「つぶれたんかと思った」 無添加しょうゆで再出発した山根酒店5代目
広島市のほぼ北端に位置する、安佐北区白木町(しらきちょう)。山あいの静かなこの町で、創業120年目の山根酒店の5代目として、無添加のしょうゆ造りに取り組むのが山根雄介さん(38)です。地元で「つぶれたんかと思っとったんよ」とも言われた老舗が今、新たな一歩を踏み出しています。
広島市のほぼ北端に位置する、安佐北区白木町(しらきちょう)。山あいの静かなこの町で、創業120年目の山根酒店の5代目として、無添加のしょうゆ造りに取り組むのが山根雄介さん(38)です。地元で「つぶれたんかと思っとったんよ」とも言われた老舗が今、新たな一歩を踏み出しています。
目次
JR芸備線・志和口駅の南西約300メートル。古い町並みが息づく旧道沿いに、山根酒店はあります。
歴史を感じさせる町家造りのお店に入ると、タイムスリップしたような感覚に陥ります。静かに時を刻む古時計。レトロなガラス扉の冷蔵庫。しょうゆやお酒が丁寧に並べられた木の棚。そしてほのかに漂ういい香り。
「シャクヤクだと思います。祖母が好きなので」
店主の山根さんが指す方向に、色鮮やかなシャクヤクの花が生けられています。この空間で買い物すること自体が、山根酒店の魅力の1つになっているようです。
ちょうど地元の女性が買い物に訪れました。
「みりんをちょうだい。あ、そのしょうゆも。小さい方ね。1人じゃけえね、なかなか減らんのんよ」と笑う女性。山根さんと楽しそうに言葉を交わしていきました。
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山根酒店は1902(明治35)年、山根さんの高祖父にあたる政吉さんが創業。塩を始めとした調味料や酒類を扱い、長く地域の食卓を支えてきました。
先代である山根さんの祖父までは造り酒屋を営んでいましたが、第2次世界大戦中に米の供給が止まったことなどから酒蔵を閉鎖。今は山根さんが1人で、自家製のしょうゆや、仕入れた酒やみりんを売っています。
山根さんは小学生の頃、母方の実家である白木町に引っ越してきました。子どもの頃は、蔵で遊んだり、祖父の配達についていったりしていましたが、「家業を継ぐ」という意識はなかったそうです。
「おじいちゃんが配達に行く時、よく助手席に乗せてもらいました。動機は、配達先のおばあちゃんからおやつをもらえるから」と笑う山根さん。家で酒やしょうゆを作ってきたことは知っていましたが、当たり前のように目の前にあるので、特に意識しなかったといいます。
白木町で育った少年時代は、「早く都会に出て1人暮らしがしたい」と常々思っていました。広島市内の大学に進み、念願の都会での生活をスタートさせます。
そして就職を考える頃、祖父が体調を崩しました。病院に通ううちに看護師の仕事に興味を持ち、広島市内の大学病院で看護師になりました。
大学病院の看護師として働き始めた山根さん。お年寄りとの話し方や相手に合わせたコミュニケーションの取り方など、今の仕事に役立つスキルを身につけることができました。
一方、お酒でストレスを紛らわせたり、夜勤で生活リズムを崩したりする日々が続きました。持病のアトピーが悪化して、寝たきりで動けないこともあったといいます。
そんな中で感じたのが、食べ物、運動、睡眠の大切さです。日々の忙しさに追われ、顧みてこなかった部分でした。
「シンプルなことですが、ゆっくりと生活を整えていくことで、だんだん動けるようになっていきました」
今の環境のまま働き続けることは難しい――。そう考え、10年勤めた大学病院を退職し、県内の小さな診療所で働き始めます。山根さんのほかは、医師1人と看護師2人が働く、自然療法の診療所でした。患者さんの話をしっかり聞き生活改善を図る、という運営方針に多くを学びましたが、3年で閉所となります。
「診療所の患者さんから『あんた家どこなんね』と聞かれるんです。『家は白木で、しょうゆ屋しとるんです』と答えると、『じゃあ、しょうゆ造りゃええ』と」
ですが、しょうゆ造りの知識はありません。ここから山根さんの挑戦が始まります。
先代である祖父が亡くなり、かなりの時間が経っていました。祖母と母が、祖父をまねて造ったしょうゆや仕入れた調味料を売りながら、かろうじて店を守っていました。地元では「つぶれたんかと思っとったんよ」とも言われたそうです。
実体験を通じ、食の大切さを痛感した山根さんは「原材料にこだわった、添加物を一切使わないしょうゆを造りたい」と考えます。ただ、先代が造っていたのは、添加物を使った近代的なしょうゆでした。
「添加物を使ったしょうゆを否定はできません」と話す山根さん。添加物は製品の品質を安定させる効果があり、大量生産して流通させるには必要です。
「添加物を使わないせいで大量販売できないなら、手売りだけでやろう。顔が見える関係の中だけで商売しよう」
そう考えて商品開発に取りかかりました。
一般的な製造工程では、火入れ(加熱処理)や濾過(ろか)で微生物を殺菌したり取り除いたりして、色や香りを調整します。しかし、山根さんが目指したのは、火入れをせず、濾過もできるだけしない、微生物が生きているしょうゆでした。原材料は有機大豆と有機小麦、塩、みりんだけです。
