目次

  1. おいしいお米を直接届けるために設立
  2. 「会社が危ないかも」Uターンを決意
  3. 米粉だけのかりんとうがヒット
  4. 「山形に田んぼを持ちませんか?」オーナー制度
  5. 栽培管理アプリで経験や勘を言語化
  6. デザインも事務作業も商談も「農業」
  7. 米のありかたを追求し続ける

 全国に名の知れた米どころである、山形県の庄内平野。優人さんの父の彰一さん(67)が、地域の若手メンバーと計8人で1994年に立ち上げたのが、「米シスト庄内」です。「自分たちが作った米に自分たちで値段をつけ、自分たちで販売したい」というあこがれが設立のきっかけでした。

庄内平野の中心部に位置する、米シスト庄内本社

 立ち上げメンバー8人は、元々地域の農協青年部に所属していました。ある時、自分たちが出荷している米が使われている都会の飲食店や小売店を訪れるというツアーに参加します。お店で出されている食事をいざ食べてみると、普段自分たちが家で食べているものとは全く違う味で、大きな衝撃を受けたそうです。

 どれほど栽培方法にこだわって美味しいお米を作ったとしても、その他大勢の農家が作った米と混ぜられてしまう。家で食べている美味しい味を消費者に届けられていないという事実は、とてもショッキングなものでした。

立ち上げメンバー「8人衆」の集合写真。トラクターの運転席に座るのは、幼い頃の優人さん

 そこから自分たちで精米して直売を手掛けるようになり、1998年には「有限会社米シスト庄内」として法人化したのです。「米シスト」の名前は、音楽のベースのように、目立たずとも全体を支える土台(BASE)としてのお米・米農家の在り方を目指す気持ちと、米のプロ・専門家(ist)であり続けるという気持ちで名付けられたそうです。2018年に株式会社化し、2022年の春時点で約20人の従業員を抱えています。

 優人さんは、幼い頃から家業として米作りをしている認識はあったものの、作業を手伝うような機会は少なかったそうです。

 「8人共同で運営していた事もあって、家族まで駆り出されることはほぼありませんでした。父から農家になれと言われたことは一度もなく、好きにやってくれというスタンスでしたね」

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