田んぼオーナー制度から栽培アプリまで 米シスト庄内2代目が広げる可能性
「米シスト庄内(べいしすとしょうない)」は、山形県庄内町にある農業生産法人です。2代目となる専務取締役の佐藤優人さん(33)は、2011年に東京からUターンし、家業に入りました。加工食品の開発にはじまり、田んぼオーナー制度の創設、栽培管理アプリのリリースなど、従来の枠にとどまらないジャンルで事業を展開し、売り上げを伸ばしています。
「米シスト庄内(べいしすとしょうない)」は、山形県庄内町にある農業生産法人です。2代目となる専務取締役の佐藤優人さん(33)は、2011年に東京からUターンし、家業に入りました。加工食品の開発にはじまり、田んぼオーナー制度の創設、栽培管理アプリのリリースなど、従来の枠にとどまらないジャンルで事業を展開し、売り上げを伸ばしています。
目次
全国に名の知れた米どころである、山形県の庄内平野。優人さんの父の彰一さん(67)が、地域の若手メンバーと計8人で1994年に立ち上げたのが、「米シスト庄内」です。「自分たちが作った米に自分たちで値段をつけ、自分たちで販売したい」というあこがれが設立のきっかけでした。
立ち上げメンバー8人は、元々地域の農協青年部に所属していました。ある時、自分たちが出荷している米が使われている都会の飲食店や小売店を訪れるというツアーに参加します。お店で出されている食事をいざ食べてみると、普段自分たちが家で食べているものとは全く違う味で、大きな衝撃を受けたそうです。
どれほど栽培方法にこだわって美味しいお米を作ったとしても、その他大勢の農家が作った米と混ぜられてしまう。家で食べている美味しい味を消費者に届けられていないという事実は、とてもショッキングなものでした。
そこから自分たちで精米して直売を手掛けるようになり、1998年には「有限会社米シスト庄内」として法人化したのです。「米シスト」の名前は、音楽のベースのように、目立たずとも全体を支える土台(BASE)としてのお米・米農家の在り方を目指す気持ちと、米のプロ・専門家(ist)であり続けるという気持ちで名付けられたそうです。2018年に株式会社化し、2022年の春時点で約20人の従業員を抱えています。
優人さんは、幼い頃から家業として米作りをしている認識はあったものの、作業を手伝うような機会は少なかったそうです。
「8人共同で運営していた事もあって、家族まで駆り出されることはほぼありませんでした。父から農家になれと言われたことは一度もなく、好きにやってくれというスタンスでしたね」
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そんな優人さんが家業に入るきっかけは、都内の大学生だったころに「食産業」への興味が湧いたことでした。本などで得た知識を食物のジャンルごとにまとめ、食に関する年表を作り、調べる過程で気になったお店に足を運ぶことを繰り返していたそうです。
「例えば、東京の食堂『風月堂』に日本で初めて食堂メニューとして『ライスカレー』が登場したのは、1877年のことでした。このように日本の歴史や当時の政治外交の情勢、更には食材の歴史や特徴を調べて、その上で実際にお店へ食べに行くことが楽しいんです」
こうして食産業に関する情報を集めていく中で、経済誌やテレビの報道番組に家業が特集されている様子を目にします。
「当時父は炊飯器1個を持って海外に行き、輸出米の営業をしていて、メディアにも取り上げられていました。そこから、だんだんと興味が湧くようになりましたね」
そして、同時期には東日本大震災が発生します。同社では、すでに十数カ国へ米を輸出していました。震災の影響により、東北地方産の米は放射性物質の検査をクリアしていても海外から買われなくなってしまったのです。
「輸出用の米は、結果的に2年ほど在庫として抱えることになりました。会社が危ないかもしれないという話にもなり、帰ろうと決めたんです。東京の飲食店にも知り合いが多かったので、借金を継ぐかも知れない立場としてはせめて『うちの米を使って』と(飲食店に)営業をしてから潰れたほうが納得できるかなと考えていましたね」
また、それまでの40年間で培われてきた先代の技術や人脈を自分一人で引き継ぐのは難しいと考えた優人さんは、同時に大学の先輩も誘い、2人で米シスト庄内に入社しました。
