京屋染物店 四代目 代表取締役社長 蜂谷悠介(はちや・ゆうすけ)
半纏(はんてん)や浴衣など祭り用品メーカー。1918年に岩手県一関市で創業。小売店や祭り団体などを顧客とするオーダーメイド製造が主力事業で、先代社長までは染色工程を専門としてきた。悠介さんは2010年に事業承継したのち、デザインから縫製まで一貫生産する体制を確立。近年は自社ブランド商品の販売が目覚ましい成長を遂げている。
乗富鉄工所 三代目 取締役 乘冨賢蔵(のりどみ・けんぞう)
水門メーカーとして福岡県内では随一の実績を誇っている。1948年に福岡県柳川市で創業。機械設備の設計・製作・設置・補修といった全工程を一手に引き受けてきた。賢蔵さんは造船所勤務を経て2016年、乗富鉄工所に入社。現在、自社ブランド商品プロジェクトに注力し、職人のクリエイティビティを世に広めようとしている。
社内の情報格差が製造業のアトツギを悩ませる理由
蜂谷 お祭り用品の受注生産を手がけてきた弊社は、父の代までは染め工程に特化した会社でした。私の代からは一貫生産体制を確立したのですが、事業が拡大するにつれて会社の人数が増え、社員とのすれ違いに悩まされました。
乘冨 当時の様子を含めて、蜂谷さんは会社について盛んに情報発信をなさっていますよね。なかでも印象に残ったのが、社員一同から会議室に呼び出されて激しく詰め寄られたエピソードです。
蜂谷 「忙しいのに給料が上がらないのはどうしてだ!? 社長が私腹を肥やしているんじゃないのか!」と問い詰められた件ですね。伸び盛りを迎えた会社の業績にあわせて社員を増やしたころの出来事でした。
乘冨 社内の理解を得るのに苦労しがちというアトツギのリアルが、よく表れているなあと思いました。弊社も私が旗振り役となって改革を進めているところです。蜂谷さんほどの修羅場を経験していないものの、製造業のアトツギとしてお立場はよくわかるんですよね。
蜂谷 社員のため私なりに頑張ってきたつもりだったので「なんでわかってくれないんだ……」とショックを受けたことを覚えています。今になって振り返ると、社員と経営者でアクセスできる情報に差があれば、“物事の捉え方”がすれ違うのは当たり前なんですよ。同じ視点に立つように努めてはいるのですが……。
乘冨 社員と経営者のすれ違い、身に覚えがあります。だから、社内のチームワークを促進するため、社員に対して会社の現状を定期的にプレゼンしてきました。ただ、プレゼンを通じて社員と向き合うなかで、「これは胆力を使うなあ」と感じてきました。社員とのコミュニケーションは非常に大事ですが、小手先では続けられません。
蜂谷 組織の悩みは我々のような製造業のアトツギにとって“あるある”ですよね。
弊社の場合、会社全体を把握できる人間が私だけだったことが、社内にすれ違いを生んでいた原因です。過去を振り返ると、父が倒れて事業承継をした直後、父の頭の中にあった多岐にわたる仕事を雑然と引き継ぎました。そのとき、属人的でアナログな管理のオンパレードに、私も戸惑ったんですよ。「なんじゃこりゃー!」という気持ちでした(笑)。
でも、結局のところ私だけでも会社のことを把握していれば、なんとかなってしまったので、父から引き継いだ属人的でアナログな管理をしばらく続けていました。当時は、法人化すらしていない個人商店で、働く人は5人ほど。いわゆる家族経営に近い状態です。“ツーカーの関係”ができあがっていて、なんとなく気持ちが通じ合っていたから、社内のすれ違いに悩む段階ではなかったのでしょう。
ところが、2013年に法人化してから社員を徐々に増やしていき、社員数が10名以上の規模へと成長してからは状況が変わりました。社内の役割分担が進んだため、社員が他部門のことを知る機会が乏しくなり、製造工程の全体像が見えなくなってしまったのです。
乘冨 私が入社した直後の弊社の状況と似ていますね。
弊社では、全案件の管理は、1人のスゴ腕の工場長だけが担っていました。刻一刻と変化する進捗について知る人物も工場長ただ1人です。そのため、作業変更が生じた際の調整も工場長が全て采配していました。つまり、工程管理が完全に属人化していたというわけです。
工場長は社内の誰からも信頼されていた大ベテランなので、業務は上手く回っていました。ただ、きつい作業を分担された職人のフラストレーションが悩みの種だったんです。
事情を知らない職人は「なんで自分だけが大変なんだ!」という気持ちになるということですね。工場長は全体を見渡したうえでベストな分担をしてくれていましたが、製造現場に意図がなかなか伝わりませんでした。
なぜ“見える化”がアトツギの悩みを解消するのか?