開発の途中、しょうゆを温かい場所に置いておくと発酵してガスが出る、という課題に直面します。開発中のしょうゆを試した人からは「これって大丈夫なの?」と心配する声も出ました。
「実は、その感覚がちょっとおかしいんです。火入れをしていないしょうゆは、微生物が生きているので、発酵すればガスが出ます。それを理解して求めて下さる方に、直接届けたい」
開発を始めて1年後の2021年1月、「やまねのしょうゆ」は完成しました。
店頭販売を始めると、近所の人たちがぽつりぽつりと買いに来てくれました。祖父の代から付き合いのある人たちで、「孫がなんかやりよるらしい」と聞きつけたといいます。
イベントへの出店も始めました。定期的に店を出せる場所ができ、リピーターも生まれました。イベントやSNSで「やまねのしょうゆ」を知り、店を訪れる人も出てきました。公民館の料理イベントで使われるなど、地元への広がりも感じたそうです。
発売以降、大きな宣伝はせず、顔の見える相手に届けることにこだわってきました。インターネット通販もしていません。しょうゆの種類は「やまねのしょうゆ」だけです。
「『ネットで売ったら』とか『刺し身しょうゆはないの』とか、言われることはあります。瓶詰めやラベル貼りまで1人でやっていて、あまり余力がないのも事実です。ただ、それ以上に『あえてやらない』という選択をしています」
インターネット上で話題になり爆発的に売れる、いわゆる「バズる」状態は目指していないと山根さんは言います。なぜなら「1回きりの関係をたくさん作るより、毎月買ってくれる人を一定数確保する方がコスパはいい」と考えるからです。
また、商品の種類を増やすと工程が増えます。新たに人を雇えば、商品価格に影響します。ただでさえ、最近の原材料価格の高騰は打撃です。それでも山根さんは「1回だけでなく、継続して買ってもらいたい」と、今の価格をギリギリまで守るつもりです。
ネット通販をせず、人を雇わず、品ぞろえを増やさないやり方は、一見、時代に取り残されているようにも見えます。「自分自身、これでやっていけるか確信はありませんでした。でも結局、成り立ってきたんです」と山根さんは言います。
古い機械で瓶詰めをしたり、1本ずつラベル貼りをしたりする様子を、山根さんは時々SNSにアップしています。
「例えば、次々に瓶詰めできる機械を導入すれば、仕事は楽になるでしょう。でも、作る側の苦労が見えるような商品こそ、求められていると感じます」。
発売からの1年半、生産本数は右肩上がりといい、家族で暮らしていけるだけの収入を得ています。山根さんは「正解はありませんが、このやり方は間違いではなかった、と感じています」と話します。
山根酒店では、「やまねのしょうゆ」のほかに、日本酒、焼酎、みりん、油などを仕入れて販売しています。これらは全て、「人とのつながり」を通じて取り扱うようになりました。
扱いたい日本酒があるという話を弟にしたところ、「そのお酒、友達が造ってるよ」と言われたそうです。そのつてをたどって杜氏(とうじ)と連絡を取り、取引が始まりました。
焼酎も同様です。出店したイベントで、客が「面白い焼酎がある」と教えてくれました。どんな焼酎か調べ、自分の店で取り扱いたいと電話で先方に伝えました。
「電話口で『あなた、なんか声がいいから、いいですよ。取引しましょう』と言って下さったんです。直接お目にかかっていないのに、なんて気持ちのいいお取引だろうと」
都市部から離れた、人口の少ない地域での対面の商売は、不利ではないのでしょうか。山根さんは「田舎だから分かることがある」と語ります。
「例えば、まちなかにお店を出すと、『3年もてば、よくやった方』と言われることがあります。でも田舎では、『お客さん来るのかな』というようなお店が何十年も続いていたりする。そういうお店がネットでバズっているのか、大金をかけて広告を出しているのか、というと違う。それでもつぶれないのは、コアなファンがついているからですよね。そこから学ぶことは多いです」
今後の取り組みについて聞くと、「一番大事なのは、しょうゆの質を落とさないこと」と山根さんは答えます。
さらに、広島県出身のシンガーソングライターの男性とのコラボ活動も始めました。2人はお互いの活動に共感し合う関係です。山根さんが男性に「やまねのしょうゆ」を託し、無償で配ってもらっているのだといいます。
こうして、山根さんが本来なら会えなかった人とのつながりが生まれ、しょうゆを知ってもらえます。それがきっかけで、店に来てくれた人もいるといいます。
「配った分のお金を回収できるかどうかは気にしていません。新たなつながりから、来店して下さる方が増えていくのがありがたいです」
ネット全盛の時代に、あえて「手売り」にこだわり、「やまねのしょうゆ」のファンを広げてきた山根さん。近くの中学校から自転車で下校する生徒たちと、店の前であいさつを交わしていました。再出発した山根酒店は、地域にしっかりと根を下ろし始めています。
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