北原睦朗

きたはら・むつろう

1959年東京都生まれ。1982年中央大学経済学部卒業、大同生命入社。T&Dホールディングス専務などを経て、2020年大同生命副社長、2021年より現職。妻と愛犬フクちゃんの“3人”暮らし。

入山章栄

いりやま・あきえ

1972年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了後、三菱総合研究所を経て、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年、米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授に就任。2013年早稲田大学大学院経営管理研究科准教授、2019年より現職。

中小企業にとって厳しい時代だが・・・

入山 中小企業の現状は「近年稀に見る厳しさ」というのが私の感想です。コロナ禍がようやく落ち着きかけたと思ったら、円安・物価高で大変なことになった。さらに、人件費も高騰し始め、コストアップの暗雲が日本の産業界全体を覆っていますが、中小企業は“しわ寄せ”を受けがちです。

 特に、幾層にもわたるピラミッド構造を持つ業界では、下位のサプライヤーがシビアなコストダウン要請を受けています。中小企業を取り巻く厳しさは、ビジネスモデルによって“濃淡”がはっきりとしてきました。

北原 おっしゃるとおりですね。当社では景況感や様々な経営課題などをテーマとした、「大同生命サーベイ」という中小企業経営者へのアンケート調査を毎月実施しています。それによると円安・物価高が今後の業績に「影響がある」と回答された会社は76%にものぼりました(2022年5月度調査)。今回の円安・物価高は、影響範囲が非常に広いため、今後の動向を注視する必要があります。

入山 一方で、「円安がインバウンド観光客の呼び水になる」といったプラスの側面もあります。大同生命の本社所在地は、インバウンド観光客から人気の大阪ですよね。現状はいかがでしょう?

北原 関西のインバウンド産業はコロナ禍で大打撃を受けてきましたが、円安により再び活気を取り戻してほしいと思います。非常に厳しい時代ですが、マイナスだけでなくプラスの側面も存在します。そうした中、コロナ禍においても積極的にデジタル化などに取り組む中小企業の姿が印象的です。

中小企業は“変化”に強い!

北原 創業120周年を記念して2022年7月にスタートした当社提供のテレビ番組「アルバレスの空~未来に羽ばたく企業たち~」(BSテレ東)では、先進的な中小企業の事例をご紹介しています。入山先生には番組のナビゲーターを務めていただいております。

入山 ナビゲーターを務めるにあたって、関係者に頼み込んで出演するほとんどの企業の取材をさせていただきました。それぐらい、私は日本の中小企業に注目しているんです。変化が激しい時代は、変化に適応しやすいから中小企業に有利な側面があります。例えば、話題になっている「DX」がそうですね。

 大企業はリソースに恵まれていても、社内のしがらみで簡単には実行できない。この問題は経営学では「経路依存性」と呼ばれています。一方、所帯がコンパクトな中小企業は、経営者の覚悟さえ決まればトップダウンで全体をガラッと変えられます。

北原 第1回放送で紹介されたタンスのゲン株式会社(福岡県大川市)は、家具のネット販売で成功された業界のパイオニアです。ECに率先して取り組むとともに、環境の変化にあわせてビジネスモデルをさらに進化させていくところに、中小企業の機動性を感じます。

入山 あのようなDXは大企業では非常に難しいんですよ。最近では、後継者にあたる若い世代が変化にキャッチアップするうちにイノベーションを起こしていく事例がちらほら出てきている点が面白いですね。

 事業承継では経営者という人そのものが入れ替わります。そのため、イノベーションにおいて一番大事な「経営者のマインドセットの変革」が引き起こされます。つまり、これまでの経験や習慣に基づいた無意識の思い込みや価値観が、経営者が替わることによって一新されるということですね。これが、好ましい結果に繋がっている可能性があります。

北原 おっしゃるとおり事業承継は、中小企業が大きく変わるタイミングの1つですね。しかしながら、事業承継は「ある日突然」発生することもあります。ある日突然、経営者が病気やケガで不在になると、業績が落ち込むだけでなく会社の信用が損なわれ、会社の存続自体が危うくなりかねません。中小企業の場合、経営者に“万が一”のことが起こった際の影響は大企業よりも深刻です。このような不測の事態から中小企業をお守りすることが、当社の使命です。

従業員の健康を“まもる”意義!

