス、有効数字2桁以降切り捨て)。主産地・北海道の不作で和菓子の原料となる小豆が高騰した影響が直撃していたといいます。
科目 | 金額()内は前期比 |
---|---|
売上高 | 13億円(▲3100万円) |
売上総利益 | 6.1億円(▲3800万円) |
営業利益 | ▲3300万円(▲5300万円) |
経常利益 | ▲6500万円(▲5000万円) |
当期純利益 | ▲6400万円(▲4800万円) |
紀の国屋によると、売り上げの主軸を10、20年来の定番商品に頼っており、新しいヒット商品を生み出せていなかったことも長期的な売上高を伸ばせない要因になっていたといいます。
こうしたなか、紀の国屋は2022年5月、自己破産を申請することとなりました。ファンや取引先からは「なぜ事前に伝えられなかったのか」と驚きと困惑の声があがりました。
こうした声に対し、紀の国屋の元専務がツギノジダイ編集部の取材に応じました。「これまで商品を購入頂いてきた方、取引先には事前にお知らせもできず、ご迷惑をかけて申し訳ありません」としたうえで、なぜ自己破産に至ったのかについて語りました。
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倒産の原因の一つとして、本店工場を1993年に新設するときの多摩信用金庫からの借入金が10億円近くあり、約30年にわたり支払い続けてきた年利約3%の支払いが重かったと説明しました。1年間で約3000万円の支払いが発生する計算になります。
新工場を新設する前は、いろんな場所の小さな工場を借りて和菓子を作っていたので非効率だったゆえの設備投資でしたが、過剰投資であったことは否めません。
元専務は「利息の支払いで赤字が続き、元本の返済もほとんど進んでいませんでした」と話します。そんななか、新型コロナでテナントの店舗が開けない時期が長かった影響などで売り上げが大幅に減少し、資金繰りに行き詰ったといいます。
元専務は、家業の紀の国屋に2014年に戻り、2018年ごろから経営再建に向けて動き出していました。支援制度を活用して、金利負担の少ない金融機関への借り換えや金利引き下げ交渉に動き始めました。しかし、小豆の高騰やコロナ禍に巻き込まれていきます。
元専務は2018年ごろ、事業承継の課題解決から事業承継に必要な資金調達まで支援する東京都の「地域金融機関による事業承継促進事業」を活用して、より低金利な融資を活用できないか、多摩信用金庫の融資管理部の担当者と準備を進めていたといいます。
しかし、2019年1月に多摩信用金庫の担当者が交代となり、5月2日の当時の理事との面談で「多摩信用金庫で支えるので申請を取り下げて欲しい」と打診されたといいます。その後、翌月の支店との打ち合わせでも、申請を引き下げるとともに、金利引き下げの認識共有をしたとの議事録が残っているといいます。
ただ、その後、金利引き下げは「次の決算を見てから決めたい」「タイミングが悪い」などと「引き延ばされた末にうやむやになった」と元専務は振り返ります。
その後も、商工中金、政策金融公庫などの協調融資(シンジケートローン)を活用し、借入金の一部借り換えも考えましたが、こちらも多摩信用金庫の同意が得られなかったといいます。
事業再生のプロの助言を得ようと2019年6月ごろ、多摩信用金庫と紀の国屋で中小企業再生支援協議会(現・中小企業活性化協議会)に持ち込むことになりました。
多摩信用金庫は店舗のリストラを求めていました。一方の紀の国屋は店舗では黒字が出ており、店舗のリストラでは利益が減るだけだと考え、店舗を減らす考えはありませんでした。元専務は「店舗縮小の際のリストラ資金は融資できないと言われていたため、実現不可能でした」と話します。
計画案では、利益率の悪い店舗を閉鎖し、新たな店舗を出店する「スクラップ&ビルド」を進めた上で、借入金の金利を1%まで下げる案が示されたといいます。
ただし、金利の引き下げ幅が大きすぎるとして多摩信用金庫から合意は得られず、元専務は再生計画を取り下げるよう求められた、と話しています。
資金繰りが悪化するなか、紀の国屋は自社物件だった店舗の土地・建物を売却します。売却額は9000万円。元専務は、手元に2000万円を残し、7000万円を返済に充てようと考えていました。しかし、多摩信用金庫は9000万円を返済し、2000万円を新規に貸し付け、金利2%、2年で返済するよう求めました。
元専務は「この条件では何もできないと感じました」と話します。さらに追い打ちをかけるように新型コロナの影響で売り上げが急速に悪化。再生計画を策定できる状況ではなくなってしまいました。
政府などによる無利子無担保融資や二度の値上げでしのいでいましたが、今後の資金繰りの見通しが厳しくなるなか「このまま続けると従業員の給与を払えなくなる」と考え、2022年5月16日に自己破産を東京地裁に申請しました。
元専務は「メインバンクとの交渉が難しく、一行取引のリスクの高さを感じました」と話します。借入金の担保となっていた工場と自宅は売却される見込みです。元専務は今後、半年~1年かけて事業の整理を進める予定です。
