直行直帰の労働時間を適切に管理するには?必要な知識やルールを紹介
直行直帰は会社や社員の時間の有効活用を促す一方、労働時間管理が難しくなったり労務トラブルになったりすることがある制度です。制度を適切に運用するために、直行直帰における労働時間の捉え方をケース別に解説し、そのうえで適切なルールを策定する手順を社会保険労務士がご紹介します。
直行直帰は会社や社員の時間の有効活用を促す一方、労働時間管理が難しくなったり労務トラブルになったりすることがある制度です。制度を適切に運用するために、直行直帰における労働時間の捉え方をケース別に解説し、そのうえで適切なルールを策定する手順を社会保険労務士がご紹介します。
目次
まずは、直行直帰の労働時間を正しく把握するために必要な事前知識を解説します。
原則的な就業地が会社でありながら、会社に寄らず、従業員が自宅から直接目的地へ行ったり、目的地から自宅へ帰ったりすることをいいます。直接取引先へ行き来する営業職がイメージしやすいですが、朝立ち寄りからの出社や、出張先からの帰宅なども直行直帰です。
直行直帰は移動時間を削減し時間を有効に使える制度ですが、タイムカード打刻ができないため、労働時間管理が難しいというデメリットもあります。
使用者である会社には、労働基準法により、従業員の労働時間を適切に管理する義務があります。労働時間は次の2点に該当する時間とされています。
就業地である会社やサテライトオフィスへの出社・帰宅の移動時間は、通常、会社の指揮命令下にありませんので労働時間にあたりません。
直行直帰は、いつ出社していつ帰ったのかが把握しづらく、状況によって「これは労働時間に含まれるのか」判断しかねることがしばしばあります。以下、直行直帰によくあるケースを4つ取り上げ、その場合の労働時間の捉え方を紹介します。
社員に取引先であるA社へ、通常の始業時間である9時に直行するように命じた。その後、当該社員には、自社ではなくそのままB社、C社にも行くように命じ、通常の終業時間である17時には退勤してC社から直帰するように伝えた。なお、A社に行くまでの通勤時間や退勤したあとの時間に業務をするようには指示していない。 |
この場合、直行直帰の移動時間中の行動に対する指揮命令がないので、自宅からA社へ行くまでの移動時間と、C社から自宅に帰るときの移動時間は労働時間に含めません。一方で、A社からB社、B社からC社への移動時間は、会社の指揮命令下にあたり、労働時間に含まれます。
よって、この場合の労働時間は、取引先に到着して業務に従事した9時から17時までです(ただし休憩時間は労働時間から除く)。
社員に、取引先であるA社へ直行したあと、B社、C社にも行くように命じた。社員は自らの判断で始業時間である9時に自宅を出発し、A社到着が10時となり業務に従事した。その後、B社、C社へ行き、C社で業務を終えたのが20時で、帰宅したのが21時となった。なお、移動時間中の業務指示はしていない。 |
この場合も、直行直帰の移動時間中に対する指揮命令がないので、移動時間は労働時間となりません。
そのため、労働時間は業務に従事した10時から20時までとなります。なお、休憩時間を除いて労働時間が8時間を超える部分には、割増賃金が必要です。
取引先であるZ社に対しては、始業時刻の9時までにメールチェックと返信を要するものは対応することが暗黙の了解となっている。社員は8時に家を出て、電車に乗った8時15分から8時50分に降りるまでメール対応を行った。その後9時から12時までZ社の業務に従事し、13時過ぎに自社に戻って別の業務を行い、17時に退勤した。 |
この場合、最終的には実情に沿って個別に判断されますが、直接的な指示がなくとも、黙示の指示があったとして出直行中の移動時間が労働時間と解されるでしょう。よって労働時間は、8時15分から8時50分までの時間と、9時から17時までの時間(休憩時間を除く)を合計した時間となります。
実際に、就業前・退勤後のメールチェックや返信対応分の時間が、労働時間かつ時間外労働と認められたため、割増賃金の支払いを行ったケースがあります。
経営者の方は、直行直帰を命じる際、こういったトラブルに繋がる「暗黙の了解」がないか、社内や取引先の雰囲気、業務量や業務内容を把握しておき、就業前・退勤後はメール・電話対応を行わないことを徹底しておきましょう。
社員に金曜・土曜の出張業務を命じた。業務は土曜中に終了したが、社員は疲労と私用のため土曜に帰宅せず、法定休日である日曜日に2時間かけて帰宅した。 |
これは実際に1989年に東京地裁で争われたケースです。結論として、この場合の帰宅時間は労働時間にあたりませんでした。
休日に労働をしたわけではなく、土曜日中に業務を終えて日曜日に帰路に就いたに止まるため、通常の勤務における朝夕の通勤と同様のものとされました(参考:全情報賃金請求事件|公益社団法人全国労働基準関係団体連合会)。
直行直帰のルールを取り入れる際に気を付けたいのは「直行直帰による不就労分の賃金減額したことによる労務トラブル」です。
例えば、10分早めに業務が終了し直帰した場合、この10分を賃金から減額するか所定労働時間に終了したものとみなすかという問題です。
トラブルを未然に防ぎ、労働時間を適切に管理するために、必要なルールと便利なツールについて解説します。
次のようなルールをあらかじめ決めておきましょう。
これらについては、原則を就業規則に定め、個別の内容に関しては労働条件通知書などで取り決める、といった方法も可能です。
所定労働時間では始業時刻、終業時刻、休憩時間を定めます。交代勤務やシフトで複数パターンある場合には複数記載します。
就業規則記載例 |
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(労働時間) 第〇条 労働時間は、1週間については40時間、1日については8時間とする。 2.始業・終業の時刻及び休憩時間は、次のとおりとする。ただし、業務の都合その他やむを得ない事情により、これらを繰り上げ、又は繰り下げることがある。この場合、〇前日までに労働者に通知する。 ・始業時刻:9時00分/終業時刻:18時00分 ・休憩時間:12時00分から13時00分まで |