乘冨 特に工場長の采配の意図が伝わりにくかったのが若手社員です。工場長との付き合いが短いため、気持ちが通じ合っていない部分がありました。フラストレーションを溜めた若手社員の早期離職も発生していたので、人材の定着に課題を感じていました。
蜂谷 結局、工程管理をはじめとする社内の情報が“見える化”されていないと、仕事に対する不平不満を助長するのかもしれません。残業時間が膨らんでしまう原因でもありますし。
弊社の経験をお話しすると、工程管理は私だけが担っていたので、お客様からの問い合わせに対して現場が判断をできない状況でした。弊社では、私だけが情報を持っている状態だったんですよね。いちいち私の判断を仰ぐために、作業がストップしてロスが生まれ、残業時間が膨らんでいたというわけです。
乘冨 とても共感します。属人化が原因の「長すぎる残業時間」には私も悩まされてきました。工程管理が属人化していることで仕事の先読みができず、キャパオーバーが頻発していたからです。事前に分かっていれば、協力会社に助けてもらうことで予防ができたのですが……。
蜂谷 キャパオーバーは職場の雰囲気を悪くしますよね。一時期、私もバラバラになっていく現場に危機感を覚えていましたが、「1人の頭の中だけに情報が詰まっていることに課題がある」とヒントをくれた経営者仲間がいたんです。
それで見える化に使えるツールがないか?と模索するうちに、サイボウズのクラウドサービス「kintone (キントーン)」と出会いました。
kintoneはデータベースを軸として社内アプリを作ることができるシステムです。まずはお客様情報のデータベース化から着手をしたのち、工程管理の仕組みを整えていった結果、kintoneの画面を見れば、各案件の進捗を詳細に確認できるようになりました。進捗が見える化されたことで、情報格差が無くなり、誰もが全体像をつかみやすくなりました。工夫次第であらゆる情報の管理に使えるので、工程だけじゃなく顧客管理や在庫管理など様々な業務に活用しています。
乘冨 見える化は、属人化解消に有効な解決策ですよね。私も蜂谷さんと同じように解決策を模索した時期がありますが、なかなか本腰を入れることができていませんでした。ところが、工場長が急な入院をしたことをきっかけに属人化解消の取り組みが本格的にスタートしたんです。
工場長に代わって私が工程管理を一時的に引き継いだわけですが、最初はヒアリングで明らかにした内容を表計算ファイルにまとめていったんです。簡易的に見える化が実現し、これをみんなで共有すれば工程管理を、分担して進められると閃きました。
ただ、表計算ファイルに手入力していく作業が本当に大変でした。紙ベースの情報も多く、整理に恐ろしく時間がかかったんです。そのため、工程管理の属人化を解消するには、社内で分担して入力するシステムを整えることが条件だと考え、「表計算ファイルより良いツールがないか」と探すことにしました。それで出会ったのが私もkintoneだったんです。
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「すぐ直せる」が製造業DXのカギ
乘冨 kintoneと出会ったきっかけはTwitterで悩みをつぶやいていた時に、いろんな人からすすめられたことでした。
現在は事務方の社員でデータ入力を分担し、kintoneの集計画面を見れば手に取るように案件の様子がわかるようになりました。2021年に工場長が定年退職しましたが、kintoneがあるのでスムーズに工程管理を引き継ぐことができたんです。
蜂谷 Twitterがきっかけでシステム導入とは、すごい出会いですね(笑)。
私の場合、kintoneとの出会いは身近な知人からの紹介でした。悩みを相談したところkintoneの実際の画面を見せてくれたんです。ドラッグアンドドロップでさくさくと構築されていく様子を目の当たりにして、手軽な操作に感動しました。
というのも、kintoneを導入する前にシステム活用の失敗体験があったからです。100万円ぐらいかけて独自システムをプロに構築してもらったんですが、ちょっとした修正を自分ですることは困難でした。いちいちプロに修正を依頼する必要があり、使いづらい状態が続いたため、社内であまり使ってもらえないシステムになってしまいました。過去の失敗体験と対比すると、「手軽さ」というkintoneの魅力がなおさら印象的でした。
乘冨 たしかに、自分ですぐ直せるような手軽さは重要ですよね。私の場合、kintone について社員の不満を聞きつけたら、本人の目の前で直して見せています。あっというまに不満が解消されたうえに、自分の意見がきっかけで会社の仕組みが改善されたことを見てもらうと、kintoneファンが社内に増えていくんですよ。
蜂谷 そうそう。新しい取り組みは、社内の意見を上手に取り入れていくと一体感が生まれますよね。だから、会社全体を巻き込んでいくために「kintoneを改善するためのツール」をkintoneで作ってしまいました。
そもそも、古くからある製造業の現場では、デジタル活用にトライすること自体が初めてな社員も少なくありません。「ツールで実現したいこと」を、導入時にかっちり決めるなんてハードルが高いですよね。使っているうちに湧き出てくるアイデアを自分で試しながら、ツールを作り込んでいくほうが現実的だと思います。
弊社がkintoneを導入したタイミングは、いわば第二創業の時期にあたりました。今後、会社の形がどうなるか予想しづらい状況でしたが、kintoneは自力で簡単に修正できるので、模索しながら一緒に成長していけるツールだと感じました。これも導入の決め手の一つです。
経営状況も全てオープンにすることが、信頼関係をさらに強化
乘冨 今回、蜂谷さんと対談する機会をいただいて、ぜひ質問したいと思っていたのが「情報をオープンにすることに不安はないですか?」ということです。
経理の数字もオープンにしているじゃないですか。無用な臆測を招くといった心配はなかったんでしょうか?