北原 加えて、近年注目しているのが「従業員の健康」です。中小企業では大企業に比べ、従業員一人ひとりの責任が重く、病気やケガでお休みされた場合の影響も大きくなります。そういった事態に備えることが大切ですが、中小企業の場合は、必ずしも対策が十分とは言えません。例えば、健康診断が広く普及している一方で、「会社の規模が小さくなるほど受診率が低い」という実態も指摘されています。

https://www.daido-life.co.jp/knowledge/healthfund/start.html

 この問題について、経営者のお話をうかがうと「健康管理を指導するために必要なリソースが乏しい」「従業員一人ひとりの自助努力に期待するしかない」といった本音が聞こえてきます。そこで、生命保険を通じて長年にわたり、会社の“健康”と向き合ってきた当社だからこそ、従業員の健康管理にお悩みの経営者をサポートできるのではないかと考えました。

 特に、会社として戦略的に「従業員の健康づくり」を実践する「健康経営の普及・推進」が大きな課題です。コロナ禍で、中小企業経営者の健康経営への関心はさらに高まっています。健康経営に取り組む中小企業をご支援し、経営をより盤石なものにしていただくことで、末永く発展していただきたいと考えています。

https://www.daido-life.co.jp/knowledge/survey/pdf/202109.pdf

入山 従来では、生命保険を年間予算で捉えると割と高額な支出であるにもかかわらず、契約した後は“ほったらかし”という方が大勢いらっしゃいました。

北原 はい。経営者保険には幅広い年齢層のお客さまにご加入いただいており、非常に長期間にわたるお付き合いとなります。ご加入いただいたすべての方のウェルビーイングをお支えできるよう、「健康づくり」のご支援をさせていただきたいという想いがあります。

経営学から見た「健康経営」

北原 当社では、中小企業における「健康経営の実践」をご支援させていただくためのWEBツールをご提供しています。それが「KENCO SUPPORT PROGRAM(以下、KSP)」です。健康経営に必要なPDCAを手軽に構築できるもので、中小企業にフォーカスした「健康経営の総合プラットフォーム」です。

 具体的には、健康診断のほか運動・食事・睡眠といった生活習慣など、役職員のライフログを “見える化”することが可能です。さらに、ウェアラブル端末などを通じて記録された歩数にもとづいて、さまざまな商品・サービスと交換可能なポイントが付与されるなど、楽しみながら「健康づくり」に取り組んでいただけるものとなっています。

 さらに2022年1月には、健康増進型保険「会社みんなでKENCO+」を発売しました。これはKSPと連動し、歩数に応じて翌年度の保険料が割り引かれるものです。会社の取り組みとして「健康づくり」を社内に浸透させる仕組みを兼ね備えており、「健康経営のきっかけづくりになる」と大変ご好評をいただいています。

入山 健康づくりと金銭的メリットを結びつけた商品は、個人向けでは他の生命保険会社で色々と発売されてきましたよね?

北原 そうですね。当社の「会社みんなでKENCO+」は、あくまでも中小企業で活用いただくことを前提に開発された健康増進型保険なんです。

入山 その健康増進型保険ですが、私の感覚では従来型のBtoC(企業が直接個人にサービスを提供)より、大同生命のようなBtoBtoC(企業が法人顧客を通じて個人にサービスを提供)の枠組みのほうが、会社の健康づくりは上手く回ると思うんですよね。会社単位で健康づくりを推進すれば、一定のルールのもと足並みを揃えることが可能だからです。社長というキーパーソンが従業員に意識付けをできるという面も重要です。

