社員に背を向けられて自己変革 「高山」3代目は祖業をIT企業に転換
宮城県塩釜市のIT企業「高山」は、3代目社長の高山智壮さん(36)が祖業の文具店を閉じて事業転換しました。東日本大震災を機に家業に入り、社員に背を向けられる苦い経験も味わいながら後継ぎとして成長しました。サイバーセキュリティー支援にいち早く参入し、デジタルトランスフォーメーション(DX)のノウハウを提供するソリューション企業として評価を高めています。
宮城県塩釜市のIT企業「高山」は、3代目社長の高山智壮さん(36)が祖業の文具店を閉じて事業転換しました。東日本大震災を機に家業に入り、社員に背を向けられる苦い経験も味わいながら後継ぎとして成長しました。サイバーセキュリティー支援にいち早く参入し、デジタルトランスフォーメーション(DX)のノウハウを提供するソリューション企業として評価を高めています。
目次
「高山」は1946年、高山さんの祖父・勝自さんが文具店として創業。文具のほか官公庁向けに事務機器や複合機を販売し、パソコン関連の商品も扱っていました。
IT企業へと衣替えした現在は従業員20人、年商は4億6千万円にのぼります。
高山さんの実家は店舗2階にあり、子どものころから家業は身近でした。「店内でスケートボードをしたり、水鉄砲で遊んで商品をぬらしてしまったりして、よく怒られました」
周囲からは「跡取り」と言われましたが、継ぐつもりはありませんでした。「父(宏敏さん)は厳しい人で、言う通りにしないといけない働き方はしたくないと思っていました」
大学卒業後の2008年、銀行に就職して法人営業を担当しましたが業務のプレッシャーで、うつ病になってしまいました。
「心にはブレーキがかかっていたのに無理に身体を動かしていました。すると、ある時から運転中に手が震えるようになってしまいました」
↓ここから続き
高山さんを突き動かしたのは、11年の東日本大震災でした。家族や家業の従業員は無事でしたが、店舗は津波で浸水しました。高山さんは災害ボランティアとして泥かきなどを担いましたが、甚大な被害を前に無力さを感じました。
「私は何のために生かされているのか、本当に銀行員をやっていていいのだろうかと考えてしまいました」
そんな折、高山さんは浸水を免れた2階の実家で1本のビデオを見つけました。映像では創業者の祖父が亡くなる前、赤ん坊だった高山さんを抱いて「必ず智壮にこの会社を引き継げ」と話していたのです。
「祖父の記憶はほとんどなかったのですが、その言葉で稲妻が走りました」
高山さんは家業を通して東北に貢献したいと考え、グロービス経営大学院で猛勉強しました。13年にはオフィス家具の流通会社に転職し、家具の販売やオフィスの空間設計を担いました。「転職の時に後を継ぎたいと両親に伝えました。父は内心とても喜んでいたようです」
13年の冬、父から「そろそろ戻ってきてほしい」と切り出されました。家業の状態が思わしくなく、立て直しを託されたのです。
「決算書を見て大変な状況だと思いました」。14年4月、高山さんは家業に入りました。
高山さんが課題を感じたのは、文具などの収益性の低さでした。「文具はどこでも買える消耗品で競争が激しく利益率も低い。高付加価値型の事業を模索しました」
着目したのはサイバーセキュリティーでした。「うちで扱っているパソコンや複合機との親和性が高く、需要をつかめば他の事業も伸ばせると思ったんです」
14年5月、社内のエンジニアとともに、中小企業向けにサイバーセキュリティーのソリューションを販売する新事業を立ち上げました。
自社でサイバーセキュリティーがどの程度実施・実装されているかを診断してリポートを作成。メール型のウイルスに社員が対応できるかをチェックするため、訓練用のテストメールを送るなどのサービスをそろえました。
さらに、導入後にパソコンをウイルスからどのくらい守れているかをリポートにまとめるなど、アフターフォローの強化で他社との差別化を図りました。
最初は長年の取引先にサイバーセキュリティーを広めようとしました。しかし、当時はほとんどの人にとって対岸の火事で、取引先からも「なぜ高山がサイバーセキュリティーを扱うのか」と、なかなか受け入れてもらえませんでした。
高山さんは地元企業を一つひとつ回って情報提供を行い、2カ月に1度のペースでセミナーを開き、啓発に励みました。
すると、少しずつセミナーの依頼が舞い込むようになり、地元の商工会議所で開催すると平均20~30社が集まるようになりました。16年には宮城県警からサイバーセキュリティーに関する講演活動を委託されました。事業が軌道に乗って業績もV字回復。現在も官公庁を含め、年間数十回ほどのセミナーを開いています。
一方、このころの高山さんは自分の考え方に固執し、社員を責めたり、父と度々衝突したりしていたといいます。
「社員からみれば、社長の息子が戻ってすぐに1人アクセル全開で事業を進めている状態です。共感を得られるわけがありません」
16年秋には老朽化した社屋のリノベーションプロジェクトが始動し、高山さんがリーダーになりました。ワークショップなどを開いて社員の意見をとりまとめましたが、父に話すと反対意見が次々に出たのです。
「確かに私も社員も改装の素人であり、現場の躯体・構造上から鑑みた知識不足によるものがありました。お互いに言い合いになり、話が進みませんでした」
17年1月にリノベーションが完成しましたが、「結局自分たちの意見は通らないのか」と社員に不満が残り社内は分断。高山さんはストレスと疲れから体調を崩し、2週間入院してしまいました。