優人さんは入社後、労務規約やWEBサイトの作成、田んぼでの農作業から当時手掛けていたハウスでの野菜栽培まで、一通りの作業を担います。
そしてその年の秋に、新しい加工食品の開発を手掛けることになりました。父の彰一さんからも、事業を拡張する方向への期待が大きかったそうです。
背景には、震災を機に米の輸出が難しくなったことから、新たな販路を作らなければならないという事情もありました。
「輸出用から、加工用・米粉用へのシフトチェンジをきっかけに、米粉を使ったかりんとうの開発に取り組みました」
一般的なかりんとうの原料は小麦粉で、米粉を使ったものはほとんど前例がありませんでした。そこで、インターネット上のレシピを参考にするところから開発をスタート。1日に5〜10パターンの試作を繰り返して、最終的な試作回数は650回ほどになったといいます。
そうして完成した「かりんと百米」は、数々のコンクールで受賞。現在では、海外でも販売されるほどのヒット商品となりました。
「今は、米粉かりんとうにおける売り上げ全体の3〜4割がOEMの受注によるものです。グルテンフリーのかりんとうは、今でも他に例がありません。スーパーやレストランへ炊いたお米も卸す米メーカーが、横浜市産の米を用いた横浜土産として販売する『横濱お米かりんと』など、さまざまな商品を製造しています。」
現在は小麦の価格も高騰する中で、かりんとうのように従来小麦で作っていた商品を米粉で拡大したいという需要はさらに高まっていて、数多くの企業からの受注に繋がっているそうです。
続いて優人さんが取り組んだのは、田んぼのオーナー制度「MY PADDY(自分の田んぼ) YAMAGATA」でした。
さしずめ「農夫付きの貸農園」というこの制度。年会費を払うことで、米シスト庄内の田んぼのオーナーになることができます。
優人さんは、営業の際に「山形に田んぼを持ちませんか?」と声を掛けるそうです。契約を結んだオーナーの田んぼは米シスト庄内が日々管理し、田んぼの写真や作業記録を全てオーナーと共有します。そして、花形と言える田植えや稲刈りの際には、「庄内に来て一緒に作業しましょう」と案内します。
契約は面積ごとで、たとえば10アールの田んぼのオーナーには、そこで収穫したお米を全量届けます。収穫量に増減は多少あるものの、最低保証量を約束しているため、安心して利用できる仕組みになっているそうです。
2022年現在で15社がオーナーになっています。飲食店を中心に、東京のIT企業や塾などが名を連ねているそうです。
「MY PADDY YAMAGATA」を始めたきっかけは、「金額や数量の関係を超えた、体験も込みでの新しい契約栽培を作りたい」という思いでした。
「米は、情報で味が変わる魔法の食材なんです。たとえ中身が同じでも、安さを理由に通販サイトで買ったものより、きちんと紙面デザインされた雑誌で紹介されている情報を経由した方が美味しく感じます。そして何よりも一番美味しいと感じられるのは、自分の田んぼで採れたお米なんです」
「東京にある飲食店のSNSで田んぼのストーリーが春から秋まで描かれていると、従来100円で提供していたライスは新米だと200円でも売れて、さらには美味しく感じてもらえるようになります。このように、『米を美味しいと感じる要素や栽培の過程を、消費者まで共有する』ことがテーマですね」
そして、「MY PADDY YAMAGATA」のさらなる利点が、キャッシュポイントの変化です。
米農家は、収穫時期である秋にまとめて売り上げが入金されるというサイクルが当たり前でした。しかし、オーナー制度を立ち上げたことで、オーナー契約を結び、栽培が始まる春にもまとまった売り上げが確保できるようになったのです。
「秋に一度きりの入金しかない場合と異なり、夏場にキャッシュが少なくなってしまうという課題の解決に繋がりつつあります」
優人さんは、米の栽培から、加工食品の製造・販売、そして田んぼのオーナー制度と、徐々に事業の幅を広げました。
さらに2022年には、水稲に特化した栽培管理アプリ「RiceLog」をリリースしました。
「アプリ開発のきっかけは、一緒に入社した仲間が農作業についてベテラン社員から怒られている姿でした。僕もよく怒られましたが、特に彼は庄内弁もわからないので、何を注意されているのかすらわからないんです」