 私もジムに通って健康づくりに取り組んでいますが、実際のところ、やはり、個人に任せて健康づくりを推進するには限界があると思います。

北原 そうなんです。社長が従業員の健康増進に関わっていくと「従業員の健康づくりも会社の責任」という職場の雰囲気が醸成されると思います。

入山 経営学の観点からも、健康づくりに会社単位で取り組むことの重要性を考察することができます。「ソーシャルネットワーク理論」とは、私の自著のなかでも取り上げてきた経営学の大きな考え方の一つですが、 簡単に言えば“人間とは高い社会性を備えた生物なので、周囲の人間から非常に強い影響を受ける”という意味です。

 例えばある研究によると、肥満に悩んでいる方の周囲にはやはり肥満体形の方が多いそうです。逆にいえば、健康な方は、健康な方同士で集まっています。つまり、個人の生活習慣は、周囲の人から受ける影響が重大という理論体系です。

北原 なるほど。やはり健康づくりは会社単位で取り組んだほうが効果的というわけですね。KSPで定期的に開催している「ウォーキングキャンペーン」が盛り上がる理由があらためてわかりました。

 ウォーキングキャンペーンとは、KSPの利用者が個人やチーム単位で歩数を競いあうイベントです。「自分がチームを引っ張ってランキング上位を目指そう」「仲間に声をかけて一緒に頑張ろう」など、チームプレーが育む連帯感が一人ひとりの健康づくりを後押ししているようです。

健康経営とサステナビリティ

北原 将来的にはさらに踏み込んだ健康関連サービスがIoTの活用によって実現するかもしれません。例えば、血圧や血糖値などのデータをお客さまと保険会社が共有する仕組みを構築できれば、お客さまの現在の健康状態を保険会社はタイムリーに知ることができます。そうなれば、健康状態が改善された場合、よりタイムリーに保険料を引き下げてお客さまに還元することも可能になるかもしれません。健康な方ほど保険料が安くなるという保険商品の合理性がさらに高まるというわけです。

入山 中小企業で働く皆様にとって非常に価値のあるイノベーションですね。中小企業では経営者をふくめてなかなか健康づくりに取り組めていないケースが見受けられます。

北原 中小企業の場合は、健康管理担当者を配置する余裕がないなど、やむを得ない事情もあると思います。従業員の健康データを共有いただくことで、将来的に当社が中小企業の健康管理を一手に担うこともできるのでは、と可能性を感じます。

 日本では労働人口の7割が中小企業で働いています。やはり、中小企業とそこで働く方々の健康づくりを後押ししなければ、サステナビリティの観点からも日本経済の根幹が危ぶまれるのではないでしょうか。

中小企業のSDGsをマッチングで促進

入山 今話題に出た「サステナビリティ」は、非常にホットなイシューです。中小企業にも密接な関係がある課題です。

 サステナビリティが取り沙汰されている理由は、変化が激しい時代では、迷うことなく組織が前進するために、簡単には揺るがないビジョンが求められます。すると、長期にわたって取り組む必要のある普遍的な社会課題をビジョンの軸に据える企業が増えていきます。その代表例にあたるのがサステナビリティです。社会が発展するほど深刻化する構造を持っていますからね。

北原 サステナビリティに関連して話題になることが多いSDGs(持続可能な開発目標)は、「名称・内容ともに知っている」という企業の割合がこの2年で約4倍に高まったことが大同生命サーベイで分かりました。ただし、いまだ半数程度の企業に留まっているという点も見逃せません。

https://www.daido-life.co.jp/company/news/2021/pdf/211124_news.pdf

 こうした状況を踏まえ、昨年11月より、SDGsの達成に資する技術やアイデアを持つベンチャー企業と、当社のお客さま(中小企業)との出会いの場を創出する「サステナビリティ経営支援プログラム」を開始しました。すでに具体的なマッチング事例も出ています。例えば、バイオマス素材を開発するベンチャー企業と、明治時代に創業された蕎麦の製粉工場とのマッチングが実現しました。このように、異なる分野・業種による協働が始まっています。