蜂谷 たしかに、会社によっては社員に見せたくない数字があるかもしれませんね(笑)。ただ、自分で言うのは照れくさいですが、私は真面目に経営してきたつもりなので、経理の数字も見せたほうが信頼関係が強まると考えていました。
とはいえ、不正確な数字の読み取りをされてしまうと、おっしゃるような疑心暗鬼に繋がる可能性はあります。予防策として行っているのが、「経営数字の読み取り方」に関する勉強会です。妙な疑念を抱かれるどころか、社員が経営の数字を意識して業務に取り組んでくれるようになりました。
乘冨 なるほど、勉強会もセットにするのはいいですね。ちなみに、データ入力も本人に任せていますよね。うっかりミスの心配はありませんか?
蜂谷 実行できる操作内容を、ユーザーごとに制限すれば致命的なミスは予防できますよ。
例えば「データ入力は本人が操作できるが、変更や削除は管理者しかできない」といった制限を加えています。入力ミスが発生したときは、管理者に連絡して修正する仕組みです。気づかないうちにデータが変わったり消えたりすると困りますが、権限を工夫すれば心配はありません。
乘冨 弊社は、データ入力を事務方の社員が担当していますが、ゆくゆくは職人にも任せたいと思っています。ユーザーごとに操作内容を細かく制限するといった工夫は、他の表計算ソフトでは難しいですよね。
一度着手されれば製造業の“見える化”は一気に進む
蜂谷 いちいち判断を仰がないと動けないのは、やっぱりストレスですよね。現場に任せられる領域が大きくなったので、私も気が楽になりましたよ(笑)。
乘冨 そうなんです。見える化が管理を緩めることに繋がるので、社員も経営者も業務の負荷が減ると思います。
蜂谷 「今あの人はしんどいな」といった情報がkintoneを見れば分かるから、助け合いがスムーズになりますよね。“見える化”の効果は製造現場がすぐに実感してくれました。
それから、社員それぞれの“頑張っている様子”がkintoneを通じて全体に伝わるようになって、社内コミュニケーションが活性化したことも嬉しい効果です。“頑張ったアピール”は照れくさくてできないものの、やっぱり褒められると嬉しい。働きがいという点で考えると、褒められることは重要です。
乘冨 コミュニケーションの活性化は、会社の可能性を広げてくれますね。新しい取り組みを模索するアトツギにとって重要です。このことに気がついて、製作物など仕事の工夫を社内共有してコメントやリアクションで褒め合う仕組みをkintoneで作りました。
水門メーカーの製作物は、納品後に振り返る機会が少なかったのですが、みんなで見返せるようにすればコミュニケーションの活性化に加えて品質の向上まで実現できると考えています。工程管理の課題解消がきっかけで着手した“見える化”ですが、予想外の発展を続けています。
蜂谷 見える化は一度着手してしまえば、そこから先はどんどん加速していきますよね。効率的に働けるようになると余裕が生まれるため、みんなの視野が広くなることが理由かもしれません。
乘冨 職人がクリエイティビティを発揮できる環境を整備していくうえで、もっとできることはないかと日々考えているところでした。今日はアイデアをいただくことができて良かったです。
サイボウズのクラウドサービス 【kintone(キントーン)】
kintoneは、日々の業務に必要なシステムをだれでも簡単に作ることができる、サイボウズのクラウドサービスです。
導入担当者の93%が非IT部門で、全国20,000社以上に導入されています。
プログラミングなど特別なスキルや知識は不要です。データの登録・共有はもちろん、集計やグラフ化もマウス操作のみで行えます。
スマートフォンやタブレット端末にも対応しているので、外出先からも社内のデータを確認できます。
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