6月3日からは、元従業員らが別会社で東京都国分寺市に「匠紀の国屋」を立ち上げましたが、元専務は関与する予定はないとしています。
一方で、資金繰りや会計税務のプロたちは元専務と異なる視点で紀の国屋の自己破産を見ていました。2人の専門家の見解を紹介します。
中小企業の経営者向けに、資金繰り・資金調達に役立つ情報を届ける「資金繰りプラス」を運営する経営コンサルタント川北英貴さんに今回の自己破産をどう見るかについて聞きました。
自己破産とは、経営者が会社の存続を諦め、借金を免除してもらう手続きです。 この記事に出てくる信用金庫は不動産などの担保をとっているでしょうが、ただその担保で10億円もの貸付金を全て回収できるとも思えません。
信用金庫は多くの貸倒れ損失を被るものと思われます。信用金庫も民間企業ですから大きな痛みがあったことでしょう。倒産事例では倒産した企業側の視点で見がちですが、一方で金融機関から見てどうであったかの視点も持ちたいものです。
会社が存続できなくなる理由。それは第一に、資金繰りが回らないことです。「紀の国屋」のケースでは売上が減少し、利息負担を除いても大きく赤字が出ていました。たとえ金利が下がったとしても早晩、倒産は回避できなかったことでしょう。
信用金庫は「紀の国屋」への融資を金利3%としていて、引き下げの交渉に応じなかったとのことです。「紀の国屋」は債務者区分でいうと「破綻懸念先」相当、かつリスケジュール(融資実行時に約束して定めた毎月などの返済額を減額・猶予すること)していたと思われます。
「破綻懸念先」かつリスケジュール先に対する融資にあっては、金融機関の視点から見ると金利3%は妥当な水準です。貸倒れリスクが高い先に対し、金融機関は金利を高くするものです。企業の視点からは「利息が多ければ会社経営が厳しくなるから金利を低くしてほしい」と考えるものです。しかし金融機関は貸倒れリスクが高い先に対し、金利を高くして収益を得ることで貸倒れに備える必要があります。
また信用金庫としては、金利を下げないでもリスケジュールすることで十分支援していると考えるものです。それに加えて金利を下げることまでは応じられなかったのでしょう。例えば金融機関がリスケジュールに応じることで毎月の返済額を猶予、つまり0にしていたのであれば、企業としては利息のみの支払いで済みます。
その中で企業は利益を得て資金繰りを回せるよう、経営改善していかねばなりません。「紀の国屋」の経営者は当然、経営改善に懸命に努めたことでしょう。しかし利息分を除いて黒字化さえもできなかったということは、最後は倒産という結果となってしまったのもやむをえないと思います。
なお「一行取引のリスク」についてですが、他の銀行とも融資取引をしていれば状況は違っていたのか。売上が下がり続け、赤字を出し続けている企業に対しては、どの銀行も新たな融資に消極的です。複数行と取引することは「企業として融資の選択肢を広げられる」「銀行同士で融資の競争をしてもらえる」というメリットがあり一般的には複数行取引をすべきです。しかし「紀の国屋」のケースでは複数行と取引していれば状況が違っていたとも思えません。
幸い「紀の国屋」の元従業員たちを別会社が雇用し、新ブランド「匠紀の国屋」として復活し、「紀の国屋」のブランドを継承、味を再現するとのこと。新「紀の国屋」は過大な借入金がない、大きな利息負担がない状態からスタートすることができます。倒産という厳しい状況の中、事業を再興する理想的な形の一つではないでしょうか。今後に期待したいです。
公認会計士や税理士などの資格を持つ石動総合会計法務事務所代表の石動龍さんにも聞きました。
決算書によれば、流動比率が約30%しかなく、資金繰りが極めて悪化していた状況がわかります。
リスケを前提に、短期借入金を除いて再計算しても100%を割っており、いつ破綻してもおかしくない状況だったといえるでしょう。
貸借対照表(B/S)の純資産を見ると、累積損失が約1億4600万円あり、損益計算書(P/L)では当期純損失を約6400万円計上しています。
コロナ禍が本格化する前でこの状況ですから、事業を再生するためには一刻の猶予もなかったと考えます。
何らかの策を実行しなければ破綻は避けられない状況でしたので、金融機関が支援できることはごく限られていたと思います。
元専務へのインタビュー内容をもとに、ツギノジダイ編集部は多摩信用金庫に対し、事実関係の確認を書面で求めました。多摩信用金庫の経営戦略室からはメールで下記の回答が寄せられました。
「先日お送りいただきました取材依頼書について、内容を確認いたしました。大変申し訳ございませんが、本件に限らず、お客さまの個別のお取引状況等に関して、お答えはしておりませんので、ご了承ください。取材の依頼について、ご期待に沿えなかったことは大変心苦しい限りではございますが、何卒ご理解賜りますようよろしくお願い申し上げます」
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