入山 やはり、中小企業とベンチャー企業では文化が違いすぎて、マッチング以前の問題が生じがちなんですよね。ただ、中小企業とベンチャー企業の狭間にある境界を突き破ることが、イノベーションにおいては欠かせません。

 このような役割を担う存在が経営学では重視されていて「バウンダリースパナー」(境界を超えるもの、という意味)と呼ばれています。大同生命の取り組みは、まさにバウンダリースパナーとして非常に価値があるのではないでしょうか。

「超長期の時間軸」でサステナビリティを考える

北原 先ほど入山先生のお話にもありましたが、変化の激しい時代にこそ、変革が必要です。NHKの連続テレビ小説『あさが来た』(2015年)に登場するヒロイン「あさ」のモデルは、当社創業者の1人である広岡浅子です。明治・大正という激動の時代に、嫁ぎ先である大坂の豪商・加島屋を、近代的な企業グループに変革していった彼女の挑戦のストーリーは、ドラマをきっかけに多くの方に知られるようになりました。

 ドラマでは描かれていませんが、当社にとっての大きな変革がもう1つあります。それは1970年代に、提携団体との奇跡の出会いを通じて「中小企業をお守りする」という重要な社会的使命をいただき、ビジネスモデルを大きく転換したことです。当社ではそれを「第2の創業」と呼んでいます。以後、半世紀にわたり、中小企業の皆さまのニーズにあった保障とサービスの開発・提供に努め、今日に至ります。

入山 経営学を専門とする者として、大同生命の事業の特殊性には注目しています。特殊性を表す要素が、「企業を支える」という経営者保険の機能です。1人の経営者の寿命が尽きたとしても、原則として、企業は継続される必要があります。経営者保険が中小企業の永続性を担保しているということです。そのため、大同生命は人間の寿命を超えた長期の時間軸で物事を捉えている会社という認識です。

 中小企業のなかには、いわゆる同族企業が少なくありません。大同生命のような超長期の時間軸を持つ会社は心強いパートナーだと思います。

 経営学において、同族企業は注目されている企業形態の一つです。実は世界の経営学の研究では、利益率や成長率など様々な経営指標において優れたパフォーマンスを同族企業の方が残してきたことが明らかにされています。超長期のビジョンを描くことができる同族企業は、日本経済のサステナビリティを語るうえで欠かせません。

何十年先のビジョンが当たり前

北原 当社は2022年7月に創業120周年を迎えました。経営者が世代交代された後も引き続き当社をご愛顧いただいているお客さまもたくさんおられ、「中小企業をお守りする」という社会的使命を、真摯に受け止めてきたという自負があります。

 当社の保険商品は、契約期間が非常に長いという特徴があります。例えば、事業を継承された40歳の後継者が100歳満期の保険にご加入されたとします。仮にその方が90歳でお亡くなりになった場合、実に50年にわたって保障をご提供したこととなります。その間、当社の経営者は何代も代わります。広岡浅子らが創業時に掲げた社是は、「加入者本位」と「堅実経営」です。「中小企業をお守りする」という使命を全うするためには、50年後も確実に保険金をお支払いできるよう、お客さま目線で堅実な経営を続ける必要があります。我々は、常にそのような長期的な視点に立って取り組んでいます。

入山 「50年」という時間軸が出てきましたね。「最大で何年後のことをお考えになっていますか?」と、様々な経営者に質問する機会がよくあるのですが、長くても30年ぐらいです。50年の時間軸はとても稀です。非常に長い時間軸に、いい意味で驚きです!

 長期ビジョンにもとづくイノベーションを促す会社として、大同生命のこれからは要注目ですね。もちろん足元の課題解決も重要です。イノベーションを起こすためには短期と長期のビジョンを備えた「両利きの経営」が重要です。大同生命には両方備えた存在として期待しています。

北原 ありがとうございます。中小企業の皆さまとともに歩み、ともに未来をつくる保険会社であり続けるという信念はこれからも揺らぎません。中小企業の皆さまのご期待を超える商品・サービスを提供し続けるため、役職員一同、想いを新たに取り組んでまいります。