「入院中、社員は誰も見舞いに来ませんでした。それまでは相手を変えようとするばかりで、自分は何も変わろうとしていなかったと気づいたんです」
高山さんは自問自答を重ね、社員一人ひとりの可能性を引き出す環境を作ろうとしました。
外部の研修を受けて「批判する、責める、相手が間違っている」という関わりから「傾聴する、受容承認し、支援する」、「相手の求めていることが私の求めていること」というように、考え方と行動を少しずつ変えていきました。
「父、社員、お客様が求めていることは何か、どうしたら三方良しになるかを追求し、自分が変わることで少しずつ環境も状況も変わったと思います」
採用や育成に注力すると「働くを幸せに」というビジョンに共感する人が残ってくれたり、新たに入社してくれたりしました。
新型コロナウイルスの流行を受け、同社もすぐにテレワークを導入し、クラウド化やペーパーレスなどのDXを進めました。
ワークフローを洗い出して不要なプロセスを断捨離し、必要なツールだけを残しました。中でも欠かせないツールが、MAXHUBという大画面の電子ボードです。タッチパネル式でホワイトボードのように画面に書き込めるほか、画面共有機能、リモート会議に必要なマイクやカメラなども搭載しています。
同社ではMAXHUBを3台導入し、社員同士をカメラでつないで遠隔でも仕事ができるよう整備しました。
「父には投資過多ではないかと言われましたが、これからの働き方を見据えて導入しました」。社内で実証実験をして、テレワークでも関係性を大切にしながら働ける環境を構築していきました。
高山さんはこのノウハウを生かし、中小企業のDX導入を支援する新規事業を始めました。より簡単に導入できるように、導入前にどんな対策が必要かを診断し、必要なITツールを会社ごとにカスタマイズしています。
「これまでどこにでもある文具や事務機器しか販売できませんでしたが、自社独自のものを売れるようになりました。DXは複数のツールを入れるため1社と長く付き合うことになり、収益の見込みも立てられます」
社員が自分の得意分野を生かして社内でDXを進め、うまくいったものを新サービスとして顧客に提供する循環も生まれました。
22年5月にリリースしたウェブ活用のノウハウを提供するサービスは、内定者の研修から誕生したものです。
内定者が高山について学んだ内容をホームページや動画としてアウトプットしながら効果的な活用法を導き出し、集客を1400%、求人応募数を2800%アップさせました。そのノウハウをサービスに落とし込んだのです。
21年5月には専任のデジタルマーケティング人材を新たに採用。ともにマーケティングを学びながら、ビジョンや打ち手などを二人三脚で進め、高速でPDCAを回し続けました。
DX支援は収益の2~3割をカバーするまでになり、21年の決算で「高山」は過去最高の業績になりました。
高山さんは父と事業承継の準備を進め、承継日を22年1月11日に定めました。全社員に伝えたのは4カ月前の21年9月1日でした。
承継にあたって、高山さんは祖業の文具店を閉店し、IT・DX企業に転換することにしました。コロナ禍で文具店の売り上げが下がり、回復の見込みが立たなかったのも理由になりました。
祖業をやめることに葛藤はありましたが、実績を見てきた周囲も賛同してくれました。「競争が激化している市場でこの先20年、30年働くより、これからの時代に求められる仕事で強みを発揮したい。事業の定義を変えることが最も重要だと思いました」
承継までの4カ月で、高山さんは再びオフィスをリノベーションしました。今度は社員の意見を反映し、これまでの店舗部分をカフェのようにおしゃれなオフィスエリアに刷新しました。
高山さんは承継と同時に、中小企業向けの「DX体験ツアー」という試みも始めました。
このような体験会はオフィス見学やプロダクトの売り込み、セミナーなどで構成されるのが一般的です。
「うちは刷新したオフィスエリアで実際にMAXHUBを動かしてもらい、企業変革の秘訣を体験してシェアできる内容にしました。30分間のコンサルティングサービスもつけています」
DX体験ツアーは22年5月までに約40人の申し込みがありました。満足度も高く、高山さんは手応えを感じています。
サイバーセキュリティーやDXの推進に注力することで業績を伸ばしてきた高山の取り組みが認められ、22年4月、宮城県で初めて経済産業省・IPA(情報処理推進機構)からDX認定制度の認定を受けました。
「認定によって大企業からセミナーのご相談を頂く機会も増えました。大きな進歩です」
創業者の祖父の代から大切にしてきたのが「働くとは、傍を楽にすること」「お客様のために精神誠意尽くす」という思いです。創業からの歩みは会社説明会や社内会議で何度も伝えてきました。
「戦後何もない時は文具や体操着、高度経済成長期にはオフィス家具・OA機器、IT革命の時ではPC・ネットワークが求められました。そしてデジタル革命時代にはサイバーセキュリティー・DXが求められています。大切にしている価値観は創業から一貫して守り抜き、商品サービス・働き方は柔軟に適応するのが、これからのVUCA時代に大切だと思っています」
固定概念にとらわれない業態転換でピンチをチャンスに変えた3代目は、これからも時代に合わせて事業を推し進めます。
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。