インターネットで調べても、やり方は人によってさまざま。一度に覚えきれなかったことを何度も怒られたりするのは、辛い時間だったそうです。そこで優人さんは、勘や経験を言語化・数値化する仕組みが必要だと考えました。
すでにある栽培管理ツールも試したそうですが、他の栽培品目にも対応している分、使いにくさを感じたそうです。そこで「RiceLog」には、米栽培に特化した使い勝手の良さを求めました。
「アプリ開発をお願いした企業様は、元々田んぼのオーナーだったんです。友人のご縁でお会いした際に『エンジニアは食や健康に対する意識が疎かになる傾向があり、社内の福利厚生としてお米を食べ放題にしたい』という話があり、そこから田んぼオーナーになってもらいました」
田んぼのオーナーとして来社した際にアプリ開発の相談をしたことがきっかけで、「RiceLog」の開発が実現したそうです。
「RiceLog」は、作業ログがメンバー全員のスマホにプッシュ通知されます。農業生産法人特有の、朝5時から作業するスタッフと8時に出社するスタッフが混在する場合でも、顔を合わせて何度もミーティングする必要がありません。
作業内容やトラクターの設定など、記録した内容は簡単にさかのぼって確認できます。さらには面積計算もすぐにできるため、1つの作業が1日にどのくらい行えるのかといった作業効率の計算まで手軽に実現できるのです。
自社の生産体制を製造業のように管理して効率化を実現しただけでなく、アプリとして一般向けにリリースすることで、年契約での売上も作り出しました。
こうして優人さんは、順調に事業を拡大させてきました。
「私が入社した当時と比べて、加工部門の売り上げは約10倍に、会社全体の売り上げとしては約1.5倍になりました。今後は加工部門やRiceLog事業など、米の相場や天候に左右されない売り上げを拡大していきたいと思っています」
そして、一連の取り組みを通じて得られた成果は売り上げだけではなかったそうです。
「最初は売り上げを増やすための方法を考えていましたが、最近は新たなキャッシュポイントをどんどん生み出せるようになり、取り組み自体が米や農業の可能性を広げているような感覚があります。お金になるかどうかではなく、『こういうものがあったら良いよね』という視点で物事を考えられるようになったのは、良いことだと思っています」
優人さんは、田んぼでの農作業だけでなく、商品パッケージやフライヤーのデザイン、見積書の作成からスーツを着て挑む商談会まで、少しでも米に関わるものは全て農業なのだと話します。
「農作業以外にも力を入れることで、農業そのものが面白くなっていきます。田んぼだけではないという多様な働き方を社員や地域に示していることは、成果かもしれませんね」
最後に今後の目標について聞いたところ、返ってきたのは「将来の大きな目標としては、米を無料にしたいんです」という、驚きの言葉でした。
「友人と協力して動いている『NUKADOKO LIFE』というプロジェクトでは、本来タダ同然で扱われる米ぬかが、『ぬか床キット』として3,000円で売れています。極論ですが、米ぬかにそれほどの価値が付くと、米ぬかを作れば作るほど米を無料で配れます。昨年は、ぬか床をたくさんの方に買っていただいて、子ども支援をおこなっているNPO団体に米を1トン寄付することができました」
大量の米を車に積み、直接手渡ししたという優人さんがそこで目にしたのは、生まれて初めて新米を食べるという子どもの姿でした。
「他にも、自治体による取り組みの一環で支援が必要な家庭に米を直接配った際には、家の周りが田んぼなのに米を買えず、配布された米に心から感謝してくださる方が印象的でした。このような体験を通じて、本来の米のあり方について考え直すようになったんです」
今も米シスト庄内が手掛けた米を高く評価して買い求めるお客様は多く、優人さんも変わらず米作りは続けていきます。
「その一方で、米のあり方そのものを追求し続ける視点は、これからも絶対に失ってはいけないと強く感じています」
米シスト庄内の取り組みを「お米大喜利」と称し、米というキーワードに触れるならどんなことをやってもいいと話す優人さん。今後もさまざまなジャンルにおいて手掛けていきたい内容が数多くあるそうで、その挑戦はこれからも続きます。
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