始業時刻が9時からでも、10時に営業開始する取引先へ10時に合わせて直行する場合、労働時間は10時からになります。
この場合、1時間分の賃金控除をしても、ノーワークノーペイの原則が適用されるので法律的に問題はありません。ただ、次のようなリスクがあります。
このため、直行直帰による1時間程度の不就労分であれば、所定労働時間を働いたとして計算する会社が多いです。
直行直帰の移動時間による不就労分を賃金控除する場合には、トラブル回避のため就業規則に記載すると良いでしょう。
就業規則記載例 |
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(欠勤等の扱い) 第〇条 欠勤、遅刻、早退、私用外出及び出張の移動時間については、基本給から当該日数又は時間分の賃金を控除する。 2.前項の場合、控除すべき賃金の1時間あたりの金額の計算は以下のとおりとする。 (1)月給の場合…基本給÷1カ月平均所定労働時間数 (2)日給の場合…基本給÷1日の所定労働時間数 |
直行直帰が多々ある場合には、通勤手当の支払い方や各種手当の検討をしましょう。
【手当の具体例】
・通勤手当(主に次のいずれか)
→会社⇔自宅の通勤手当にプラスして、直行直帰の交通費を出張旅費として実費精算
→就業地を都度指示するものとして、交通費をすべて出張旅費として実費精算
・マイカー手当
→直行直帰でマイカーを使用する場合のガソリン代・駐車場代として、未使用分返済不要の一定額を支給
・出張手当
→移動距離や時間に応じた一定額に、直行直帰(出張)の回数を乗じて支給
なお、手当の支給を決定した場合には就業規則の記載が必要です。
就業規則記載例 |
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(賃金の構成) (通勤手当) (マイカー手当) (出張手当) |
直行直帰がある場合の労働時間管理では、紙のタイムカード打刻ができないため、メールや電話で始業や終業を報告する場合が多いです。
メールや電話に代わる便利なツールとして次の2種類があります。
チャットツールは、ファイル共有やビデオ会議機能も備えているものが多く、無料であったり既存のサービスに付随していたりするので導入しやすいです。
勤怠管理システムは、様々な打刻方法を備えており、労働時間管理のみならず給与計算の負担を削減するものがほとんどです。
ただし、上記のツールなどにより自己申告で労働時間を記録する場合には、対象となる労働者への説明や、必要に応じて実態調査を実施することが求められています(参考:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準|厚生労働省)。
ルールを就業規則に新しく定めたり、変更したりした場合には社員への周知が必要です。就業規則は周知することで効力を持ちます。
就業規則の周知は口頭のみならず、文書の状態で社員がいつでも閲覧できるようにしておきましょう。クラウド上の共有フォルダにPDFデータで置いても良いですし、印刷して休憩スペースに置いておくのも有効です。
また、ツールを導入するということは社員にとって便利になる一方で、操作方法・使用場面を知る必要があり、一種の負担も発生します。
業務時間中に時間をとり、ツールを導入した意図、対象者、想定される使用場面、操作方法などをきちんと説明しましょう。
直行直帰の労働時間を管理する方法のひとつとして、事業場外みなし労働時間制という労働時間管理制度があります。これは、会社や事業場以外での業務が主な社員について、会社が定めた所定労働時間分労働したとみなすものです。
ただし、この制度を適用させるためには、次の条件を満たす必要があります。
「労働時間の算定が困難」という業務がかなり限定的で、次の場合は労働時間の算定が可能とされ、事業場外みなし労働時間制は適用できません。
では、次のケースは事業場外みなし労働時間制が適用されるでしょうか。
営業社員が会社に出社して1時間程度、内勤業務や当日の段取りを行ったあと外出して1人で営業を行い、各自判断でそのまま直帰したり帰社して内勤業務を行ったりする。上司からは訪問先や帰社時刻等の当日の営業活動について具体的な指示はない。また、営業社員に携帯電話を持たせているが、事務所への報告連絡は義務付けておらず、取引先との間で緊急時の連絡を要するときにのみ使用させている。 |
実態として、携帯電話も「営業社員の判断で使える」のであれば、事業場外みなし労働時間制が適用できます。
携帯電話やスマートフォン、パソコンを持っていたとしても、すぐに事業場外みなしが適用できないというわけではなく、「どのように使用されていたか」が重要です。
導入を検討する場合は、事業場外みなし労働時間制が適用されるか否かの民事裁判例も見てみると良いでしょう(参考:「事業場外労働に関するみなし労働時間制」の適正な運用のために p10-12|東京労働局・労働基準監督署)。
また、事業場外みなし労働時間制は、テレワークの社員に適用することで社員が一定程度の自由を持って柔軟に働くことができるのでおすすめです(参考:テレワークガイドラインを改定しました:p4、5|厚生労働省)。
直行直帰は効率的に業務を行うためよく行われますが、先述したように労働時間を把握しにくかったり、労務トラブルが起きたりすることもあります。
これらに対応するためには、まずルールを社員に周知し、徹底して守らせるようにすることが大切です。直行直帰を行っている会社は、直行直帰の労働時間を適切に管理する方法をお読みいただき、自社は運用ルールがどうなっているか確認してみてください。
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